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朝食
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遮光カーテンの隙間から漏れる陽光が顔に当たった事で、目が覚めた。どうやらあのまま二人して寝落ちしてしまったようだ。葵は泣き腫らして重くなった目をさすり、ぼやけた視界に映る惨状に頭を抱えた。葵の精液はガビガビに乾いているし、シーツは皺くちゃだし、すっぽんぽんのヒカルが隣で猫のように丸まってクークー寝息をかいている。その熟睡ぶりに少しイラつきながら、大きくため息をつく。夢ではなかった。また都合のいい妄想が夢となって現れたのかと思った。
疎らに髭が生えてざらついた顎を撫で、葵はベッドからそっと降りた。シャワーを浴びてスッキリし、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲む。水分が喉を通って初めて、からからに乾いていた事に気づいた。電子タバコを手に持ち、煙を吸いながらキッチンに立った。冷蔵庫にあった使いかけの大根やシメジで味噌汁を作る。油揚げは一日賞味期限が切れていたが、問題ないだろう。
ストックの冷やご飯をレンジで温め、その間にフライパンを熱して卵を二個落とした。白身が固まりかけた頃、フライパンに水を入れる。油に反応した水がじゅわあと音と湯気を放つ。ローテーブルに二人分の皿を並べる。作り置きのおひたしと漬物はタッパーに入ったままだったが、どうせ相手はヒカルだ。気にする事はない。しかし漬物が苦手だったのを思い出して瓶入りの佃煮を出してやる。準備が整った葵は、まだ気持ちよさそうに寝ているヒカルを容赦なく揺さぶった。
「ヒカル! 起きなさい! 朝よ!」
それなりに張られた声に、ヒカルはふぐっと鼻を鳴らし、薄目を開けた。くしゃくしゃの寝顔に昨夜の色っぽさなど微塵も残っておらず、葵は彼女の間抜け面ぶりに思わず噴き出す。
「……もうちょっと寝させてぇ」
「邪魔、ベッドの全部洗いたいのよ」
「朝から元気だね……」
「アンタ今日も仕事でしょ。さっさと起きなさい」
「……嫌な事、思い出させるなあ」
ぼやきながらヒカルは、イタタと腰を抑えながら上半身を起こす。
「運動不足の賜物ね」
「だって仕方ないじゃない。休憩挟みたくても葵くんが全然離してくれないから……」
その明け透けな言葉に、葵はカアッと頬を染めて思い切り彼女の頭をはたいた。
「あ、朝っぱらから変なこと言うんじゃないの!」
「はいはい。あれ、何かいい匂い」
「朝飯作ったからさっさと食べて」
「うん、ありがとう」
ようやくヒカルはもそもそとベッドから這い出てきた。モッサリした鳥の巣のような頭髪を一度掻き回す彼女に、床に脱ぎ捨ててあった衣服と下着を投げつける。それをノロノロと身につけたヒカルをローテーブルの向かい側に座らせて、湯のみに暖かいお茶を注いでやった。二人で手を合わせ、向き合って朝食を食べる。冬の気配が濃厚になってきた秋の陽光がカーテンの隙間から注ぎ込み、室内をじんわり暖めていく。
箸で目玉焼きを割ると、トロリと黄身が流れ出て、白米と一緒に口の中に放り込み咀嚼する。ヒカルが、白米に乗せた目玉焼きと佃煮を食べながら言った。
「朝晩は冷えるね。やっぱり、炬燵が欲しいなぁ」
「だから、欲しいなら自分で買いなさいよ」
「いいの? 買っちゃうよ? 買って此処ですみっこ暮らしちゃうよ?」
「妖怪炬燵女の誕生ね」
「なぁにそれ」
笑い混じりに返されて、葵もつられて少し笑った。
「それでさあ、葵くん」
「何よ?」
「好きだよ」
ぽろりと持っていた箸が落ちて、床にカラカラと転がった。思わず目を見開いてヒカルを見る。
「あ、アンタ……ほんと、ばっかじゃないの!」
人差し指をヒカルに突きつけ、葵は叫んだ。
「なぁによ」
ヒカルはいつの間にか椀と箸をテーブルに置いて肘を顎に乗せている。その開き直ったかのような、婀娜っぽくて昨夜の彷彿とさせる表情にカアッと顔に血が上る。熱い。何もかもが熱くなり、全身から汗が吹き出す。
「ア、アタシは嫌い……っ!」
「はいはい、理解ってるよ」
「……っ」
「ほんとに、葵くんは頑固だねぇ」
ヒカルが目を細めて笑って、そっと葵の頭に手を乗せた。そのままぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜられ、彼女の手の感覚が急に胸に突き刺さって、また何かが込み上げてくる。年上だからって何だ、おっちょこちょいなオバハンのくせに。
「まぁ、私がくたばる時くらいは好きって言ってほしいな」
「ふん……」
葵はヒカルを上目遣いで見上げた。つまり、くたばるまで一緒にいるつもりだという事では無いか。
「……アンタが、全部アタシのモンになるなら」
「安上がりだなぁ。こんなんでよければ、いくらでも」
「くたばっても、離してやらないんだから」
「全然いいよ、葵くんが後悔しないなら」
葵は、自分の頭の上のヒカルの手に自分の手をそっと重ねた。彼女の手は離れていくどころか己の手を取り、まるで当たり前のように指が絡みついてくる。それだけの事なのに鼻の奥がツンとして、それをごまかすようにヒカルの額にデコピンをお見舞いした。
疎らに髭が生えてざらついた顎を撫で、葵はベッドからそっと降りた。シャワーを浴びてスッキリし、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲む。水分が喉を通って初めて、からからに乾いていた事に気づいた。電子タバコを手に持ち、煙を吸いながらキッチンに立った。冷蔵庫にあった使いかけの大根やシメジで味噌汁を作る。油揚げは一日賞味期限が切れていたが、問題ないだろう。
ストックの冷やご飯をレンジで温め、その間にフライパンを熱して卵を二個落とした。白身が固まりかけた頃、フライパンに水を入れる。油に反応した水がじゅわあと音と湯気を放つ。ローテーブルに二人分の皿を並べる。作り置きのおひたしと漬物はタッパーに入ったままだったが、どうせ相手はヒカルだ。気にする事はない。しかし漬物が苦手だったのを思い出して瓶入りの佃煮を出してやる。準備が整った葵は、まだ気持ちよさそうに寝ているヒカルを容赦なく揺さぶった。
「ヒカル! 起きなさい! 朝よ!」
それなりに張られた声に、ヒカルはふぐっと鼻を鳴らし、薄目を開けた。くしゃくしゃの寝顔に昨夜の色っぽさなど微塵も残っておらず、葵は彼女の間抜け面ぶりに思わず噴き出す。
「……もうちょっと寝させてぇ」
「邪魔、ベッドの全部洗いたいのよ」
「朝から元気だね……」
「アンタ今日も仕事でしょ。さっさと起きなさい」
「……嫌な事、思い出させるなあ」
ぼやきながらヒカルは、イタタと腰を抑えながら上半身を起こす。
「運動不足の賜物ね」
「だって仕方ないじゃない。休憩挟みたくても葵くんが全然離してくれないから……」
その明け透けな言葉に、葵はカアッと頬を染めて思い切り彼女の頭をはたいた。
「あ、朝っぱらから変なこと言うんじゃないの!」
「はいはい。あれ、何かいい匂い」
「朝飯作ったからさっさと食べて」
「うん、ありがとう」
ようやくヒカルはもそもそとベッドから這い出てきた。モッサリした鳥の巣のような頭髪を一度掻き回す彼女に、床に脱ぎ捨ててあった衣服と下着を投げつける。それをノロノロと身につけたヒカルをローテーブルの向かい側に座らせて、湯のみに暖かいお茶を注いでやった。二人で手を合わせ、向き合って朝食を食べる。冬の気配が濃厚になってきた秋の陽光がカーテンの隙間から注ぎ込み、室内をじんわり暖めていく。
箸で目玉焼きを割ると、トロリと黄身が流れ出て、白米と一緒に口の中に放り込み咀嚼する。ヒカルが、白米に乗せた目玉焼きと佃煮を食べながら言った。
「朝晩は冷えるね。やっぱり、炬燵が欲しいなぁ」
「だから、欲しいなら自分で買いなさいよ」
「いいの? 買っちゃうよ? 買って此処ですみっこ暮らしちゃうよ?」
「妖怪炬燵女の誕生ね」
「なぁにそれ」
笑い混じりに返されて、葵もつられて少し笑った。
「それでさあ、葵くん」
「何よ?」
「好きだよ」
ぽろりと持っていた箸が落ちて、床にカラカラと転がった。思わず目を見開いてヒカルを見る。
「あ、アンタ……ほんと、ばっかじゃないの!」
人差し指をヒカルに突きつけ、葵は叫んだ。
「なぁによ」
ヒカルはいつの間にか椀と箸をテーブルに置いて肘を顎に乗せている。その開き直ったかのような、婀娜っぽくて昨夜の彷彿とさせる表情にカアッと顔に血が上る。熱い。何もかもが熱くなり、全身から汗が吹き出す。
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「はいはい、理解ってるよ」
「……っ」
「ほんとに、葵くんは頑固だねぇ」
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