徒し世を駆けろ(5/20更新)

狂言巡

文字の大きさ
3 / 12

隣の淡島ちゃん

しおりを挟む
 結局のところ、彼女を邪険には出来ないのだ。

「冬の空てさぁ、なんやうっすい色しちゃーると思わへん?」

 淡島のお喋りはいつも唐突だ。系統を立てて話をしようという考えは、どうやらこの女子生徒の頭の中にないものらしい。思いついたらすぐさま口にするから、話についていくのも並大抵の事ではない。今だって、ほんの数秒前まで今日の数学の授業がどうとかを話していたはずだ。一雨は防衛線のように手にした本から、ちらりと目を上げた。窓の桟に肘を乗せ、淡島はだらしなく椅子に腰掛けている。自分の席でもないのに、図々しい事この上ない。この辺りの厚かましさは、一雨には到底真似できそうにない芸当だ。尤も、真似したいと思った事も一度もないが。

「何でやろなぁ、空気が冷たいから?」
「さあな」

 また本に目を戻す。ページは先程からちっとも進んでいない。第一、読書をしている人間に、いちいち話し掛けてくるのは礼儀知らずもいいところだ。自分が明らかに他人の邪魔をしていると、どうして彼女は気づかないのだろう。無神経にも、程がある。

「北極の空とかもこんな色しちゃーるんかな」
「……北極?」

 また随分と話が飛躍する。仮に空気が冷たいからとしても、日本の冬と北極の気候とでは天と地程も差があるのではないだろうか。目は機械的に文字の列を追っているものの、一雨の思考はどんどん横滑りしていく。

「あ、雀」

 淡島の暢気な声がした。北極圏の空の色など、既に彼女の頭の中には残っていないらしい。

「なんかさぁ、雀の歌てあったやん。どんなんやっけ」
「知らん」
「何やっけなぁ。雀のおかーさん……おとーさんだっけ。網走先輩に教えてもろたの」

 ぶつぶつと呟くように歌詞を思い出している。やがて一小節ばかり、童謡らしい節を口ずさんでいたが。それ以上は思い出せないようだった。その内、何やらひどくでたらめな音階で鼻歌を歌いだす。明らかに音譜を読んでいるような調子なのだが、脳内の鍵盤を一つ一つ、思いつくままに叩いてみるような。まるで旋律にならない無作為な音の並べ方なのだ。流石に怪訝に思って、一雨は再度顔を上げる。

「あー」

 ほぼ同時に、間の抜けた声と共に鼻歌が途切れた。

「音符が飛んでった」
「音符?」
「電線が五線譜で、ええ感じに雀が止まっちゃーったさけ」

 一雨は窓の外を見た。薄い青い空を背景に、電線が五本並んでいる。成る程、あそこに雀が止まっていたのなら、それは楽譜に音符を並べたように見えるのかもしれない。だからと言って歌う気になるのもどうかしていると思う。ともあれ腑に落ちた事は確かだった。一雨は納得して開きっぱなしの文庫本に目を落とす。ふと、小さな忍び笑いが聞こえた。肘の上に小さな顎を乗せたまま、淡島がくすくす笑っている。

「何だ」
「一雨くん、ほんま付き合ええよね」

 淡島は目を細める。かあっと頬が熱くなるのを感じた。慌てて本に視線を戻す。目は文章を追っても、まるで内容が頭に入ってこない。何の意味も無い文字の羅列を読んでいる様だ。本は淡島に対する防衛線のはずなのに、彼女の言葉は易々とそれを突破してしまうのだ。

「一雨くん、ええ子やねぇ」

 笑い含みに言う声が聞こえる。ページは、遅々として進まない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...