愛屋及烏(12/9更新)

狂言巡

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ホイホイ【ちょっと昔】

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 ダンッ。

「だから、」

 今しがた空になったばかりのグラスが、やや大袈裟な響きと共にテーブルに着地する。

「私は何もしてないの」

 だいぶ酒が回っているようで、大きな眼もやや座り気味だ。大した強くもないクセに、やたらパカパカ空けていく所為ある。蓮は隣に座る彼女――カヲルを横目に見つつ、残り少なくなっている自分のジョッキにちびちびと口をつけている。彼もまたカヲルと同程度の酒量は稼いでいるはずだが、こちらはさほど酔った様子もない。

「どうせ優しくしてやったんでしょ、いつもみたいに」

 にやつきながら指で肩をつついてきた蓮を、カヲルはじとりとした目つきでねめつけた。

「勝手の判らない新入りが困ってたら手助けするのは当たり前じゃないの。後は時々一緒にゴハン食べてただけなのに。私は何もしていない、あっちが勝手に勘違いしたんだよ」

 カヲルは作家だ。それだけではまだ食べていけないので、パートを掛け持ちしている。そして飲み友達で万年中間管理職のサラリーマンである蓮と、彼の自宅に近い、ほどほど安くほどほど美味しくほどほど狭い居酒屋のカウンターで、二人気楽に飲んでいるところであった。

「で、今回は刃傷沙汰にならずに済んだの」
「うん」
「そりゃよかった」

 刃傷沙汰とは甚だ物騒であるが、しかし蓮があえて『刃傷沙汰』と言ったのには訳がある。カヲルは過去、彼女の著作のファンだという人物に付き纏われたり、数日に渡ってある店の受付をしていたら客から告白され、それを断ると危うく刃物を持ち出されそうになったりなど、少々アレな経験を何度となくしているのである。

「しっかしカヲルちゃん、ほんとによくダメな男に引っ掛かるねぇ」
「ちょっと、私が引っ掛かってるわけじゃない。誤解を招くような言い方しないでよ」

 今回も新人に一方的に懸想され、散々な目に遭ったのだとか。自分もツイてない方だと自覚はあるが、彼女も彼女で相当引きが悪いというか、男運がない。

「だから、その男運がないって言い方もやめて下さいよ。そもそも私はそんなの求めてないのに」
「逆に独り身だからダメな男に捕まんのよ。ここは一つおじさんにしとけば? 悪いようにはしないぜ?」

 ジョッキに残っていた、常温になって久しいビールの最後の一滴までを喉に流し込み、蓮はおどけてみせた。

「何言ってんですか。蓮さんだってダメンズ枠でしょ」
「違いない」
「自分で言うなんて、だから蓮さんはダメなんです」
「何それひどい」

 ゲラゲラと笑いながら、蓮は小皿に一口だけ残っていたイカの塩辛を箸で器用に摘まみ上げた。一方のカヲルは酒のせいか、顔から首から真っ赤に染めた状態のままついにカウンターに突っ伏してしまった。

「あーあ、ダメだこりゃ。ほら、帰るぞ。女将さん、おあいそね」

 蓮はスラックスの尻ポケットから財布を取り出そうとした。しかしそこに目当ての物はなく、上着のポケットやら通勤鞄やらをひっくり返し、ようやく出てきたそれは何故かカヲルの上着の下にあった。そういえば「トイレに行く時に落としそうだからカヲルちゃんが持ってて」と渡したんだった。

「大丈夫? うちのおとと代行しよか?」

 蓮とカヲルとはすっかり顔見知りの女将が、気を遣って声を掛けてくれる。

「いんや、コイツまだ歩けそうだし、俺んち泊めるから平気」
「そぉ?」

 市内なんだからタクシーに乗せて自宅に帰らせればいいのだが、まぁいいだろう。何と言っても気遣いのいらない、友人同士だ。

「ところではっちゃん、このお姉ちゃんとはどんな繋がりなん?」
「仕事の関係で知り合ってね。いつの間にか飲み友達よ」

 会計を済ませ、席を立たせる。

「カヲルちゃん帰るぞ」
「ん」

 足取りはそこそこしっかりしているが、目は半分しか開いておらず、だいぶ眠たそうではある。普段は真面目なしっかり者で通っている彼女の、ふとした拍子に見せる気の緩んだ姿に、彼女からダメ出しされてばかりの男の胸は妙にざわめくのだ。

「ほんと、ダメな男ばっか引っ掛けるよねぇ」
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