8 / 25
神名月藍梨の誕生日
しおりを挟む
夏生まれの妹は、実にこの世に現れた季節の似合う気質の持ち主だと思う。さばさばとした言動と逞しい精神と前向きな姿勢は、身内から見ても気持ちがいい。自慢というわけではなく、ただ俺にとってはかけがえのない家族だということだ。特にそうだと意識したことはないんだが、どうも俺達兄妹は世間一般のそれより仲が良いらしい。
確かに忙しい母親の代わりに主に夕飯を作ってくれるのは姉さんだし、俺に自転車の乗り方を教えてくれたのは兄さん、藍梨の夏休みの工作を手伝ったり、秋亮の逆上がりの練習に付き合っていたのは、父親ではなく俺だった。都合が付けば休みには買い物にも付き合うし、映画も揃って見に行くことも珍しくない。それに俺達には共通の趣味と言うか熱中している「もの」があって、それは間違いなく兄妹達の絆を強めるのに一役買っていると思う。
「兄さん。新しいシューズを見に行きたいんだけど、一緒に来てくれる?」
「今からか? 別に構わんぞ─―ああ、そうだ藍梨」
「何?」
「もうすぐ誕生日だろう。事のついでだ。お前のプレゼントも探しに行こう」
「え、ホント? 楽しみ!」
空気と風が夏の気配を帯びてきた日曜日。藍梨がふとそんなことを言い出したので、俺は毎年祝っている彼女の誕生日のことを切り出した。嬉しそうな様子に、昔から無邪気なところは変わらないなとつられて笑う。
「何か欲しい物はないのか?」
「そうね……あ、サンダルが欲しいな。動きやすくて、涼しげなのが」
「シューズを見に行って、サンダルが欲しい?履物ばかりだな」
「もう、それぞれ用途が違うからいいでしょ」
「お前がそれでいいなら、いいが」
本心からそう言って立ち上がる。何と言うか俺は一番の上の兄と比べると口煩い方だと思うが、妹の選んだ道は黙って見守りたいと思う。そう、守りたいのだろう。守られるべき弱さをあいつが持っているのではなくて、それは守りたいという俺のエゴだ。着ていたTシャツの上からドット柄のシャツを羽織って階下に降りると、藍梨はもう靴を履いて玄関口に立っていた。腕に輝く清楚なブレスレットは、確か去年の誕生日プレゼントにあげたものだ。
「もういいのか?」
「うん、大丈夫」
藍梨がドアを開けると、真っ青な空が俺達を出迎える。俺にとって十八回目の夏は、美和にとって十五回目の夏だった。兄妹揃って暗くなるまで外で遊び回り、同じように真っ黒に日焼けして重ねた日々を思い出す。蝉の声があの頃よりも、ずっと喧しく高らかに響いていた。
そう聞こえるのは自分も妹も昔より多少落着きを得たためで、幼い頃は自分達も蝉と同じくらい賑やかに喧しく騒ぎ立てていたから、きっとあまり耳に入っていなかったのだろう。隣を歩く藍梨の背は、今の俺よりずっと低い。当たり前のことだが、時間は着実に流れているのだと思った。
「……ねぇ、兄さん。 本当はあたしね」
「何だ?」
「サンダルじゃなくて、ハイヒールが欲しいって言いたかったの」
「ハイヒール?」
「うーん、早く大人になりたいから。ハイヒールの似合う女性になるのが目標なのよ。姉さんみたいにね」
「……そうか」
時間はそう、ゆっくりと着実に流れているのだった。妹も弟も俺も、いずれ兄さんや姉さんと同じように大人になる。独り立ちして働くようになるだろうし、結婚もするだろう。
「―─でも、お前はそのままでもいいんじゃないか?」
それでも俺達が家族であり、兄妹であることに変わりはない。一生をかけて俺は兄で、一生をかけて藍梨は俺達の妹だ。いつか彼女を守りたいと思うのが、俺だけではなくなっても。
「兄さんてば、すぐそうやって甘やかすのよねー」
「そんなつもりで言ったわけじゃないぞ」
「それでも兄さんがいるとあたし、いつまでたっても大人の女になれない気がするわ」
そんなはずはない。それは唯の杞憂に決まっている。いつかハイヒールの踵を軽やかに鳴らして、お前は今と変わらない笑顔で俺を「兄さん」と呼ぶ。
「そんなことはないとは思うが、そういう時は離れればいい」
「言ったわね?」
「離れても家族であることは変わらないからな」
(一緒に住んでないからって、一人じゃないんだよ)
今は亡き祖母に言われたことを、いつかのお前にも伝えてやりたい、兄としての言葉で。
確かに忙しい母親の代わりに主に夕飯を作ってくれるのは姉さんだし、俺に自転車の乗り方を教えてくれたのは兄さん、藍梨の夏休みの工作を手伝ったり、秋亮の逆上がりの練習に付き合っていたのは、父親ではなく俺だった。都合が付けば休みには買い物にも付き合うし、映画も揃って見に行くことも珍しくない。それに俺達には共通の趣味と言うか熱中している「もの」があって、それは間違いなく兄妹達の絆を強めるのに一役買っていると思う。
「兄さん。新しいシューズを見に行きたいんだけど、一緒に来てくれる?」
「今からか? 別に構わんぞ─―ああ、そうだ藍梨」
「何?」
「もうすぐ誕生日だろう。事のついでだ。お前のプレゼントも探しに行こう」
「え、ホント? 楽しみ!」
空気と風が夏の気配を帯びてきた日曜日。藍梨がふとそんなことを言い出したので、俺は毎年祝っている彼女の誕生日のことを切り出した。嬉しそうな様子に、昔から無邪気なところは変わらないなとつられて笑う。
「何か欲しい物はないのか?」
「そうね……あ、サンダルが欲しいな。動きやすくて、涼しげなのが」
「シューズを見に行って、サンダルが欲しい?履物ばかりだな」
「もう、それぞれ用途が違うからいいでしょ」
「お前がそれでいいなら、いいが」
本心からそう言って立ち上がる。何と言うか俺は一番の上の兄と比べると口煩い方だと思うが、妹の選んだ道は黙って見守りたいと思う。そう、守りたいのだろう。守られるべき弱さをあいつが持っているのではなくて、それは守りたいという俺のエゴだ。着ていたTシャツの上からドット柄のシャツを羽織って階下に降りると、藍梨はもう靴を履いて玄関口に立っていた。腕に輝く清楚なブレスレットは、確か去年の誕生日プレゼントにあげたものだ。
「もういいのか?」
「うん、大丈夫」
藍梨がドアを開けると、真っ青な空が俺達を出迎える。俺にとって十八回目の夏は、美和にとって十五回目の夏だった。兄妹揃って暗くなるまで外で遊び回り、同じように真っ黒に日焼けして重ねた日々を思い出す。蝉の声があの頃よりも、ずっと喧しく高らかに響いていた。
そう聞こえるのは自分も妹も昔より多少落着きを得たためで、幼い頃は自分達も蝉と同じくらい賑やかに喧しく騒ぎ立てていたから、きっとあまり耳に入っていなかったのだろう。隣を歩く藍梨の背は、今の俺よりずっと低い。当たり前のことだが、時間は着実に流れているのだと思った。
「……ねぇ、兄さん。 本当はあたしね」
「何だ?」
「サンダルじゃなくて、ハイヒールが欲しいって言いたかったの」
「ハイヒール?」
「うーん、早く大人になりたいから。ハイヒールの似合う女性になるのが目標なのよ。姉さんみたいにね」
「……そうか」
時間はそう、ゆっくりと着実に流れているのだった。妹も弟も俺も、いずれ兄さんや姉さんと同じように大人になる。独り立ちして働くようになるだろうし、結婚もするだろう。
「―─でも、お前はそのままでもいいんじゃないか?」
それでも俺達が家族であり、兄妹であることに変わりはない。一生をかけて俺は兄で、一生をかけて藍梨は俺達の妹だ。いつか彼女を守りたいと思うのが、俺だけではなくなっても。
「兄さんてば、すぐそうやって甘やかすのよねー」
「そんなつもりで言ったわけじゃないぞ」
「それでも兄さんがいるとあたし、いつまでたっても大人の女になれない気がするわ」
そんなはずはない。それは唯の杞憂に決まっている。いつかハイヒールの踵を軽やかに鳴らして、お前は今と変わらない笑顔で俺を「兄さん」と呼ぶ。
「そんなことはないとは思うが、そういう時は離れればいい」
「言ったわね?」
「離れても家族であることは変わらないからな」
(一緒に住んでないからって、一人じゃないんだよ)
今は亡き祖母に言われたことを、いつかのお前にも伝えてやりたい、兄としての言葉で。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる