推し活のススメ・夜光(1/6更新)

狂言巡

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血は争えない【子世代】

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 暗闇の中、それは静かに輝く。己の位置と行き先を示すように。手放したくないと願っても一向に距離は縮まらない。見つけたからといって届くはずないのだ。星は遠いからこそ美しく、皆を導く。





 雷鳴のような火傷を負ったその男は、不定期でフラリと現れる。そうすると、屋敷の主人夫婦の次に発言権がある愛娘は全ての予定を全部スキップしてでも、それはもう満面の笑みを浮かべて嬉々として男を部屋に迎え入れ、丁重に持て成すのだ。来てくれて嬉しい。会えて嬉しい。そんな様子が、見ているこちらにも伝わってくるくらいの浮かれようだ。

「寒露さん」

 少女(ちぎれんばかりに振られる尻尾を幻視しかねない)に名を呼ばれるたびに、男は少しどうしていいのか判らないような顔をする。しかし、決して迷惑そうではない。美空が無条件に信頼を表し、自ら率先して男に纏わりついていく様は、普段見ない光景なだけにイライラする。その男は家族や側近共とはまた別の位置で、格別の地位を占めているのは一目瞭然だからだ。

「お嬢、和琴の稽古はいいのか?」
「いーのいーの、漣さん。だって、寒露さんが来てくれたんだよ!」
「それは僥倖だ」

 男が笑う。手を伸ばし、美空の髪をクシャリとかき混ぜるようにして撫でたところで急速に限界がきて、背後から漣は片手で足りる程の小さな顔を手で覆いこちらに引き寄せた。

「あれ? どしたん漣さん」

 指の隙間から、振り返った美空がきょとんとした顔をする。真っ直ぐに男を睨みつけながら、漣は舌打ちをした。

「漣さーん、私、寒露さんと出かけてくるから」
「は?」
「久しぶりに会ったから、おすすめメニュー紹介したいんだ」
「…………」

 何だその隙だらけの計画スケジュールは。

「それなら、護衛に……」
「家族で何回か行った事あるお好み焼き屋さんだし大丈夫でしょ、寒露さんがいるから安心じゃん、ね?」

 同意を求められた男が一瞬漣を見て、困ったような曖昧な笑みで美空を見下ろした。

「お嬢、俺はこの家の人間じゃねぇ。一応護衛をつけといた方がいい」
「えー、久しぶりに会えたのにい」

 嗚呼、感じが悪いったらありはしない。どこまでも美空を甘やかそうとして、時おり眩しそうに眇められる男の視線。気付いているのかいないのか、ただ嬉しそうに笑う主人のノホホンさといったら!

「お嬢」

 まるで当たり前のように差し出された手をとろうとするのを見て、さして頑丈でもない理性の糸はあっさりと焼け落ちた。この野郎、まるでカップル如く手を繋いでお出かけなんて、そんなおぞましい真似を許してたまるか。

「その手を引け!」

 男の手を力任せに跳ね除けると、驚いたように美空が肩を震わせた。

「漣さん!?」
「貴様、鈍いにも程があるだろうが」
「えー、何がよぉ」
「そいつは、」
「寒露さん」
「いいから聞け! そいつは、」
「お嬢」

 ふいに、男が苦笑まじりに美空を呼んだ。

「先に庭に出ていてくれ。後から行くから」
「でも」
「俺はここのモンじゃねえ。車を勝手に拝借するわけにもいかねえだろ」
「はーい」

 一先ず納得した美空は、漣をねめつけた。

「寒露さんに変な事しないでよ漣さん」
「おい、」

 何も知らずに、相変わらずのノホホンめ! 心中罵りながら、漣は去っていく未来の主人の背を睨みつけ、それから失笑している男を見返した。

「大変だな、あんた。漣っていうんだっけか」
「黙れ。なれなれしく俺の名を口に乗せるな」
「あんなやり方ではダメだろ」
「はあ?」
「あれじゃ伝わらないぜ」

 小さく笑って、男は窓のすぐ側に立つ木の葉を数枚手で千切った。

「……なら貴様は」
「その術を知っているのか」

 睨みつけると、男は眼を伏せた。

「生憎、俺はお嬢が想像してるような善人じゃねえ」
「だからどうした、アレには手を出すな。殺す」
「ならあんたも」

 初めて男が真っ直ぐに、意志を秘めた眼で漣を見つめ返してきた。

「迂闊に触れないでくれ。あの人は俺の聖域だ。一歩でも足跡つけてみろ、殺す」
「…………」

 雛のように懐いているあのノホホンにも見せてやりたいくらい、冷たい殺気だった。ただガキに興奮するだけの下衆ならサッサと殺して事後報告になっても問題ないのに、厄介すぎる。
 こういうややこしいのばかりがどうして虫のように集まってくるんだとイライラしてくる。あの正反対のようでそっくりな兄弟も、胡散臭いロリコン占い師も、普段喧嘩ばかりしている自分の弟妹だって。皆こぞってこのノホホンにイカれ散らかしてやがる。エンジンがかかる音がした。同時に、窓から美空の声が入ってくる。

「漣さーん、寒露さーん」

 庭から少女が手を振っている。車の用意が出来たらしい。

「今行くぜ」

 殺気は途端に綺麗に消えうせた。上等だ。

「おい。俺も行くぞ」
「ん?」
「俺も行くと言っている。何か不満か」
「……好きにしたらいい」

 ノホホンのお気に入りは漣を一瞥し、歩き出した。その手から、緑の葉が滑り落ちる。最早あのノホホンが居なければ、いても立ってもいられぬこの身が嘆かわしい。絶対渡してなるものか。

(今更彼女ナシで、この世を生き延びていけというのだろうか)
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