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28日、俺は体育祭の観戦から逃れるため城山と学校の近くの公園のベンチに座っていた。
「かったるいな」
城山は言った。
「あの現代の見世物小屋ともいうべきショーを真顔で観戦するよりかよっぽどましだ」
俺はかったるそうに言った。
「確かにそれはそうだが、公園で何もせずにいるのもかったるいんだよな。まるで動物園の動物だ。動物をさげすむ気はないが正直言ってそれ以下だ。この状況は」
「心配しなくてもお前はまだ何度かショーに参加するだろ?」
「お前は綱引きとリレーだけだから羨ましいよ」
「後お前は粉の中に顔を突っ込んでアメを探すやつに、ムカデ競争に、障害物競争に、リレーか。心中察するよ」
「色々な理由で休む野郎が多いからな。スポーツクラスは」
城山は天を仰ぎながら言った。
「そろそろ粉の中に顔を突っ込んでアメを探すやつが始まるんじゃねーの?」
「くそ、絶対見に来るな」
「ああ、行かないよ。俺は動物園にもサーカスにも行かない主義だ。一体どんな顔をして楽しめば良いんだ?」
城山がやけになりながら立ち上がると例の二人組の内の一人が来た。
「城山君行こう」
背の低い女子は言った。
背の低い女子と城山は夏休みが終わってからすぐに付き合い始めた。
背の低い女子が俺に城山を紹介してくれと言いに来たので俺は城山を紹介した。告白の内容やデートのことは聞いていないが、うまくいっているようだった。
「かつら先輩も来る?」
背の低い女子は思い出したかのように言った。
「行かないよ。綱引きまでは時間があるからな」
俺は時計を見ながら言った。
「またしばらくしたら二人で来るから」
「ああ、わかった」俺がそう言うと二人は競技が行われているグラウンドへ向かった。
例の二人組に、かつら先輩というあだ名で呼ばれることが定着したが、現にかつらを装着しているので俺は気にならなかった。
二人は人がいるときはあだ名で呼ぶのを自重するし俺も二人のことを小さいのとか大きいのというあだ名で呼んでいるのだからお互い様だと思った。
俺はベンチから離れブランコへ向かった。
向かう途中全身が硬直するような感覚に襲われ、頭の中が真っ白になった。
俺はブランコに座った。
「それでね、パパったら」
俺はブランコに座った瞬間全身が硬直するような感覚に襲われ、頭の中が真っ白になった。
その後俺は隣のブランコに座っている誰かとすでに会話をしていたが自分の意思で会話をしているというよりも自動的に会話をしているように感じた。
会話をしているというのに相手と自分の会話内容は一切不明だった。
「須磨君?」
誰かと、というのは誤りで俺は強い違和感を抱きながらも誰と会話をしているのか認識していた。
しかし、全身が硬直するような感覚に襲われた瞬間俺は何故ここにいるのか、俺は誰で今がいつの時代なのかという問いにすら回答不可能な曖昧な状態だったため、まともな思考能力は一切なかった。
「あ、ああ」
俺は彼女の呼びかけに対し曖昧な返事をした。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
今井(いまい)楓(かえで)は言った。
「ああ」
俺は曖昧な返事をした。
「保健室行こう」
今井楓はそう言うと俺の手を引っ張った。
その瞬間俺はまた全身が硬直するような感覚に襲われた。
そして頭の中が真っ白になり気を失った。
目が覚めると俺は保健室にいた。俺の体は硬直していた。
保健室のベッドは一つ一つカーテンで仕切られ外に誰がいるのか確認が出来ない状態だった。
外からはわけのわからない言葉が聞こえ、わけのわからない足音が聞こえ、わけのわからない笑い声が聞こえた。
俺は悪い夢を見ているのだと思い眠った。
目が覚めると俺は保健室にいた。
先程の現象はテレビの中で夢を見ている感覚に近かった。
そして誰かにテレビのチャンネルを変えられたような感覚だった。
先程の現象が夢だったのか現実だったのか須磨はわからなかったが、先程何があったのか殆ど覚えていないことから恐らく夢だったのだろうと須磨は思った。
しかし、何故か今井楓という本来夢で知り得ない名前情報を知り、須磨はそれをはっきり記憶していた。
俺は目を瞑った。
このとき須磨の28日の記憶のほとんどは欠落していた。
自分がどうして保健室にいるのかさっぱりわからなかったのだが、28日より前の記憶があったことから記憶喪失ではなく単に気を失ったのだろうと須磨は認識した。須磨は気を失ったのは初めてだったのでこんなものなのだろうと記憶の欠落を受け入れた。
須磨はこの異常な事態を異常とは思わなかった。
というよりも思えなかった。断片的な28日の出来事の記憶があっても出来事の全てを認識することは不可能だし、真相を知ることも不可能だった。
何故ならこの次元は体育祭が行われていた次元とは同一でありながら、全く別の世界であるからだ。
体育祭が行われていた世界は消失し、新な世界が生まれた。須磨の28日、いや、人類の28日は須磨が保健室で目が覚めた13時50分42秒からスタートしたのだった。
須磨がパラレルワールドに迷い込んだのではなく、パラレルワールドが体育祭の行われている次元に迷い込んだのだ。
2020年頃から日本、アメリカ、スイス等々の素粒子物理学研究所の度重なる実験によりパラレルワールドは次々に破壊されていった。
加速器やレーザを使った実験は表向きで、裏では黒い噂が絶えなかった。
秘密裏に行われている謎の大規模実験、ブラックホール、パラレルワールドの破壊、人類滅亡等々。
2020年より前からそのような噂はあったのだが学者や専門家は2020年頃から相次いで警告を表明した。
そしてそれから10年が経った2030年の6月15日、急速に破壊されるパラレルワールドの影響によって学者や専門家が恐れていたことが現実となった。
パラレルワールドは体育祭が行われていた次元、つまり現在だった次元(今須磨がいる世界も現在ではある)とは同一であるが、お互いが干渉することはなかった。干渉しても、しなくても人類がそれを観測することは永久に不可能である。
パラレルワールドとは宇宙そのものなので干渉していないとは勿論言い切れないのだが、少なくとも現実に影響が及ぶほどの強い干渉力は有してはいなかった。
仮に有していたとしても人類がどうこう出来るレベルではないので問題ではない。
問題があるとすれば、現在というパラレルワールドと同一の世界は他のパラレルワールドのように曖昧なものなので存在自体が非常に危ういという認識を人類と研究者が持ち合わせていないことだ。
宇宙空間とはパラレルワールドのプールであり、そこには無限の可能性が貯蔵されている。
普段はただの目に見えない暗黒の空間に過ぎないが度重なる実験と急速なパラレルワールドの破壊の影響によりパラレルワールドと現在が干渉してしまった。
何故干渉してしまったのかというと、急速なパラレルワールドの破壊に伴いパラレルワールドとパラレルワールドの間に塵にも満たない、極めて極小の空間のようなものが生まれた。その空間を埋めるため新なパラレルワールドが生まれたが新なパラレルワールドは破壊された。
その空間を埋めるため膨大な量のパラレルワールドが生まれ、極小の空間のようなものに満たされた。
それでもなおパラレルワールドの破壊は止まなかった。
パラレルワールドの破壊を繰り返す研究所は、宇宙空間とはいえないまでもパラレルワールドが宇宙空間だと錯覚してしまうほどの奇妙な空間を研究所内に発生させていた。
普段パラレルワールドがそのような錯覚を起こすことは到底あり得ないのだが極小の空間に必要以上に満たされたパラレルワールドは行き場を失い、宇宙空間と錯覚して行き場を失ったパラレルワールドは迷い込んでしまったのだ。
宇宙規模の厄災は人類に相応の影響を及ぼした。
28日に起きた出来事を記憶している者は極小数であり須磨のように、なんらかの影響を受け意識を失う者は更に少数だった。殆どの者は認識すら出来なかった。
万が一記憶していたとしても非常に曖昧で断片的なため須磨のように夢と捉える者が殆どだった。
この異常事態を察知したのかは不明だが学者や専門家は10年ぶりに相次いで警告を表明した。
しばらくするとカーテンの開く音が聞こえた。
俺は恐る恐る目をゆっくりと開けた。
「大丈夫?」
今井楓は言った。
今井楓と須磨の両者が相まみえることで生じる深刻な現象の発生はなかった。
この世界で今井楓と会うのはこれが初めてなのだが須磨が夢だと思っている先程の現象のせいで、須磨はこれが初めてではないというような妙な違和感を抱いた。
「い、今井楓? 君は一体・・・・・・」
俺は戸惑いながら言った。
「13回」
今井楓は言った。
「え?」
「13回。私達のいるこの世界が変わった回数」
「なんだって? 世界が変わった?」
「そう。あなた、何故ここにいるかわかる?」
「それは、恐らく気を失って」
俺は焦り戸惑いながら言った。
「それはそうだけど、今日の記憶、ある?」
今井楓は質問を続ける。
「いや全く。夏休み前の記憶もそうだ。でも今日より前の記憶はあるよ」
「おかしいと思わない? 今日の記憶が全くないのにそれ以前の記憶が残ってるなんて」
「そんなものなんじゃないのか? 気を失うということは」
「そういうケースも否定は出来ない。でも、根拠はないけど記憶の障害にしては妙。それにあなたも世界が変わっていくのを実際に見たでしょう?」
「俺も多少妙だと思ったよ。でも世界が変わってる? 想像もつかない。俺が見たのはとてつもなくリアルな夢だ。夢の内容は断片的すぎて殆ど忘れたけど。君もいたよ」
「それよ。あなたが見ていたのは夢なんかじゃない。現実よ。私があなたを認識することが出来ても、あなたには出来ないはずだったの」
「わからないな。でも、俺は君の名前を知ってる。何故だろう」
「信じてくれないかもしれないけど私は須磨君と付き合っていたの。もともと。だけど世界が変わると須磨君の中の私に関する記憶は消えた」
「俺と君が? それは世界が13回変わる以前に?」
「そうよ。夏休み前に3回変わったかな。残りの10回は今日変わったの」
今井楓はスリーピースした後に両の手のひらを俺に向けて言った。
「な、夏休み前に3回だと・・・・・・」
俺は動揺しながら言った。
「何かおかしいと思わない?」
今井楓は恥ずかしいという様子で俺を一瞥した。
「かつら」
「正解」
「俺って一体」
冗談のつもりで言った俺は赤面しながら言った。
「恥ずかしいことじゃないわよ。そういう世界だったのよ」
今井楓も赤面しながら言った。
「どういう世界だ。なんで認識出来なかったんだろう」
「最初の1回を除いて後の2回はそれほど大きな変化じゃなかったし。それに夏休み前の3回は夜で、今日の変化よりも限りなく夢に近かったの。それでも大きな変化に違いはないけど」
「なんで君はそんなに詳しいんだ?」
「さっき、私があなたを認識することが出来ても、あなたには出来ないはずだったって言ったでしょう? 私は13回世界が変わっても私だった。記憶がなくなったり、私の何かが変わったりすることはなかった。だから詳しいの」
「あなたには出来ないはずだったっていうのは?」
「私ね1回目のときに須磨君に話しかけたの。元気? って。そしたら私のことわからないって」今井楓は泣きながら言った。
「・・・・・・」
かつらを外した後、俺はだまって話を聞いた。
「それがショックで、どうすることも出来なくて。それから私は遠くで見守ることしか出来なかった。ストーカーだよ。本当・・・・・・でも、好きだから須磨君」今井楓は涙を拭いながら言った。
「・・・・・・」
俺はだまって話を聞いた。
「さっきと少し話がかぶるけどごめん。1回目は今日みたいな規模かはわからないけど、今日みたいに記憶がなくなるほどの変化だった。その後の2回は記憶がなくなったりするほどの変化じゃなかった。今日みたいに1回目の変化の後は断片的に記憶が残ったはずだけど夢のように私の記憶は須磨君から完全に消えたの」
今井楓は泣き止んだ。
「でも俺は今井楓を認識した」
俺は言った。
「今日、須磨君は城山君と公園にいた。須磨君はしばらく城山君と座っていて、途中で城山君は城山君の彼女と体育祭が行われているグラウンドへ向かったの。城山君達がいなくなって須磨君はブランコへ向かったの。向かう途中私は須磨君に話しかけたの。元気? って。そしたらその瞬間急に世界が変わって須磨君は私に言ったの。ああ、って。その後色々須磨君と話をしていたら、また急に世界が変わったの・・・・・・
それでも須磨君は私を覚えてた。でも須磨君は世界の変化に耐えられなかったのか気分が悪くなって、私は須磨君を保健室へ連れて行こうとした。その瞬間また世界が変わって須磨君は意識を失ったの。私は意識を失った須磨君を背負ったり引きずったりして保健室まで連れて来た。ベッドに須磨君を寝かして私は保健室を出て祈ってた。どんなに世界が変わっても須磨君が私を忘れませんように。って」
今井楓は言った。
「残りの変化は、俺が気を失っていたのか眠っていたのかはわからないがその間に起こったのか。なんでもう一度話しかけようと思ったの?」
「なんとなくとしか言えない。認めたくなかったのかな? よくわかんない。私隣のベッドで少し眠るね。全身筋肉痛だよ」
今井楓はそう言うと俺が横になっているベッドから離れ隣のベッドに移動した。
俺はまた眠った。突然スマートフォンのメロディが鳴り俺は目覚めた。
俺はマリンバの音が大嫌いだった。
何故なら着信音やアラームの制作者がユーザーを盛大に囃し立てているんじゃないかという気になったし、あのようないかにも意味ありげなメロディよりも単純な電子音やベルの方がよっぽど心地が良いと思った。
何より俺が制作者なら、あいつらあれをアラームに設定しているぜ? と思うからだ。
単なるくだらない個人的意見に過ぎないし、これをあえて発言しようものならクレーマーや変わり者のレッテルを貼られるので俺は絶対に発言しない。
そもそも、あまりに異常だと感じた場合を除き個人の好みを簡単に否定する権利なんて存在しないし否定する必要もないのだ。
その話しは別として、異常だと判断する基準のようなものが年々なくなりつつあり俺は深刻な問題だと思った。
無論、城山は問題にならない。あいつは変わり者で俺も変わり者で、お互いが同じ認識レベルだからだ。
多少クレーマーじみた発言をお互いがしても特にどうということはなかった。
しばらくして今井楓は俺が横になっているベッドに来た。
「元気?」
今井楓は不安そうに言った。
「ああ」
俺は言った。
二人は何をしたということはなかったが、なんとなく気まずいという様子でしばらく外を眺めた。
「本当は多分もっと色々な今っていうか、世界があったはずなんだよね。私がいない世界、人間がいない世界、地球がない世界。今もどこかに可能性として無限にあるのかもしれない。あるとしか思えないの。とにかく私が言いたいのは、なんでこの世界はもっとこう、大変なことになってないんだろう。大変な何かが起こってないんだろう」
今井楓は納得がいかないという様子で言った。
「わからないけど、これから何か起こるかもしれないし、君が認識出来ていないだけで大変な何かはすでに起きているのかもしれない」
俺は言った。
「それはそうなんだけどね。でも13回世界が変わっても須磨君は野球部員だったし、私は病気だった。あ、須磨君もう野球辞めたんだっけ」
「病気?」
「若年性乳癌」
「それはすでに深刻な状態なのか?」
「私の場合はその可能性が高かったの。だから予防のために胸を切除した。切除したから一応大丈夫なんだけど、捉え方によっては全然大丈夫じゃないというか、上手く説明出来ないけどなんとなくわかるでしょう?」
「うん、わかるよ」
「私より深刻な状態の人の前では勿論言えたことじゃないけど、胸がないって本当に苦痛なの。心の病みたいなものよ。一生胸がないということは私にとって、一生病名を宣告されているようなものなの。心の傷は一生癒えることはない」
「・・・・・・」
俺は何も言えなかった。
「でもね、須磨君といると胸がないこと忘れることあるんだよ。おかしいでしょう? 本当、それだけ特別なの」
今井楓は笑いながら言った。
「君を、見た瞬間戸惑ったけど、それと同時に何故か妙に安心したんだ。ほっとしたというか気分が安らいだんだ。だから取り乱すことはなかったし、信じられないような話でも素直に受け入れられたんだと思う。正直顔の記憶すら曖昧だったけど見た瞬間、絶対今井楓だと思った。俺にとっても特別なのかもしれない」俺は赤面しながら言った。
「楓。楓って呼んで」
今井楓は赤面しながら言った。
「ああ、そうするよ」
二人はまたしばらく外を眺めた。
「世界が変わっちまうほどの計り知れない何かがあったのか、とにかく世界が何度も変わった。それにしては殆ど変わってない。世界が変わる前の記憶もあるし」
俺は外を眺めながら楓が言っていたような事を言った。言いたくなったのだ。
「でしょう? なんとなくだけど。私にとっては些細ではなかったけど、もっと広い視野で見ると些細な変化としか思えないというか」楓も外を眺めながら言った。
「とにかく外に出てみよう。ショーも気になるし」
「ショー?」
「体育祭」
「体育祭が行われていたっていう記憶はあるんだ」
「うん、今日以前の記憶があるから28日の土曜日は体育祭とはっきり記憶してる。城山や他のみんなはどうなんだろう・・・・・・」
「体育祭ならとっくに終わってるわよ」
「なんだって?」
俺が時刻を確認すると時計は申し訳なさそうに秒を刻みながら15時を少し回っていた。
「14時30分には終わっているはずだから、もう撤収作業も完了してるわ。
恐らく帰りのホームルームが始まっているわね」
「俺が保健室にいることをクラスの連中は知ってるかな」
「保健の先生が須磨君のクラスの担任に伝えてるはずよ。あ、一応貧血で倒れたってことにしてあるから」
「そうか、ありがとう。楓は教室に戻らなくて良いの?」
「私は今日休む予定だったんだけどわがままを言って自分の都合で帰れるようにしてもらったのよ。だから自分の帰りたいときに自由に帰れるの。結局帰りのホームルームまでいることになったけど」
「そうか、保健の先生が様子を見に来る前に保健の先生に言って帰してもらおう。少しここで待っててくれる? 一緒に帰ろう」
「うん、良いよ」
「じゃあちょっと行ってくるね」
俺はベッドがある保健室の隣の保健室に行き保健の先生と話をつけ教室へ向かった。
向かう途中チャイムが鳴り、生徒達が一斉に教室から出た。俺は14ルームに着くと鞄だけ取り、急いで保健室へ向かった。
保健室に着くと楓はいなかったが俺は保健室の中で待った。
しばらく経って楓は来た。
「ごめんね。行こう」
楓は言った。
「ああ、帰ろう」
俺達は停留場へ向かった。
バスに乗り駅に着くまで二人は無言だった。
「駅のスターバックスに行かない?」
楓は言った。
「そうしようか」
俺は言った。
スターバックスに着くと楓はココアとストロベリードーナツにベーコンとほうれん草のキッシュを二つオーダーした。俺はシーソルトのポテトチップスをレジカウンターに置き、エスプレッソとマグロアボカドサンドイッチをオーダーした。
「エスプレッソお好きなんですか?」
エスプレッソをオーダーする客が少ないのか店員は俺に言った。
「ええ、沢山砂糖を入れて飲むのが好きなんです」
「苦くないですか?」
「ええ、殆ど砂糖の味になるまで入れるので」
俺は当たり前のように言うと店員は笑った。
それに対して俺も笑顔で応じた。
「それだったら砂糖を舐めた方が良いわよ」
楓は俺と店員のやりとりが納得いかないという様子で言った。
「それはあり得ないな。エスプレッソの薫を楽しめないし何より見た目が良くない」
「砂糖を沢山入れる時点で台無しよ。それに砂糖を沢山入れてる見た目だってどうなのよ。舐めているのと対して変わらないわ」
「味に影響があっても薫には影響ないよ。確かに見る人によっては見た目が良くないが、価値観の問題だな」
「お二人は仲が良いのですね」
俺と楓が言い合っていると店員が笑顔で言った。
俺と楓は顔を見合わせ、お互い赤面し、沈黙した。
会計をすませカウンターにオーダーした商品が置かれると俺はコンディメントバーでエスプレッソに砂糖を入れスプーンを取った。その後俺と楓は店の一番奥の方の席へ座った。
「お腹ぺこぺこ」
楓は言った。
「俺も」俺は言った。
二人はそう言うとがつがつと食べ始めた。
楓がキッシュを食べているところを眺めていると顔がほてり、少し動悸がした。俺はそのとき楓がタイプの女性だと思った。
「ポテトチップス勝手に食べて良いからね」
俺はポテトチップスの袋を開けて言った。
「ありがとう」
楓はキッシュを食べながらポテトチップスを食べて言った。
俺もサンドイッチを食べながらポテトチップスを食べた。
「放課後の雰囲気といい駅のこの感じといい、なんか俺達の方が間違っているんじゃないかって気になるな」
俺は店内から外の様子を見て言った。
「あるいはそうかもよ?」
楓は食べるのに夢中という様子で言った。
「まぁな。それにしてもなんていうか」
俺は言葉が詰まり無意識でポテトチップスを食べた。
「何よ」
楓は一つ目のキッシュを食べ終え、二つ目のキッシュを食べながら言った。
「良く食べる女性は魅力的」
俺は腕を組んで言った。
「な、何? 馬鹿にしてる?」
楓は赤面しながら言った。
「してないよ。本心だ」
「じゃあどういう風に魅力的なの?」
「魅力にどういう風も何もないよ」
「何それ。意味わかんない。具体的に言って」
「今の俺の立場では言いにくいんだ」
「立場って何よ」
「いや、俺は以前楓の彼氏だったらしいけど、夏休み前の記憶がないから、なんていうか俺は色々と認識してないわけだろ? この場合愛は成立してないと思うんだ」
楓は黙って俺の話を聞いていた。
「でも好きに近い感覚というか、何か特別な魅力を強く感じるのは確かだ。立場っていうのは俺が軽い人間だと思われる気がして」
「須磨君の言いたいことはなんとなくわかるよ。確かに言葉で説明するのは難しいしね。でもこの際はっきりしましょう。この世界で私と付き合う気ある? ない?」
楓は俺が話をしている途中で言った。
「そういうのはお互いを良く知ってからじゃないとなんとも、ね?」
「あるかないかで答えて」
「ある」
俺はしばらく沈黙して言った。
「なら話しは早いわね。付き合いましょう」
「本気か?」
「ええ、勿論。何か問題が起こったらそのとき考えれば良いのよ。現時点で何か問題ある?」
「それはそうだが、いや特には」
「そうでしょう? お互い付き合う気があれば問題ないわ。付き合ってみないとお互いのことなんか知れないし。付き合う前なんて外面を良く見せようと思ったり、猫をかぶったりするものでしょう? そういう意味では付き合う前にお互いを知ろうとする行為は無意味なのよ。そりぁ3年も4年も一緒にいたら良く知れるだろうけど私はそんな意味のわからない関係嫌よ」
俺はふとテーブルに目を向けるといつのまにかキッシュもドーナツもテーブルから消えていた。
「何か不満ある?」
楓はポテトチップスをばりばりと食べながら言った。
「いや特にはないけど、女の子は付き合う前の行為、プロセスを大切にするものだと反射的にというか、勝手に思いこんでいた。ごめん。楓はそういったプロセスを経たわけだしな」
俺はサンドイッチを食べ終えエスプレッソを飲みながら言った。
「謝らないで。須磨君の立場からするとかなりむちゃくちゃに思うはず。でも、察しの通り須磨君に対する執着心に限っては、私の場合特別なの。付き合う前の意味不明なやりとりよりも須磨君と付き合っている事実がとにかく大切なのよ。一緒にいないと嫌なの」
楓はココアを飲みながら恥ずかしそうに言った
「・・・・・・」
俺は赤面し沈黙した。
「だって須磨君が他の女の子と一緒にいたら私多分死んじゃうよ。本当に。キーッ私が須磨君の彼女なのに! って発狂してから盛大に死ぬだろうね。胸があったら死にはしないだろうけど、この状態でそんなことになったら死ぬわよ」
「・・・・・・」
俺は何も言わなかった。
「なんで何も言わないのよ」
楓はむっとした表情で言った。
「いや、楓はそこまで俺を思っているのに俺はこの通りだから無性にやるせなくて。ごめん」
「須磨君が悪くないのに謝らないでよ。気持ちはわかるけど、なんか変な距離を感じるし寂しくなるからやめて」
「でも」
俺は言葉に詰まった。
楓はそれを察してか話を逸らした。
「それより夏休み何をしていたのか聞かせて」
「ストーキングで全部お見通しじゃないのか?」
「は? 調子に乗らないで。それはあくまで学校での話し。それに学校でもそんなにガッツリじゃないし。まぁ、冗談で言ったんでしょう? 須磨君らしいから許す」
楓は呆れて言った。
「城山に言う感覚で言ってみたんだが、こんな感じだった?」
俺は言った。
「ええ、なかなか痛いところをつくあたりや、わざとらしく言うあたりに須磨君らしさを感じた」
「そうなのか。さっきの話しだけど、夏休み中は殆ど勉強だったな。あとは免許を取ったり、ギターを弾いたり、音楽聴いたり」
「免許?」
「ああ、車もあるよ」
「私の両親に頼んでも絶対お金出してくれないから羨ましいわ」
「働いて絶対返すんだ。楓は夏休み何をしてた?」
「私は旅行に行ったり、勉強したりかな。退屈だったわよ」
「あのさ、夏休みお互い退屈だった分を取り戻さないか? 明日車でどこか行こうよ」
「本気? 免許取り立ての若者が事故起こしてしょっちゅう亡くなっているじゃない? なんか心配よ」
「誰かを乗せるということは命を預かるのと同義。ドライバーとしての分別はわきまえているよ」
「未成年者が言うと逆に怖いのよね。なんか急ブレーキ急発進をしたり、歩行者を優先しない運転をしそう」
「それはあんまりじゃないか?」
「冗談、冗談。須磨君なら、まぁ安心かな」
「ゴールド免許の人が俺の運転見たら発狂するぜ?」
「どんな運転したらそうなるのよ」
「見通しの悪い交差点では必ず停止線よりも手前で停止する。歩行者や、通っている車をびっくりさせちゃうからね。手前で停止して少しずつゆっくり車を進めるんだ」
「それで発狂するわけ?」
「あとキープレフトを怠らない。速度を一定に保つ。停止するときはさっさと停止する。いきなり進路変更しない。右左折するときに方向指示器を点滅させてからブレーキを踏む」
「わかんないけど、それで発狂するわけ?」
「俺のせいでゴールド免許の人の免許の存在そのものが消失したらあるいはそうなるかもしれないな」
「何それ。するかしないかで答えなさいよ」
「しないかな」
「当たり前よ。そんなのでいちいち発狂していたらきりがないわよ」
「それより、明日どこに行きたい?」
俺は飲み干したエスプレッソのコップの底にたまった砂糖をスプーンですくって食べた。
「東京の美術館と海とアウトレット」
楓は当たり前のように即答した。
「良いよ。東京の美術館と海とアウトレットね。美術館は国立新美術館?」
俺は東京の美術館と聞いて内心はかなり動揺していたが、冷静に言った。
「そうそう! ジョアンミロやピカソやジャコメッティやダリとか色々見られるのよ。海は木更津か袖ヶ浦で良いわ。アウトレットもあるし」
「良いよ。アクアラインを利用しよう。初アクアライン楽しみだな」
「せいぜい調子に乗り過ぎないことね。海に落ちても知らないわよ?」
「大丈夫。バスが何度か落ちそうになったことはあっても今までそんなこと起こってないし。明日どこで待ち合わせる?」
「木更津駅で良いわよ。家は千葉だけど木更津までの通学定期があるし。その方が須磨君楽でしょう? 11時で良い?」
「かなり助かる。良いよ11時に木更津ね」
「そろそろ帰ろうか」楓は時計を確認して言った。
「ああ」俺も時計を確認して言った。
時計は16時を少し回っていた。
「ごめん、やっぱり少しスマホいじる」楓はそういうとスマートフォンをいじったので俺は楓の食べたゴミと俺の食べたゴミを片付けスマートフォンをいじった。
「ゴミありがとう。帰ろうか」
「ああ、帰ろう」
俺達は改札まで無言で歩いた。改札機を越えたところで俺は楓から電話番号を聞き、それから別れた。次の駅へ行く電車は、つい先程発車してしまったので電車はしばらく来ない。
俺はホームに着くとスマートフォンにイヤホンを挿しデスメタルのアルバムを聞いた。
俺はその瞬間、いちいち気をとめたりはしないというような、その程度の日々が繰り返されていると思っていた日々を思い出した。
今日の出来事を振り返ると、繰返しの日常やその他のコンプレックスにも似た妙な違和感についてだが、それについては違和感を抱いたことがとても恥ずかしく思えた。
楓に会ったことで、自分のことを棚に上げ、捻じ曲げられた正義感というか負の念を抱いていた愚かさと、都合の良い欺瞞(ぎまん)的偽善さが羞恥(しゅうち)心(しん)を鮮明にした。
1曲目の曲が終わると同時に俺は駅のホームこそが現代の見世物小屋なのではないかと思った。
というか、むしろ現代に見世物小屋があったとしても俺のような愚か者に見世物としての値打ちなどありはしないのだ。
家に着いたのは17時だった。俺は風呂に入り夕飯を食べギターを弾き寝た。
次の日俺は10時に目が覚めた。
日曜日は両親が休みなので俺は念のため両親にデートで車を使いたいと相談した。
「あれはもうお前のものだから自由に使いなさい。
ばらばらに分解しようがデートで使おうがかまわん。わかっているとは思うが、くれぐれも慎重に。他人の車や人が絡む事故は起こすなよ」
親父は言った。
「デートだからといって舞い上がったらだめよ? 冷静にね。それよりガールフレンドの写真を撮ったら見せなさい」
母さんは言った。
両親の了承を得た俺は出かける支度をした。
俺は俺が望んでいる髪型に毛が生え揃っていなかったが母さんにかつらを返した。
顔を洗ったり、歯を磨いたり、整髪をしたり、制汗剤を体に塗ったり、そういう普段やるようなことを普段よりも念入りに行った。
服装はシンプルにした。濃い灰色のシャツと黒のウールノータックパンツとラバーソールの黒い皮靴とステンレスの電波ソーラー時計を身につけた。
支度が済むと財布とスマートフォンとアイポッドを持って車に乗った。
車に乗るとアイポッドをソケットに接続し、車のセンターボックスから口臭スプレーを取りだし口内にめいっぱい撒いた。シートベルトをしてブレーキを踏み、エンジンをかけて車の時刻を確認すると10時30分だった。
俺はサイドブレーキを解除し、ギアをDに入れゆっくりと車を発進させた。
木更津に着いたのは10時50分過ぎだった。俺は学校の停留場がある方の駅の出入口へ向かい、近くのパーキングに駐車した。
車の中で楓に電話をかけた。楓はすでに駅の構内で待っていたらしく俺は駅のロータリーへ来るように言い、パーキングを出て駅のロータリーへ向かった。
駅のロータリーに着くと間もなく楓は姿を表した。
楓はハイウォッシュのスキニージーンズに、黒い皮のスニーカーに、メッセージ性の強い英字プリントの奇抜な灰色トレーナーに、小さい白い皮のポシェットに、安物の黒い時計に、高そうなティアドロップの灰色の偏光サングラスを身につけていた。化粧は自然だった。
髪型はウェットな感じで綺麗に整髪されていた。
「おはよう」
俺は左のリアサイドウィンドウを開けて言った。
「おはよう」
楓はそう言いうと助手席に乗り込んだ。
「可愛いけどカッコイイ」
俺は楓の方を向いて言った。
「かわカッコイイが私の座右の銘だから」
「なるほどね」
「須磨君はシンプルでカッコイイね」
「シンプルが俺の家の家訓みたいな感じだからな」
「・・・・・・」
俺がそう言うと楓は何故かそっぽを向いた。
「俺何かまずいこと言ったか? なんで見てない聞いてないみたいな態度なんだ?」
俺がそう言うと楓は何も言わなかったので俺も黙って車を発進させた。
「勝手に音楽流して良いからね」
俺は言った。
「わかった」
楓はそう言うとアイポッドをソケットの接続から外し自分のスマートフォンを取りだしソケットに接続した。
楓は当たり前のようにヒーリングソングを流した。
「勝手に流して良いと言った手前悪いんだけど、ヒーリングソングはやめてくれないか?眠くなるかもしれない」
俺は慌てて言った。
楓は仕方ないなという様子で曲を停止した。
すると今度は蛙の鳴き声入りの渓流の音を流した。
「・・・・・・」
俺は何も言わなかった。
すると今度はゴアサイケデリックトランスミュージックを流した。
「スピードが出ちゃうし、音で酔うからそれもやめてくれ。耐えられない」
俺はまた慌てて言った。
すると今度は昔大ヒットしたテクノバンドの最新ベストアルバムを流した。
「良いね」
俺は言った。
袖ヶ浦ICに向かい川崎浮島JCTを首都高速、横浜東京方面に向かった。
楓は乗り物に弱いようで座席をめいっぱい倒して横になっていた。車内での会話は殆どなかった。
「サイケ流しても良いよ?」
俺は楓が辛そうに見えたが冗談で言ってみた。
「いい、一度酔うと何聞いても無駄だから」
楓は苦しそうに言った。
「じゃあデスメタル流しても良い?」
「良いけど、私とデスメタルどっちが大事なの?」
「なんだよそれ」
「答えなさいよ」
「楓だけど」
「なら流さないで」
楓がそう言うと車は大井料金所を抜けた。
「ごめん」
俺は言った。
有明JCT銀座東名方面に向かい、首都高速1号羽田線に入り、左側2車線を使用して浜崎橋JCTを芝公園東名方面に向かって進み、首都高速都心環状線に入った。
そして首都高板倉を麻布通り、都道415号線方面に向かって進んだ。有料道路はここまでだった。
その後は嫌がる楓に何度何度も頭を下げてスマートフォンのマップを見てもらいながら国立新美術館を目指した。
美術館に駐車場はないので東京ミッドタウン駐車場に駐車した。
そこから徒歩で美術館まで歩き、美術館に着いたのは12時30分過ぎだった。
美術館に着くと楓が昼食を摂りたいと言うので俺達は地下のカフェテリアへ向かった。
カフェテリアで楓はパスタを食べ、俺はカレーを食べた。食事を早々にすませると俺達は2階の展示室へ向かった。
展示室へ入ると楓の提案で俺達は別行動で回ることにした。
俺は時代背景や作者がどういう人物だったのかはあまり興味がなかったし事前に勉強もしてこなかった。ぱっと見で、心に響く作品を長時間眺めるのがとにかく好きだった。
シャガール、ピカソ、ジャコメッティ、ジョアンミロの作品をソファに座って眺めた。
その他にも作品はあったが誰の作品かはわからなかった。眺めているときは殆ど無心だった。
感情を捨てて眺めるというのが自分なりの敬意の表し方なのかもしれないとそのとき思った。俺は脱帽というような感情を抱き時間を忘れて眺め続けた。
どれだけの時間眺め続けたのかはわからないが、楓が展示室を出ようと俺に言うまで俺はずっと無心で眺め続けていたようだった。
眺めていたときは殆ど無心だったのだが楓と展示室から出るとき、13回世界が変わる前にも何度か世界は変わっていて、先程自分が目にしていた作品も人類が認識出来ないというだけで世界が変わるたびに本来の形から少しずつ、あるいは大きく変化して現在の形を偶然保っていたに過ぎなかったのではないかと思った。
また世界が変われば作品は形を変え、それを人類が認識出来なければ人類はそれが本来の作品なのだという認識になるのだろう。
勿論世界が変わりすぎて作品や地球自体が、なくなってしまう可能性もあるのだろう。
そのようなことを考えていたら無性に寂しくなったし、何より歴史が変わるほどの世界の変化は到底想像が及ばず、考えることは不毛だと思った。俺は考えるのをやめた。
時計を確認すると14時を少し回っていた。
俺達は国立新美術館を出て六本木7丁目のスターバックスでそれぞれドリンクを購入しミッドタウンの駐車場へ向かった。
車に戻ると俺達は車の中で一息ついた。
「素晴らしかったね」
俺は季節限定のフラペチーノを飲みながら言った。
「須磨君ただ座っていただけでしょう?」
楓はバニラクリームフラペチーノを飲みながら言った。
「なんか自分は今とてつもない空間にいるなって思ったんだ。そしたら妙に力が抜けてね。見て回る気も起きなかったんだ」
「わかる! 私も久しぶりにあんな体験した。色々な時代の色々な作品を見てると何が真実かわからなくなるっていうか、寂しくなるっていうか」
「そうそう。どの作品も良かったが、ジャコメッティの作品はどれも素晴らしかったな。あの作品が展示されていなかったらこんな感情は抱かなかったと思う」
「確かに。でもジャコメッティに限らないわよ。どの作品が一つでも欠けていたらもっと全く別な感情を抱いていたかもしれないわ」
「うん、そうかもしれないな」
俺達はドリンクを飲み干しても車の中で音楽を聴いたり話したりスマートフォンをいじったりした。
しばらく車内でぐだぐだとして俺達は袖ヶ浦へ向かった。
楓は東京へ向かうときのような姿が嘘だったかのように帰りは全く酔っておらず、ダークサイケデリックミュージックを流し、テクノミュージックも流した。
俺はスピードを出さないよう意識して運転した。意識するあまり、今度は俺が酔ってしまった。
楓は乗り物酔いしないために、あえて聞いているのだそうだがヒーリングソングとサイケデリックミュージックとでは静けさに随分開きがあるように感じた。
しかし、楓にとってサイケデリックミュージックが癒しの曲であるならばジャンルや静けさに違いがあれども、ある意味大差はないのだろうなと思った。
俺は、俺とサイケデリックミュージックどっちが大事なんだと言いたかったが言わなかった。
アウトレットへ向かうため袖ヶ浦ICではなく金田ICからアウトレットへ向かった。
アウトレットに着いたのは15時40分過ぎだった。
アウトレットに着くと楓の提案で俺達はまた別行動で回ることにした。
俺は特に欲しいものがなかったのでお土産コーナーを見たり、展望スペースに行ったり、ベンチでスマートフォンをいじって過ごした。
16時15分に楓からヴィヴィアンウエストウッドに来てほしいと連絡があり、俺は地図を見ながらベルサーチ方面へ向かった。
ヴィヴィアンウエストウッドの店内を覗くと楓は既に他の店で商品を購入したらしくショッパーを二つほど手に下げていた。この店では奇抜なフラットシューズを購入するようだった。
俺は店内には入らず店のすぐ前のベンチで待機した。
「待たせちゃったわね」
楓は店から出て言った。
「そんなに待ってないよ。荷物持とうか?」
俺は言った。
「ありがとう。助かるわ」
楓は俺にショッパーを渡して言った。
「まだ他に見るところある?」
「もうないわね」
「そうか。海に行くか」
「木更津の海が良いな」
「わかった」
俺達は車へ戻り木更津の海へ向かった。
海に着いたのは16時30分だった。
俺は木更津港にある、中の島大橋と、謎のタワーが木更津の象徴だと思った。
駅周辺の寂れた感じやレトロな雰囲気も木更津を象徴していると思った。
大型ショッピングモールや高級住宅地はまやかしだ。大型ショッピングモールや高級住宅地が木更津の象徴だとするならばもうどうしようもないと思った。
隆盛(りゅうせい)、衰微(すいび)を今も繰り返しているが月日の経過と共に木更津は衰退した。
衰退の原因は様々あるのだろうが、人口減少、経済衰退、仕事の減少という単純で深刻な問題が原因だった。
他の市町村と同じような問題を木更津も当然に抱えていた。
俺は木更津の寂れた町を見るたびゲーム会社のように海外を競争の場にしてしまえと思った。
勿論それほど単純な問題ではない。言うのは簡単だ。
何よりシャッターが閉まった店や誰もいない喫茶店が海外で成功するとは到底思えない。
だが、必要に迫られないと消費者は金を使わないということはそれだけ深刻な問題だ。
それが原因で2020年頃から企業は衰退した。
海外からの移住者、移住労働者や留学生が増えても雇用が不安定なので定住する者は少なく不法に滞在する者は年々減りつつも無くなることはなかった。
木更津に住む移住者も例外ではなかった。海外からの移住者等々に何かを期待するのはそもそも間違いなのかもしれないが全く期待しないというのも問題があると思った。
個々が持つ精神により歪められた都合のいい自助努力のような強者側が弱者側に圧力をかけて強いる関係性などではなく、それこそゲームのように制作者、プレイヤー双方が高め合っていける関係性のような、そういった関係性の構築をしなければならない認識を日本人全員が持つよう意識、あるいは意識する努力をした方が良いのかもしれない。
移民者は近年増えつつある。
移民先でのトラブルやテロの問題はどの国でもなくならなかった。
しかし、そういった悪しき問題に善の心で向き合おうとする移民者も増えつつあった。
陸上自衛隊の駐屯地近くの海に俺達は来た。
遠くに映る横浜や川崎の寂しげな影と夕日の陰陽や羽田に降りる飛行機を眺めるというのが俺達の好みだった。
駐車許可を取る必要はなかった。
「潮干狩りしたことある?」
俺は腕に何度もとまる蚊を叩きながら言った。
「あったかな?」楓は遠くを眺めながら言った。
「俺も忘れたな。多分一度もないんじゃないかな」
「自衛隊の基地の近くで潮干狩りをやってるなんて想像もしてなかった」
「色々なところに飽きてくるとこういう出会いがあるんだよな」
「そうね。ダムで花見したり、岩山をロープウェイで登ったり」
「房総は意外と広いからな。だけど木更津にこんな人気スポットがあるなんて」
「うん」
「楓は夕景が好きなの?」
「ええ、夜景や朝の風景も好きだけど夕景は私が気に入っている宝石の色に凄くそっくりなの」
俺達はしばらく無言で海を眺めた。
「一日頑張ったごほうびなのよ。この夕日の景色って」
楓は眠たそうにあくびをしながら言った。
「また明日頑張ろうって思えるよな」
俺は執拗に襲ってくる蚊を両手で払いながら言った。
「車に戻ろう」
楓は言った。
「ああ」
俺は言った。
車へ戻ると楓がどうしても蛙の鳴き声入りの渓流の音を流したいと言うので俺は流して良いと楓に言った。
俺達は蛙の鳴き声入りの渓流の音を聴きながら話した。
「13回世界が変わる前の俺と今の俺違うだろ?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「気になってね。野球を辞めてかつらを被っていたし。まぁ、もう被らないが」
「どうだって良いわよ。須磨君は須磨君だし。何回世界が変わっても私が須磨君を認識している内は絶対離さない」
俺は、この世界の俺の中身に不満がないのか聞こうと思ったがやめた。
理屈ではないのだと思ったし、相手がどうのこうのではなく自分の気持ちを真摯に述べたいと思った。
「俺はこの世界の俺で君に接することしか出来ない。だからこの世界の俺で精一杯愛したい。今日一日一緒に過ごせて良かった。上手く言えないが、今日一日過ごしてから本心を言うべきだと思ったんだ。昨日はよくわからない不安のような感情を抱いていたけど、今日は違う。今日は俺にとって特別な今日だった。特別な一日だった」
俺は言った。
楓は何も言わなかった。
俺も何も言わなかった。
遠くの方で聞こえる蛙の鳴き声が妙に騒がしくなり渓流の音色が台無しになった。
「なんか面白いわよね」
「蛙の鳴き声だろ?」
「ええ」
「こんなの間違ってる。せっかく真剣な話をしていたのに」
「でもリラックス出来たでしょう?」
俺は楓にそう言われるまで全く気づかなかったが、あれだけ恥ずかしいことを言ったにも関わらず恥ずかしさを一切感じていなかった。
「まあね」
俺はそのとき将棋の棋士が投了するときの悔しいけど完敗ですというような棋士の心境の片鱗を味わった気がした。俺は今になって少しずつ恥ずかしさが込み上げて来るような気がして堪らなかった。
楓はそれを察してか何も言わなかった。
「17時だけど、千葉まで送ろうか」
俺は時計を確認して言った。
「この時間は道が混むわよ?」
楓は言った。
「それもそうだ。木更津駅で大丈夫?」
「うん、お願い」
俺達は駅へ向かった。
楓は古い曲を流した。
「おじいちゃんが好きだったのよ」
曲が終わると楓は寂しそうに言った。
「そうか」
俺は、だった、という言葉をその通りに解釈して言った。
「おじいちゃんも乳癌で・・・・・・」
楓は言葉を詰まらせた。
「そうか」
私の場合はねという言葉の意味がわかった俺は静かに言った。
「・・・・・・」
楓は何かを言いたそうにしていたが何も言わなかった。
「複雑な歌詞だけど俺も知っている。答えがYESや愛だってことを」
俺は真剣に言った。
「適当なこと言わないでよ」
楓は恥ずかしそうに言った。
俺は無言でコンビニの近くに車を停車させ楓にキスをした。
その後楓は何も言わなかったので俺は車を発進させた。
俺は軽い男だと思われていないか気が気ではなかったのだが、また世界が変わってしまうというような焦りや危機感から解放されたかった。
恐らく楓もそれを望んでいたのだと思う。
あるいは望んでいなかったのかもしれないが、お互いの口と口を接触させる行為を真剣に受け入れたことは確かだった。
駅の近くのパーキングに着くと俺は車を停めて、楓を改札まで見送った。
家に着いたのは17時40分だった。
俺は家に着くと自分の部屋に行き何もせずに寝た。
次元を管理する者は化身から送られてきた事象データの中から須磨に関するデータに目を付け、化身を手動で管理した。惑星サイズのスピーカーから流れる音楽を聴きながら次元を管理する者はうっすらと笑みを浮かべた。
「かったるいな」
城山は言った。
「あの現代の見世物小屋ともいうべきショーを真顔で観戦するよりかよっぽどましだ」
俺はかったるそうに言った。
「確かにそれはそうだが、公園で何もせずにいるのもかったるいんだよな。まるで動物園の動物だ。動物をさげすむ気はないが正直言ってそれ以下だ。この状況は」
「心配しなくてもお前はまだ何度かショーに参加するだろ?」
「お前は綱引きとリレーだけだから羨ましいよ」
「後お前は粉の中に顔を突っ込んでアメを探すやつに、ムカデ競争に、障害物競争に、リレーか。心中察するよ」
「色々な理由で休む野郎が多いからな。スポーツクラスは」
城山は天を仰ぎながら言った。
「そろそろ粉の中に顔を突っ込んでアメを探すやつが始まるんじゃねーの?」
「くそ、絶対見に来るな」
「ああ、行かないよ。俺は動物園にもサーカスにも行かない主義だ。一体どんな顔をして楽しめば良いんだ?」
城山がやけになりながら立ち上がると例の二人組の内の一人が来た。
「城山君行こう」
背の低い女子は言った。
背の低い女子と城山は夏休みが終わってからすぐに付き合い始めた。
背の低い女子が俺に城山を紹介してくれと言いに来たので俺は城山を紹介した。告白の内容やデートのことは聞いていないが、うまくいっているようだった。
「かつら先輩も来る?」
背の低い女子は思い出したかのように言った。
「行かないよ。綱引きまでは時間があるからな」
俺は時計を見ながら言った。
「またしばらくしたら二人で来るから」
「ああ、わかった」俺がそう言うと二人は競技が行われているグラウンドへ向かった。
例の二人組に、かつら先輩というあだ名で呼ばれることが定着したが、現にかつらを装着しているので俺は気にならなかった。
二人は人がいるときはあだ名で呼ぶのを自重するし俺も二人のことを小さいのとか大きいのというあだ名で呼んでいるのだからお互い様だと思った。
俺はベンチから離れブランコへ向かった。
向かう途中全身が硬直するような感覚に襲われ、頭の中が真っ白になった。
俺はブランコに座った。
「それでね、パパったら」
俺はブランコに座った瞬間全身が硬直するような感覚に襲われ、頭の中が真っ白になった。
その後俺は隣のブランコに座っている誰かとすでに会話をしていたが自分の意思で会話をしているというよりも自動的に会話をしているように感じた。
会話をしているというのに相手と自分の会話内容は一切不明だった。
「須磨君?」
誰かと、というのは誤りで俺は強い違和感を抱きながらも誰と会話をしているのか認識していた。
しかし、全身が硬直するような感覚に襲われた瞬間俺は何故ここにいるのか、俺は誰で今がいつの時代なのかという問いにすら回答不可能な曖昧な状態だったため、まともな思考能力は一切なかった。
「あ、ああ」
俺は彼女の呼びかけに対し曖昧な返事をした。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
今井(いまい)楓(かえで)は言った。
「ああ」
俺は曖昧な返事をした。
「保健室行こう」
今井楓はそう言うと俺の手を引っ張った。
その瞬間俺はまた全身が硬直するような感覚に襲われた。
そして頭の中が真っ白になり気を失った。
目が覚めると俺は保健室にいた。俺の体は硬直していた。
保健室のベッドは一つ一つカーテンで仕切られ外に誰がいるのか確認が出来ない状態だった。
外からはわけのわからない言葉が聞こえ、わけのわからない足音が聞こえ、わけのわからない笑い声が聞こえた。
俺は悪い夢を見ているのだと思い眠った。
目が覚めると俺は保健室にいた。
先程の現象はテレビの中で夢を見ている感覚に近かった。
そして誰かにテレビのチャンネルを変えられたような感覚だった。
先程の現象が夢だったのか現実だったのか須磨はわからなかったが、先程何があったのか殆ど覚えていないことから恐らく夢だったのだろうと須磨は思った。
しかし、何故か今井楓という本来夢で知り得ない名前情報を知り、須磨はそれをはっきり記憶していた。
俺は目を瞑った。
このとき須磨の28日の記憶のほとんどは欠落していた。
自分がどうして保健室にいるのかさっぱりわからなかったのだが、28日より前の記憶があったことから記憶喪失ではなく単に気を失ったのだろうと須磨は認識した。須磨は気を失ったのは初めてだったのでこんなものなのだろうと記憶の欠落を受け入れた。
須磨はこの異常な事態を異常とは思わなかった。
というよりも思えなかった。断片的な28日の出来事の記憶があっても出来事の全てを認識することは不可能だし、真相を知ることも不可能だった。
何故ならこの次元は体育祭が行われていた次元とは同一でありながら、全く別の世界であるからだ。
体育祭が行われていた世界は消失し、新な世界が生まれた。須磨の28日、いや、人類の28日は須磨が保健室で目が覚めた13時50分42秒からスタートしたのだった。
須磨がパラレルワールドに迷い込んだのではなく、パラレルワールドが体育祭の行われている次元に迷い込んだのだ。
2020年頃から日本、アメリカ、スイス等々の素粒子物理学研究所の度重なる実験によりパラレルワールドは次々に破壊されていった。
加速器やレーザを使った実験は表向きで、裏では黒い噂が絶えなかった。
秘密裏に行われている謎の大規模実験、ブラックホール、パラレルワールドの破壊、人類滅亡等々。
2020年より前からそのような噂はあったのだが学者や専門家は2020年頃から相次いで警告を表明した。
そしてそれから10年が経った2030年の6月15日、急速に破壊されるパラレルワールドの影響によって学者や専門家が恐れていたことが現実となった。
パラレルワールドは体育祭が行われていた次元、つまり現在だった次元(今須磨がいる世界も現在ではある)とは同一であるが、お互いが干渉することはなかった。干渉しても、しなくても人類がそれを観測することは永久に不可能である。
パラレルワールドとは宇宙そのものなので干渉していないとは勿論言い切れないのだが、少なくとも現実に影響が及ぶほどの強い干渉力は有してはいなかった。
仮に有していたとしても人類がどうこう出来るレベルではないので問題ではない。
問題があるとすれば、現在というパラレルワールドと同一の世界は他のパラレルワールドのように曖昧なものなので存在自体が非常に危ういという認識を人類と研究者が持ち合わせていないことだ。
宇宙空間とはパラレルワールドのプールであり、そこには無限の可能性が貯蔵されている。
普段はただの目に見えない暗黒の空間に過ぎないが度重なる実験と急速なパラレルワールドの破壊の影響によりパラレルワールドと現在が干渉してしまった。
何故干渉してしまったのかというと、急速なパラレルワールドの破壊に伴いパラレルワールドとパラレルワールドの間に塵にも満たない、極めて極小の空間のようなものが生まれた。その空間を埋めるため新なパラレルワールドが生まれたが新なパラレルワールドは破壊された。
その空間を埋めるため膨大な量のパラレルワールドが生まれ、極小の空間のようなものに満たされた。
それでもなおパラレルワールドの破壊は止まなかった。
パラレルワールドの破壊を繰り返す研究所は、宇宙空間とはいえないまでもパラレルワールドが宇宙空間だと錯覚してしまうほどの奇妙な空間を研究所内に発生させていた。
普段パラレルワールドがそのような錯覚を起こすことは到底あり得ないのだが極小の空間に必要以上に満たされたパラレルワールドは行き場を失い、宇宙空間と錯覚して行き場を失ったパラレルワールドは迷い込んでしまったのだ。
宇宙規模の厄災は人類に相応の影響を及ぼした。
28日に起きた出来事を記憶している者は極小数であり須磨のように、なんらかの影響を受け意識を失う者は更に少数だった。殆どの者は認識すら出来なかった。
万が一記憶していたとしても非常に曖昧で断片的なため須磨のように夢と捉える者が殆どだった。
この異常事態を察知したのかは不明だが学者や専門家は10年ぶりに相次いで警告を表明した。
しばらくするとカーテンの開く音が聞こえた。
俺は恐る恐る目をゆっくりと開けた。
「大丈夫?」
今井楓は言った。
今井楓と須磨の両者が相まみえることで生じる深刻な現象の発生はなかった。
この世界で今井楓と会うのはこれが初めてなのだが須磨が夢だと思っている先程の現象のせいで、須磨はこれが初めてではないというような妙な違和感を抱いた。
「い、今井楓? 君は一体・・・・・・」
俺は戸惑いながら言った。
「13回」
今井楓は言った。
「え?」
「13回。私達のいるこの世界が変わった回数」
「なんだって? 世界が変わった?」
「そう。あなた、何故ここにいるかわかる?」
「それは、恐らく気を失って」
俺は焦り戸惑いながら言った。
「それはそうだけど、今日の記憶、ある?」
今井楓は質問を続ける。
「いや全く。夏休み前の記憶もそうだ。でも今日より前の記憶はあるよ」
「おかしいと思わない? 今日の記憶が全くないのにそれ以前の記憶が残ってるなんて」
「そんなものなんじゃないのか? 気を失うということは」
「そういうケースも否定は出来ない。でも、根拠はないけど記憶の障害にしては妙。それにあなたも世界が変わっていくのを実際に見たでしょう?」
「俺も多少妙だと思ったよ。でも世界が変わってる? 想像もつかない。俺が見たのはとてつもなくリアルな夢だ。夢の内容は断片的すぎて殆ど忘れたけど。君もいたよ」
「それよ。あなたが見ていたのは夢なんかじゃない。現実よ。私があなたを認識することが出来ても、あなたには出来ないはずだったの」
「わからないな。でも、俺は君の名前を知ってる。何故だろう」
「信じてくれないかもしれないけど私は須磨君と付き合っていたの。もともと。だけど世界が変わると須磨君の中の私に関する記憶は消えた」
「俺と君が? それは世界が13回変わる以前に?」
「そうよ。夏休み前に3回変わったかな。残りの10回は今日変わったの」
今井楓はスリーピースした後に両の手のひらを俺に向けて言った。
「な、夏休み前に3回だと・・・・・・」
俺は動揺しながら言った。
「何かおかしいと思わない?」
今井楓は恥ずかしいという様子で俺を一瞥した。
「かつら」
「正解」
「俺って一体」
冗談のつもりで言った俺は赤面しながら言った。
「恥ずかしいことじゃないわよ。そういう世界だったのよ」
今井楓も赤面しながら言った。
「どういう世界だ。なんで認識出来なかったんだろう」
「最初の1回を除いて後の2回はそれほど大きな変化じゃなかったし。それに夏休み前の3回は夜で、今日の変化よりも限りなく夢に近かったの。それでも大きな変化に違いはないけど」
「なんで君はそんなに詳しいんだ?」
「さっき、私があなたを認識することが出来ても、あなたには出来ないはずだったって言ったでしょう? 私は13回世界が変わっても私だった。記憶がなくなったり、私の何かが変わったりすることはなかった。だから詳しいの」
「あなたには出来ないはずだったっていうのは?」
「私ね1回目のときに須磨君に話しかけたの。元気? って。そしたら私のことわからないって」今井楓は泣きながら言った。
「・・・・・・」
かつらを外した後、俺はだまって話を聞いた。
「それがショックで、どうすることも出来なくて。それから私は遠くで見守ることしか出来なかった。ストーカーだよ。本当・・・・・・でも、好きだから須磨君」今井楓は涙を拭いながら言った。
「・・・・・・」
俺はだまって話を聞いた。
「さっきと少し話がかぶるけどごめん。1回目は今日みたいな規模かはわからないけど、今日みたいに記憶がなくなるほどの変化だった。その後の2回は記憶がなくなったりするほどの変化じゃなかった。今日みたいに1回目の変化の後は断片的に記憶が残ったはずだけど夢のように私の記憶は須磨君から完全に消えたの」
今井楓は泣き止んだ。
「でも俺は今井楓を認識した」
俺は言った。
「今日、須磨君は城山君と公園にいた。須磨君はしばらく城山君と座っていて、途中で城山君は城山君の彼女と体育祭が行われているグラウンドへ向かったの。城山君達がいなくなって須磨君はブランコへ向かったの。向かう途中私は須磨君に話しかけたの。元気? って。そしたらその瞬間急に世界が変わって須磨君は私に言ったの。ああ、って。その後色々須磨君と話をしていたら、また急に世界が変わったの・・・・・・
それでも須磨君は私を覚えてた。でも須磨君は世界の変化に耐えられなかったのか気分が悪くなって、私は須磨君を保健室へ連れて行こうとした。その瞬間また世界が変わって須磨君は意識を失ったの。私は意識を失った須磨君を背負ったり引きずったりして保健室まで連れて来た。ベッドに須磨君を寝かして私は保健室を出て祈ってた。どんなに世界が変わっても須磨君が私を忘れませんように。って」
今井楓は言った。
「残りの変化は、俺が気を失っていたのか眠っていたのかはわからないがその間に起こったのか。なんでもう一度話しかけようと思ったの?」
「なんとなくとしか言えない。認めたくなかったのかな? よくわかんない。私隣のベッドで少し眠るね。全身筋肉痛だよ」
今井楓はそう言うと俺が横になっているベッドから離れ隣のベッドに移動した。
俺はまた眠った。突然スマートフォンのメロディが鳴り俺は目覚めた。
俺はマリンバの音が大嫌いだった。
何故なら着信音やアラームの制作者がユーザーを盛大に囃し立てているんじゃないかという気になったし、あのようないかにも意味ありげなメロディよりも単純な電子音やベルの方がよっぽど心地が良いと思った。
何より俺が制作者なら、あいつらあれをアラームに設定しているぜ? と思うからだ。
単なるくだらない個人的意見に過ぎないし、これをあえて発言しようものならクレーマーや変わり者のレッテルを貼られるので俺は絶対に発言しない。
そもそも、あまりに異常だと感じた場合を除き個人の好みを簡単に否定する権利なんて存在しないし否定する必要もないのだ。
その話しは別として、異常だと判断する基準のようなものが年々なくなりつつあり俺は深刻な問題だと思った。
無論、城山は問題にならない。あいつは変わり者で俺も変わり者で、お互いが同じ認識レベルだからだ。
多少クレーマーじみた発言をお互いがしても特にどうということはなかった。
しばらくして今井楓は俺が横になっているベッドに来た。
「元気?」
今井楓は不安そうに言った。
「ああ」
俺は言った。
二人は何をしたということはなかったが、なんとなく気まずいという様子でしばらく外を眺めた。
「本当は多分もっと色々な今っていうか、世界があったはずなんだよね。私がいない世界、人間がいない世界、地球がない世界。今もどこかに可能性として無限にあるのかもしれない。あるとしか思えないの。とにかく私が言いたいのは、なんでこの世界はもっとこう、大変なことになってないんだろう。大変な何かが起こってないんだろう」
今井楓は納得がいかないという様子で言った。
「わからないけど、これから何か起こるかもしれないし、君が認識出来ていないだけで大変な何かはすでに起きているのかもしれない」
俺は言った。
「それはそうなんだけどね。でも13回世界が変わっても須磨君は野球部員だったし、私は病気だった。あ、須磨君もう野球辞めたんだっけ」
「病気?」
「若年性乳癌」
「それはすでに深刻な状態なのか?」
「私の場合はその可能性が高かったの。だから予防のために胸を切除した。切除したから一応大丈夫なんだけど、捉え方によっては全然大丈夫じゃないというか、上手く説明出来ないけどなんとなくわかるでしょう?」
「うん、わかるよ」
「私より深刻な状態の人の前では勿論言えたことじゃないけど、胸がないって本当に苦痛なの。心の病みたいなものよ。一生胸がないということは私にとって、一生病名を宣告されているようなものなの。心の傷は一生癒えることはない」
「・・・・・・」
俺は何も言えなかった。
「でもね、須磨君といると胸がないこと忘れることあるんだよ。おかしいでしょう? 本当、それだけ特別なの」
今井楓は笑いながら言った。
「君を、見た瞬間戸惑ったけど、それと同時に何故か妙に安心したんだ。ほっとしたというか気分が安らいだんだ。だから取り乱すことはなかったし、信じられないような話でも素直に受け入れられたんだと思う。正直顔の記憶すら曖昧だったけど見た瞬間、絶対今井楓だと思った。俺にとっても特別なのかもしれない」俺は赤面しながら言った。
「楓。楓って呼んで」
今井楓は赤面しながら言った。
「ああ、そうするよ」
二人はまたしばらく外を眺めた。
「世界が変わっちまうほどの計り知れない何かがあったのか、とにかく世界が何度も変わった。それにしては殆ど変わってない。世界が変わる前の記憶もあるし」
俺は外を眺めながら楓が言っていたような事を言った。言いたくなったのだ。
「でしょう? なんとなくだけど。私にとっては些細ではなかったけど、もっと広い視野で見ると些細な変化としか思えないというか」楓も外を眺めながら言った。
「とにかく外に出てみよう。ショーも気になるし」
「ショー?」
「体育祭」
「体育祭が行われていたっていう記憶はあるんだ」
「うん、今日以前の記憶があるから28日の土曜日は体育祭とはっきり記憶してる。城山や他のみんなはどうなんだろう・・・・・・」
「体育祭ならとっくに終わってるわよ」
「なんだって?」
俺が時刻を確認すると時計は申し訳なさそうに秒を刻みながら15時を少し回っていた。
「14時30分には終わっているはずだから、もう撤収作業も完了してるわ。
恐らく帰りのホームルームが始まっているわね」
「俺が保健室にいることをクラスの連中は知ってるかな」
「保健の先生が須磨君のクラスの担任に伝えてるはずよ。あ、一応貧血で倒れたってことにしてあるから」
「そうか、ありがとう。楓は教室に戻らなくて良いの?」
「私は今日休む予定だったんだけどわがままを言って自分の都合で帰れるようにしてもらったのよ。だから自分の帰りたいときに自由に帰れるの。結局帰りのホームルームまでいることになったけど」
「そうか、保健の先生が様子を見に来る前に保健の先生に言って帰してもらおう。少しここで待っててくれる? 一緒に帰ろう」
「うん、良いよ」
「じゃあちょっと行ってくるね」
俺はベッドがある保健室の隣の保健室に行き保健の先生と話をつけ教室へ向かった。
向かう途中チャイムが鳴り、生徒達が一斉に教室から出た。俺は14ルームに着くと鞄だけ取り、急いで保健室へ向かった。
保健室に着くと楓はいなかったが俺は保健室の中で待った。
しばらく経って楓は来た。
「ごめんね。行こう」
楓は言った。
「ああ、帰ろう」
俺達は停留場へ向かった。
バスに乗り駅に着くまで二人は無言だった。
「駅のスターバックスに行かない?」
楓は言った。
「そうしようか」
俺は言った。
スターバックスに着くと楓はココアとストロベリードーナツにベーコンとほうれん草のキッシュを二つオーダーした。俺はシーソルトのポテトチップスをレジカウンターに置き、エスプレッソとマグロアボカドサンドイッチをオーダーした。
「エスプレッソお好きなんですか?」
エスプレッソをオーダーする客が少ないのか店員は俺に言った。
「ええ、沢山砂糖を入れて飲むのが好きなんです」
「苦くないですか?」
「ええ、殆ど砂糖の味になるまで入れるので」
俺は当たり前のように言うと店員は笑った。
それに対して俺も笑顔で応じた。
「それだったら砂糖を舐めた方が良いわよ」
楓は俺と店員のやりとりが納得いかないという様子で言った。
「それはあり得ないな。エスプレッソの薫を楽しめないし何より見た目が良くない」
「砂糖を沢山入れる時点で台無しよ。それに砂糖を沢山入れてる見た目だってどうなのよ。舐めているのと対して変わらないわ」
「味に影響があっても薫には影響ないよ。確かに見る人によっては見た目が良くないが、価値観の問題だな」
「お二人は仲が良いのですね」
俺と楓が言い合っていると店員が笑顔で言った。
俺と楓は顔を見合わせ、お互い赤面し、沈黙した。
会計をすませカウンターにオーダーした商品が置かれると俺はコンディメントバーでエスプレッソに砂糖を入れスプーンを取った。その後俺と楓は店の一番奥の方の席へ座った。
「お腹ぺこぺこ」
楓は言った。
「俺も」俺は言った。
二人はそう言うとがつがつと食べ始めた。
楓がキッシュを食べているところを眺めていると顔がほてり、少し動悸がした。俺はそのとき楓がタイプの女性だと思った。
「ポテトチップス勝手に食べて良いからね」
俺はポテトチップスの袋を開けて言った。
「ありがとう」
楓はキッシュを食べながらポテトチップスを食べて言った。
俺もサンドイッチを食べながらポテトチップスを食べた。
「放課後の雰囲気といい駅のこの感じといい、なんか俺達の方が間違っているんじゃないかって気になるな」
俺は店内から外の様子を見て言った。
「あるいはそうかもよ?」
楓は食べるのに夢中という様子で言った。
「まぁな。それにしてもなんていうか」
俺は言葉が詰まり無意識でポテトチップスを食べた。
「何よ」
楓は一つ目のキッシュを食べ終え、二つ目のキッシュを食べながら言った。
「良く食べる女性は魅力的」
俺は腕を組んで言った。
「な、何? 馬鹿にしてる?」
楓は赤面しながら言った。
「してないよ。本心だ」
「じゃあどういう風に魅力的なの?」
「魅力にどういう風も何もないよ」
「何それ。意味わかんない。具体的に言って」
「今の俺の立場では言いにくいんだ」
「立場って何よ」
「いや、俺は以前楓の彼氏だったらしいけど、夏休み前の記憶がないから、なんていうか俺は色々と認識してないわけだろ? この場合愛は成立してないと思うんだ」
楓は黙って俺の話を聞いていた。
「でも好きに近い感覚というか、何か特別な魅力を強く感じるのは確かだ。立場っていうのは俺が軽い人間だと思われる気がして」
「須磨君の言いたいことはなんとなくわかるよ。確かに言葉で説明するのは難しいしね。でもこの際はっきりしましょう。この世界で私と付き合う気ある? ない?」
楓は俺が話をしている途中で言った。
「そういうのはお互いを良く知ってからじゃないとなんとも、ね?」
「あるかないかで答えて」
「ある」
俺はしばらく沈黙して言った。
「なら話しは早いわね。付き合いましょう」
「本気か?」
「ええ、勿論。何か問題が起こったらそのとき考えれば良いのよ。現時点で何か問題ある?」
「それはそうだが、いや特には」
「そうでしょう? お互い付き合う気があれば問題ないわ。付き合ってみないとお互いのことなんか知れないし。付き合う前なんて外面を良く見せようと思ったり、猫をかぶったりするものでしょう? そういう意味では付き合う前にお互いを知ろうとする行為は無意味なのよ。そりぁ3年も4年も一緒にいたら良く知れるだろうけど私はそんな意味のわからない関係嫌よ」
俺はふとテーブルに目を向けるといつのまにかキッシュもドーナツもテーブルから消えていた。
「何か不満ある?」
楓はポテトチップスをばりばりと食べながら言った。
「いや特にはないけど、女の子は付き合う前の行為、プロセスを大切にするものだと反射的にというか、勝手に思いこんでいた。ごめん。楓はそういったプロセスを経たわけだしな」
俺はサンドイッチを食べ終えエスプレッソを飲みながら言った。
「謝らないで。須磨君の立場からするとかなりむちゃくちゃに思うはず。でも、察しの通り須磨君に対する執着心に限っては、私の場合特別なの。付き合う前の意味不明なやりとりよりも須磨君と付き合っている事実がとにかく大切なのよ。一緒にいないと嫌なの」
楓はココアを飲みながら恥ずかしそうに言った
「・・・・・・」
俺は赤面し沈黙した。
「だって須磨君が他の女の子と一緒にいたら私多分死んじゃうよ。本当に。キーッ私が須磨君の彼女なのに! って発狂してから盛大に死ぬだろうね。胸があったら死にはしないだろうけど、この状態でそんなことになったら死ぬわよ」
「・・・・・・」
俺は何も言わなかった。
「なんで何も言わないのよ」
楓はむっとした表情で言った。
「いや、楓はそこまで俺を思っているのに俺はこの通りだから無性にやるせなくて。ごめん」
「須磨君が悪くないのに謝らないでよ。気持ちはわかるけど、なんか変な距離を感じるし寂しくなるからやめて」
「でも」
俺は言葉に詰まった。
楓はそれを察してか話を逸らした。
「それより夏休み何をしていたのか聞かせて」
「ストーキングで全部お見通しじゃないのか?」
「は? 調子に乗らないで。それはあくまで学校での話し。それに学校でもそんなにガッツリじゃないし。まぁ、冗談で言ったんでしょう? 須磨君らしいから許す」
楓は呆れて言った。
「城山に言う感覚で言ってみたんだが、こんな感じだった?」
俺は言った。
「ええ、なかなか痛いところをつくあたりや、わざとらしく言うあたりに須磨君らしさを感じた」
「そうなのか。さっきの話しだけど、夏休み中は殆ど勉強だったな。あとは免許を取ったり、ギターを弾いたり、音楽聴いたり」
「免許?」
「ああ、車もあるよ」
「私の両親に頼んでも絶対お金出してくれないから羨ましいわ」
「働いて絶対返すんだ。楓は夏休み何をしてた?」
「私は旅行に行ったり、勉強したりかな。退屈だったわよ」
「あのさ、夏休みお互い退屈だった分を取り戻さないか? 明日車でどこか行こうよ」
「本気? 免許取り立ての若者が事故起こしてしょっちゅう亡くなっているじゃない? なんか心配よ」
「誰かを乗せるということは命を預かるのと同義。ドライバーとしての分別はわきまえているよ」
「未成年者が言うと逆に怖いのよね。なんか急ブレーキ急発進をしたり、歩行者を優先しない運転をしそう」
「それはあんまりじゃないか?」
「冗談、冗談。須磨君なら、まぁ安心かな」
「ゴールド免許の人が俺の運転見たら発狂するぜ?」
「どんな運転したらそうなるのよ」
「見通しの悪い交差点では必ず停止線よりも手前で停止する。歩行者や、通っている車をびっくりさせちゃうからね。手前で停止して少しずつゆっくり車を進めるんだ」
「それで発狂するわけ?」
「あとキープレフトを怠らない。速度を一定に保つ。停止するときはさっさと停止する。いきなり進路変更しない。右左折するときに方向指示器を点滅させてからブレーキを踏む」
「わかんないけど、それで発狂するわけ?」
「俺のせいでゴールド免許の人の免許の存在そのものが消失したらあるいはそうなるかもしれないな」
「何それ。するかしないかで答えなさいよ」
「しないかな」
「当たり前よ。そんなのでいちいち発狂していたらきりがないわよ」
「それより、明日どこに行きたい?」
俺は飲み干したエスプレッソのコップの底にたまった砂糖をスプーンですくって食べた。
「東京の美術館と海とアウトレット」
楓は当たり前のように即答した。
「良いよ。東京の美術館と海とアウトレットね。美術館は国立新美術館?」
俺は東京の美術館と聞いて内心はかなり動揺していたが、冷静に言った。
「そうそう! ジョアンミロやピカソやジャコメッティやダリとか色々見られるのよ。海は木更津か袖ヶ浦で良いわ。アウトレットもあるし」
「良いよ。アクアラインを利用しよう。初アクアライン楽しみだな」
「せいぜい調子に乗り過ぎないことね。海に落ちても知らないわよ?」
「大丈夫。バスが何度か落ちそうになったことはあっても今までそんなこと起こってないし。明日どこで待ち合わせる?」
「木更津駅で良いわよ。家は千葉だけど木更津までの通学定期があるし。その方が須磨君楽でしょう? 11時で良い?」
「かなり助かる。良いよ11時に木更津ね」
「そろそろ帰ろうか」楓は時計を確認して言った。
「ああ」俺も時計を確認して言った。
時計は16時を少し回っていた。
「ごめん、やっぱり少しスマホいじる」楓はそういうとスマートフォンをいじったので俺は楓の食べたゴミと俺の食べたゴミを片付けスマートフォンをいじった。
「ゴミありがとう。帰ろうか」
「ああ、帰ろう」
俺達は改札まで無言で歩いた。改札機を越えたところで俺は楓から電話番号を聞き、それから別れた。次の駅へ行く電車は、つい先程発車してしまったので電車はしばらく来ない。
俺はホームに着くとスマートフォンにイヤホンを挿しデスメタルのアルバムを聞いた。
俺はその瞬間、いちいち気をとめたりはしないというような、その程度の日々が繰り返されていると思っていた日々を思い出した。
今日の出来事を振り返ると、繰返しの日常やその他のコンプレックスにも似た妙な違和感についてだが、それについては違和感を抱いたことがとても恥ずかしく思えた。
楓に会ったことで、自分のことを棚に上げ、捻じ曲げられた正義感というか負の念を抱いていた愚かさと、都合の良い欺瞞(ぎまん)的偽善さが羞恥(しゅうち)心(しん)を鮮明にした。
1曲目の曲が終わると同時に俺は駅のホームこそが現代の見世物小屋なのではないかと思った。
というか、むしろ現代に見世物小屋があったとしても俺のような愚か者に見世物としての値打ちなどありはしないのだ。
家に着いたのは17時だった。俺は風呂に入り夕飯を食べギターを弾き寝た。
次の日俺は10時に目が覚めた。
日曜日は両親が休みなので俺は念のため両親にデートで車を使いたいと相談した。
「あれはもうお前のものだから自由に使いなさい。
ばらばらに分解しようがデートで使おうがかまわん。わかっているとは思うが、くれぐれも慎重に。他人の車や人が絡む事故は起こすなよ」
親父は言った。
「デートだからといって舞い上がったらだめよ? 冷静にね。それよりガールフレンドの写真を撮ったら見せなさい」
母さんは言った。
両親の了承を得た俺は出かける支度をした。
俺は俺が望んでいる髪型に毛が生え揃っていなかったが母さんにかつらを返した。
顔を洗ったり、歯を磨いたり、整髪をしたり、制汗剤を体に塗ったり、そういう普段やるようなことを普段よりも念入りに行った。
服装はシンプルにした。濃い灰色のシャツと黒のウールノータックパンツとラバーソールの黒い皮靴とステンレスの電波ソーラー時計を身につけた。
支度が済むと財布とスマートフォンとアイポッドを持って車に乗った。
車に乗るとアイポッドをソケットに接続し、車のセンターボックスから口臭スプレーを取りだし口内にめいっぱい撒いた。シートベルトをしてブレーキを踏み、エンジンをかけて車の時刻を確認すると10時30分だった。
俺はサイドブレーキを解除し、ギアをDに入れゆっくりと車を発進させた。
木更津に着いたのは10時50分過ぎだった。俺は学校の停留場がある方の駅の出入口へ向かい、近くのパーキングに駐車した。
車の中で楓に電話をかけた。楓はすでに駅の構内で待っていたらしく俺は駅のロータリーへ来るように言い、パーキングを出て駅のロータリーへ向かった。
駅のロータリーに着くと間もなく楓は姿を表した。
楓はハイウォッシュのスキニージーンズに、黒い皮のスニーカーに、メッセージ性の強い英字プリントの奇抜な灰色トレーナーに、小さい白い皮のポシェットに、安物の黒い時計に、高そうなティアドロップの灰色の偏光サングラスを身につけていた。化粧は自然だった。
髪型はウェットな感じで綺麗に整髪されていた。
「おはよう」
俺は左のリアサイドウィンドウを開けて言った。
「おはよう」
楓はそう言いうと助手席に乗り込んだ。
「可愛いけどカッコイイ」
俺は楓の方を向いて言った。
「かわカッコイイが私の座右の銘だから」
「なるほどね」
「須磨君はシンプルでカッコイイね」
「シンプルが俺の家の家訓みたいな感じだからな」
「・・・・・・」
俺がそう言うと楓は何故かそっぽを向いた。
「俺何かまずいこと言ったか? なんで見てない聞いてないみたいな態度なんだ?」
俺がそう言うと楓は何も言わなかったので俺も黙って車を発進させた。
「勝手に音楽流して良いからね」
俺は言った。
「わかった」
楓はそう言うとアイポッドをソケットの接続から外し自分のスマートフォンを取りだしソケットに接続した。
楓は当たり前のようにヒーリングソングを流した。
「勝手に流して良いと言った手前悪いんだけど、ヒーリングソングはやめてくれないか?眠くなるかもしれない」
俺は慌てて言った。
楓は仕方ないなという様子で曲を停止した。
すると今度は蛙の鳴き声入りの渓流の音を流した。
「・・・・・・」
俺は何も言わなかった。
すると今度はゴアサイケデリックトランスミュージックを流した。
「スピードが出ちゃうし、音で酔うからそれもやめてくれ。耐えられない」
俺はまた慌てて言った。
すると今度は昔大ヒットしたテクノバンドの最新ベストアルバムを流した。
「良いね」
俺は言った。
袖ヶ浦ICに向かい川崎浮島JCTを首都高速、横浜東京方面に向かった。
楓は乗り物に弱いようで座席をめいっぱい倒して横になっていた。車内での会話は殆どなかった。
「サイケ流しても良いよ?」
俺は楓が辛そうに見えたが冗談で言ってみた。
「いい、一度酔うと何聞いても無駄だから」
楓は苦しそうに言った。
「じゃあデスメタル流しても良い?」
「良いけど、私とデスメタルどっちが大事なの?」
「なんだよそれ」
「答えなさいよ」
「楓だけど」
「なら流さないで」
楓がそう言うと車は大井料金所を抜けた。
「ごめん」
俺は言った。
有明JCT銀座東名方面に向かい、首都高速1号羽田線に入り、左側2車線を使用して浜崎橋JCTを芝公園東名方面に向かって進み、首都高速都心環状線に入った。
そして首都高板倉を麻布通り、都道415号線方面に向かって進んだ。有料道路はここまでだった。
その後は嫌がる楓に何度何度も頭を下げてスマートフォンのマップを見てもらいながら国立新美術館を目指した。
美術館に駐車場はないので東京ミッドタウン駐車場に駐車した。
そこから徒歩で美術館まで歩き、美術館に着いたのは12時30分過ぎだった。
美術館に着くと楓が昼食を摂りたいと言うので俺達は地下のカフェテリアへ向かった。
カフェテリアで楓はパスタを食べ、俺はカレーを食べた。食事を早々にすませると俺達は2階の展示室へ向かった。
展示室へ入ると楓の提案で俺達は別行動で回ることにした。
俺は時代背景や作者がどういう人物だったのかはあまり興味がなかったし事前に勉強もしてこなかった。ぱっと見で、心に響く作品を長時間眺めるのがとにかく好きだった。
シャガール、ピカソ、ジャコメッティ、ジョアンミロの作品をソファに座って眺めた。
その他にも作品はあったが誰の作品かはわからなかった。眺めているときは殆ど無心だった。
感情を捨てて眺めるというのが自分なりの敬意の表し方なのかもしれないとそのとき思った。俺は脱帽というような感情を抱き時間を忘れて眺め続けた。
どれだけの時間眺め続けたのかはわからないが、楓が展示室を出ようと俺に言うまで俺はずっと無心で眺め続けていたようだった。
眺めていたときは殆ど無心だったのだが楓と展示室から出るとき、13回世界が変わる前にも何度か世界は変わっていて、先程自分が目にしていた作品も人類が認識出来ないというだけで世界が変わるたびに本来の形から少しずつ、あるいは大きく変化して現在の形を偶然保っていたに過ぎなかったのではないかと思った。
また世界が変われば作品は形を変え、それを人類が認識出来なければ人類はそれが本来の作品なのだという認識になるのだろう。
勿論世界が変わりすぎて作品や地球自体が、なくなってしまう可能性もあるのだろう。
そのようなことを考えていたら無性に寂しくなったし、何より歴史が変わるほどの世界の変化は到底想像が及ばず、考えることは不毛だと思った。俺は考えるのをやめた。
時計を確認すると14時を少し回っていた。
俺達は国立新美術館を出て六本木7丁目のスターバックスでそれぞれドリンクを購入しミッドタウンの駐車場へ向かった。
車に戻ると俺達は車の中で一息ついた。
「素晴らしかったね」
俺は季節限定のフラペチーノを飲みながら言った。
「須磨君ただ座っていただけでしょう?」
楓はバニラクリームフラペチーノを飲みながら言った。
「なんか自分は今とてつもない空間にいるなって思ったんだ。そしたら妙に力が抜けてね。見て回る気も起きなかったんだ」
「わかる! 私も久しぶりにあんな体験した。色々な時代の色々な作品を見てると何が真実かわからなくなるっていうか、寂しくなるっていうか」
「そうそう。どの作品も良かったが、ジャコメッティの作品はどれも素晴らしかったな。あの作品が展示されていなかったらこんな感情は抱かなかったと思う」
「確かに。でもジャコメッティに限らないわよ。どの作品が一つでも欠けていたらもっと全く別な感情を抱いていたかもしれないわ」
「うん、そうかもしれないな」
俺達はドリンクを飲み干しても車の中で音楽を聴いたり話したりスマートフォンをいじったりした。
しばらく車内でぐだぐだとして俺達は袖ヶ浦へ向かった。
楓は東京へ向かうときのような姿が嘘だったかのように帰りは全く酔っておらず、ダークサイケデリックミュージックを流し、テクノミュージックも流した。
俺はスピードを出さないよう意識して運転した。意識するあまり、今度は俺が酔ってしまった。
楓は乗り物酔いしないために、あえて聞いているのだそうだがヒーリングソングとサイケデリックミュージックとでは静けさに随分開きがあるように感じた。
しかし、楓にとってサイケデリックミュージックが癒しの曲であるならばジャンルや静けさに違いがあれども、ある意味大差はないのだろうなと思った。
俺は、俺とサイケデリックミュージックどっちが大事なんだと言いたかったが言わなかった。
アウトレットへ向かうため袖ヶ浦ICではなく金田ICからアウトレットへ向かった。
アウトレットに着いたのは15時40分過ぎだった。
アウトレットに着くと楓の提案で俺達はまた別行動で回ることにした。
俺は特に欲しいものがなかったのでお土産コーナーを見たり、展望スペースに行ったり、ベンチでスマートフォンをいじって過ごした。
16時15分に楓からヴィヴィアンウエストウッドに来てほしいと連絡があり、俺は地図を見ながらベルサーチ方面へ向かった。
ヴィヴィアンウエストウッドの店内を覗くと楓は既に他の店で商品を購入したらしくショッパーを二つほど手に下げていた。この店では奇抜なフラットシューズを購入するようだった。
俺は店内には入らず店のすぐ前のベンチで待機した。
「待たせちゃったわね」
楓は店から出て言った。
「そんなに待ってないよ。荷物持とうか?」
俺は言った。
「ありがとう。助かるわ」
楓は俺にショッパーを渡して言った。
「まだ他に見るところある?」
「もうないわね」
「そうか。海に行くか」
「木更津の海が良いな」
「わかった」
俺達は車へ戻り木更津の海へ向かった。
海に着いたのは16時30分だった。
俺は木更津港にある、中の島大橋と、謎のタワーが木更津の象徴だと思った。
駅周辺の寂れた感じやレトロな雰囲気も木更津を象徴していると思った。
大型ショッピングモールや高級住宅地はまやかしだ。大型ショッピングモールや高級住宅地が木更津の象徴だとするならばもうどうしようもないと思った。
隆盛(りゅうせい)、衰微(すいび)を今も繰り返しているが月日の経過と共に木更津は衰退した。
衰退の原因は様々あるのだろうが、人口減少、経済衰退、仕事の減少という単純で深刻な問題が原因だった。
他の市町村と同じような問題を木更津も当然に抱えていた。
俺は木更津の寂れた町を見るたびゲーム会社のように海外を競争の場にしてしまえと思った。
勿論それほど単純な問題ではない。言うのは簡単だ。
何よりシャッターが閉まった店や誰もいない喫茶店が海外で成功するとは到底思えない。
だが、必要に迫られないと消費者は金を使わないということはそれだけ深刻な問題だ。
それが原因で2020年頃から企業は衰退した。
海外からの移住者、移住労働者や留学生が増えても雇用が不安定なので定住する者は少なく不法に滞在する者は年々減りつつも無くなることはなかった。
木更津に住む移住者も例外ではなかった。海外からの移住者等々に何かを期待するのはそもそも間違いなのかもしれないが全く期待しないというのも問題があると思った。
個々が持つ精神により歪められた都合のいい自助努力のような強者側が弱者側に圧力をかけて強いる関係性などではなく、それこそゲームのように制作者、プレイヤー双方が高め合っていける関係性のような、そういった関係性の構築をしなければならない認識を日本人全員が持つよう意識、あるいは意識する努力をした方が良いのかもしれない。
移民者は近年増えつつある。
移民先でのトラブルやテロの問題はどの国でもなくならなかった。
しかし、そういった悪しき問題に善の心で向き合おうとする移民者も増えつつあった。
陸上自衛隊の駐屯地近くの海に俺達は来た。
遠くに映る横浜や川崎の寂しげな影と夕日の陰陽や羽田に降りる飛行機を眺めるというのが俺達の好みだった。
駐車許可を取る必要はなかった。
「潮干狩りしたことある?」
俺は腕に何度もとまる蚊を叩きながら言った。
「あったかな?」楓は遠くを眺めながら言った。
「俺も忘れたな。多分一度もないんじゃないかな」
「自衛隊の基地の近くで潮干狩りをやってるなんて想像もしてなかった」
「色々なところに飽きてくるとこういう出会いがあるんだよな」
「そうね。ダムで花見したり、岩山をロープウェイで登ったり」
「房総は意外と広いからな。だけど木更津にこんな人気スポットがあるなんて」
「うん」
「楓は夕景が好きなの?」
「ええ、夜景や朝の風景も好きだけど夕景は私が気に入っている宝石の色に凄くそっくりなの」
俺達はしばらく無言で海を眺めた。
「一日頑張ったごほうびなのよ。この夕日の景色って」
楓は眠たそうにあくびをしながら言った。
「また明日頑張ろうって思えるよな」
俺は執拗に襲ってくる蚊を両手で払いながら言った。
「車に戻ろう」
楓は言った。
「ああ」
俺は言った。
車へ戻ると楓がどうしても蛙の鳴き声入りの渓流の音を流したいと言うので俺は流して良いと楓に言った。
俺達は蛙の鳴き声入りの渓流の音を聴きながら話した。
「13回世界が変わる前の俺と今の俺違うだろ?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「気になってね。野球を辞めてかつらを被っていたし。まぁ、もう被らないが」
「どうだって良いわよ。須磨君は須磨君だし。何回世界が変わっても私が須磨君を認識している内は絶対離さない」
俺は、この世界の俺の中身に不満がないのか聞こうと思ったがやめた。
理屈ではないのだと思ったし、相手がどうのこうのではなく自分の気持ちを真摯に述べたいと思った。
「俺はこの世界の俺で君に接することしか出来ない。だからこの世界の俺で精一杯愛したい。今日一日一緒に過ごせて良かった。上手く言えないが、今日一日過ごしてから本心を言うべきだと思ったんだ。昨日はよくわからない不安のような感情を抱いていたけど、今日は違う。今日は俺にとって特別な今日だった。特別な一日だった」
俺は言った。
楓は何も言わなかった。
俺も何も言わなかった。
遠くの方で聞こえる蛙の鳴き声が妙に騒がしくなり渓流の音色が台無しになった。
「なんか面白いわよね」
「蛙の鳴き声だろ?」
「ええ」
「こんなの間違ってる。せっかく真剣な話をしていたのに」
「でもリラックス出来たでしょう?」
俺は楓にそう言われるまで全く気づかなかったが、あれだけ恥ずかしいことを言ったにも関わらず恥ずかしさを一切感じていなかった。
「まあね」
俺はそのとき将棋の棋士が投了するときの悔しいけど完敗ですというような棋士の心境の片鱗を味わった気がした。俺は今になって少しずつ恥ずかしさが込み上げて来るような気がして堪らなかった。
楓はそれを察してか何も言わなかった。
「17時だけど、千葉まで送ろうか」
俺は時計を確認して言った。
「この時間は道が混むわよ?」
楓は言った。
「それもそうだ。木更津駅で大丈夫?」
「うん、お願い」
俺達は駅へ向かった。
楓は古い曲を流した。
「おじいちゃんが好きだったのよ」
曲が終わると楓は寂しそうに言った。
「そうか」
俺は、だった、という言葉をその通りに解釈して言った。
「おじいちゃんも乳癌で・・・・・・」
楓は言葉を詰まらせた。
「そうか」
私の場合はねという言葉の意味がわかった俺は静かに言った。
「・・・・・・」
楓は何かを言いたそうにしていたが何も言わなかった。
「複雑な歌詞だけど俺も知っている。答えがYESや愛だってことを」
俺は真剣に言った。
「適当なこと言わないでよ」
楓は恥ずかしそうに言った。
俺は無言でコンビニの近くに車を停車させ楓にキスをした。
その後楓は何も言わなかったので俺は車を発進させた。
俺は軽い男だと思われていないか気が気ではなかったのだが、また世界が変わってしまうというような焦りや危機感から解放されたかった。
恐らく楓もそれを望んでいたのだと思う。
あるいは望んでいなかったのかもしれないが、お互いの口と口を接触させる行為を真剣に受け入れたことは確かだった。
駅の近くのパーキングに着くと俺は車を停めて、楓を改札まで見送った。
家に着いたのは17時40分だった。
俺は家に着くと自分の部屋に行き何もせずに寝た。
次元を管理する者は化身から送られてきた事象データの中から須磨に関するデータに目を付け、化身を手動で管理した。惑星サイズのスピーカーから流れる音楽を聴きながら次元を管理する者はうっすらと笑みを浮かべた。
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