三色の日常(1/19更新)

狂言巡

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琥珀色の大望【ヤンデレ編】

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 火志磨は夢を見ない。就寝時はスイッチを切ったかのように、朝が来るまで目覚めないのが彼の常態だった。恋人達曰く稀に寝言を言っているらしいので全く見ないわけではないらしい。だが起きた瞬間忘れるのか割り切っているのか、仔細を聞かれた際の琥珀はいつも首を傾げるばかり。そんな彼は本当に珍しい事に昨日見た夢を語り出した。

「昨日さ、夢にお前が出て来てよ……」

 火志磨は恋人を向かい合わせになる形で己の膝の上に座らせていた。そして彼女の背中に生えている彼女の羽根を切っている。あずきが愛用する裁ちばさみを小さくしたようなそれが手の中で鈍く光る。本体を傷つけないように注意を払いながら、先端が仄かに紅に染まる真っ白な羽根を切り落としていく。二つの刃が擦れ合う音と、薄い鋼に挟まれて、羽根の繊維が切断される音が重なり合う。
 刃の交差が刃先にまで至って、躰から切り離された羽根は宙に舞い、床に降り積もっている。終わったらすぐに掃除しないとあずきに怒られそうだ。かき集めたらクッションの材料だと言ってあずきに押し付けよう。次の羽根に刃を当てる。恋人は大人しく、胡坐をかいた膝の上にちょこんと座っている。可愛い、俺の女。
 最初、鋏を持った自分に腕を取られた時は目を丸くして後退り、逃げようと身を捩っていた。しかし一旦鋏を置いて暫らく抱きしめていると落ち着いたのか、導くままに膝に座って後は、されるがままだ。それは無条件の愛情からなる信頼の証であり、むず痒い喜びと同時に苦い罪悪感を自覚せざるを得なかった。自分がこんな行動に出たのは彼女の為でも何でもない。自分の元に帰ってこなくなったら嫌だから。そんな我儘を優先させただけだ。それを彼女は理解わかっているのか、いないのか。その夢は言葉が存在せず確かめようもなかった。
 ただ、恋人は明確に己の自由を奪う行為を、静かに受け入れ続けている。最後の羽根が切り落とされて、終わったぞと肩を叩けば、恋人はこれまた大人しく膝から下りた。短く刈り込まれた己の翼がどうなったか気になるのか、背中側を無理に見ようとしてくるくると踊るように回る。自分の尻尾を追いかける子犬じみた仕草に苦笑が零れた。一通り検分を満足したらしい恋人が戻って来た。表情は明るく、ニコニコと機嫌良く笑っている。
 鋏を持っていない方の手で頭を撫でると、嬉しそうにすり寄ってくる。愛おしさが胸に満ちた。ふと、窓の外から何かが聞こえてきた。あずきに付いて行った時に聞いた音楽のような、合唱コンクールの歌声のような。自分達を呼んでいるような。恋人がそちらを向いてじっと耳を澄ませた。窓は開いていた。ざわりと背中が粟立った。いやいやと頭を振って恐怖を追い払う。だって、彼女の羽根はこんなに短い。何処にも飛んで行けはしないだろう。その事を確かめるように、敢えて、手を放した。
 恋人は首を傾げ、振り返って自分を見つめた。じっと見つめ合う事、数拍。ふふふと恋人は笑って、膝の上に自ら乗ってきた。ぐっと首に腕を回し、顔を寄せてキスを一つ。いきなりの行動に驚いて一瞬身を固くした間に身を翻し、膝から降りた。そして、あっと音のしない声を上げる間もなく、恋人は「跳んだ」。窓枠に手足をかけて、スカートの裾がめくれて下着が丸見えになるのも頓着せず、外にぴょいと出て行ってしまった。
 一人、部屋に取り残される。彼女はもしかしたら鳥類じゃなくて猿か齧歯類の仲間だったのかもしれない。本当にあっという間の出来事で、暫らくその場から動けなかった。立ち上がって、恋人が消えた窓に近づく。外には大きな森が広がり、恋人の姿はもう、視認できる範囲に居なかった。溜め息をついて、がっくり肩を落とす。何で自分は、まず足の腱を切らなかったのだろう。





「……っていう夢だったんだよ」

 海老の背ワタを取り除きながら、火志磨は昨日見た夢を、隣で魚を三枚に捌いているカチューシャに赤裸裸に語った。突拍子もない火志磨の話に全く手を狂わす事は無く、今晩の夕飯の一品である秋刀魚の蒲焼を作り続けている。

Понятноそうだね……ボクも昨日、キミが出て来る夢を見たよ」

 突然の話題転換に火志磨は思わず手を止めてカチューシャを見た。そして、続いた言葉に息をのんだ。

「今思い出せるのは、窓から飛び降りたところからなのだけど。実はね、ボクは木陰に隠れてさっきまでいた部屋を観察していたんだ。するとキミが顔を出して……何だかすごくしょんぼりしていたね」

 言葉を失って恋人の顔を覗き込む。カチューシャも手を止めて火志磨を見上げた。黙り込んだ自分が珍しいのか、くすくすと嬉しそうに笑う。その屈託の無さにほっと緊張が解けた。

「お前、ときどき俺とあずきにも何も言わないままどっかいくから。……逃げないように、羽根を全部切ったのに」
「何だい、アレはそういう動機だったんだね」
「何だと思ってたんだよ」

「あずきクンにあげるのかと思ったよ」

 ハァと呆れの溜め息が漏れた。自分なりにあれこれと悩んでいるのが馬鹿らしくなってくる。当てつけのつもりで、全部ぶちまけてやる事にした。

「次からは、もっと上手くやろうと思ったんだよ」
「次?」
「今度はまず、足を切るわ」

 カチューシャが目を丸くする。流石にまずかったかと後悔が胸を過ぎったが、彼女は少し困ったように肩を竦めただけだった。

「痛いのは勘弁してほしいなあ」

 それだけ、だった。力が抜けて海老を流しに落としてしまう。

「痛くなきゃ良いのかよ」
「痛くないならねえ、構わないよ。それはボクへ捧げるキミのлюбитьなのだろう」

 けろりと返されて言葉に窮した。それでいいのか。いやいいわけないだろう、銀髪の恋人は自分中心に生きているようで、いつだって真っ先に自分を犠牲にする。その身勝手な献身に腹が立ちながら、夢の中だとしても、自分に足を切られる事まで受け入れてくれるのかと嬉しくなる。恋人は顔を近付けて琥珀の双眸を見つめて、言った。

「痛くはしないでおくれよ?」
「……それ、わざと言ってんだろ?」

 顔が赤い自覚がある。恨めしげな火志磨の声に、カチューシャは更に笑みを深くした。

「おや、キミは空気は読めないが勘は本当に冴えているね」

 また取り残された気がした。いちいち正直に反応してしまう自分の躰が恨めしい。

「まあ、ボクはそれでいいかもしれないけど、あずきクンはどうするんだい」
「アイツはそうだな……新刊を餌にして……なんつーんだっけ、カゴと棒と紐で作るトラップ……野性動物用のアレな、ソレ仕掛けておけばすぐ捕まんだろ」

 一旦会話を止めた二人は、下拵えのすんだ食材を本日の食事当番である長男へ渡すために竈がある土間に移動した。





 その一部始終を聞いてしまった香登理と兜太は、厨の入口付近で黙って顔を見合わせた。

「……アタシら、何も悪いことしてないよね?」
「あー……間が悪かったって事にしときましょうよ」
「何よ、この……口の中が甘いんだか酸っぱいんだか苦いんだかよくわかんないの……」
「……メシ作りながらする会話じゃないですね」
「羽根を切って……次は足を切るって……痛くないなら別にいいって……」
「色んな意味で今日の夕飯の味がするか心配です」
「火志磨の目ェすごいヤバかったよね……『痛くない足の切り方調べねえと』ってやる気マンマンの目だったわよアレ……」
「俺は目ぇ見ただけでそこまで読み取れる香登理さんの思考の方がおっかないですよ……八重垣一族ってみんなそんな思考回路なんですか?」
「あたしそんなことしないし! 普通に考えたらチマチマちょん切るより一気に燃やしちゃった方が楽なのに何であんな面倒臭いやり方すんのよ……」
「…………」

 アンタがあの二人をドン引く資格はないなと、兜太はこっそり溜め息を吐いた。
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