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甘太郎、不自由な世界でとある青年の肉体に入る
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甘太郎は、再び不自由な世界に戻ってきた。
甘太郎は、意識体だったのでとりあえず自分を受け入れてくれる肉体を探した。
甘太郎と同じような願いを持っている肉体は実に少なかった。
仕方なくそれなりに似ている願いをもっている肉体に入って、その肉体の住人に同居許可を得るために交渉しはじめた。
「あれ? 君は誰だい?」
その肉体の住人は、甘太郎にすぐに気づいた。
中にはぜんぜん気づかない肉体の住人たちもいたが、気づいてくれないと同居交渉ができないので、甘太郎はホッとした。
全知ちゃんが付き添ってサポートしていたので、肉体への同居許可をしてくれそうな肉体がそう時間をかけずに見つかった。
基本、超時空世界の超時空体や意識世界の意識体は肉体を持たない。
しかし、そのままでは不自由な世界の者たちを説得することが難しかったので何とかいずれかの肉体に入る必要があったのだ。
生まれたばかりの赤ん坊などに入ることもできたが、それでは時間的に間に合わないと全知ちゃんが判断して適当な青年を選んだ。
甘太郎はテレパシーで自己紹介をする。
「えっと、はじめまして! 僕は仲間たちからは甘太郎と呼ばれていますが、この世界の皆さんを救うために超時空世界からやってきました。
なんとかこの肉体に一緒に同居させてもらえないでしょうか?」
その青年は、ちょっと驚いた風ではあったが、すぐに甘太郎が悪者ではないと見抜けたようで、穏やかにテレパシーで応じてきた。
「やあ、こんにちは。 ところで君と一緒にいるその美しい方は誰なんだい?」
「あ、この方はですね、全知ちゃんと言いまして、僕の付き添いというか、保護者というか、先生みたいな方なんですよ。
悪い方じゃないことは僕が保障しますので、ぜひ全知ちゃんも一緒にしばらくこの肉体に同居させてもらえませんか?」
全知ちゃんは、甘太郎にそんな紹介をされて、ちょっと照れた風にひらりと上空から舞い降りてきて言う。
「こんにちは^^ こんな不自由な世界で、これまでいろいろ大変だったですね。あなたが今まで良い願いをもっていろいろがんばってこられたことを私たちは知っていますよ。いろいろご苦労様でした。
もしあなたが望むならば、私はあなたをあなたの望む世界に連れてゆくことができます。
私たちは、この不自由な世界の体験者たちを救助するためにやってきました。
何度もやめるようにと言ったのですが、それがこの甘太郎ちゃんのどうしてもの願いだったもので……」
そんないきなりのテレパシー説明にも動じず、その青年は、応じてくる。
「それはそれは、素晴らしい志を持っている方たちなんですね。確かに私は今までさんざんひどい目にあってきました。
それを全部知っているとはすごいですね。
ひょっとして、あなた様たちは、神様なんですかね? 天国にでも連れて行ってくれるんですか?」
全知ちゃんは笑って答える。
「私たちは、この不自由な世界で有名な神様と呼ばれている存在ではありません。
今のあなたには説明が難しいんですが、まったく次元の違う別の世界の存在なんです。
ちなみに、ひょっとして天国に行くことをお望みですか?」
青年は答える。
「いや、もし神様ならそう言うだろうと思っただけで、別に天国に行きたいと思っているわけではありません。
むしろ、その次元の違う世界っていうのに興味がありますね。
天国というところに行っても、そこにまた天国の支配者がいて、その世界の権力者に従わないとならなくなると思いますからね」
全知ちゃんがまた笑う。
「そうでしょう、そうでしょう。 そういう方だからこそお声をかけたのですからね。
この権力ピラミッド世界にうんざりしているんですよね。
大丈夫です。私たちの超時空世界には、そうした上下関係のある権力システムはありません。
誰かを故意に苦しめるようなことさえしなければ、どんな体験でも自分の意志だけで自由に選んで楽しめる世界なんですよ」
青年は興味を示す。
「ほう……それは素晴らしいですね。しかし、どんな体験でも自由に楽しめるっていうのはさすがに信じれない気持ちですけど、あなたのような美しい方がそう言われるのなら、ひょっとしたら本当かもしれないと思えてきますね」
全知ちゃんは、嬉しそうにしながら言う。
「本当ですよ。なんなら今から行ってみますか?」
「え? 今からですか? すぐに?」
「はい。今からすぐにも可能ですよ。いかがですか?」
「えー!そんないきなり言われると……まだ心の準備ができてないですよ」
「不安がありますか?」
「いや、不安というか、当惑しているだけかも……」
「それなら嫌ではないんですよね」
「はい。嫌ではないですね、むしろ興味があります」
「では、お試しに一度試してみるのはいかがですか?」
「お試しもありなんですか? またすぐに戻ってこれるってことですか?」
「それはあなた様次第です。戻りたければ戻れるし、戻りたくなければ戻らない選択もできますよ」
「それならリスクはほとんどないってことですか?」
「はい。お試しですし、あたしが付いていますから」
「しかし、その、まだやりかけの仕事があるんですけど……」
「じゃあ、それが終わってからにしましょう」
「いやはや、それはどうも……」
青年は、せっせと机の上にあったいろいろな書類などを整理しはじめた。
甘太郎は、全知ちゃんが会話しているので、その状況をじっと見守っている。
書類の中には「テクノロジー犯罪被害者たちの報告書」などという表題の書類が見える。
被害者であるならば救わねばならない……と甘太郎は思う。
甘太郎は、ついつい内容が知りたくてその書類を無意識で閲覧しはじめる。
青年と甘太郎が同じ肉体に共存中なので、青年の肉体や視覚を甘太郎が無意識に奪ってしまった形になってしまった。
青年は甘太郎に肉体を譲って、苦笑している。
そう願えば肉体の主導権を取り返すことはできるのだが、甘太郎の善意の気持ちがすべて青年に伝わっていたので、青年は甘太郎が自分の肉体を使うことを容認していた。
「こら!ちょっと甘太郎ちゃん、まだ許可も得ていないのに、この方の体を使っちゃだめでしょう!」
などと全知ちゃんが甘太郎をたしなめる。
青年が、
「いいですよ。なんとなく悪い方ではないのはわかりますし、こういうのもなかなか面白いなと思いますし」
すると、全知ちゃんは、
「あら、さすがは私が選んだ方ですね。この状況を面白いと思える方は、この不自由な世界では1000人に一人もいないですよ」
などと言う。
青年は、
「いや、そう言われるとなんとなく光栄ですね。その次元違う世界というものにますます興味が湧いてきました」
と応じる。
「じゃあ、やりかけのお仕事を甘太郎ちゃんにまかせちゃって行ってみますか?」
「そうですね、でもそんなにいきなり仕事を任せるなんてできないでしょう?」
「何をおっしゃいます! これでも全知能力があるんですよ。今まであなたがしてきたお仕事なんてすべてわかっていますから、全然すぐにお任せしちゃって大丈夫ですよ」
「そんなことが可能なんですか?」
「可能なんですよ」
「しかし、いくらなんでもそれは……」
「じゃあ、あなたがしてきたお仕事を私が理解できているかどうかテストしてみますか?」
「テストですか……それじゃあ、テクノロジー犯罪における電磁波による遠隔攻撃に対する対処方法として望ましい方法が何かわかりますか?」
「そんなこと簡単じゃないですか、あ、でも、この不自由な世界でしか通用しない方法でなければなりませんか?」
「それはまあ、とりあえずテストということなんで、この不自由な世界で通用する方法でお願いします」
「それなら、地下深くが安全ですね。洞窟の奥深くとかが安全です」
「ほう、ちゃんと理解していますね」
「でも、洞窟の中だけで生活するのも嫌でしょうから、意識体や超時空体に進化して超時空世界に来ればいいですよ」
「そんな手もあるんですか」
「あるあるですよ。まあ、その場合、この不自由な世界の肉体はおいて行かなきゃなりませんけどね」
「え? 肉体とともに行けるんじゃないんですか?」
「お試しなら意識だけでちょっとだけの時間なら行って戻ってこれますけど、超時空世界に永住となるとそういうわけにもいかないんですよ。長時間意識が戻らないと不自由な世界の肉体は滅んでしまうので」
「そうなんだ……それは困りましたね……つまり肉体としては死んじゃうってことでしょう?」
「程度の悪い体験強制装置が消えて、何か問題がありますか?」
「いや、だって死んじゃうってことなら、それはちょっと困るかも……」
「いいじゃないですか、もっと自由な程度の良い意識体や超時空体を得られるんだから」
「そうなんですか……意識体……超時空体……よくわからないんですけど、あなたがそう言われるならその方がいいのかもしれませんね」
「はい。断然いいんです。自由度や性能が桁違いですから」
「じゃあ。まあ、その……お試しってのをとりあえずお願いしましょうかね……」
「了解いたしました^^ では、ご主人様、わたしの分身体を一体付き添わせますから、超時空世界の旅を楽しんできてくださいね」
「え? 分身体? 分身なんてできちゃうんですか?」
「当然ですよ。自由な超時空世界では分身なんて当たり前にみんなしていますよ。
あなたも時のない部屋の修行ゲームで修行すればできるようになりますよ」
「修行ゲーム……」
「まあ、今は理解できないのも当然ですから、とりあえず超時空世界お試しツアーに行きましょう!」
「わ、わかりました……それではどうか仕事の引継ぎをよろしくお願いいたします」
こんなやり取りがあり、その青年の意識は、全知ちゃんの分身体に付き添われて、超時空世界のお試しツアーに行ってしまった。
その結果、青年の肉体の主は、甘太郎となった。
残った本体の全知ちゃんが、せっせと肉体の中を点検したりお掃除したりしはじめる。
「あら、変なのがいるわね。ちょっとそんなところに隠れてないで出てきなさい!」
全知ちゃんは、青年の肉体の中に巧妙に隠れていた霊体を一体引っ張り出した。
「痛い痛い……ちょっとそんなに強引に引っ張らないでくれ!」
出てきたのは悪魔族のアックンだった。
「あら~、あなた、自業自得学園をやっと出れてから姿が見えなくなったと思ったら、こんなところにいたの?また何か悪いことをしていたんでしょう!
「そ、そんなことありまへんわ……」
「嘘おっしゃい! あの青年にいろいろ酷いことしていたんでしょう? それとこの世界の支配者たちにスパイとして雇われたりして……」
「そ、それは……」
「超時空体のあたしに嘘が通用するとでも思ってるの? また自業自得学園に行く?」
「うへえ……」
「あんたあの青年の肉体を操作して交通事故とか起こさせたでしょう?」
「そ、それは……」
「他にも大事なお仕事の時にあの青年を何度も寝坊させたり、ミスするように仕向けたでしょう?」
「いや、その……」
「それにわざと変な欲望とか願望とかまで、あの青年に植え付けたりしていたでしょう?」
「なんで、全部バレてるの……」
「当たり前でしょう? 全部超時空体験図書館に記録されているんだから! 私はその記録を全部閲覧できる司書なんだから」
「ひえ~、自業自得学園送りだけは勘弁してください!」
「そうもいかないわ、これからのお仕事にあんたは邪魔だから」
「じゃあ、じゃあ、何か償いをしますから、それで勘弁してください!」
「どんな償いをするっていうのよ」
「いや、それはその…………………思いつきません」
「じゃあダメね。償いは自発的にしてこそ意味があるんだから。誰かに命令されて償うのなら自業自得学園でいくらでも償えるから、そっちで償えばいいわ」
「いや、じゃあ、そう、褒めますから、全知様のことを褒めちぎりますから、それでどうでしょう?」
「ダメダメ、そんなことして一体、あの青年に対してどう償いになるっていうのよ!全然償いにならないじゃないの!馬鹿なの?」
こうして悪魔族のアックンは、再び、自業自得学園に送られてしまった……
こうして甘太郎は、青年のしていた仕事を引き継いだ。
青年の仕事は探偵だった。
しかし普通の探偵ではなく、不条理に苦しめられている者たちを助けるための探偵だった。
その仕事の依頼主はすでに他界していた。
その魂を超時空体験図書館で検索すると、自主独立の精神を育成していたピレネーフリースクールの卒業生の一人だということがわかった。
彼らは、ピレネーフリースクールの目指す「誰もが完全に自給自足でき平和的に自治できる世界」を拡大するために、肉体から意識体に進化した後も、自ら望んで様々な不自由な世界に転生しては、不自由な魂たちを助けるための活動を自発的にしていたのだ。
その卒業生がこの青年に不条理に苦しめられている良心的な者たちを探して、できるだけ助けるようにと依頼していたのだ。
その卒業生は意識体としての特殊能力を使って膨大な富を築いていたので、青年に前払いで使いきれないほどのお金を遺していた。
青年は、その卒業生の養子となり、その遺産を引き継いでいたのだ。
どうやらそうしたその卒業生の養子たちが、その青年以外にも複数名いたらしい。
全知ちゃんが調べると、彼らはそれぞれやはり良心的な意志をもっているのに不条理に苦しめられている者たちを探しては救助したり援助したりしていた。
そして彼ら自身も卒業生と同じように、その遺産や知識を良心的な意志を持った者を養子にして引き継がせていた。
養子として認められるための条件は、「自主独立の精神を自発的に持ち、体験者全体に対して利他的な行為を自発的にしていること」だった。
ピレネーフリースクールの卒業生たちは、こうして超時空世界の超時空体とは別ルートで、自発的にその有志たちが多くの魂を救っていたのだ。
ただし彼らは超時空体のような特殊能力は持っていなかったために、多くの者が不自由な世界の支配者たちやその部下たちからひどい目にあわされていた。
しかし、それでもめげずにそうした活動を続けていた者たちは、後に超時空体に進化した。
彼らは時のない部屋での至れり尽くせりの配慮がされた安全な修行ゲームをするかわりに、実践的に不自由な世界そのもので自らの意志で進化するための修行をしていたのだ。
よって、中には邪悪な世界支配者たちの手練手管にその良心が折られてしまい、闇落ちしてしまった卒業生もいるらしい。
しかし、その体験記録を超時空体たちが超時空体験図書館で確認し、そこに明らかな善意の命がけの挑戦が確認されると、超時空体たちは闇世界からそうした卒業生を後に救出した。
それはまた、その逆のことも行われたことを意味する。
いかにも表向きには善行を積んで多くの魂を助けて進化した良い身分や地位を手に入れたと思われていた者でも、後に超時空体たちの調べで、そこに確信犯の邪悪な動機と策略があったことがわかると、その地位や特権や能力などを剥奪され自業自得学園に送られることもあった。
例えば、計画的に自分に何でも従う部下にわざと魂たちを悲惨な目にあわせるように命じておいて、その結果悲惨な状態に陥った魂を素知らぬ顔で救世主役をして助けて感謝されたり、尊敬されたりしようとしたり、良い評価を得ようとしたようなケースなどは、そうした扱いとなった。
超時空体験図書館には、表面的な体験記録だけでなく、その背後にあった動機や意志や心や理解まですべて記録されていたからだ。
甘太郎は、そういうわけで、ピレネーフリースクールの卒業生の養子の探偵になった。
その仕事を引き継ぐことになった。
これは全知ちゃんの配慮だった。
できるだけ不自由な世界の体験者たちの説得活動がやりやすい立場を得れるように配慮してくれていたのだ。
不自由な世界には、中にはそうした自由が一切持てないような過酷な状況に置かれている肉体も多数あったからだ。
自由のない監獄に入れられていたり、全身麻痺状態で寝たきりになっていたり、毎日過酷な長時間労働をしなければ生活できないような立場の肉体に入ってしまうと説得活動もままならなくなることが事前にわかっていたからだ。
不自由な世界では、そうした状況に置かれている肉体も多数あったからだ。
しかし甘太郎には、そうした背景は知らされていなかった。
甘太郎は、意識体だったのでとりあえず自分を受け入れてくれる肉体を探した。
甘太郎と同じような願いを持っている肉体は実に少なかった。
仕方なくそれなりに似ている願いをもっている肉体に入って、その肉体の住人に同居許可を得るために交渉しはじめた。
「あれ? 君は誰だい?」
その肉体の住人は、甘太郎にすぐに気づいた。
中にはぜんぜん気づかない肉体の住人たちもいたが、気づいてくれないと同居交渉ができないので、甘太郎はホッとした。
全知ちゃんが付き添ってサポートしていたので、肉体への同居許可をしてくれそうな肉体がそう時間をかけずに見つかった。
基本、超時空世界の超時空体や意識世界の意識体は肉体を持たない。
しかし、そのままでは不自由な世界の者たちを説得することが難しかったので何とかいずれかの肉体に入る必要があったのだ。
生まれたばかりの赤ん坊などに入ることもできたが、それでは時間的に間に合わないと全知ちゃんが判断して適当な青年を選んだ。
甘太郎はテレパシーで自己紹介をする。
「えっと、はじめまして! 僕は仲間たちからは甘太郎と呼ばれていますが、この世界の皆さんを救うために超時空世界からやってきました。
なんとかこの肉体に一緒に同居させてもらえないでしょうか?」
その青年は、ちょっと驚いた風ではあったが、すぐに甘太郎が悪者ではないと見抜けたようで、穏やかにテレパシーで応じてきた。
「やあ、こんにちは。 ところで君と一緒にいるその美しい方は誰なんだい?」
「あ、この方はですね、全知ちゃんと言いまして、僕の付き添いというか、保護者というか、先生みたいな方なんですよ。
悪い方じゃないことは僕が保障しますので、ぜひ全知ちゃんも一緒にしばらくこの肉体に同居させてもらえませんか?」
全知ちゃんは、甘太郎にそんな紹介をされて、ちょっと照れた風にひらりと上空から舞い降りてきて言う。
「こんにちは^^ こんな不自由な世界で、これまでいろいろ大変だったですね。あなたが今まで良い願いをもっていろいろがんばってこられたことを私たちは知っていますよ。いろいろご苦労様でした。
もしあなたが望むならば、私はあなたをあなたの望む世界に連れてゆくことができます。
私たちは、この不自由な世界の体験者たちを救助するためにやってきました。
何度もやめるようにと言ったのですが、それがこの甘太郎ちゃんのどうしてもの願いだったもので……」
そんないきなりのテレパシー説明にも動じず、その青年は、応じてくる。
「それはそれは、素晴らしい志を持っている方たちなんですね。確かに私は今までさんざんひどい目にあってきました。
それを全部知っているとはすごいですね。
ひょっとして、あなた様たちは、神様なんですかね? 天国にでも連れて行ってくれるんですか?」
全知ちゃんは笑って答える。
「私たちは、この不自由な世界で有名な神様と呼ばれている存在ではありません。
今のあなたには説明が難しいんですが、まったく次元の違う別の世界の存在なんです。
ちなみに、ひょっとして天国に行くことをお望みですか?」
青年は答える。
「いや、もし神様ならそう言うだろうと思っただけで、別に天国に行きたいと思っているわけではありません。
むしろ、その次元の違う世界っていうのに興味がありますね。
天国というところに行っても、そこにまた天国の支配者がいて、その世界の権力者に従わないとならなくなると思いますからね」
全知ちゃんがまた笑う。
「そうでしょう、そうでしょう。 そういう方だからこそお声をかけたのですからね。
この権力ピラミッド世界にうんざりしているんですよね。
大丈夫です。私たちの超時空世界には、そうした上下関係のある権力システムはありません。
誰かを故意に苦しめるようなことさえしなければ、どんな体験でも自分の意志だけで自由に選んで楽しめる世界なんですよ」
青年は興味を示す。
「ほう……それは素晴らしいですね。しかし、どんな体験でも自由に楽しめるっていうのはさすがに信じれない気持ちですけど、あなたのような美しい方がそう言われるのなら、ひょっとしたら本当かもしれないと思えてきますね」
全知ちゃんは、嬉しそうにしながら言う。
「本当ですよ。なんなら今から行ってみますか?」
「え? 今からですか? すぐに?」
「はい。今からすぐにも可能ですよ。いかがですか?」
「えー!そんないきなり言われると……まだ心の準備ができてないですよ」
「不安がありますか?」
「いや、不安というか、当惑しているだけかも……」
「それなら嫌ではないんですよね」
「はい。嫌ではないですね、むしろ興味があります」
「では、お試しに一度試してみるのはいかがですか?」
「お試しもありなんですか? またすぐに戻ってこれるってことですか?」
「それはあなた様次第です。戻りたければ戻れるし、戻りたくなければ戻らない選択もできますよ」
「それならリスクはほとんどないってことですか?」
「はい。お試しですし、あたしが付いていますから」
「しかし、その、まだやりかけの仕事があるんですけど……」
「じゃあ、それが終わってからにしましょう」
「いやはや、それはどうも……」
青年は、せっせと机の上にあったいろいろな書類などを整理しはじめた。
甘太郎は、全知ちゃんが会話しているので、その状況をじっと見守っている。
書類の中には「テクノロジー犯罪被害者たちの報告書」などという表題の書類が見える。
被害者であるならば救わねばならない……と甘太郎は思う。
甘太郎は、ついつい内容が知りたくてその書類を無意識で閲覧しはじめる。
青年と甘太郎が同じ肉体に共存中なので、青年の肉体や視覚を甘太郎が無意識に奪ってしまった形になってしまった。
青年は甘太郎に肉体を譲って、苦笑している。
そう願えば肉体の主導権を取り返すことはできるのだが、甘太郎の善意の気持ちがすべて青年に伝わっていたので、青年は甘太郎が自分の肉体を使うことを容認していた。
「こら!ちょっと甘太郎ちゃん、まだ許可も得ていないのに、この方の体を使っちゃだめでしょう!」
などと全知ちゃんが甘太郎をたしなめる。
青年が、
「いいですよ。なんとなく悪い方ではないのはわかりますし、こういうのもなかなか面白いなと思いますし」
すると、全知ちゃんは、
「あら、さすがは私が選んだ方ですね。この状況を面白いと思える方は、この不自由な世界では1000人に一人もいないですよ」
などと言う。
青年は、
「いや、そう言われるとなんとなく光栄ですね。その次元違う世界というものにますます興味が湧いてきました」
と応じる。
「じゃあ、やりかけのお仕事を甘太郎ちゃんにまかせちゃって行ってみますか?」
「そうですね、でもそんなにいきなり仕事を任せるなんてできないでしょう?」
「何をおっしゃいます! これでも全知能力があるんですよ。今まであなたがしてきたお仕事なんてすべてわかっていますから、全然すぐにお任せしちゃって大丈夫ですよ」
「そんなことが可能なんですか?」
「可能なんですよ」
「しかし、いくらなんでもそれは……」
「じゃあ、あなたがしてきたお仕事を私が理解できているかどうかテストしてみますか?」
「テストですか……それじゃあ、テクノロジー犯罪における電磁波による遠隔攻撃に対する対処方法として望ましい方法が何かわかりますか?」
「そんなこと簡単じゃないですか、あ、でも、この不自由な世界でしか通用しない方法でなければなりませんか?」
「それはまあ、とりあえずテストということなんで、この不自由な世界で通用する方法でお願いします」
「それなら、地下深くが安全ですね。洞窟の奥深くとかが安全です」
「ほう、ちゃんと理解していますね」
「でも、洞窟の中だけで生活するのも嫌でしょうから、意識体や超時空体に進化して超時空世界に来ればいいですよ」
「そんな手もあるんですか」
「あるあるですよ。まあ、その場合、この不自由な世界の肉体はおいて行かなきゃなりませんけどね」
「え? 肉体とともに行けるんじゃないんですか?」
「お試しなら意識だけでちょっとだけの時間なら行って戻ってこれますけど、超時空世界に永住となるとそういうわけにもいかないんですよ。長時間意識が戻らないと不自由な世界の肉体は滅んでしまうので」
「そうなんだ……それは困りましたね……つまり肉体としては死んじゃうってことでしょう?」
「程度の悪い体験強制装置が消えて、何か問題がありますか?」
「いや、だって死んじゃうってことなら、それはちょっと困るかも……」
「いいじゃないですか、もっと自由な程度の良い意識体や超時空体を得られるんだから」
「そうなんですか……意識体……超時空体……よくわからないんですけど、あなたがそう言われるならその方がいいのかもしれませんね」
「はい。断然いいんです。自由度や性能が桁違いですから」
「じゃあ。まあ、その……お試しってのをとりあえずお願いしましょうかね……」
「了解いたしました^^ では、ご主人様、わたしの分身体を一体付き添わせますから、超時空世界の旅を楽しんできてくださいね」
「え? 分身体? 分身なんてできちゃうんですか?」
「当然ですよ。自由な超時空世界では分身なんて当たり前にみんなしていますよ。
あなたも時のない部屋の修行ゲームで修行すればできるようになりますよ」
「修行ゲーム……」
「まあ、今は理解できないのも当然ですから、とりあえず超時空世界お試しツアーに行きましょう!」
「わ、わかりました……それではどうか仕事の引継ぎをよろしくお願いいたします」
こんなやり取りがあり、その青年の意識は、全知ちゃんの分身体に付き添われて、超時空世界のお試しツアーに行ってしまった。
その結果、青年の肉体の主は、甘太郎となった。
残った本体の全知ちゃんが、せっせと肉体の中を点検したりお掃除したりしはじめる。
「あら、変なのがいるわね。ちょっとそんなところに隠れてないで出てきなさい!」
全知ちゃんは、青年の肉体の中に巧妙に隠れていた霊体を一体引っ張り出した。
「痛い痛い……ちょっとそんなに強引に引っ張らないでくれ!」
出てきたのは悪魔族のアックンだった。
「あら~、あなた、自業自得学園をやっと出れてから姿が見えなくなったと思ったら、こんなところにいたの?また何か悪いことをしていたんでしょう!
「そ、そんなことありまへんわ……」
「嘘おっしゃい! あの青年にいろいろ酷いことしていたんでしょう? それとこの世界の支配者たちにスパイとして雇われたりして……」
「そ、それは……」
「超時空体のあたしに嘘が通用するとでも思ってるの? また自業自得学園に行く?」
「うへえ……」
「あんたあの青年の肉体を操作して交通事故とか起こさせたでしょう?」
「そ、それは……」
「他にも大事なお仕事の時にあの青年を何度も寝坊させたり、ミスするように仕向けたでしょう?」
「いや、その……」
「それにわざと変な欲望とか願望とかまで、あの青年に植え付けたりしていたでしょう?」
「なんで、全部バレてるの……」
「当たり前でしょう? 全部超時空体験図書館に記録されているんだから! 私はその記録を全部閲覧できる司書なんだから」
「ひえ~、自業自得学園送りだけは勘弁してください!」
「そうもいかないわ、これからのお仕事にあんたは邪魔だから」
「じゃあ、じゃあ、何か償いをしますから、それで勘弁してください!」
「どんな償いをするっていうのよ」
「いや、それはその…………………思いつきません」
「じゃあダメね。償いは自発的にしてこそ意味があるんだから。誰かに命令されて償うのなら自業自得学園でいくらでも償えるから、そっちで償えばいいわ」
「いや、じゃあ、そう、褒めますから、全知様のことを褒めちぎりますから、それでどうでしょう?」
「ダメダメ、そんなことして一体、あの青年に対してどう償いになるっていうのよ!全然償いにならないじゃないの!馬鹿なの?」
こうして悪魔族のアックンは、再び、自業自得学園に送られてしまった……
こうして甘太郎は、青年のしていた仕事を引き継いだ。
青年の仕事は探偵だった。
しかし普通の探偵ではなく、不条理に苦しめられている者たちを助けるための探偵だった。
その仕事の依頼主はすでに他界していた。
その魂を超時空体験図書館で検索すると、自主独立の精神を育成していたピレネーフリースクールの卒業生の一人だということがわかった。
彼らは、ピレネーフリースクールの目指す「誰もが完全に自給自足でき平和的に自治できる世界」を拡大するために、肉体から意識体に進化した後も、自ら望んで様々な不自由な世界に転生しては、不自由な魂たちを助けるための活動を自発的にしていたのだ。
その卒業生がこの青年に不条理に苦しめられている良心的な者たちを探して、できるだけ助けるようにと依頼していたのだ。
その卒業生は意識体としての特殊能力を使って膨大な富を築いていたので、青年に前払いで使いきれないほどのお金を遺していた。
青年は、その卒業生の養子となり、その遺産を引き継いでいたのだ。
どうやらそうしたその卒業生の養子たちが、その青年以外にも複数名いたらしい。
全知ちゃんが調べると、彼らはそれぞれやはり良心的な意志をもっているのに不条理に苦しめられている者たちを探しては救助したり援助したりしていた。
そして彼ら自身も卒業生と同じように、その遺産や知識を良心的な意志を持った者を養子にして引き継がせていた。
養子として認められるための条件は、「自主独立の精神を自発的に持ち、体験者全体に対して利他的な行為を自発的にしていること」だった。
ピレネーフリースクールの卒業生たちは、こうして超時空世界の超時空体とは別ルートで、自発的にその有志たちが多くの魂を救っていたのだ。
ただし彼らは超時空体のような特殊能力は持っていなかったために、多くの者が不自由な世界の支配者たちやその部下たちからひどい目にあわされていた。
しかし、それでもめげずにそうした活動を続けていた者たちは、後に超時空体に進化した。
彼らは時のない部屋での至れり尽くせりの配慮がされた安全な修行ゲームをするかわりに、実践的に不自由な世界そのもので自らの意志で進化するための修行をしていたのだ。
よって、中には邪悪な世界支配者たちの手練手管にその良心が折られてしまい、闇落ちしてしまった卒業生もいるらしい。
しかし、その体験記録を超時空体たちが超時空体験図書館で確認し、そこに明らかな善意の命がけの挑戦が確認されると、超時空体たちは闇世界からそうした卒業生を後に救出した。
それはまた、その逆のことも行われたことを意味する。
いかにも表向きには善行を積んで多くの魂を助けて進化した良い身分や地位を手に入れたと思われていた者でも、後に超時空体たちの調べで、そこに確信犯の邪悪な動機と策略があったことがわかると、その地位や特権や能力などを剥奪され自業自得学園に送られることもあった。
例えば、計画的に自分に何でも従う部下にわざと魂たちを悲惨な目にあわせるように命じておいて、その結果悲惨な状態に陥った魂を素知らぬ顔で救世主役をして助けて感謝されたり、尊敬されたりしようとしたり、良い評価を得ようとしたようなケースなどは、そうした扱いとなった。
超時空体験図書館には、表面的な体験記録だけでなく、その背後にあった動機や意志や心や理解まですべて記録されていたからだ。
甘太郎は、そういうわけで、ピレネーフリースクールの卒業生の養子の探偵になった。
その仕事を引き継ぐことになった。
これは全知ちゃんの配慮だった。
できるだけ不自由な世界の体験者たちの説得活動がやりやすい立場を得れるように配慮してくれていたのだ。
不自由な世界には、中にはそうした自由が一切持てないような過酷な状況に置かれている肉体も多数あったからだ。
自由のない監獄に入れられていたり、全身麻痺状態で寝たきりになっていたり、毎日過酷な長時間労働をしなければ生活できないような立場の肉体に入ってしまうと説得活動もままならなくなることが事前にわかっていたからだ。
不自由な世界では、そうした状況に置かれている肉体も多数あったからだ。
しかし甘太郎には、そうした背景は知らされていなかった。
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これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
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