6 / 7
5
しおりを挟む
サニーとスリーページはしばらく無言だった。
「とんでもないことになってしまったわね」サニーは心ここにあらずというような放心しきった様子で静かに言った。
「とんでもないことになってしまったな」
スリーページはたまたま自分の目の前にあったサニーのトマトを食べたが、サニーは怒らなかった。
「サニーごめん。許可もなしに連れて行くと言って。でもメジェイにいさせるわけにはいかない。政府の連中は容赦がないからな。大丈夫、僕が守る」
「良いのよ。スリー兄貴と一緒ならどこへでも行くわ」
サニーは酢の効いたご飯をそのまま食べた。
「でもなんで追放されないといけないのかしら。ロボットとはいえ快楽殺人者を返り討ちにしただけじゃない。胸糞悪いわよ。納得いかない」
「うん、狂っている。実験だろうとなんだろうと市に核の使用権限なんてあるはずないじゃないか。でも理屈は通用しない。もしものことがあったら全ての責任を市に押し付けるだろう。僕がロボットを破壊した後の政府の対応が間違っているかいないかは置いといて、政府はそれだけ僕やマンドナを恐れている。だからなるべく穏便にこの問題を対処したかったんだ。わざわざ政府が、核を使って証拠を消し、薬物中毒者をけしかけ、気味の悪い会社や市の連中をファイブモーモーにけしかけるあたり、かなり雑で粗い対応に思える。でも僕には関係ない。政府と戦わなくて良いならどういう対応をされようが構わない」
「・・・・・・」サニーは黙っていた。
「エムジェイは国名だったんだな」スリーページはぼそっとつぶやいた。
「なんで政府の連中は兄貴がロボットを壊したことを把握していたのかしら? それにファイブモーモーに私達が来ることをなんで知っていたのかしら」
「それは恐らくあのロボットにはモニターが付いていて、監視カメラのような機能が搭載されていたからだと思う。政府の連中はロボットが届けるLIVE映像をリアルタイムで監視、鑑賞し、弱者が死んでいく様を楽しんでいたんだと思う。弱者をいたぶるのがとことん好きな連中だからな。ファイブモーモーの件は単純なストーキング行為だろう。市役所を出たあたりか、それよりももっと前からストーキングされていたんだ。僕達がファイブモーモーに向かうことを嗅ぎつけた連中は素早く待ち伏せた。ここは待ち伏せするのにうってつけだからな」
「・・・・・・」
サニーは黙っていた。
「スレイグはなんで政府と関わりのある仕事に就いたんだろう。あんなにいかれているのによく雇ってもらえたな」
「いかれているからよ」
「違いないな」
「それより全然食べた気がしないわね」
「うん、さっき食べた肉の味を思い出せない」
「残った食材どうしようかしら?」
「店員に説明するしかないだろうな」
「そうよね」
サニーはしばらく遠い目で造花を眺めた。
スリーページはビーチを眺めた。二人は海(かい)嶺(れい)の谷底に沈んでいくような最低の気分だった。
「退店時刻を過ぎております。至急退店をお願いします!」
店員は怒鳴った。
店員に怒鳴られた二人は暗い海底の山脈地帯に音速ほどのスピードで叩きつけられた気分だった。
残った食材について店員から指摘がなかったので二人は黙って退店した。
「ファイブモーモーに来ることもないんだ」
「そうね」
「もっと沢山食べたかった。元を取る気だったのに」
「あの程度で?」サニーは呆れて言った。
「ユーユーでベリーキャンディーベリーチョコバナナのクリームトッピングのクレープを食べよう。他に食べたい物があったら買って良いよ」
「メルケナリアメルケナリア弁当。それと水」
「うん、良いよ」
スリーページはチョコクリームクレープ以外の種類のクレープに興味すらなかったが、今日は無性にベリーキャンディーベリーチョコバナナのクリームトッピングのクレープを食べてやりたい気分だった。
コンビニショップ、ユーユーはファイブモーモーの裏の狭い店舗スペースに追いやられ、押しつぶされて消えてしまうのは時間の問題だった。
クレープの販売を始めたのはここ最近で、クレープ屋のバイト経験がある女の子を店舗存続のため特別待遇で雇用したのがきっかけだった。
しかし、思うように売り上げは伸びなかった。
その代わりに奇妙なメニューばかりがいたずらに増え、それを好む奇妙な客が増えた。
売り上げの波は極端で安定しないものの、全く人が来ないというわけではなかった。
「サニーの言う通りチョコクリームクレープはもう食べないことにした」
「最後のチョコクリームクレープになるかもしれないのに」
サニーは冷たく言った。
「普通というか、今までの日常があるからあのクレープは美味しいんだよ。もう今までの日常には戻れない。チョコクリームクレープを食べ続ける意味はなくなったんだ」
「怖いこと言わないで」
サニーは泣きそうだった。
「ごめん」
スリーページは静かに謝った。
ユーユーに着くと辺りは閑散としていた。
二人はユーユーに入り思い思いの商品購入し、クレープを注文した。購入した商品とクレープを持って二人は近くのベンチに腰を掛けた。
「なんだ、結局チョコクリームにしたのね」
「ああ、サニーのせいだ。最後のチョコクリームクレープになるかもしれないと言うから変に意識してしまったじゃないか」
「私だって兄貴が意味深なこと言うから普段頼んだことのない商品をオーダーしてしまったわ。なんだか怖くて」
「ココアパウダー、シナモンパウダー、フルーツパウダーカスタードの、チョコチップとコーンフレークのトッピングとは。心中察するよ。動揺させてごめん」
「良いのよ。これはこれで美味しそう」
「確かに」
「ねえ、最初の一口だけ交換しない?」
「別に構わないが、チョコクリームは理解出来ないんじゃなかったか?」
「今は理解出来そうな気がする」
そう言うとサニーは自分の持っているクレープとスリーページが持っているクレープを強制的に交換した。
「いただきます」
「いただきます」
二人は同時にクレープにかじりついた。
「あはははははは」
「あはははははは」
二人は同時に笑った。
「スリー兄貴毎回こんなのを食べていたの? チョコレートの味しかしないわ」
「それが良いんだ。それよりサニーこれ責任もって食えよ」
「どんな味?」
「食えばわかる」
サニーはスリーページの持つクレープを取り上げ、クレープにかじりついた。
「あはははははは」
そしてサニーは再び笑った。
「何これ! 物凄くまずいじゃない。なんのフルーツのパウダーなのよ!」
「これからの波乱を象徴しているようだ」
「笑えないわよ!」
「確かに」
サニーはクレープを置きメルケナリアメルケナリア弁当を食べ始めた。
スリーページはクレープを食べ終えると瓶に入ったコーラを一気に飲み干した。
「私両親には何も言わないで出て行こうと思うの」
サニーは弁当を食べながら言った。
「なんで?」
スリーページは言った。
「寂しくなるのが辛い。ここに残りたいって思っちゃう。どんなにここが地獄でも私はここで生まれてここで育ったの。わかるでしょ? 愛着よりももっと独特の愛着っていうか」
「うん、わかるよ。ここは好きではないけど家族やサニーと過ごす日常は悪くない」
「・・・・・・」
スリーページがそう言うとサニーは黙ってうなずいた。
「寂しくなるのが辛いのは家族も一緒なんだ。何も言わないで出ていったらすごく悲しむと思うよ。サニーの気持ちもわかる。でも、深刻な事態のときこそあまり物事を深刻に考えない方が良いと思うよ。愛着が全くないなら話は別だけど。僕は家族に会うよ。会いたい。それで言うんだ! ありがとうって。サニーも一緒に来てくれないか?」
スリーページは続けて言った。
「別に良いわよ。スリー兄貴のお母さん好きだし」
弁当を食べ終えたサニーは水をいっきに飲み干した。
「ありがとう」
「図書館に行く?」
サニーは立ち上がって言った。
「いや、やめておこう。表向きの情報しか手に入らない気がする。入国してみないと内情はわからない」
スリーページは言った。
「図書館はそういうところよね。肝心な情報は倉庫に隠して一切公開しないの」
「ああ、特別な力がないと入国出来ないという程度の情報しか手に入らないだろうな。このまま僕の家に行こう。夜まで一緒に待とう」
「ええ、わかったわ」
二人は無言でトゥーキータウンを後にした。
マッハにあるスリーページの家に向かうまで二人は殆どの時間手をつないで歩いた。
ホームも構内も車内もスラムも。二人とも不安だったのかもしれない。二人は人と手をつないで歩くのが初めてだった。恥ずかしさや照れや笑いは一切なかった。二人とも無表情だった。
二人はマッハに着いてスリーページの家の付近にさしかかろうとしたとき手をつなぐのをやめた。ス
リーページは立ち止まってタバコを吸った。
「母さんは6時くらいに仕事から帰ってくるよ」
「そう、あと1時間ちょっとね」
「暇だし酒でも飲もうか」
「ええ、水道水の代わりに」
「うん、ビールの味がしないビールの代わりに」
「空気の代わりに」
「プロテインジュースの代わりに」
二人はそんなくだらないことを言い合いながら家に向かって歩いた。
「ようやく着いたね」
「ええ、早く入りましょう」
家に着くと、いきいきとした明るい表情で二人は家の中に入った。
二人の明るい表情が一瞬で曇ってしまうくらいスリーページの部屋は汚かった。
「汚いけど我慢してくれ」
「平気。ヴァーチータウンのホームより快適よ」
「それはそうだけど比べる対象をせめて僕の部屋とトゥーキータウンのホームにしてくれないか?」
「トゥーキータウンのホームに失礼よ」
サニーは冷たくそう言うと甕を出現させた。
スリーページは今まで自分の部屋を意識して見たことがなかったが、トゥーキータウンのホームに失礼という発言を受け、改めて部屋を意識して見渡した。
「サニーの言う通りだ」
俺は静かに言った。
部屋を意識して見ると部屋の物の殆どがスラム的に感じた。
ゴミだけどゴミじゃないというか、スラム的だけどスラム的じゃないというか、むしろスラムに必要な要素であるから部屋のゴミも必要なのだ! というか。
そういう意味のわからないくだらない納得でしかなかったが、サニーの言うことに間違いはなかった。
スリーページは棚からジョッキを取り出した。
「乾杯しよう」
二人はジョッキに酒を酌(く)んだ。
「ええ、乾杯」
「乾杯」
二人は全体の半分ほどを勢いよく飲んだ。
二人はあっという間にジョッキを空にした。
スラムでは最初に沢山飲んで沢山時間を空けてからまた沢山飲むという飲み方が一般的だった。
「アニメでも見る?」
「ニュースが良い」
スリーページはアニメが見たかったがニュース番組にチャンネルを合わせた。
しかし、やっていたのはスラム警察24時だったので他のチャンネルに変えた。
チャンネルを変えるたび、やっているのはくだらない番組だった。
スラムの食べ歩き散歩、質屋巡、スラムキッチン。ニュースは一切やっていなかった。
「チッ、いかれてる」
サニーは舌打ちしながらそう言うとリモコンを床に叩きつけた。
「ああ」
スリーページは床のリモコンを拾って言った。
「アニメを見ていた方がよっぽどまし」
「釣り番組は?」
「嫌よ。魚のいるポイントや波を計算して予測しないといけないし、魚の生態や海に詳しい人が知り合いにいないと、まともな魚なんて釣れっこないの。なんの勉強にもならないわ。運否天賦で釣りをする素人には良いめくらましだけど」
「僕も目がくらんでいるのかな?」
「スリー兄貴はそもそも釣りをしようなんて妙な気を起こさないから目がくらんでいても良いのよ」
「というか、単純に楽しいんだよ。釣り番組・・・・・・」
「あれを楽しんでみている人間がいるなんて。しかも釣りをしたことない人間が」
「騙されたと思って一緒に見よう。理屈じゃないんだ」
スリーページは釣り番組にチャンネルを合わせた。
若い男女が仲良く釣りをしている。狙っている魚はまだ釣れていないようだ。
「これのどこが面白いって言うの?」
「ほら、あのいかにも上手そうな男よりあの下手そうな女の方が良いセンスしているじゃないか。それにも関わらずレクチャーをやめないぞ。一体いつまでレクチャーする気だ。それに肝心なところで魚に糸を切られているぞ」
「・・・・・・」
サニーは黙っていた。
「ほら、見ろ! あいつとうとう竿を変えやがった。しなりすぎるからなんて言っているぞ」
「フフ、別に良いじゃない何が問題なのよ」
サニーは薄い笑みを浮かべて言った。
「あのしなりすぎる竿を使って竿の宣伝をしなくちゃいけないんだぞ? でもあいつが今使っている竿は宣伝とは無関係の竿だ。恐らく自前の竿だろう。何より、あの女はしなりすぎる竿を使ってちゃんと釣り上げているじゃないか。狙っている魚ではないけど、あの男よりよっぽど宣伝しているよ」
「確かにそうだけど、しなりすぎる竿しか使ってはいけない決まりなんてないじゃない」
「あの女があれだけ使いこなしている以上竿の問題ではないんだ。確かに決まりはないけど女より先に竿を変えるなんて非常識だよ。せめて女に一言あっても良いんじゃないかな? ちょっと俺竿変えるね。くらいの一言があっても良いと思うんだ」
「めんどうくさいわよ。言われた方だって、勝手にしろよって思うわよ」
「でも、竿を変える理由がしなりすぎるってどうなんだ?」
「しなりすぎるって面白いわよね」
「うん」
すると女は狙っている魚を釣り上げた。
「竿を変えてもあの男まだ狙っている魚を釣っていないぞ」
「しならない竿でだめならもうだめよ」
「ああ、運が悪かったんだ」
「プロみたいななりをしているのに」
「腕は良いのだろうが運がないんだ」
「プロが運に頼るなんて」
「ああ、でももう運も尽きた。番組が終わるぞ。生中継なのかこれ?」
「生中継じゃないなら色々かわいそうね」
「ああ、色々な」
二人はジョッキに再び酒を酌んだ。
「理屈じゃなかったわ」
「理屈じゃなかっただろ?」
二人はジョッキの中の酒を一気に飲み干した。
二人はコマーシャルを眺めた。
「スリー兄貴? もし私が兄貴のこと好きって言ったらどう思う」
「好きの種類にもよるんじゃないか?」
「恋愛的な好き」
「恋愛的な好き?」
「そう」
「別に悪い気はしないよ」
「どう思う?」
「だから悪い気はしない」
「それだけ?」
「うん、それ以上何があるって言うんだ?」
サニーはスリーページの唇に自分の唇を力強く押し当てた。
「どう思う?」
「悪い気はしない」
スリーページは冷静を装っていたが内心凄く動揺していた。
「それだけ?」
「わからない。そもそも女性と恋愛をしたことがないからな」
「もし付き合いたいって言ったらどうする?」
「今の関係と何が違うんだって思う」
「思うだけ?」
「考えるよ。深く考える」
「はっきり言いなさいよ。従妹とは付き合えないって」
サニーは泣きながら言った。
「はっきり言って付き合う意味がわからないんだ。恋人同士になると何が変わるんだ?」
「色々よ」
「例えば?」
サニーの顔は赤くなった。
「例えば一緒に寝たり、手をつないだり、キスしたりお風呂に入ったり」
「別に付き合わなくたって出来るだろ」
「そうなの?」
「うん」
「逆になんでそんなに付き合いたくないの?」
「なんでそんなに付き合うことにこだわるんだ?」
二人はしばらく無言でテレビのモニターを眺めた。
「じぁあ兄貴は私のお願いなんでも聞いてくれるってこと?」
「無理なこともあるだろうけどある程度は聞けるよ」
「じぁあ私の裸を見て」
そう言うとサニーは武装を解き服を脱ぎ始めた。
「待て、待て。意味がわからないし、それじゃあ強制じゃないか!」
「意味なんてないし強制よ。これくらい別にどうってことないわ」
「サニーにとってはどうってことないことなのかもしれないけど、僕にとってはどうってことあるんだよ。問題があるんだ」
「どういう問題?」
「そろそろ母さんが帰ってくる」
下着姿になったサニーは脱ぐのを中断した。
「ば、ばれやしないわよ」
「いや、靴を見てサニーが来ていることに気づいて部屋の扉を開けるよ。ノックしないで」
「この際どうなっても構わないわよ」
そう言って下着を脱ごうとしたときトゥーページが帰ってきた。
「ただいまー! サニー来ているの?」
サニーは甕を消して急いで服を着た。
「ええ! 今行くわ」そう大声でトゥーページに返答するとサニーは慌てて部屋を飛び出した。
「助かった」
スリーページはぼそっとつぶやいた。
スリーページは部屋を出てトゥーページとサニーのいる方へ向かった。
二人は銃器メーカーのコールセンターの話で盛り上がっていた。
スリーページはそこに割って入るのは悪いと思い自分の部屋へ戻ろうとした。
「スリー! 帰ったわよ? 挨拶くらいしなさい」
「いや、盛り上がっていたから気を使ったんだよ」
「母親に対して気なんか使わないで」
「悪かったよ。おかえりなさい」
スリーページは部屋に戻った。スリーページはテレビのモニターを静かに眺めた。
テレビのモニターは不規則な点滅を繰り返し、意味のわからない笑いや、つっこみや、強烈なフラッシュを放った。
テレビのモニターはテレビのモニターなりにスリーページと両親の今までの思い出を一生懸命に映像で表現しているかのようだった。
スリーページの父ワンページが地下の労働施設で働くようになったのはスリーページが5歳のときだった。
1年に一度家族との面会が許されているが、会えないときもあった。
新人の指導、会議、出張など地下の労働環境は劣悪で過酷を普段から強いられているのにも関わらず地下の者は地下の者に対して容赦がなかった。ワンページの過酷は想像を絶するものに違いない。
こうしてテレビのモニターを見ている今も命を削って働いている。
スリーページは10歳くらいのときに、どうして父さんは一緒にいられないの? どうしてこんなに辛い思いをしないといけないの? というような内容の質問をワンページにしたことがあった。
そのときワンページは、ごめんな、一緒にいてやれなくて。でも、俺は離れていてもお前の父親だ。お前とトゥーページのためならこの命を投げ出したって良いんだ。家族を持つということはそういうことなんだ。と言い、笑顔でスリーページに返答した。
そのときのワンページのやつれた笑顔はどんなに時間が経過しても色あせることなく鮮明に映像として目に焼き付くだろうとそのときスリーページは思った。
テレビのモニターを見ているとあのときの映像が蘇ってくるように感じた。
スリーページの母トゥーページが短期の派遣スタッフとして風俗店、キャバクラ、ドライバー、飲食店など様々な業種で働くようになったのはスリーページが生まれる前からだった。
生まれたばかりの頃は施設に預けられ、殆どトゥーページと顔を合わせることはなかった。
小学校に入学してからもトゥーページの仕事が終わるまでの間施設にいた。施設の人間の都合が良いようにこき使われた。宗教じみた施設内のルールやマナーを徹底的に叩き込まれた。友達に裏切られることはしょっちゅうあったし、親友が突然行方不明になったし、殺されることもあった。
中学、高校時代は同級生や先輩の麻薬密売グループや殴り屋と呼ばれる喧嘩を生業としている者に目を付けられ、麻薬密売グループや殴り屋のためにアルバイトをした。
自分の収入は殆どなかった。金が絡むいじめはスラムでは後を絶たなかった。
そのいじめに加え、トゥーページが風俗店で働いている現場をたまたま目撃した教師がその事実を学校中に広めた。そのためスリーページは関わりのない生徒や教師からもいじめられるようになった。そのときスリーページは、母さん僕もう死にたいんだ。
悪い連中から金は取られるし、母さんが風俗店で働いているというだけで毎日からかわれるんだ。一生懸命働いてくれている母さんを、大好きな母さんをあいつらは簡単にけなしてくるんだ。
もう耐えられない。というような悩みをトゥーページに打ち明けたことがあった。
そのときトゥーページは泣きながら、いじめられるのはあんたが弱いから。金が絡んだ時点で戦争なのよ? 戦いなさい。私のことはどうでも良いわ。もし実害が発生したら私が戦えば良い話。あんたが気にする問題じゃないわ。勿論私が風俗なんかで働いているせいであんたに迷惑がかかっていることは申し訳ないと思っているわ。でも、この地獄で生きていくには何をしてでも働いて稼がないといけないの。 わかるでしょ? あんたならわかってくれるでしょ? と言った。
どんなに時間が経過しても色あせることなく鮮明に映像として目に焼き付くだろうとそのときスリーページは強く思った。
あのときの返答内容をスリーページは今まで一度も忘れたことがない。
スリーページはテレビのコンセントを抜いてベッドに寝そべり目を瞑った。
スリーページは麻薬密売グループに一人で立ち向かい壊滅させた思い出や、殴り屋をだまして全員消し炭にした思い出や、学校の連中がスリーページを恐れていじめをしなくなった思い出を振り返り、今となっては良い思い出だと思った。
「スリー! ちょっと来なさい」トゥーページは叫んだ。
思い出にふけっていたスリーページはもっと思い出に浸っていたかったが、立ち上がりトゥーページとサニーのいる方へ向かった。「何?」スリーページは言った。
「とんでもないことになってしまったわね」サニーは心ここにあらずというような放心しきった様子で静かに言った。
「とんでもないことになってしまったな」
スリーページはたまたま自分の目の前にあったサニーのトマトを食べたが、サニーは怒らなかった。
「サニーごめん。許可もなしに連れて行くと言って。でもメジェイにいさせるわけにはいかない。政府の連中は容赦がないからな。大丈夫、僕が守る」
「良いのよ。スリー兄貴と一緒ならどこへでも行くわ」
サニーは酢の効いたご飯をそのまま食べた。
「でもなんで追放されないといけないのかしら。ロボットとはいえ快楽殺人者を返り討ちにしただけじゃない。胸糞悪いわよ。納得いかない」
「うん、狂っている。実験だろうとなんだろうと市に核の使用権限なんてあるはずないじゃないか。でも理屈は通用しない。もしものことがあったら全ての責任を市に押し付けるだろう。僕がロボットを破壊した後の政府の対応が間違っているかいないかは置いといて、政府はそれだけ僕やマンドナを恐れている。だからなるべく穏便にこの問題を対処したかったんだ。わざわざ政府が、核を使って証拠を消し、薬物中毒者をけしかけ、気味の悪い会社や市の連中をファイブモーモーにけしかけるあたり、かなり雑で粗い対応に思える。でも僕には関係ない。政府と戦わなくて良いならどういう対応をされようが構わない」
「・・・・・・」サニーは黙っていた。
「エムジェイは国名だったんだな」スリーページはぼそっとつぶやいた。
「なんで政府の連中は兄貴がロボットを壊したことを把握していたのかしら? それにファイブモーモーに私達が来ることをなんで知っていたのかしら」
「それは恐らくあのロボットにはモニターが付いていて、監視カメラのような機能が搭載されていたからだと思う。政府の連中はロボットが届けるLIVE映像をリアルタイムで監視、鑑賞し、弱者が死んでいく様を楽しんでいたんだと思う。弱者をいたぶるのがとことん好きな連中だからな。ファイブモーモーの件は単純なストーキング行為だろう。市役所を出たあたりか、それよりももっと前からストーキングされていたんだ。僕達がファイブモーモーに向かうことを嗅ぎつけた連中は素早く待ち伏せた。ここは待ち伏せするのにうってつけだからな」
「・・・・・・」
サニーは黙っていた。
「スレイグはなんで政府と関わりのある仕事に就いたんだろう。あんなにいかれているのによく雇ってもらえたな」
「いかれているからよ」
「違いないな」
「それより全然食べた気がしないわね」
「うん、さっき食べた肉の味を思い出せない」
「残った食材どうしようかしら?」
「店員に説明するしかないだろうな」
「そうよね」
サニーはしばらく遠い目で造花を眺めた。
スリーページはビーチを眺めた。二人は海(かい)嶺(れい)の谷底に沈んでいくような最低の気分だった。
「退店時刻を過ぎております。至急退店をお願いします!」
店員は怒鳴った。
店員に怒鳴られた二人は暗い海底の山脈地帯に音速ほどのスピードで叩きつけられた気分だった。
残った食材について店員から指摘がなかったので二人は黙って退店した。
「ファイブモーモーに来ることもないんだ」
「そうね」
「もっと沢山食べたかった。元を取る気だったのに」
「あの程度で?」サニーは呆れて言った。
「ユーユーでベリーキャンディーベリーチョコバナナのクリームトッピングのクレープを食べよう。他に食べたい物があったら買って良いよ」
「メルケナリアメルケナリア弁当。それと水」
「うん、良いよ」
スリーページはチョコクリームクレープ以外の種類のクレープに興味すらなかったが、今日は無性にベリーキャンディーベリーチョコバナナのクリームトッピングのクレープを食べてやりたい気分だった。
コンビニショップ、ユーユーはファイブモーモーの裏の狭い店舗スペースに追いやられ、押しつぶされて消えてしまうのは時間の問題だった。
クレープの販売を始めたのはここ最近で、クレープ屋のバイト経験がある女の子を店舗存続のため特別待遇で雇用したのがきっかけだった。
しかし、思うように売り上げは伸びなかった。
その代わりに奇妙なメニューばかりがいたずらに増え、それを好む奇妙な客が増えた。
売り上げの波は極端で安定しないものの、全く人が来ないというわけではなかった。
「サニーの言う通りチョコクリームクレープはもう食べないことにした」
「最後のチョコクリームクレープになるかもしれないのに」
サニーは冷たく言った。
「普通というか、今までの日常があるからあのクレープは美味しいんだよ。もう今までの日常には戻れない。チョコクリームクレープを食べ続ける意味はなくなったんだ」
「怖いこと言わないで」
サニーは泣きそうだった。
「ごめん」
スリーページは静かに謝った。
ユーユーに着くと辺りは閑散としていた。
二人はユーユーに入り思い思いの商品購入し、クレープを注文した。購入した商品とクレープを持って二人は近くのベンチに腰を掛けた。
「なんだ、結局チョコクリームにしたのね」
「ああ、サニーのせいだ。最後のチョコクリームクレープになるかもしれないと言うから変に意識してしまったじゃないか」
「私だって兄貴が意味深なこと言うから普段頼んだことのない商品をオーダーしてしまったわ。なんだか怖くて」
「ココアパウダー、シナモンパウダー、フルーツパウダーカスタードの、チョコチップとコーンフレークのトッピングとは。心中察するよ。動揺させてごめん」
「良いのよ。これはこれで美味しそう」
「確かに」
「ねえ、最初の一口だけ交換しない?」
「別に構わないが、チョコクリームは理解出来ないんじゃなかったか?」
「今は理解出来そうな気がする」
そう言うとサニーは自分の持っているクレープとスリーページが持っているクレープを強制的に交換した。
「いただきます」
「いただきます」
二人は同時にクレープにかじりついた。
「あはははははは」
「あはははははは」
二人は同時に笑った。
「スリー兄貴毎回こんなのを食べていたの? チョコレートの味しかしないわ」
「それが良いんだ。それよりサニーこれ責任もって食えよ」
「どんな味?」
「食えばわかる」
サニーはスリーページの持つクレープを取り上げ、クレープにかじりついた。
「あはははははは」
そしてサニーは再び笑った。
「何これ! 物凄くまずいじゃない。なんのフルーツのパウダーなのよ!」
「これからの波乱を象徴しているようだ」
「笑えないわよ!」
「確かに」
サニーはクレープを置きメルケナリアメルケナリア弁当を食べ始めた。
スリーページはクレープを食べ終えると瓶に入ったコーラを一気に飲み干した。
「私両親には何も言わないで出て行こうと思うの」
サニーは弁当を食べながら言った。
「なんで?」
スリーページは言った。
「寂しくなるのが辛い。ここに残りたいって思っちゃう。どんなにここが地獄でも私はここで生まれてここで育ったの。わかるでしょ? 愛着よりももっと独特の愛着っていうか」
「うん、わかるよ。ここは好きではないけど家族やサニーと過ごす日常は悪くない」
「・・・・・・」
スリーページがそう言うとサニーは黙ってうなずいた。
「寂しくなるのが辛いのは家族も一緒なんだ。何も言わないで出ていったらすごく悲しむと思うよ。サニーの気持ちもわかる。でも、深刻な事態のときこそあまり物事を深刻に考えない方が良いと思うよ。愛着が全くないなら話は別だけど。僕は家族に会うよ。会いたい。それで言うんだ! ありがとうって。サニーも一緒に来てくれないか?」
スリーページは続けて言った。
「別に良いわよ。スリー兄貴のお母さん好きだし」
弁当を食べ終えたサニーは水をいっきに飲み干した。
「ありがとう」
「図書館に行く?」
サニーは立ち上がって言った。
「いや、やめておこう。表向きの情報しか手に入らない気がする。入国してみないと内情はわからない」
スリーページは言った。
「図書館はそういうところよね。肝心な情報は倉庫に隠して一切公開しないの」
「ああ、特別な力がないと入国出来ないという程度の情報しか手に入らないだろうな。このまま僕の家に行こう。夜まで一緒に待とう」
「ええ、わかったわ」
二人は無言でトゥーキータウンを後にした。
マッハにあるスリーページの家に向かうまで二人は殆どの時間手をつないで歩いた。
ホームも構内も車内もスラムも。二人とも不安だったのかもしれない。二人は人と手をつないで歩くのが初めてだった。恥ずかしさや照れや笑いは一切なかった。二人とも無表情だった。
二人はマッハに着いてスリーページの家の付近にさしかかろうとしたとき手をつなぐのをやめた。ス
リーページは立ち止まってタバコを吸った。
「母さんは6時くらいに仕事から帰ってくるよ」
「そう、あと1時間ちょっとね」
「暇だし酒でも飲もうか」
「ええ、水道水の代わりに」
「うん、ビールの味がしないビールの代わりに」
「空気の代わりに」
「プロテインジュースの代わりに」
二人はそんなくだらないことを言い合いながら家に向かって歩いた。
「ようやく着いたね」
「ええ、早く入りましょう」
家に着くと、いきいきとした明るい表情で二人は家の中に入った。
二人の明るい表情が一瞬で曇ってしまうくらいスリーページの部屋は汚かった。
「汚いけど我慢してくれ」
「平気。ヴァーチータウンのホームより快適よ」
「それはそうだけど比べる対象をせめて僕の部屋とトゥーキータウンのホームにしてくれないか?」
「トゥーキータウンのホームに失礼よ」
サニーは冷たくそう言うと甕を出現させた。
スリーページは今まで自分の部屋を意識して見たことがなかったが、トゥーキータウンのホームに失礼という発言を受け、改めて部屋を意識して見渡した。
「サニーの言う通りだ」
俺は静かに言った。
部屋を意識して見ると部屋の物の殆どがスラム的に感じた。
ゴミだけどゴミじゃないというか、スラム的だけどスラム的じゃないというか、むしろスラムに必要な要素であるから部屋のゴミも必要なのだ! というか。
そういう意味のわからないくだらない納得でしかなかったが、サニーの言うことに間違いはなかった。
スリーページは棚からジョッキを取り出した。
「乾杯しよう」
二人はジョッキに酒を酌(く)んだ。
「ええ、乾杯」
「乾杯」
二人は全体の半分ほどを勢いよく飲んだ。
二人はあっという間にジョッキを空にした。
スラムでは最初に沢山飲んで沢山時間を空けてからまた沢山飲むという飲み方が一般的だった。
「アニメでも見る?」
「ニュースが良い」
スリーページはアニメが見たかったがニュース番組にチャンネルを合わせた。
しかし、やっていたのはスラム警察24時だったので他のチャンネルに変えた。
チャンネルを変えるたび、やっているのはくだらない番組だった。
スラムの食べ歩き散歩、質屋巡、スラムキッチン。ニュースは一切やっていなかった。
「チッ、いかれてる」
サニーは舌打ちしながらそう言うとリモコンを床に叩きつけた。
「ああ」
スリーページは床のリモコンを拾って言った。
「アニメを見ていた方がよっぽどまし」
「釣り番組は?」
「嫌よ。魚のいるポイントや波を計算して予測しないといけないし、魚の生態や海に詳しい人が知り合いにいないと、まともな魚なんて釣れっこないの。なんの勉強にもならないわ。運否天賦で釣りをする素人には良いめくらましだけど」
「僕も目がくらんでいるのかな?」
「スリー兄貴はそもそも釣りをしようなんて妙な気を起こさないから目がくらんでいても良いのよ」
「というか、単純に楽しいんだよ。釣り番組・・・・・・」
「あれを楽しんでみている人間がいるなんて。しかも釣りをしたことない人間が」
「騙されたと思って一緒に見よう。理屈じゃないんだ」
スリーページは釣り番組にチャンネルを合わせた。
若い男女が仲良く釣りをしている。狙っている魚はまだ釣れていないようだ。
「これのどこが面白いって言うの?」
「ほら、あのいかにも上手そうな男よりあの下手そうな女の方が良いセンスしているじゃないか。それにも関わらずレクチャーをやめないぞ。一体いつまでレクチャーする気だ。それに肝心なところで魚に糸を切られているぞ」
「・・・・・・」
サニーは黙っていた。
「ほら、見ろ! あいつとうとう竿を変えやがった。しなりすぎるからなんて言っているぞ」
「フフ、別に良いじゃない何が問題なのよ」
サニーは薄い笑みを浮かべて言った。
「あのしなりすぎる竿を使って竿の宣伝をしなくちゃいけないんだぞ? でもあいつが今使っている竿は宣伝とは無関係の竿だ。恐らく自前の竿だろう。何より、あの女はしなりすぎる竿を使ってちゃんと釣り上げているじゃないか。狙っている魚ではないけど、あの男よりよっぽど宣伝しているよ」
「確かにそうだけど、しなりすぎる竿しか使ってはいけない決まりなんてないじゃない」
「あの女があれだけ使いこなしている以上竿の問題ではないんだ。確かに決まりはないけど女より先に竿を変えるなんて非常識だよ。せめて女に一言あっても良いんじゃないかな? ちょっと俺竿変えるね。くらいの一言があっても良いと思うんだ」
「めんどうくさいわよ。言われた方だって、勝手にしろよって思うわよ」
「でも、竿を変える理由がしなりすぎるってどうなんだ?」
「しなりすぎるって面白いわよね」
「うん」
すると女は狙っている魚を釣り上げた。
「竿を変えてもあの男まだ狙っている魚を釣っていないぞ」
「しならない竿でだめならもうだめよ」
「ああ、運が悪かったんだ」
「プロみたいななりをしているのに」
「腕は良いのだろうが運がないんだ」
「プロが運に頼るなんて」
「ああ、でももう運も尽きた。番組が終わるぞ。生中継なのかこれ?」
「生中継じゃないなら色々かわいそうね」
「ああ、色々な」
二人はジョッキに再び酒を酌んだ。
「理屈じゃなかったわ」
「理屈じゃなかっただろ?」
二人はジョッキの中の酒を一気に飲み干した。
二人はコマーシャルを眺めた。
「スリー兄貴? もし私が兄貴のこと好きって言ったらどう思う」
「好きの種類にもよるんじゃないか?」
「恋愛的な好き」
「恋愛的な好き?」
「そう」
「別に悪い気はしないよ」
「どう思う?」
「だから悪い気はしない」
「それだけ?」
「うん、それ以上何があるって言うんだ?」
サニーはスリーページの唇に自分の唇を力強く押し当てた。
「どう思う?」
「悪い気はしない」
スリーページは冷静を装っていたが内心凄く動揺していた。
「それだけ?」
「わからない。そもそも女性と恋愛をしたことがないからな」
「もし付き合いたいって言ったらどうする?」
「今の関係と何が違うんだって思う」
「思うだけ?」
「考えるよ。深く考える」
「はっきり言いなさいよ。従妹とは付き合えないって」
サニーは泣きながら言った。
「はっきり言って付き合う意味がわからないんだ。恋人同士になると何が変わるんだ?」
「色々よ」
「例えば?」
サニーの顔は赤くなった。
「例えば一緒に寝たり、手をつないだり、キスしたりお風呂に入ったり」
「別に付き合わなくたって出来るだろ」
「そうなの?」
「うん」
「逆になんでそんなに付き合いたくないの?」
「なんでそんなに付き合うことにこだわるんだ?」
二人はしばらく無言でテレビのモニターを眺めた。
「じぁあ兄貴は私のお願いなんでも聞いてくれるってこと?」
「無理なこともあるだろうけどある程度は聞けるよ」
「じぁあ私の裸を見て」
そう言うとサニーは武装を解き服を脱ぎ始めた。
「待て、待て。意味がわからないし、それじゃあ強制じゃないか!」
「意味なんてないし強制よ。これくらい別にどうってことないわ」
「サニーにとってはどうってことないことなのかもしれないけど、僕にとってはどうってことあるんだよ。問題があるんだ」
「どういう問題?」
「そろそろ母さんが帰ってくる」
下着姿になったサニーは脱ぐのを中断した。
「ば、ばれやしないわよ」
「いや、靴を見てサニーが来ていることに気づいて部屋の扉を開けるよ。ノックしないで」
「この際どうなっても構わないわよ」
そう言って下着を脱ごうとしたときトゥーページが帰ってきた。
「ただいまー! サニー来ているの?」
サニーは甕を消して急いで服を着た。
「ええ! 今行くわ」そう大声でトゥーページに返答するとサニーは慌てて部屋を飛び出した。
「助かった」
スリーページはぼそっとつぶやいた。
スリーページは部屋を出てトゥーページとサニーのいる方へ向かった。
二人は銃器メーカーのコールセンターの話で盛り上がっていた。
スリーページはそこに割って入るのは悪いと思い自分の部屋へ戻ろうとした。
「スリー! 帰ったわよ? 挨拶くらいしなさい」
「いや、盛り上がっていたから気を使ったんだよ」
「母親に対して気なんか使わないで」
「悪かったよ。おかえりなさい」
スリーページは部屋に戻った。スリーページはテレビのモニターを静かに眺めた。
テレビのモニターは不規則な点滅を繰り返し、意味のわからない笑いや、つっこみや、強烈なフラッシュを放った。
テレビのモニターはテレビのモニターなりにスリーページと両親の今までの思い出を一生懸命に映像で表現しているかのようだった。
スリーページの父ワンページが地下の労働施設で働くようになったのはスリーページが5歳のときだった。
1年に一度家族との面会が許されているが、会えないときもあった。
新人の指導、会議、出張など地下の労働環境は劣悪で過酷を普段から強いられているのにも関わらず地下の者は地下の者に対して容赦がなかった。ワンページの過酷は想像を絶するものに違いない。
こうしてテレビのモニターを見ている今も命を削って働いている。
スリーページは10歳くらいのときに、どうして父さんは一緒にいられないの? どうしてこんなに辛い思いをしないといけないの? というような内容の質問をワンページにしたことがあった。
そのときワンページは、ごめんな、一緒にいてやれなくて。でも、俺は離れていてもお前の父親だ。お前とトゥーページのためならこの命を投げ出したって良いんだ。家族を持つということはそういうことなんだ。と言い、笑顔でスリーページに返答した。
そのときのワンページのやつれた笑顔はどんなに時間が経過しても色あせることなく鮮明に映像として目に焼き付くだろうとそのときスリーページは思った。
テレビのモニターを見ているとあのときの映像が蘇ってくるように感じた。
スリーページの母トゥーページが短期の派遣スタッフとして風俗店、キャバクラ、ドライバー、飲食店など様々な業種で働くようになったのはスリーページが生まれる前からだった。
生まれたばかりの頃は施設に預けられ、殆どトゥーページと顔を合わせることはなかった。
小学校に入学してからもトゥーページの仕事が終わるまでの間施設にいた。施設の人間の都合が良いようにこき使われた。宗教じみた施設内のルールやマナーを徹底的に叩き込まれた。友達に裏切られることはしょっちゅうあったし、親友が突然行方不明になったし、殺されることもあった。
中学、高校時代は同級生や先輩の麻薬密売グループや殴り屋と呼ばれる喧嘩を生業としている者に目を付けられ、麻薬密売グループや殴り屋のためにアルバイトをした。
自分の収入は殆どなかった。金が絡むいじめはスラムでは後を絶たなかった。
そのいじめに加え、トゥーページが風俗店で働いている現場をたまたま目撃した教師がその事実を学校中に広めた。そのためスリーページは関わりのない生徒や教師からもいじめられるようになった。そのときスリーページは、母さん僕もう死にたいんだ。
悪い連中から金は取られるし、母さんが風俗店で働いているというだけで毎日からかわれるんだ。一生懸命働いてくれている母さんを、大好きな母さんをあいつらは簡単にけなしてくるんだ。
もう耐えられない。というような悩みをトゥーページに打ち明けたことがあった。
そのときトゥーページは泣きながら、いじめられるのはあんたが弱いから。金が絡んだ時点で戦争なのよ? 戦いなさい。私のことはどうでも良いわ。もし実害が発生したら私が戦えば良い話。あんたが気にする問題じゃないわ。勿論私が風俗なんかで働いているせいであんたに迷惑がかかっていることは申し訳ないと思っているわ。でも、この地獄で生きていくには何をしてでも働いて稼がないといけないの。 わかるでしょ? あんたならわかってくれるでしょ? と言った。
どんなに時間が経過しても色あせることなく鮮明に映像として目に焼き付くだろうとそのときスリーページは強く思った。
あのときの返答内容をスリーページは今まで一度も忘れたことがない。
スリーページはテレビのコンセントを抜いてベッドに寝そべり目を瞑った。
スリーページは麻薬密売グループに一人で立ち向かい壊滅させた思い出や、殴り屋をだまして全員消し炭にした思い出や、学校の連中がスリーページを恐れていじめをしなくなった思い出を振り返り、今となっては良い思い出だと思った。
「スリー! ちょっと来なさい」トゥーページは叫んだ。
思い出にふけっていたスリーページはもっと思い出に浸っていたかったが、立ち上がりトゥーページとサニーのいる方へ向かった。「何?」スリーページは言った。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる