青春チャンプルー(4/1更新)

狂言巡

文字の大きさ
1 / 39

風車と瑠璃唐草

しおりを挟む
 陽炎春猫かげろうはるねこの唇は、さらさらしていて柔らかい。その感触を、神無月道耕かんなづきどうこうは唇で受ける事はなかった。決して少なくはない回数、己の額で受け止めているように思う。
 春猫の長い指が、静かに重く肩に置かれる。母親が我が子にするように、春猫は僅かに身を屈めて道耕の額に接吻くちづける。居た堪れないと思う程、居心地は悪くない。ただ身の置き場のない、手持ち無沙汰な感覚に囚われる。 心が燃えるような昂揚があるでもなく、かといって従順に己の唇で受け入れる程しおらしくもなれない。
 幽かな反発とも抵抗ともとれない逡巡に、道耕は少しだけ視線を上げて春猫の耳元を見つめる。耳に下げたイヤリング。王冠の形をしたそれが銀色に輝いている。額に触れた温もりが、そうっと離れた。道耕の肩に手を置いたままの春猫が微笑むのが判る。唇へのキスをした後の、照れた様子はこの時にはない。 遅れて顔をあげた道耕と、春猫の視線が交わる。その唇と同様、柔らかく微笑む瞳に見えるのは、恋よりももっと深くて穏やかな何かだ。道耕は黙って視線を下げる。次に春猫が言う言葉はもう理解わかっている。

「道耕、今日もお前が好きだったぞ」
「はい」

  囁きの声が告げ、道耕が受けると肩から重みが消える。途端に風の吹き抜ける感覚が肌を襲い、道耕は我知らず自分の腕を掴む。この手が掴みたいのは、もっと別のものだ。自覚していても手は伸ばせず、そして望む手が差し伸べられる事もない。 三分と少し遅れて、春猫が乗るバスがやって来た。少し離れてバスは止まり、ドアが開いた。一歩離れた春猫は静かに道耕を見つめ、それから背を向けた。 

「また明日な」
「お疲れ様です」
 
 振り返り際の微笑。二年の付き合いで既に見慣れているはずなのに、美しいと思う。こんなに綺麗な人を見た事がない。この後の人生の中でどんなに美しい人を見たとしても、あれ程の深い感動を受け事はないと思う。 白い肌、金髪碧眼、長身痩躯、喋らなければまさに女王様と陰で揶揄されている事など、まるでとるに足りない。そんな言葉では彼女の側面さえも語る事など許されない。そう思った。
 遠慮がちにクラクションが鳴らされる。昇降口に春猫が足を掛けて、一番後ろ席に座った。道耕が一歩下がると、乾いた空気の音と共に扉が閉まる。排ガスの匂いを撒き散らしながら離れていく。 それを心に留めながら、道耕は踵を返す。夕焼けが濃い。陽はじきに沈む。完全に日が落ちればもう少し過ごしやすくなるだろう。だが道耕が家に帰るまで夕日はしつこく頬や首筋をじりじりと焦がしてくる。 その赤から逃れるように、歩き出す自分の爪先を見つめる。
 額への優しいキスよりも、もっと欲しいものがあるのに。温もりの消えた肩が普段より重く感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...