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90 水の都
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翌日、王都への道5日目。名前も知らない大きな街を離れ、再び王都へ向かう。領主邸からの出発だったため、今日は乗馬ではなく、あの聖女服を着せられ、馬車に閉じ込められた。仕方なく、再び目を閉じて瞑想するしかない。
午後4時頃、遠くに大きな山と滝が見えた。辺境伯様によれば、この滝の前にあるのがウンディーチア王国の王都らしい。その壮大な滝があることで、王都は「水の都」と呼ばれるのだとか。
軍隊はそこで停止し、今日はここで野営するとのことだった。しかし、なぜ今日はこんなに早く野営するのか?
この距離なら、電車で言えば3~4駅ほど。今日中に到着できるはずなのに……。そんな疑問を顔に出していたら、他の騎士様が俺の「何故行かないの?」という思いを読んだかのように説明してくれた。
「軍の帰還は基本的に朝か昼に行われるのが決まりです。王都では、事前に王都の民へ軍の帰還を知らせておかないと、突然軍隊が王都へ近づくと民が混乱してしまいます。そのため、王都の手前で一泊するのが通例なのです。」
なるほど……。確かに、突然軍が王都へ入ってきたら、民衆は「敵が攻めてきたのか?」と誤解するかもしれない。そんなこと、考えもしなかったわ。そして、また一晩を過ごすことに。
王都への道6日目。
朝起きると、メイドさんが隣でニコニコしながら聖女服を用意していた。俺はもう諦めて、すべてメイドさんに任せた。まぁ……昨日と同じく、聖女服に着替えるということは、つまり今日も“見せパンダ”ってことよね。とほほ……。
そのまま馬車で約2時間。ついに王都へ到着した。目の前に広がるのは、まるで物語の世界に出てくるような壮大な城。背後にはそびえ立つ大きな山と、荘厳な滝。まさしく中世の名画そのものといった景色だ。
なるほど……。
これを目にすれば、「水の都」と呼ばれるのも納得するしかないな。
しか~し!俺には関係ない!そんなことより、スマホも新聞も雑誌もなしの馬車生活がようやく終わった!!
軍隊と共に進む馬車は、ゆっくりと王都の城門へ入っていく。人気俳優が高校に現れたかのように、道の両側には多くの民が集まり、歓迎していた。王様に会えばやっと帰れる!そう考えると嬉しすぎて、車酔いのことなんて完全に忘れていた。
心からやっほーい!!
みんな!ありがとう!!
俺は頑張ったよ!!
思わず、とびっきりの笑顔で馬車から民衆に手を振った。
帰りに魚を買って、マイホームに戻って、今晩は試しに天ぷらを作ろうぜ!!
馬車は徐々に王城へ近づき、貴族街へ入り、そして王城の正面へ。そこでようやく馬車が止まった。
辺境伯様は手を差し出し、紳士のように俺を馬車から降りるのを支えてくれた。
「聖女様、お綺麗な笑顔で。嬉しいことでもございましたでしょうか?」
「ええ、もうすぐ家に帰れるので嬉しくて……。はぁ!もしかして私は何か失礼なことを!?手を振るのはダメだったでしょうか?」
「いえいえ、そ、そんなことはございません……。ただ……申し上げにくいのですが……。今日は移動でお疲れでしょうし……規則では……謁見は……明日の朝……です……。」
しょぼい……。
「ソウデスカ、ワカリマシタ。」
明らかにテンションがガクンと下がった俺を見て、辺境伯様と将軍様は青ざめた顔をしていた。
彼らは普段の威厳が消え失せ、ただ慌てている。周囲の帰還した騎士たちは、和やかなシーンを見たかのように微笑んで見守っていた。
一方、俺のことを知らない城側の騎士や衛兵たちは、「わがままなお嬢さんが来たな……」と困惑しているようだった。
最後に、城のメイドさん二人と、見知らぬ騎士たちに客室へ案内された。
ずっと付き添ってくれたメイドさんがついてくれたら良かったのだが、彼女も長い旅で疲れているだろう。ゆっくり休んでいてほしい。
彼女は俺の部下ではないが、昔、嫌な上司の元で働いたことがあるからこそ、俺はあんなクズ上司のように人を無理やり働かせることはしない。
相変わらず、無駄に豪華な客室へと通された。メイドの話では、お昼までまだ時間があるので、この部屋で待機するようだ。暇すぎるので、試しにメイドさんに聞いてみた。
「布はありませんか?暇なので刺繍したいのです。」
すると、すぐに布と糸を持ってきてくれた。ありがたいありがたい。この様子だと、昼ごはんはまた偉い人たちと一緒に食べることになるだろう。完全に会社の食事会と同じじゃないか、ストレスしかない。なぜ偉い人たちはこの苦痛を理解できないのか。
嫌なことを忘れるために、俺は何も考えずに、馬車の中で思い出した以前ネットで見た3D刺繍に集中した。
あと1日。
あと1日我慢すれば帰れる。
頑張ろう。
----------------------------------------------
同じ頃、カイル辺境伯とアンドリュー将軍は重要な用件のため、ウンディーチア国王――レスター・フォン・ウンディーチアの執務室へ向かっていた。
ゴンゴン
『陛下、カイル辺境伯様とアンドリュー将軍様が、大事なご用件があるとのことです。』
「分かった。入れ。」
王は威厳ある声で扉の前に待機している近衛騎士に指示を出した。
カイルとアンドリューが執務室へ入ると、そこには金髪の中年イケオジ――レスターがひとりで執務机と書類と戦っていた。
二人の深刻な表情を見て、レスターはすぐにペンを置く。
「カイル卿、アンドリュー将軍、報告は読んだ。ベネットの件、本当に良くやってくれた。だが……君たちの顔を見るに、大事な用件はそれとは別のようだな。」
「陛下、これはウンディーチア王国の存亡に関わる話でございます。」
「フム……分かった。報告を。」
「宰相様はいらっしゃいませんが?」
「ああ、彼はオレの代わりに魔道士団不在の間、騎士団長たちと軍の物資について会議を開いている。恐らく今週いっぱいは戻れないだろう。」
「……なるほど。」
それからカイルは、ベネット防戦の詳細について報告を始めた。レスターは顎に手を当て、じっくりと考える。
「聖女様のことだが……実は、こっちにも先日セオドリク――カウレシア国王から彼女についての手紙が届いている。」
「「な……なんと!?」」
「その手紙には、ヒーラー不足と聞き、カウレシア貴族魔法学園のアイリス研究員が個人の判断でウンディーチアを助けるためにベネットへ向かった、と書かれていた。さらに、彼女はミラ王妃の恩人とも言われていて、いろいろ頼まれたよ。手紙にその名前を見た瞬間、ピンときた――彼女は例の勇者パーティーを倒した“聖女様”だな。まさか、今度は我が国の戦争にまで関わることになるとは……。」
カイルは自分の腕を触れなからこう話した。
「ええ、彼女は俺の命の恩人でございます。正直、彼女がいなければ帝国英雄の奇襲で俺は命を落としていたでしょう。」
「……って、大事な用件はそれだけか?」
「いいえ、今度はワシから説明いたします。」
今度はアンドリュー将軍が先日推論したことを王へ伝えた。噂の聖女様が、聖王国で暴れた“創造神の使者様”の可能性があること。
王もこの推論を聞くや否や、すぐに嫌な顔をした。
「フム……見たことのない虹色の髪、カウレシア王国に住む少女。切り落とされた手足も回復魔法で繋げる。透明な魔力障壁。しかも寝ている間でも障壁を張ることができる。そして、彼女がいると魔獣が出ない……。」
レスターはため息を吐き、話を続けた。
「オレも創造神様の使者については報告でしか知らないが、カウレシア王国がただの研究員ひとりのために、わざわざオレに手紙を送ってきた時は、その意味が分からなかった。しかし、将軍の推論を聞くと、何となく理解できた気がする……。とはいえ、彼女に直接確認することもできないし……頭が痛くなるな。」
「ワシは、彼女のことを聖女様のまま扱うのが最善だと思う。いかんせん、これはただの推論にすぎないが……。しかし、何ヶ月前の聖王国の報告によれば、もし使者様を怒らせると世界が終わる、と書かれていた。万が一、彼女が本当に使者様だった場合、ウンディーチア王国だけでなく、世界の命運は我々の彼女への対応次第となる。だからこそ、陛下のご判断を仰ぎたいのです。」
王は頭を押さえた。
将軍の話を聞くうちに、彼もまた、あの聖王国の事件の信じがたい報告のことを思い出した。
「はぁ……怒らせると世界が終わる。気分次第で神竜様が降臨する……か。セオドリクのやつも、厄介なものを送り込んできたな。カイル卿、お前の見方ではアイリス嬢は怒りやすいのか?」
「彼女の見た目は若く、16~17歳くらいですが、それ以上に大人びています。滅多に怒ることはないと思います。先ほど話した例の司祭代理の件や、ターナー家ご令嬢のいじめについても、まるで気にしていないようでした。それと、男性は苦手だと話していました。まあ……その美貌では仕方ないでしょう。」
「フム……」
「彼女は最初、自分のことを聖女様ではないと言って、頑なに平民だと伝えていました。しかし、周囲の使用人や騎士たち、兵士たちが彼女を“聖女様”と呼ぶと、彼女も彼らに向けて微笑んで手を振っていました。性格は優しいと思います。」
「ほぅ……」
「それと、彼女からカウレシア王国トイエリ教会の紹介状を見せてもらいました。どうやら彼女は、平民との隔たりを作らないように、あえて平民のような振る舞いをしているようです。そのため、カウレシアの民も、彼女の前では“聖女様”とは呼ばないそうです。」
「ほほっ……」
将軍も口を挟んだ。
「まぁ、ワシの感じでは、彼女はただ面倒事に関わりたくないだけだと思うのう。」
「将軍!正しくそれだ!……それと、メイドの話によると、彼女は用心深く、我が屋敷では常に障壁を張っていた。豪華なドレスやアクセサリーを用意したが、彼女は明らかに俺の体面を保つために、一度だけそのドレスを着た。結局、我が屋敷では『いつでも前線に駆けつけるために、修道服のままでいい』と話していた。」
王はこれらの話を聞き、少し考えた後、結論を述べる。
「もし彼女が本当に使者様ならば、正体を隠しているはずだ。君たちの話を聞く限り、そのまま“聖女様”として対応するのが無難だろう。それにこれはあくまで我々の憶測だ、この件については、ここだけの話にしておく。今、この時、彼女はただの“カウレシアの癒やしの聖女様”だ。」
「「かしこまりました。」」
カイルとアンドリューは王に一礼し、そのまま執務室を後にした。
王は執務室の窓へ近づき、空を見上げながら長いため息をつく。
「はぁ~~~……アイリスが……まさか、あいつが気にしていたのがこんな大物だったとはな。だが、あいつは賢い。いずれ“これはどうにもならない”と悟れば、きっとすぐに諦めるだろう。」
午後4時頃、遠くに大きな山と滝が見えた。辺境伯様によれば、この滝の前にあるのがウンディーチア王国の王都らしい。その壮大な滝があることで、王都は「水の都」と呼ばれるのだとか。
軍隊はそこで停止し、今日はここで野営するとのことだった。しかし、なぜ今日はこんなに早く野営するのか?
この距離なら、電車で言えば3~4駅ほど。今日中に到着できるはずなのに……。そんな疑問を顔に出していたら、他の騎士様が俺の「何故行かないの?」という思いを読んだかのように説明してくれた。
「軍の帰還は基本的に朝か昼に行われるのが決まりです。王都では、事前に王都の民へ軍の帰還を知らせておかないと、突然軍隊が王都へ近づくと民が混乱してしまいます。そのため、王都の手前で一泊するのが通例なのです。」
なるほど……。確かに、突然軍が王都へ入ってきたら、民衆は「敵が攻めてきたのか?」と誤解するかもしれない。そんなこと、考えもしなかったわ。そして、また一晩を過ごすことに。
王都への道6日目。
朝起きると、メイドさんが隣でニコニコしながら聖女服を用意していた。俺はもう諦めて、すべてメイドさんに任せた。まぁ……昨日と同じく、聖女服に着替えるということは、つまり今日も“見せパンダ”ってことよね。とほほ……。
そのまま馬車で約2時間。ついに王都へ到着した。目の前に広がるのは、まるで物語の世界に出てくるような壮大な城。背後にはそびえ立つ大きな山と、荘厳な滝。まさしく中世の名画そのものといった景色だ。
なるほど……。
これを目にすれば、「水の都」と呼ばれるのも納得するしかないな。
しか~し!俺には関係ない!そんなことより、スマホも新聞も雑誌もなしの馬車生活がようやく終わった!!
軍隊と共に進む馬車は、ゆっくりと王都の城門へ入っていく。人気俳優が高校に現れたかのように、道の両側には多くの民が集まり、歓迎していた。王様に会えばやっと帰れる!そう考えると嬉しすぎて、車酔いのことなんて完全に忘れていた。
心からやっほーい!!
みんな!ありがとう!!
俺は頑張ったよ!!
思わず、とびっきりの笑顔で馬車から民衆に手を振った。
帰りに魚を買って、マイホームに戻って、今晩は試しに天ぷらを作ろうぜ!!
馬車は徐々に王城へ近づき、貴族街へ入り、そして王城の正面へ。そこでようやく馬車が止まった。
辺境伯様は手を差し出し、紳士のように俺を馬車から降りるのを支えてくれた。
「聖女様、お綺麗な笑顔で。嬉しいことでもございましたでしょうか?」
「ええ、もうすぐ家に帰れるので嬉しくて……。はぁ!もしかして私は何か失礼なことを!?手を振るのはダメだったでしょうか?」
「いえいえ、そ、そんなことはございません……。ただ……申し上げにくいのですが……。今日は移動でお疲れでしょうし……規則では……謁見は……明日の朝……です……。」
しょぼい……。
「ソウデスカ、ワカリマシタ。」
明らかにテンションがガクンと下がった俺を見て、辺境伯様と将軍様は青ざめた顔をしていた。
彼らは普段の威厳が消え失せ、ただ慌てている。周囲の帰還した騎士たちは、和やかなシーンを見たかのように微笑んで見守っていた。
一方、俺のことを知らない城側の騎士や衛兵たちは、「わがままなお嬢さんが来たな……」と困惑しているようだった。
最後に、城のメイドさん二人と、見知らぬ騎士たちに客室へ案内された。
ずっと付き添ってくれたメイドさんがついてくれたら良かったのだが、彼女も長い旅で疲れているだろう。ゆっくり休んでいてほしい。
彼女は俺の部下ではないが、昔、嫌な上司の元で働いたことがあるからこそ、俺はあんなクズ上司のように人を無理やり働かせることはしない。
相変わらず、無駄に豪華な客室へと通された。メイドの話では、お昼までまだ時間があるので、この部屋で待機するようだ。暇すぎるので、試しにメイドさんに聞いてみた。
「布はありませんか?暇なので刺繍したいのです。」
すると、すぐに布と糸を持ってきてくれた。ありがたいありがたい。この様子だと、昼ごはんはまた偉い人たちと一緒に食べることになるだろう。完全に会社の食事会と同じじゃないか、ストレスしかない。なぜ偉い人たちはこの苦痛を理解できないのか。
嫌なことを忘れるために、俺は何も考えずに、馬車の中で思い出した以前ネットで見た3D刺繍に集中した。
あと1日。
あと1日我慢すれば帰れる。
頑張ろう。
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同じ頃、カイル辺境伯とアンドリュー将軍は重要な用件のため、ウンディーチア国王――レスター・フォン・ウンディーチアの執務室へ向かっていた。
ゴンゴン
『陛下、カイル辺境伯様とアンドリュー将軍様が、大事なご用件があるとのことです。』
「分かった。入れ。」
王は威厳ある声で扉の前に待機している近衛騎士に指示を出した。
カイルとアンドリューが執務室へ入ると、そこには金髪の中年イケオジ――レスターがひとりで執務机と書類と戦っていた。
二人の深刻な表情を見て、レスターはすぐにペンを置く。
「カイル卿、アンドリュー将軍、報告は読んだ。ベネットの件、本当に良くやってくれた。だが……君たちの顔を見るに、大事な用件はそれとは別のようだな。」
「陛下、これはウンディーチア王国の存亡に関わる話でございます。」
「フム……分かった。報告を。」
「宰相様はいらっしゃいませんが?」
「ああ、彼はオレの代わりに魔道士団不在の間、騎士団長たちと軍の物資について会議を開いている。恐らく今週いっぱいは戻れないだろう。」
「……なるほど。」
それからカイルは、ベネット防戦の詳細について報告を始めた。レスターは顎に手を当て、じっくりと考える。
「聖女様のことだが……実は、こっちにも先日セオドリク――カウレシア国王から彼女についての手紙が届いている。」
「「な……なんと!?」」
「その手紙には、ヒーラー不足と聞き、カウレシア貴族魔法学園のアイリス研究員が個人の判断でウンディーチアを助けるためにベネットへ向かった、と書かれていた。さらに、彼女はミラ王妃の恩人とも言われていて、いろいろ頼まれたよ。手紙にその名前を見た瞬間、ピンときた――彼女は例の勇者パーティーを倒した“聖女様”だな。まさか、今度は我が国の戦争にまで関わることになるとは……。」
カイルは自分の腕を触れなからこう話した。
「ええ、彼女は俺の命の恩人でございます。正直、彼女がいなければ帝国英雄の奇襲で俺は命を落としていたでしょう。」
「……って、大事な用件はそれだけか?」
「いいえ、今度はワシから説明いたします。」
今度はアンドリュー将軍が先日推論したことを王へ伝えた。噂の聖女様が、聖王国で暴れた“創造神の使者様”の可能性があること。
王もこの推論を聞くや否や、すぐに嫌な顔をした。
「フム……見たことのない虹色の髪、カウレシア王国に住む少女。切り落とされた手足も回復魔法で繋げる。透明な魔力障壁。しかも寝ている間でも障壁を張ることができる。そして、彼女がいると魔獣が出ない……。」
レスターはため息を吐き、話を続けた。
「オレも創造神様の使者については報告でしか知らないが、カウレシア王国がただの研究員ひとりのために、わざわざオレに手紙を送ってきた時は、その意味が分からなかった。しかし、将軍の推論を聞くと、何となく理解できた気がする……。とはいえ、彼女に直接確認することもできないし……頭が痛くなるな。」
「ワシは、彼女のことを聖女様のまま扱うのが最善だと思う。いかんせん、これはただの推論にすぎないが……。しかし、何ヶ月前の聖王国の報告によれば、もし使者様を怒らせると世界が終わる、と書かれていた。万が一、彼女が本当に使者様だった場合、ウンディーチア王国だけでなく、世界の命運は我々の彼女への対応次第となる。だからこそ、陛下のご判断を仰ぎたいのです。」
王は頭を押さえた。
将軍の話を聞くうちに、彼もまた、あの聖王国の事件の信じがたい報告のことを思い出した。
「はぁ……怒らせると世界が終わる。気分次第で神竜様が降臨する……か。セオドリクのやつも、厄介なものを送り込んできたな。カイル卿、お前の見方ではアイリス嬢は怒りやすいのか?」
「彼女の見た目は若く、16~17歳くらいですが、それ以上に大人びています。滅多に怒ることはないと思います。先ほど話した例の司祭代理の件や、ターナー家ご令嬢のいじめについても、まるで気にしていないようでした。それと、男性は苦手だと話していました。まあ……その美貌では仕方ないでしょう。」
「フム……」
「彼女は最初、自分のことを聖女様ではないと言って、頑なに平民だと伝えていました。しかし、周囲の使用人や騎士たち、兵士たちが彼女を“聖女様”と呼ぶと、彼女も彼らに向けて微笑んで手を振っていました。性格は優しいと思います。」
「ほぅ……」
「それと、彼女からカウレシア王国トイエリ教会の紹介状を見せてもらいました。どうやら彼女は、平民との隔たりを作らないように、あえて平民のような振る舞いをしているようです。そのため、カウレシアの民も、彼女の前では“聖女様”とは呼ばないそうです。」
「ほほっ……」
将軍も口を挟んだ。
「まぁ、ワシの感じでは、彼女はただ面倒事に関わりたくないだけだと思うのう。」
「将軍!正しくそれだ!……それと、メイドの話によると、彼女は用心深く、我が屋敷では常に障壁を張っていた。豪華なドレスやアクセサリーを用意したが、彼女は明らかに俺の体面を保つために、一度だけそのドレスを着た。結局、我が屋敷では『いつでも前線に駆けつけるために、修道服のままでいい』と話していた。」
王はこれらの話を聞き、少し考えた後、結論を述べる。
「もし彼女が本当に使者様ならば、正体を隠しているはずだ。君たちの話を聞く限り、そのまま“聖女様”として対応するのが無難だろう。それにこれはあくまで我々の憶測だ、この件については、ここだけの話にしておく。今、この時、彼女はただの“カウレシアの癒やしの聖女様”だ。」
「「かしこまりました。」」
カイルとアンドリューは王に一礼し、そのまま執務室を後にした。
王は執務室の窓へ近づき、空を見上げながら長いため息をつく。
「はぁ~~~……アイリスが……まさか、あいつが気にしていたのがこんな大物だったとはな。だが、あいつは賢い。いずれ“これはどうにもならない”と悟れば、きっとすぐに諦めるだろう。」
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