6 / 12
蒲公英
しおりを挟む
今年、植木鉢の蒲公英が咲いた。
……あれはいつからの事だったか。ガーデニングになんて縁もゆかりもありそうにないと思っていた年上の幼馴染である渚が、庭で美浜(二階の自室の窓から見えるのだ)から隠すようにして何かに水をやっていた。
わざとらしいくらいこちらの関与を拒絶するものだから、こっちとしてはお見通しだったのだけど。こういう場合は黙っておくのが優しさというものだろう。
「ねねっ、今日は美浜ちゃんにプレゼントがあるんよー!」
バレバレの隠し事から結構な日にちが経っていた。記憶の隅に追いやられ、存在すら忘れていた風景は、電話越しの声と共に色彩を帯びて記憶に去来した。
「何?」
「お部屋から出たらわからいしょー」
「はいはい」
幼馴染がわざわざ電話をかけて玄関で待っているなんて珍しいじゃないか。家路を辿るように、よく知った隣家の道程に何故か切なくなる。
――春は、始まりの季節なのに。
そんな事を、ふと思い出した。そうして手を引っ張られて庭で待っていたのは、久しぶりに見た満面の彼女の笑顔。そして吹き渡る春の生温さ、押し付けられたライトグリーン鉢の中で咲き誇る――満開の蒲公英。
「四月一日に驚かせちゃろて思ててさー。一日過ぎてもたさけもう関係ないけどぉ」
珍しく遠回しな口調で、彼女が照れているのだと気付いた。
「ねぇ、」
春一番の強い風で舞い上がった、蒲公英の花びらを追って思わず見上げた空。
澄んだ天盤に対してどうしてか、目の前の彼女ばかり連想させた。
美浜にとって渚は、常に側に居てくれながら、あまりにも果てしなくて掴みどころのない存在。
きらきら光るのは花と、目の前にある彼女の笑顔。
「どこにも、いかないで」
大声を出した後でもないのに、美浜の声は掠れていた。キリリと胸が苦しくなって、眼元が熱い。
「やーやわぁ、今日の美浜ちゃんおっかしよ。なんかうち地球からおらんくなるみたいやん」
不意に抱きしめた肩越しにのほほんと呟く彼女の声は、どこか震えていた。
明後日、彼女とその一家はこの街を去る。
春は出会いの季節である。そして今年は別れの季節でもあるのだ。
永遠はきっと、おそらく相容れない場所にあるのだろう。
けれど、はじまりとおわりの季節に、それが少しだけ見えるらしい。
「行ってまいたく、ないわ」
「うちゃも、美浜ちゃんと一緒の学校いくんや思てたよ」
毎年この季節は、彼女の傍に満開の蒲公英が咲き誇っているだろうか。
……あれはいつからの事だったか。ガーデニングになんて縁もゆかりもありそうにないと思っていた年上の幼馴染である渚が、庭で美浜(二階の自室の窓から見えるのだ)から隠すようにして何かに水をやっていた。
わざとらしいくらいこちらの関与を拒絶するものだから、こっちとしてはお見通しだったのだけど。こういう場合は黙っておくのが優しさというものだろう。
「ねねっ、今日は美浜ちゃんにプレゼントがあるんよー!」
バレバレの隠し事から結構な日にちが経っていた。記憶の隅に追いやられ、存在すら忘れていた風景は、電話越しの声と共に色彩を帯びて記憶に去来した。
「何?」
「お部屋から出たらわからいしょー」
「はいはい」
幼馴染がわざわざ電話をかけて玄関で待っているなんて珍しいじゃないか。家路を辿るように、よく知った隣家の道程に何故か切なくなる。
――春は、始まりの季節なのに。
そんな事を、ふと思い出した。そうして手を引っ張られて庭で待っていたのは、久しぶりに見た満面の彼女の笑顔。そして吹き渡る春の生温さ、押し付けられたライトグリーン鉢の中で咲き誇る――満開の蒲公英。
「四月一日に驚かせちゃろて思ててさー。一日過ぎてもたさけもう関係ないけどぉ」
珍しく遠回しな口調で、彼女が照れているのだと気付いた。
「ねぇ、」
春一番の強い風で舞い上がった、蒲公英の花びらを追って思わず見上げた空。
澄んだ天盤に対してどうしてか、目の前の彼女ばかり連想させた。
美浜にとって渚は、常に側に居てくれながら、あまりにも果てしなくて掴みどころのない存在。
きらきら光るのは花と、目の前にある彼女の笑顔。
「どこにも、いかないで」
大声を出した後でもないのに、美浜の声は掠れていた。キリリと胸が苦しくなって、眼元が熱い。
「やーやわぁ、今日の美浜ちゃんおっかしよ。なんかうち地球からおらんくなるみたいやん」
不意に抱きしめた肩越しにのほほんと呟く彼女の声は、どこか震えていた。
明後日、彼女とその一家はこの街を去る。
春は出会いの季節である。そして今年は別れの季節でもあるのだ。
永遠はきっと、おそらく相容れない場所にあるのだろう。
けれど、はじまりとおわりの季節に、それが少しだけ見えるらしい。
「行ってまいたく、ないわ」
「うちゃも、美浜ちゃんと一緒の学校いくんや思てたよ」
毎年この季節は、彼女の傍に満開の蒲公英が咲き誇っているだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる