その奇蹟に喝采を(4/6更新)

狂言巡

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神名月藍梨の誕生日

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 夏生まれの妹は、実にこの世に現れた季節の似合う気質の持ち主だと思う。さばさばとした言動と逞しい精神と前向きな姿勢は、身内から見ても気持ちがいい。自慢というわけではなく、ただ俺にとってはかけがえのない家族だということだ。特にそうだと意識したことはないんだが、どうも俺達兄妹は世間一般のそれより仲が良いらしい。
 確かに忙しい母親の代わりに主に夕飯を作ってくれるのは姉さんだし、俺に自転車の乗り方を教えてくれたのは兄さん、藍梨あいりの夏休みの工作を手伝ったり、秋亮の逆上がりの練習に付き合っていたのは、父親ではなく俺だった。都合が付けば休みには買い物にも付き合うし、映画も揃って見に行くことも珍しくない。それに俺達には共通の趣味と言うか熱中している「もの」があって、それは間違いなく兄妹達の絆を強めるのに一役買っていると思う。

「兄さん。新しいシューズを見に行きたいんだけど、一緒に来てくれる?」
「今からか? 別に構わんぞ─―ああ、そうだ藍梨」
「何?」
「もうすぐ誕生日だろう。事のついでだ。お前のプレゼントも探しに行こう」
「え、ホント? 楽しみ!」

 空気と風が夏の気配を帯びてきた日曜日。藍梨がふとそんなことを言い出したので、俺は毎年祝っている彼女の誕生日のことを切り出した。嬉しそうな様子に、昔から無邪気なところは変わらないなとつられて笑う。

「何か欲しい物はないのか?」
「そうね……あ、サンダルが欲しいな。動きやすくて、涼しげなのが」
「シューズを見に行って、サンダルが欲しい?履物ばかりだな」
「もう、それぞれ用途が違うからいいでしょ」
「お前がそれでいいなら、いいが」

 本心からそう言って立ち上がる。何と言うか俺は一番の上の兄と比べると口煩い方だと思うが、妹の選んだ道は黙って見守りたいと思う。そう、守りたいのだろう。守られるべき弱さをあいつが持っているのではなくて、それは守りたいという俺のエゴだ。着ていたTシャツの上からドット柄のシャツを羽織って階下に降りると、藍梨はもう靴を履いて玄関口に立っていた。腕に輝く清楚なブレスレットは、確か去年の誕生日プレゼントにあげたものだ。

「もういいのか?」
「うん、大丈夫」

 藍梨がドアを開けると、真っ青な空が俺達を出迎える。俺にとって十八回目の夏は、美和にとって十五回目の夏だった。兄妹揃って暗くなるまで外で遊び回り、同じように真っ黒に日焼けして重ねた日々を思い出す。蝉の声があの頃よりも、ずっと喧しく高らかに響いていた。
 そう聞こえるのは自分も妹も昔より多少落着きを得たためで、幼い頃は自分達も蝉と同じくらい賑やかに喧しく騒ぎ立てていたから、きっとあまり耳に入っていなかったのだろう。隣を歩く藍梨の背は、今の俺よりずっと低い。当たり前のことだが、時間は着実に流れているのだと思った。

「……ねぇ、兄さん。 本当はあたしね」
「何だ?」
「サンダルじゃなくて、ハイヒールが欲しいって言いたかったの」
「ハイヒール?」
「うーん、早く大人になりたいから。ハイヒールの似合う女性になるのが目標なのよ。姉さんみたいにね」
「……そうか」

 時間はそう、ゆっくりと着実に流れているのだった。妹も弟も俺も、いずれ兄さんや姉さんと同じように大人になる。独り立ちして働くようになるだろうし、結婚もするだろう。

「―─でも、お前はそのままでもいいんじゃないか?」

 それでも俺達が家族であり、兄妹であることに変わりはない。一生をかけて俺は兄で、一生をかけて藍梨は俺達の妹だ。いつか彼女を守りたいと思うのが、俺だけではなくなっても。

「兄さんてば、すぐそうやって甘やかすのよねー」
「そんなつもりで言ったわけじゃないぞ」
「それでも兄さんがいるとあたし、いつまでたっても大人の女になれない気がするわ」

 そんなはずはない。それは唯の杞憂に決まっている。いつかハイヒールの踵を軽やかに鳴らして、お前は今と変わらない笑顔で俺を「兄さん」と呼ぶ。

「そんなことはないとは思うが、そういう時は離れればいい」
「言ったわね?」
「離れても家族であることは変わらないからな」

(一緒に住んでないからって、一人じゃないんだよ)

 今は亡き祖母に言われたことを、いつかのお前にも伝えてやりたい、兄としての言葉で。
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