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鬱金香の本懐
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狭い出窓に肘をついて、煙草に火を点けた。僅かに開けた窓からは、湿った外の匂いが漂ってきたが、すぐにヤニに上書きされた。だらだら降っていた雨は止んでいるようだが、その足止めがなくても、もう暫らくは帰れないだろうな。そんな事を考えながら、肩越しに振り返った。慣れ親しんだ寝床で、女が背中を丸めて熟睡している。それだけの光景なのに、何故か腹の底がモゾモゾと落ち着かなくなってきたので、目を逸らして煙を吐き出した。
縁あって借りたこの場所で店を開く時、店名を昔のハンドルネームにしたのは、他に思いつかないという理由が大きかった。だが、それが目印になるかもしれないという思惑も、確かにあった。そして獲物はまんまと引き寄せられた。半年くらい前、ヒカルが初めて暖簾から顔を覗かせた時、数年の空白が一気に消し飛んだ。
襟を掴んで思い切り揺さぶってやりたい衝動を抑えたのは、もしそれが他人の空似だったとしても、その顔と声を見聞き出来なくなるのは惜しい気がしたからだ。我ながら未練がましいが、話してみれば向こうも同じ状況だったようなので、お相子というところだろう。
ヒカルが覚えているか怪しいが、初めて体を重ねたのも雨の日だった。日除けの簡単な屋根もないバス停で待つのは耐えられず、潜り込んだあばら家で、温め合うために繋がった。湿った髪や、うんざりと雨音に耳を傾ける横顔を見ている内、今夜此処で確かめてしまおうという気になったのは、その記憶をふと思い出した所為かもしれない。
交互にシャワーを浴びて抱きしめた後、あの頃のヒカルとは違う匂いがして、実は少し不安になった。でもお互いにまさぐり合って首筋に顔を埋めると、覚えのある体臭が胸を満たした。もし次があったとしても、きっとコレは忘れないだろう。
「……やんだ?」
いつの間にか煙草は灰ばかりになって、寝息も途切れていた。やや掠れた声にゾクゾクと込み上げてくるモノがあって、それを誤魔化すために煙草を強く灰皿に押し付けた。今まで独り身だったのは、何となく縁がなかったからだと言い切りたいが、悔しいながらこの女の影響があるのかもしれない。おかしな色気で人の性癖を歪めやがってと、いつか文句の一つでも言ってやりたい。
「まだ降ってるわよ」
気付くとそんな事を口走っていた。
「そう……」
返事したヒカルが躰を起こすと、薄い毛布が肩から落ちた。
「煙草、私も吸ってみたい」
指で煙草を挟む仕草をしながら葵を見上げる女に、また何かが込み上げる気配がした。ヒカルより若いとはいえ、そんなにすぐは回復しない。そう思っていたが。煙草一本が灰になる時間があれば、どうやら十分らしい。葵は窓から離れて、布団に膝をついた。ヒカルのくちゃくちゃになった頭髪に手を添えて、『あ』の形に開かれた口を塞ぐ。
「これで我慢しなさい」
「……こういうタイプだったっけ、葵ちゃん」
「ちゃん言うな」
十数年も経てば色々なものが変わる。葵はそう笑って、起きたばかりのヒカルをマットレスに押し倒す。まだ汗の引いていない肌を舐めながら、柔らかい腹から股の間に手を滑らせると、組み敷いた躰が震えて、上擦った声が上がった。
「わ、私ほんとに久しぶりだったんだからね、無茶しないでよ……?」
「判ってるわよ。今夜の内に済ませたい仕込みがあるから。ほらさっさと足を開きなさい」
「ソレちゃんと判ってんのッ!」
つい声を張って咳き込むヒカルに、葵はまた笑ってしまった。
縁あって借りたこの場所で店を開く時、店名を昔のハンドルネームにしたのは、他に思いつかないという理由が大きかった。だが、それが目印になるかもしれないという思惑も、確かにあった。そして獲物はまんまと引き寄せられた。半年くらい前、ヒカルが初めて暖簾から顔を覗かせた時、数年の空白が一気に消し飛んだ。
襟を掴んで思い切り揺さぶってやりたい衝動を抑えたのは、もしそれが他人の空似だったとしても、その顔と声を見聞き出来なくなるのは惜しい気がしたからだ。我ながら未練がましいが、話してみれば向こうも同じ状況だったようなので、お相子というところだろう。
ヒカルが覚えているか怪しいが、初めて体を重ねたのも雨の日だった。日除けの簡単な屋根もないバス停で待つのは耐えられず、潜り込んだあばら家で、温め合うために繋がった。湿った髪や、うんざりと雨音に耳を傾ける横顔を見ている内、今夜此処で確かめてしまおうという気になったのは、その記憶をふと思い出した所為かもしれない。
交互にシャワーを浴びて抱きしめた後、あの頃のヒカルとは違う匂いがして、実は少し不安になった。でもお互いにまさぐり合って首筋に顔を埋めると、覚えのある体臭が胸を満たした。もし次があったとしても、きっとコレは忘れないだろう。
「……やんだ?」
いつの間にか煙草は灰ばかりになって、寝息も途切れていた。やや掠れた声にゾクゾクと込み上げてくるモノがあって、それを誤魔化すために煙草を強く灰皿に押し付けた。今まで独り身だったのは、何となく縁がなかったからだと言い切りたいが、悔しいながらこの女の影響があるのかもしれない。おかしな色気で人の性癖を歪めやがってと、いつか文句の一つでも言ってやりたい。
「まだ降ってるわよ」
気付くとそんな事を口走っていた。
「そう……」
返事したヒカルが躰を起こすと、薄い毛布が肩から落ちた。
「煙草、私も吸ってみたい」
指で煙草を挟む仕草をしながら葵を見上げる女に、また何かが込み上げる気配がした。ヒカルより若いとはいえ、そんなにすぐは回復しない。そう思っていたが。煙草一本が灰になる時間があれば、どうやら十分らしい。葵は窓から離れて、布団に膝をついた。ヒカルのくちゃくちゃになった頭髪に手を添えて、『あ』の形に開かれた口を塞ぐ。
「これで我慢しなさい」
「……こういうタイプだったっけ、葵ちゃん」
「ちゃん言うな」
十数年も経てば色々なものが変わる。葵はそう笑って、起きたばかりのヒカルをマットレスに押し倒す。まだ汗の引いていない肌を舐めながら、柔らかい腹から股の間に手を滑らせると、組み敷いた躰が震えて、上擦った声が上がった。
「わ、私ほんとに久しぶりだったんだからね、無茶しないでよ……?」
「判ってるわよ。今夜の内に済ませたい仕込みがあるから。ほらさっさと足を開きなさい」
「ソレちゃんと判ってんのッ!」
つい声を張って咳き込むヒカルに、葵はまた笑ってしまった。
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