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ベゴニアの囁き2【ヤンデレ編】
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「さて、初音くんに問題です。大宮さんはヒカルさんの事が好きでしょうか」
「好きだろあれは。完全に、誰が見ても」
「それは家族愛でしょうか? それとも恋情でしょうか?」
「……ラブ、だと思う」
「はい、正解です。では、ヒカルさんはどうでしょう?」
「アイツも好きなんじゃね?」
「それはどちらの意味ですか」
「家族愛じゃね?」
「……正解です」
朱雀は頷く。初音は期間限定のサンドイッチを食べながら、じっと淡いグリーン色の瞳を見つめた。その色に気泡は一切なく、波一つ立たない水面ごとく平らなままの双眸が、今伏せられた。憐れむように、慈しむように。
「彼女は好意には鈍感だ。嫌われていないと理解できても、それには敵意や憎悪とは違った危険が潜んでいる事に気付く事ができない」
「難しいんだけど」
「君は国語のテストで三十点以上とった事ないからねえ。結論を言ってしまえば、彼女は塗り替えられてしまうんだ。いいや、もう遅いだろうから君には先に答えを言うね。篝火さんはヒカルさんが大好きだ。殺してしまいたくなる程に。そして憎たらしいまでに彼女を愛している」
「は……?」
「とある人の言葉を借りれば、恋は罪悪だという事さ。好きだから殺したくなる。憎いから愛しくなる。そうして生まれた恋心を、人は『純愛』と呼ぶのさ」
「それどっかおかしくねーか? つか、アンタわかってたんならなんで……」
「初音くん。これはテストに出るし、覚えておいた方が良いよ」
ズズズと薫がシナモンミルクココアを啜る。ヒカルは喫茶店派だが、初音はファミレス派だ。あの、少々薄暗い店内で、まるでインテリアのように収まっていた友人を思い出す。背後の透明な硝子の向こうで、穏やかに笑った、おはじきのような双眸が、言葉を紡ぐ。届かないし聞こえないはずの言葉が、まるで耳元で囁かれたかのようにはっきりと音となって鼓膜を揺らした。
「――恋は、ある点では獣を人間にし、他の点では人間を獣にする」
「へ、それ範囲にあったか?」
「いいや、でもたぶん範囲内だよ。シェイクスピアだから」
「うげ、あたしそういうの苦手なんだよ……」
恋に狂った獣と、恋を請うた人間。人間も所詮は獣の一種であり、何もおかしなことはない。けれどたった五文字の警告が、本能を刺激する。躊躇と恐怖を形作る。昔のよしみだと前置きしても、それを知らない彼女には糸のようなモノ。蜘蛛の糸よりも儚く脆いその糸は、既に切られてしまった。纏わりつく。絡みつく。糸が意図を操る。何の疑問を浮かばない子供のように、躊躇いなく己の心すら縛り付けて手繰り寄せる。
「そういえば、初音くんは知っているかい? 獣は獲物を食べる時、『愛しい、可愛い』と思っているそうだよ。そして結果的に殺してしまう。悍ましいとは思わないかい?」
「……あたし、今肉食ってんだけど」
「ハンバーグ、可愛いかい?」
「美味いけど可愛くはない」「大宮さんは可愛いと思っているそうだ」
「は、」
「愛しくて仕方がないみたいだ」
「……おい」
「そんな目で見ないでおくれよ。うちもうちなりに尽力したんだ。でも、よく言うじゃないか、人の恋路を邪魔するヤツは何とやらって」
もう一口ココアを啜ってから、気まぐれで頼んだオニオンベーグルを口に運ぶ。そこに味覚の好き嫌いは発生しても、決して愛しいとは思わない。けれど、好ましいとは思う。
人間だから。獣だから。どんな難しい哲学を語ろうと、人間は獣である事には変わりはない。牙も爪も持たず、四足で地を駆ける事もなければ空を飛ぶ事すら叶わない、世界で一番弱い獣。彼らは世界で一番知恵という道具を発明し、独特のヒエラルキーを生み出した、獣。しかし、獣は所詮獣の枠から出る事はできない。どんなに感情という道具で誤魔化しても、獲物を見れば本能が顔を出す。
「質が悪い」
「ドーゾクケンオってやつ?」
「こめかみ拳マッサージがお望み?」
「ナンデモナイデス」
知恵を付けた獣ほど、厄介なモノはない。それと同様に、感情を知らぬ人間ほど哀れなものないと、朱雀は思う。与えられる文字をなぞっても、そこに答えなどありはしない。有るのは模範解答だけで、賢人の望むモノが手に入るわけがない。埋め尽くされる前にサルベージしようにも指先一つ出せば喉元を食い千切らんと牙を出すのだから、神は死んだと手を上げるしかもう方法が浮かばなかった。
「たぶん、大丈夫だと思うよ。盲目の首輪が着いている間は」
「首輪?」
「大宮さんの、ヒカルさんにだけ効果を発している盲愛だよ。その間にヒカルさんがどうにか行動すれば……」
「無理じゃね? あいつ世間知らずみたいだし」
「君に言われちゃおしまいだね」
「殴るぞ」
「やめてくれ死んでしまう」
ひらりと朱雀が両手を頭の辺りに挙げる。それは降参と訴える仕草だが、半分は冗談だ。初音が追加で頼んだ皿から、トマトソースが絡まった唐揚げを一方的に一つ頂戴して、朱雀は話を続ける。
「ヒカルさんは確かに変わっているけれど、才能は一級品だ。ケダモノに好かれる才能は、特に」
「それ皮肉か? それとも嫌味?」
「いいや賞賛だよ。それ程までに、彼女は美しい」
朱雀は、微笑った。わざと愚者になるのは一度でいい。そう溢して、彼女は今度こそ口を閉ざした。瞼の裏に浮かぶ、獣の幸福の笑みをかき消すように、強く強く目を瞑った。
(恋は罪悪、愛は盲目。ケモノとケダモノ。皮の向こうは皆同じ。故に人は静かに笑う)
「好きだろあれは。完全に、誰が見ても」
「それは家族愛でしょうか? それとも恋情でしょうか?」
「……ラブ、だと思う」
「はい、正解です。では、ヒカルさんはどうでしょう?」
「アイツも好きなんじゃね?」
「それはどちらの意味ですか」
「家族愛じゃね?」
「……正解です」
朱雀は頷く。初音は期間限定のサンドイッチを食べながら、じっと淡いグリーン色の瞳を見つめた。その色に気泡は一切なく、波一つ立たない水面ごとく平らなままの双眸が、今伏せられた。憐れむように、慈しむように。
「彼女は好意には鈍感だ。嫌われていないと理解できても、それには敵意や憎悪とは違った危険が潜んでいる事に気付く事ができない」
「難しいんだけど」
「君は国語のテストで三十点以上とった事ないからねえ。結論を言ってしまえば、彼女は塗り替えられてしまうんだ。いいや、もう遅いだろうから君には先に答えを言うね。篝火さんはヒカルさんが大好きだ。殺してしまいたくなる程に。そして憎たらしいまでに彼女を愛している」
「は……?」
「とある人の言葉を借りれば、恋は罪悪だという事さ。好きだから殺したくなる。憎いから愛しくなる。そうして生まれた恋心を、人は『純愛』と呼ぶのさ」
「それどっかおかしくねーか? つか、アンタわかってたんならなんで……」
「初音くん。これはテストに出るし、覚えておいた方が良いよ」
ズズズと薫がシナモンミルクココアを啜る。ヒカルは喫茶店派だが、初音はファミレス派だ。あの、少々薄暗い店内で、まるでインテリアのように収まっていた友人を思い出す。背後の透明な硝子の向こうで、穏やかに笑った、おはじきのような双眸が、言葉を紡ぐ。届かないし聞こえないはずの言葉が、まるで耳元で囁かれたかのようにはっきりと音となって鼓膜を揺らした。
「――恋は、ある点では獣を人間にし、他の点では人間を獣にする」
「へ、それ範囲にあったか?」
「いいや、でもたぶん範囲内だよ。シェイクスピアだから」
「うげ、あたしそういうの苦手なんだよ……」
恋に狂った獣と、恋を請うた人間。人間も所詮は獣の一種であり、何もおかしなことはない。けれどたった五文字の警告が、本能を刺激する。躊躇と恐怖を形作る。昔のよしみだと前置きしても、それを知らない彼女には糸のようなモノ。蜘蛛の糸よりも儚く脆いその糸は、既に切られてしまった。纏わりつく。絡みつく。糸が意図を操る。何の疑問を浮かばない子供のように、躊躇いなく己の心すら縛り付けて手繰り寄せる。
「そういえば、初音くんは知っているかい? 獣は獲物を食べる時、『愛しい、可愛い』と思っているそうだよ。そして結果的に殺してしまう。悍ましいとは思わないかい?」
「……あたし、今肉食ってんだけど」
「ハンバーグ、可愛いかい?」
「美味いけど可愛くはない」「大宮さんは可愛いと思っているそうだ」
「は、」
「愛しくて仕方がないみたいだ」
「……おい」
「そんな目で見ないでおくれよ。うちもうちなりに尽力したんだ。でも、よく言うじゃないか、人の恋路を邪魔するヤツは何とやらって」
もう一口ココアを啜ってから、気まぐれで頼んだオニオンベーグルを口に運ぶ。そこに味覚の好き嫌いは発生しても、決して愛しいとは思わない。けれど、好ましいとは思う。
人間だから。獣だから。どんな難しい哲学を語ろうと、人間は獣である事には変わりはない。牙も爪も持たず、四足で地を駆ける事もなければ空を飛ぶ事すら叶わない、世界で一番弱い獣。彼らは世界で一番知恵という道具を発明し、独特のヒエラルキーを生み出した、獣。しかし、獣は所詮獣の枠から出る事はできない。どんなに感情という道具で誤魔化しても、獲物を見れば本能が顔を出す。
「質が悪い」
「ドーゾクケンオってやつ?」
「こめかみ拳マッサージがお望み?」
「ナンデモナイデス」
知恵を付けた獣ほど、厄介なモノはない。それと同様に、感情を知らぬ人間ほど哀れなものないと、朱雀は思う。与えられる文字をなぞっても、そこに答えなどありはしない。有るのは模範解答だけで、賢人の望むモノが手に入るわけがない。埋め尽くされる前にサルベージしようにも指先一つ出せば喉元を食い千切らんと牙を出すのだから、神は死んだと手を上げるしかもう方法が浮かばなかった。
「たぶん、大丈夫だと思うよ。盲目の首輪が着いている間は」
「首輪?」
「大宮さんの、ヒカルさんにだけ効果を発している盲愛だよ。その間にヒカルさんがどうにか行動すれば……」
「無理じゃね? あいつ世間知らずみたいだし」
「君に言われちゃおしまいだね」
「殴るぞ」
「やめてくれ死んでしまう」
ひらりと朱雀が両手を頭の辺りに挙げる。それは降参と訴える仕草だが、半分は冗談だ。初音が追加で頼んだ皿から、トマトソースが絡まった唐揚げを一方的に一つ頂戴して、朱雀は話を続ける。
「ヒカルさんは確かに変わっているけれど、才能は一級品だ。ケダモノに好かれる才能は、特に」
「それ皮肉か? それとも嫌味?」
「いいや賞賛だよ。それ程までに、彼女は美しい」
朱雀は、微笑った。わざと愚者になるのは一度でいい。そう溢して、彼女は今度こそ口を閉ざした。瞼の裏に浮かぶ、獣の幸福の笑みをかき消すように、強く強く目を瞑った。
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