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朝明の決意
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朝起きて目に入ってきた世界は、妙に煌めいて見えた。朝日に照らされた眩しい視界の中で、蓮美は全身に倦怠感を感じながらぼんやりと天井を眺める。
(……やってしまった)
まるで罪を犯したかのような台詞だが、本来在るべき後悔や自責の念からは切り離されたとても微笑ましい響きを持っていた。蓮美は昨晩、遂に恋人と一線を越える事が出来た。確かに今、妙な達成感とそれを上回る多幸感に酔いしれている。昨晩このベッドの上でたっぷり吸い込んだ甘い空気は今も尚、蓮美の脳に残り香を纏わりつかせたままだった。シーツの中で未だ残る眠気と下肢の疲労感は、あの時間が決して夢ではない事を物語っている。
高く登った太陽に照らし出された傍らを見やる。ほんの数時間前、まだ幸福な時間を長引かせたいが為に眠りに落ちるのを拒む蓮美の頭を撫でて「いいから寝ろ」といつもとは別人のような柔らかい微笑みをくれた恋人は、既にシーツを空にしていた。今頃シャワーでも浴びているのだろうか。ある意味起きてすぐに顔を合わせずに済んで良かったと蓮美は内心ほっとしていた。目覚めて一番に大好きな人が視界に飛び込んでみろ、きっと自分は今日一日ずっと心臓が暴れ回って恋の病の重篤患者になってしまう。
(……めっちゃカッコよかったな……)
数時間前の記憶を反芻すると、浮かぶのは夜の闇に濡れた彼の鋭い目と繊細な手付き、羞恥を煽る甘い台詞。普段は重力に逆らっている髪は触れると柔らかな指通りなのだと初めて知った。普段サングラスに隠されている事が多い猛禽類じみた瞳は別に睥睨されているわけではないと最近理解ってきた。幸福を連れて溶け合った余韻を思い出すと、優しい疼きが腰に走る。脳裏にほんの数時間前までの恋人の顔が行き過ぎるたび、じわりと染みる甘い余韻は幸福と気恥ずしさを連れてくる。思わず身動ぎをして躰に流れる鈍痛と違和感に小さく呻き、それでも興奮は抑えきれずに拳を握って枕を叩いたところで……何故か手の中にひやりとした冷たさを感じた。
「ふぁ?」
間の抜けた声が輪郭も象れぬまま音として口の中に溶けてゆく。寝ぼけ眼をこじ開けてピントを合わせた先には、宙へ掲げられた己の掌があった。すらりと開いた左手の薬指には、見覚えのないシンプルなシルバーリングがきちんと収まっていた。
「………んえっ?」
「起きたか」
ふわりと鼻先を擽るコーヒーの香りに顔を上げると、濡れ髪にタオルを被ったバミューダがマグカップを片手に見下ろしていた。
「ほら、牛乳は入れといた」
「あ、どーも……」
差し出されたカップを受け取ろうと、體を起こして手を伸ばし……また目に入った自身の薬指を、凝視してしまう。突拍子もない行動に慣れてきたバミューダは気にせず、ベットに腰掛けてマグカップを手渡す。見れば彼は普段の遠目からでも断定できるド派手な服装とは異なり、風呂上がりのタンクトップにスウェット、濡れた髪と眼鏡姿という出で立ちだった。初めて見る彼の出で立ちに、蓮美は指輪の事など忘れうっとりと見とれてしまう。
「淹れたてだから、火傷すんなよ」
「あ、はい」
「……」
「あの……ばみゅーださん」
「あん? 水の方が良かったか」
「いや、いえ……あの」
「何だよ」
意を決して、蓮美は質問をぶつけようと息を吸い込み……こちらを真っ直ぐに見つめる彼は眼鏡をかけていて『眼鏡かけるんだな』と場違いな事を思ってしまう。言葉に詰まる赤面した顔で、彼の目前へと勢いよく左手を掲げた。バミューダは差し出された指に輝く細いシルバーの輝きに、一瞬目を見開いた。
そして、口端を少し上げてゆっくりと自身の左手を差し出す。彼の薬指にも、同じ銀色の輝きが飾られていた。それは蓮美と指を絡ませ、手繰り寄せて。 引き寄せられた自分の左手の甲に口付けが落とされるのを、蓮美はポカンと見ていた。唇を離したバミューダが、目が合うと同時にニヤリと微笑んだところで、目が覚めて慌てて手を振りほどこうとした。しかし、がっちりと掴まれて離せない。
「バミューダさん、これなに」
「何って……指輪」
「解るけど、解るんだけどこれ、えっと」
フンと普段通り皮肉っぽく笑ったバミューダは、しどろもどろな蓮美の質問を理解したのかしないのか「前々からいつ渡そうかと思ってた」と飄々と抜かした。
「私こんなの慣れてなくて、なんで昨日の今日で、でも……」
「でもアンタこういうドラマじみたの好きだろ」
「いや、いえ、あの、ハイ」
「ばっかだな」
バミューダは眉を下げて笑った。多分それは今まで見てきた中で最も優しい顔だ。初めて見る表情だった。 バミューダは、裸のまま狼狽えて左手から目を離さない女が可愛くてたまらないと知っていた。だからだ、こんな性急な贈り物をしてしまったのは。その時のバミューダは自分の顔が優しく幸福そうな面持ちになっている事など知りもしなかった。
緩む頬にぺたりと張り付いた頬杖の指には、愛する人へ送った物よりもほんの僅かばかり太い幅の銀色が誇らしげに輝いている。ただの愛の確認だ。目の前の女がいる限り、自分はどこで行けるし何だって出来る気がする。それこそ行く先が地獄でも構わない。なぜなら絶対に彼女の元へ帰ってくるからだ。業火を飛び越えて血の池を泳ぎ切り、必ずしも彼女の元へ戻ってきて、そしてずっと一緒にいよう。好きで好きで仕方がないという気持ちは、悲しいかな、こんな銀の輪っか一つで済みそうにない。
(……やってしまった)
まるで罪を犯したかのような台詞だが、本来在るべき後悔や自責の念からは切り離されたとても微笑ましい響きを持っていた。蓮美は昨晩、遂に恋人と一線を越える事が出来た。確かに今、妙な達成感とそれを上回る多幸感に酔いしれている。昨晩このベッドの上でたっぷり吸い込んだ甘い空気は今も尚、蓮美の脳に残り香を纏わりつかせたままだった。シーツの中で未だ残る眠気と下肢の疲労感は、あの時間が決して夢ではない事を物語っている。
高く登った太陽に照らし出された傍らを見やる。ほんの数時間前、まだ幸福な時間を長引かせたいが為に眠りに落ちるのを拒む蓮美の頭を撫でて「いいから寝ろ」といつもとは別人のような柔らかい微笑みをくれた恋人は、既にシーツを空にしていた。今頃シャワーでも浴びているのだろうか。ある意味起きてすぐに顔を合わせずに済んで良かったと蓮美は内心ほっとしていた。目覚めて一番に大好きな人が視界に飛び込んでみろ、きっと自分は今日一日ずっと心臓が暴れ回って恋の病の重篤患者になってしまう。
(……めっちゃカッコよかったな……)
数時間前の記憶を反芻すると、浮かぶのは夜の闇に濡れた彼の鋭い目と繊細な手付き、羞恥を煽る甘い台詞。普段は重力に逆らっている髪は触れると柔らかな指通りなのだと初めて知った。普段サングラスに隠されている事が多い猛禽類じみた瞳は別に睥睨されているわけではないと最近理解ってきた。幸福を連れて溶け合った余韻を思い出すと、優しい疼きが腰に走る。脳裏にほんの数時間前までの恋人の顔が行き過ぎるたび、じわりと染みる甘い余韻は幸福と気恥ずしさを連れてくる。思わず身動ぎをして躰に流れる鈍痛と違和感に小さく呻き、それでも興奮は抑えきれずに拳を握って枕を叩いたところで……何故か手の中にひやりとした冷たさを感じた。
「ふぁ?」
間の抜けた声が輪郭も象れぬまま音として口の中に溶けてゆく。寝ぼけ眼をこじ開けてピントを合わせた先には、宙へ掲げられた己の掌があった。すらりと開いた左手の薬指には、見覚えのないシンプルなシルバーリングがきちんと収まっていた。
「………んえっ?」
「起きたか」
ふわりと鼻先を擽るコーヒーの香りに顔を上げると、濡れ髪にタオルを被ったバミューダがマグカップを片手に見下ろしていた。
「ほら、牛乳は入れといた」
「あ、どーも……」
差し出されたカップを受け取ろうと、體を起こして手を伸ばし……また目に入った自身の薬指を、凝視してしまう。突拍子もない行動に慣れてきたバミューダは気にせず、ベットに腰掛けてマグカップを手渡す。見れば彼は普段の遠目からでも断定できるド派手な服装とは異なり、風呂上がりのタンクトップにスウェット、濡れた髪と眼鏡姿という出で立ちだった。初めて見る彼の出で立ちに、蓮美は指輪の事など忘れうっとりと見とれてしまう。
「淹れたてだから、火傷すんなよ」
「あ、はい」
「……」
「あの……ばみゅーださん」
「あん? 水の方が良かったか」
「いや、いえ……あの」
「何だよ」
意を決して、蓮美は質問をぶつけようと息を吸い込み……こちらを真っ直ぐに見つめる彼は眼鏡をかけていて『眼鏡かけるんだな』と場違いな事を思ってしまう。言葉に詰まる赤面した顔で、彼の目前へと勢いよく左手を掲げた。バミューダは差し出された指に輝く細いシルバーの輝きに、一瞬目を見開いた。
そして、口端を少し上げてゆっくりと自身の左手を差し出す。彼の薬指にも、同じ銀色の輝きが飾られていた。それは蓮美と指を絡ませ、手繰り寄せて。 引き寄せられた自分の左手の甲に口付けが落とされるのを、蓮美はポカンと見ていた。唇を離したバミューダが、目が合うと同時にニヤリと微笑んだところで、目が覚めて慌てて手を振りほどこうとした。しかし、がっちりと掴まれて離せない。
「バミューダさん、これなに」
「何って……指輪」
「解るけど、解るんだけどこれ、えっと」
フンと普段通り皮肉っぽく笑ったバミューダは、しどろもどろな蓮美の質問を理解したのかしないのか「前々からいつ渡そうかと思ってた」と飄々と抜かした。
「私こんなの慣れてなくて、なんで昨日の今日で、でも……」
「でもアンタこういうドラマじみたの好きだろ」
「いや、いえ、あの、ハイ」
「ばっかだな」
バミューダは眉を下げて笑った。多分それは今まで見てきた中で最も優しい顔だ。初めて見る表情だった。 バミューダは、裸のまま狼狽えて左手から目を離さない女が可愛くてたまらないと知っていた。だからだ、こんな性急な贈り物をしてしまったのは。その時のバミューダは自分の顔が優しく幸福そうな面持ちになっている事など知りもしなかった。
緩む頬にぺたりと張り付いた頬杖の指には、愛する人へ送った物よりもほんの僅かばかり太い幅の銀色が誇らしげに輝いている。ただの愛の確認だ。目の前の女がいる限り、自分はどこで行けるし何だって出来る気がする。それこそ行く先が地獄でも構わない。なぜなら絶対に彼女の元へ帰ってくるからだ。業火を飛び越えて血の池を泳ぎ切り、必ずしも彼女の元へ戻ってきて、そしてずっと一緒にいよう。好きで好きで仕方がないという気持ちは、悲しいかな、こんな銀の輪っか一つで済みそうにない。
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