光芒の食卓(12/28更新)

狂言巡

文字の大きさ
4 / 26

【榊と暁】屋台飯

しおりを挟む
 夏真っ盛りだ。この時期に差し迫った用もないのに外出するのは自殺行為に等しい。ヒカルは最近断捨離したワードロープの中で最大限に涼しい服を選んだものの、日陰のベンチにマネキンの如く座っているだけでダラダラと汗が流れ続ける今日の気温では全く無意味な事であった。

「暑い……」

 辺りが暗くなるより先に流れ始めた祭囃子に誘われて、さほど広くもない神社の参道はまともに歩けない程の人いきれだ。ヒカルはそんな人口の波に揉みくちゃにされる事を固辞した結果、道から逸れた古びたベンチに避難していた。飲み物を売る出店がそこかしこにある事と、その何処にでもヒカルが好きな物を扱っている事が救いだった。コンビニよりも更に強気な価格設定のそれは、熱をたっぷり蓄えたヒカルの躰を懸命に潤す。有り体に言えば帰りたいすぐにでも。けれどそういう訳にもいかない。一人で来ているワケがないのだから。
 ヒカルがもう数十回目ともいえる「暑い」を口に出した瞬間、人の波をすり抜けて参道を進む男の姿が見えた。色とりどりの浴衣にまみれてTシャツの上からでも判るムキムキ体系の彼は少し浮いていたが、あからさまにウキウキとしている表情だけが、そこかしこにいる中高生集団にも妙に馴染んでいた。

「ヒカルさん! じゃんけんに勝ったから ベビーカステラもう一袋貰えた! 一緒に食べよう」

 汗を滲ませてこちらに小走りで駆けてきた賢希の頭部に犬の耳が、腰の後ろにはパタパタと揺れる大きな尻尾が見えたからいよいよ熱中症になりかけている。そういえばコーヒー飲料は水分補給の手段にはならないと聞いた事があるなとヒカルはぼんやり思い出しながら適当な相槌を打った。
 手は二本しかないはずなのに、賢希の逞しい腕には複数のレジ袋がぶら下がっている。屋台で扱っているようなハイカロリーな食べ物と夏バテ気味の胃腸が受け付けられるか不安が脳裏を掠めたが、ニコニコとレジ袋を揺らす賢希を見ていたら食欲とは別の欲求が高まってきた。やはり、長時間熱気に晒されるのは良くないのだ。

「それ、家で食べるよ。これ以上外に居たら私死んじゃう」

 同じ姿勢で座っていた所為で立ち上がる動作もぎこちない。腰は生活する上で重要な部位である。無理するとその後に響くという事を経験則でウンザリする程に理解してはいたが、一刻も早く湧き上がった衝動をどうにかしたい気持ちに勝てない。ヒカルは一度ゆっくり腰を伸ばすと、戦利品で塞がった賢希の手に自身のそれを差し出す。賢希はごく自然な動作で右手にかけていたレジ袋をヒカルの左手へと渡した。

「いやそうじゃなくて」

 好物の焼きおにぎりだったから勘違いしたらしい。少し汗ばんだ賢希の手をぐいっと引き寄せて握る。驚きで目を見開いた賢希をよそに、ヒカルは参道に背を向けて歩き始めた。

「ヒカルさん、酔ってる?」
「飲んでないよ」
「……見られてもいいの?」
「この辺りは知り合い居ないし、誰も注目してないよ。帰ろう」
「うん」

 急いた心が語気を強める。不機嫌なわけではない事を証明するかのように、ヒカルは握っていた掌を開いて指を絡めた。更なる抗議を受けた際には、汗で滑るからとでも言い訳すれば良い。全ては憎っくき暑さの所為にして。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...