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ベゴニアの囁き【ヤンデレ編】
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祖父の年の離れた弟が好きという感情が、家族愛なのか。それとも、情愛に近い恋愛的な意味で愛しているのか。藤野ヒカルには判らなかった。今までのように書物を読み漁って他人の話を聞き集めても、判らなかった。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
ふんわりと、いつもの穏やかな笑顔と柔らかい声が心地いい事だけは理解できても、結局そこから思考が先に行く事はない。降り積もる雪の如く己の中に沈殿していく感覚を、二十数年もの間抱いてきたヒカルは静かに瞼を閉じた。判らないままでもいいと思ってしまった。時間が解決してくれるかもしれないと、彼女にしてはとても珍しく答えの先延ばしを選択したのであった。
「さて、藤野ヒカルさんに問題です」
「うん?」
友人の朱雀はそんな前置きを一つ差し出した。相談があると言われてきてみれば、彼女はどう見ても悩んでいるようには見えない。何があったのと訊ねても、彼女は好物のカフェラテを啜って、そして繰り返す。歌うような、読み聞かせるような、優しい声音。その眼差しはいつものようにまっすぐにヒカルを見つめ、湖底のように底が見える事はなかった。
「初恋を拗らせた親愛か。それとも愛憎混じる恋愛感情か」
「っ!?」
「じれったい君に答えはうちも渡せないけれど、一つだけ忠告しておくね」
にこりと、それだけで価値のあるようなライトグリーンの眼をした彼女は、小声で囁く。
「――君の大叔父さんとやら、君が思っているほど甘くないと思うよ」
カフェラテを呑み終えて立ち上がる薫の眼は、遠くを見ていた。振り返っても其処には喧騒を作り出す人間達が居るだけだ。だが彼女はまるで誰か一人を見ているかのようにジッとどこかを見つめ、そしてヒカルに視線を戻して微笑む。
「ヒカルくん、恋は乞いであり、請うものであり、来うものだ」
「……謎々?」
「ええ、でもそれは時に真実でもあり真理でもある。君はもう少し進んでみたらいいよ」
「はあ……」
「忠告はしたからね」
「忠告……?」
「昔のよしみさ。それに、私は君との文学談義を結構気に入っているんだ」
それではと、人ごみに入っていた心理の背中を追う事もできずに、ヒカルは口を真一文字に結んで座っていた。「相談があるんだ」という言葉はすぐに嘘だと見抜いてはいたけれど、結局何が言いたかったのかも理解らず温くなったホワイトチョコラテを咽喉に流し込んだ。甘いはずのそれが苦く感じた。
目を伏せて瞑想に入る。すぐに浮かんでくるのは名前こそ一度限りだったが、話題の中心だった人物の、篝火の笑顔だった。きっとこの場にいたら彼はあの特有の雰囲気で流してしまうのだろう。篝火の考えも全部有耶無耶に混ぜ込んで、答えを沈めてしまうのだろう。
それだけは、困る。今やっと。少しだけ大叔父へと向ける感情が変わり始めたのに。きっと、これは――。
「ヒカルちゃん、愛情だよ」
「は?」
「私がヒカルちゃんに捧げているのは愛情」
「……そ、れは……家族愛とは違うんですか……?」
「同じだよ、ただ両方が混ざっているんだ、私のヒカルちゃんへの愛は」
「…………」
「別に難しい顔する事じゃないだろう? どっちにしても結局私はヒカルちゃんの事が大好きだって事なんだから」
「…………」
「ヒカルちゃん、すきだよ」
「っ、茶化さないで下さい……!」
大叔父の家にある音楽室。束の間の二人でいられる時間。今日も篝火が語る愛情講義を、ヒカルは真っ直ぐ見つめる。ぱらぱらと欠片となって渡される答えを集めて並べてみても、肝心の部分が足りずに眉を顰めて質問しても篝火はただ笑うだけ。穏やかに、幸せそうに笑うのだ。
「ヒカルちゃんのそういうところも好きだよ」
どういうところなのかと問うても、ヒカルが欲する答えは返ってこない。ただ、いつもより篝火の瞳に光がなかったような、少しだけ遠くを見ているような。そんな印象を持った。名前を呼べばすぐに顔を向けてきょとりと目を瞬かせたから、気の所為かとヒカルが首を傾げれば、篝火はまた穏やかに笑ってヒカルに『好きだ』と囁いた。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
ふんわりと、いつもの穏やかな笑顔と柔らかい声が心地いい事だけは理解できても、結局そこから思考が先に行く事はない。降り積もる雪の如く己の中に沈殿していく感覚を、二十数年もの間抱いてきたヒカルは静かに瞼を閉じた。判らないままでもいいと思ってしまった。時間が解決してくれるかもしれないと、彼女にしてはとても珍しく答えの先延ばしを選択したのであった。
「さて、藤野ヒカルさんに問題です」
「うん?」
友人の朱雀はそんな前置きを一つ差し出した。相談があると言われてきてみれば、彼女はどう見ても悩んでいるようには見えない。何があったのと訊ねても、彼女は好物のカフェラテを啜って、そして繰り返す。歌うような、読み聞かせるような、優しい声音。その眼差しはいつものようにまっすぐにヒカルを見つめ、湖底のように底が見える事はなかった。
「初恋を拗らせた親愛か。それとも愛憎混じる恋愛感情か」
「っ!?」
「じれったい君に答えはうちも渡せないけれど、一つだけ忠告しておくね」
にこりと、それだけで価値のあるようなライトグリーンの眼をした彼女は、小声で囁く。
「――君の大叔父さんとやら、君が思っているほど甘くないと思うよ」
カフェラテを呑み終えて立ち上がる薫の眼は、遠くを見ていた。振り返っても其処には喧騒を作り出す人間達が居るだけだ。だが彼女はまるで誰か一人を見ているかのようにジッとどこかを見つめ、そしてヒカルに視線を戻して微笑む。
「ヒカルくん、恋は乞いであり、請うものであり、来うものだ」
「……謎々?」
「ええ、でもそれは時に真実でもあり真理でもある。君はもう少し進んでみたらいいよ」
「はあ……」
「忠告はしたからね」
「忠告……?」
「昔のよしみさ。それに、私は君との文学談義を結構気に入っているんだ」
それではと、人ごみに入っていた心理の背中を追う事もできずに、ヒカルは口を真一文字に結んで座っていた。「相談があるんだ」という言葉はすぐに嘘だと見抜いてはいたけれど、結局何が言いたかったのかも理解らず温くなったホワイトチョコラテを咽喉に流し込んだ。甘いはずのそれが苦く感じた。
目を伏せて瞑想に入る。すぐに浮かんでくるのは名前こそ一度限りだったが、話題の中心だった人物の、篝火の笑顔だった。きっとこの場にいたら彼はあの特有の雰囲気で流してしまうのだろう。篝火の考えも全部有耶無耶に混ぜ込んで、答えを沈めてしまうのだろう。
それだけは、困る。今やっと。少しだけ大叔父へと向ける感情が変わり始めたのに。きっと、これは――。
「ヒカルちゃん、愛情だよ」
「は?」
「私がヒカルちゃんに捧げているのは愛情」
「……そ、れは……家族愛とは違うんですか……?」
「同じだよ、ただ両方が混ざっているんだ、私のヒカルちゃんへの愛は」
「…………」
「別に難しい顔する事じゃないだろう? どっちにしても結局私はヒカルちゃんの事が大好きだって事なんだから」
「…………」
「ヒカルちゃん、すきだよ」
「っ、茶化さないで下さい……!」
大叔父の家にある音楽室。束の間の二人でいられる時間。今日も篝火が語る愛情講義を、ヒカルは真っ直ぐ見つめる。ぱらぱらと欠片となって渡される答えを集めて並べてみても、肝心の部分が足りずに眉を顰めて質問しても篝火はただ笑うだけ。穏やかに、幸せそうに笑うのだ。
「ヒカルちゃんのそういうところも好きだよ」
どういうところなのかと問うても、ヒカルが欲する答えは返ってこない。ただ、いつもより篝火の瞳に光がなかったような、少しだけ遠くを見ているような。そんな印象を持った。名前を呼べばすぐに顔を向けてきょとりと目を瞬かせたから、気の所為かとヒカルが首を傾げれば、篝火はまた穏やかに笑ってヒカルに『好きだ』と囁いた。
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