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怪火
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さらさら。しとしと。
雨が早朝から小さな音を立てていた、某日の午後の事です。
コンクリートが一切敷かれていない、大地が剥き出しになっているこの場所に、二人の女子生徒がのんびり佇んでいました。上着に着けてあるバッジの色と形からして、この学校の最上級生のようです。
彼女らの周りでは――おや。大きな玉ねぎサイズの炎が空中でめらめらと燃えています。別にこの二人が起こしたものではありません。『怪火』というものです。それは青色をしていました。黒絹のベールで顔と頭の一部を隠した少女と、臙脂色のカチューシャをつけた少女は、蒼い炎にすっかりとり囲まれていました。
しかし、これと言って怖がるでもなく逃げようとする気はないようです。
「なァんだ。別段、怖くないねぇ」
ベールの少女が吐き捨てるように言い放ちました。彼女にとってすっかり期待外れで興醒めの結果だったようです。少女の毒舌など気にせず、目の前の鬼火はゆらりゆらりと静かに燃えています。
「――エリナ。こういう火って、一応科学的に分析、証明できるって知ってた?」
カチューシャをつけた少女は、友人が鬼火に手を伸ばすのを視界に入れつつ、静かに話し掛けました。
「へェ。どんな風にだい?」
鬼火により、手元と顎が淡群青色に染まったベールの少女は、カチューシャの少女の方に声だけを向けました。鬼火と友人をじっと見つめつつ、カチューシャの少女は自分が知っている話を始めました。
「人体に含まれるある物質がね、肉体が死んだ事によって腐って気化し、ある一定の状態の空気中の成分と混じりあい、鬼火と成って現れるのだと」
「ふうん」
今度は鬼火を上から撫でるように手を掲げているベールの少女は、息と共に感嘆の相槌を打ちます。
「成ァ程。てことァこの辺にはなにそれの死体が埋まってるんだな」
「かもね」
ベールの少女の、(この学校においては)なかなか現実味がありすぎて笑えない冗談に、カチューシャの少女は短く同意を示します。
めらめら、めろめろ。
傍らで明明と燃えているものは――外見的には立派な炎であります。それでいて近くにいても触れてみても、少しも熱を感じません。どうして燃えているのでしょうか。何を燃やしているのでしょうか。
人の魂、または天狗の使い火とも囁かれるその炎は唯々、黙黙と燃えているだけです。
「――あちらの方で、死者を数名出してしまったという話は聞いたが」
唐突に、鬼火から手を離したベールの少女が別の話題を持ち出しました。
「ええ、二級生(高等部二年生)の方でも、行方不明者が出たようよ」
「手足は見つかったそうだけど……」
何かからはばかるように、辺りをぐるりと見渡してから、カチューシャの少女が少し声量を抑えて答えます。
彼女らの周囲には、怪火が空の星にも負けないくらい力強く燃えています。ある意味、これも美しい光景といえるかもしれません。
怪火に翳していた手を、雨に濡れて頬にはり付いた髪を剥がすのに使って、ベールの少女が言いました。
「でもまさか、敷地内には埋めないだろう」
その言葉にカチューシャの少女は、
「普通ならね、でも」
やっぱり小声で返してから、一息入れて続けます。
「状態にも、よるでしょうね」
不意に、めらり。たくさんある怪火の一つが小さく、震えました。
「まァな」
その異変に気付きはすれど、動揺する事はない少女達。
ぱちり。
その会話を打ち切らせようとするかのように、怪火のいくつかが火花を爆ぜさせました。
雨が止まないまま、夕方が始まります。少女らの周囲のそこかしこで燃えている鬼火は、その暗がりの中で不気味に光っていました。
ベールを被った女子生徒が、ふっと顔を上げて天を仰ぎ見ました。
「怖いもんだねェ」
小さく呟かれた言葉。まるで雨に濡れそぼってしまったかのように、重く重く周囲に響きます。
「ええ。私達人間とあれらは、勝手が違うから」
「――対処に困るわ」
そう付け足された言葉は、ベールの少女のかんばせに自嘲めいた笑みを浮かばせます。
「されるがままだからな」
「どうにかならないものかしら」
溜め息混じりに零すカチューシャの少女に同意を示し、一度沈黙を置いてから、ベールの少女もどことなく憂いを帯びた声でぼやきます。
「人死だけでも、減ればいいのだが」
「全くだわ」
今度はカチューシャの少女が短く同意しました。
びゅううう。
突風がスカートやブラウスの襟を吹きつけていきます。しかし、空中で燃えている鬼火は微かに輪郭を揺らめかせただけで、意地でも定位置から動く気も消える気もないようでした。
『 まだまだ おわらない よ 』
声がしました。この場に今だかつてなかったはずの――紙切れを床に落としたような――乾いた、小さな声です。しかしまた突風が先程よりも一際強く、少女らの間を突き抜けていきましたので、終わりの方はすっかり掻き消されてしまいましたけれど。
それでもベールの少女にはその囁きが聞こえていたようで、パチクリと目を瞬かせ、
「アンナ、今なんか言ったかい?」
名を呼ばれた少女はその唐突な問い掛けに、吹き付けてきた強風の為に瞑っていた瞼を隣の少女と同じようにパチパチ動かして、答えます。
「いいえ、何も」
問い掛けた生徒は暫し、不思議顔の友人を見つめていましたが結局、
「そう」
短く返して、視線を空に向けました。
怪火はただただ黙したまま、めらりめらりと燃えています。闇色のカーテンの中で、ろくに舗装を施されていない荒れた土の上から燃え盛るその様は、まるで川辺の蛍か夜空の星を思わせます。
動かない、語らない、不可解な火。それは何の因果で此処に現れ、存在しているのでしょうか……。
誰にも解らぬまま、雨脚だけが強くなってきました。
雨が早朝から小さな音を立てていた、某日の午後の事です。
コンクリートが一切敷かれていない、大地が剥き出しになっているこの場所に、二人の女子生徒がのんびり佇んでいました。上着に着けてあるバッジの色と形からして、この学校の最上級生のようです。
彼女らの周りでは――おや。大きな玉ねぎサイズの炎が空中でめらめらと燃えています。別にこの二人が起こしたものではありません。『怪火』というものです。それは青色をしていました。黒絹のベールで顔と頭の一部を隠した少女と、臙脂色のカチューシャをつけた少女は、蒼い炎にすっかりとり囲まれていました。
しかし、これと言って怖がるでもなく逃げようとする気はないようです。
「なァんだ。別段、怖くないねぇ」
ベールの少女が吐き捨てるように言い放ちました。彼女にとってすっかり期待外れで興醒めの結果だったようです。少女の毒舌など気にせず、目の前の鬼火はゆらりゆらりと静かに燃えています。
「――エリナ。こういう火って、一応科学的に分析、証明できるって知ってた?」
カチューシャをつけた少女は、友人が鬼火に手を伸ばすのを視界に入れつつ、静かに話し掛けました。
「へェ。どんな風にだい?」
鬼火により、手元と顎が淡群青色に染まったベールの少女は、カチューシャの少女の方に声だけを向けました。鬼火と友人をじっと見つめつつ、カチューシャの少女は自分が知っている話を始めました。
「人体に含まれるある物質がね、肉体が死んだ事によって腐って気化し、ある一定の状態の空気中の成分と混じりあい、鬼火と成って現れるのだと」
「ふうん」
今度は鬼火を上から撫でるように手を掲げているベールの少女は、息と共に感嘆の相槌を打ちます。
「成ァ程。てことァこの辺にはなにそれの死体が埋まってるんだな」
「かもね」
ベールの少女の、(この学校においては)なかなか現実味がありすぎて笑えない冗談に、カチューシャの少女は短く同意を示します。
めらめら、めろめろ。
傍らで明明と燃えているものは――外見的には立派な炎であります。それでいて近くにいても触れてみても、少しも熱を感じません。どうして燃えているのでしょうか。何を燃やしているのでしょうか。
人の魂、または天狗の使い火とも囁かれるその炎は唯々、黙黙と燃えているだけです。
「――あちらの方で、死者を数名出してしまったという話は聞いたが」
唐突に、鬼火から手を離したベールの少女が別の話題を持ち出しました。
「ええ、二級生(高等部二年生)の方でも、行方不明者が出たようよ」
「手足は見つかったそうだけど……」
何かからはばかるように、辺りをぐるりと見渡してから、カチューシャの少女が少し声量を抑えて答えます。
彼女らの周囲には、怪火が空の星にも負けないくらい力強く燃えています。ある意味、これも美しい光景といえるかもしれません。
怪火に翳していた手を、雨に濡れて頬にはり付いた髪を剥がすのに使って、ベールの少女が言いました。
「でもまさか、敷地内には埋めないだろう」
その言葉にカチューシャの少女は、
「普通ならね、でも」
やっぱり小声で返してから、一息入れて続けます。
「状態にも、よるでしょうね」
不意に、めらり。たくさんある怪火の一つが小さく、震えました。
「まァな」
その異変に気付きはすれど、動揺する事はない少女達。
ぱちり。
その会話を打ち切らせようとするかのように、怪火のいくつかが火花を爆ぜさせました。
雨が止まないまま、夕方が始まります。少女らの周囲のそこかしこで燃えている鬼火は、その暗がりの中で不気味に光っていました。
ベールを被った女子生徒が、ふっと顔を上げて天を仰ぎ見ました。
「怖いもんだねェ」
小さく呟かれた言葉。まるで雨に濡れそぼってしまったかのように、重く重く周囲に響きます。
「ええ。私達人間とあれらは、勝手が違うから」
「――対処に困るわ」
そう付け足された言葉は、ベールの少女のかんばせに自嘲めいた笑みを浮かばせます。
「されるがままだからな」
「どうにかならないものかしら」
溜め息混じりに零すカチューシャの少女に同意を示し、一度沈黙を置いてから、ベールの少女もどことなく憂いを帯びた声でぼやきます。
「人死だけでも、減ればいいのだが」
「全くだわ」
今度はカチューシャの少女が短く同意しました。
びゅううう。
突風がスカートやブラウスの襟を吹きつけていきます。しかし、空中で燃えている鬼火は微かに輪郭を揺らめかせただけで、意地でも定位置から動く気も消える気もないようでした。
『 まだまだ おわらない よ 』
声がしました。この場に今だかつてなかったはずの――紙切れを床に落としたような――乾いた、小さな声です。しかしまた突風が先程よりも一際強く、少女らの間を突き抜けていきましたので、終わりの方はすっかり掻き消されてしまいましたけれど。
それでもベールの少女にはその囁きが聞こえていたようで、パチクリと目を瞬かせ、
「アンナ、今なんか言ったかい?」
名を呼ばれた少女はその唐突な問い掛けに、吹き付けてきた強風の為に瞑っていた瞼を隣の少女と同じようにパチパチ動かして、答えます。
「いいえ、何も」
問い掛けた生徒は暫し、不思議顔の友人を見つめていましたが結局、
「そう」
短く返して、視線を空に向けました。
怪火はただただ黙したまま、めらりめらりと燃えています。闇色のカーテンの中で、ろくに舗装を施されていない荒れた土の上から燃え盛るその様は、まるで川辺の蛍か夜空の星を思わせます。
動かない、語らない、不可解な火。それは何の因果で此処に現れ、存在しているのでしょうか……。
誰にも解らぬまま、雨脚だけが強くなってきました。
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