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95 おみやげ?
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俺は水の都でお土産をたっぷり買い込んだあと、王都を出た。運が悪い盗賊を成敗し、再び森の深いところへ入る。誰もいない森の中で、レーダー魔法を使い周囲の魔力を探る。
(よし、あの人たちは尾行を諦めたみたいだ。)
なぜ尾行に気づくのかって?王様が俺をひとりでカウレシアに戻すわけがないからだ。逆に、俺が王様の立場だったら、絶対に護衛をつけて影から別国の要人を守る。
王都では人が多くて気づかなかったが、外へ出れば話は別だ。俺のレーダー魔法と熱感知スコープの魔法版で周囲を確認すると……予想通り、後ろから4人がついてきていた。
運よく、可哀想な盗賊に絡まれたことで、そいつらを利用して尾行者を脅したわけだ。まあ、仮にあの4人が俺の勘違いで、王様が派遣した者ではなかったとしても構わない。襲ってくるなら容赦はしないだけだ。
結果的には、平和に尾行の件を解決した。もう少し森の奥へ入ったら――飛んでカウレシア王国方向へ、全速前進☆DA!!
ベネットへ向かった時とは違い、あの時はベネットの場所すら知らなかった。だが、カウレシア王国の王都の方向は大体わかる。だから、帰りは一直線にカウレシア王国の王都を目指した。
適度に休みを挟みつつ進み、午後5時ごろには、見慣れた風景が広がっていた。お土産の海魚があるので、マイホームに戻るのではなく、先に王都へ向かうことにしよう。
フードを下ろし、城壁の西門から王都に入ると、門番が俺に声をかけた。
「アイリスさんじゃないか! 久しぶりですね!」
「え? はい、お久しぶりです。」
王都に入っても、当然何も変わることはない。お土産の海魚は魔法で急凍したものの、新鮮なうちに早めにみんなに渡そう。
今回、ビアンカ様と一緒に作った魔道具は本当に助かった。もしアレがなかったら、俺はとっくにこの戦争を諦めて帰っていたかもしれない。だから、まずは貴族学園へ向かった。
裏門から学園に入り、運よくビアンカ様はまだ学園長室にいるようだった。
ゴンゴン
「は~い、誰?」
「アイリスです。」
「あ、アイリス様?! すぐ開けます!」
扉が開くと、そこにいたのは髪がボサボサで、目の下にクマを作っているビアンカ様だった。
「アイリス様、お帰りになったのですか?」
「はい、つい先ほど帰りました。」
学園長室へ入ると、ビアンカ様は散らかった物を片付けながら、俺にソファーを勧めた。
「申し訳ございません。研究で散らかっていまして……。」
「いいえ、急に来たのは私ですから。」
「この様子では……帝国軍は撃退されたようですね?」
「他国の事情なので、話していいのかは分かりませんが……。今日ここへ来たのは、ただのお礼とお土産を渡すためです。」
「おみやげ?」
「はい。ビアンカ様と一緒に作った魔道具は、本当に助かりました。そのお礼も兼ねて……はい、これ、海魚です。」
俺は魚をビアンカ様に手渡した。
「そんな……。作ったのはアイリス様で、わたしは隣で教えただけですから……。」
「いいえ、私はただの助手ですよ。ひとつ言えるのは――もしこの魔道具がなかったら、私は変態に襲われていたと思います。十分ではないと思いますが、これを受け取ってください。先ほどウンディーチアの王都で買ったので、多分まだ新鮮なはずです。できれば今日中に召し上がってください。」
「はぁ……ありがとうございます。まさかカウレシアで海魚を食べられるとは思いませんでしたね。」
そして、俺は胸元からバリアくんと氷のヤツを取り出し、ビアンカ様に手渡した。
「はい、この魔道具はホントに助かりました。」
ビアンカ様はそれを細かく確認しながら、真剣な表情で頷いている。
「フムフム……急に作ったとはいえ、耐久性は予想外に高いですね。しかし……ん~んん~~ん~……やはり、わたしの魔力では起動できません。この魔力障壁の魔道具は、アイリス様の魔力でしか起動できないようですね。」
「私の魔力はちょっと特別ですから、仕方ないですよ。」
「アイリス様のようにミスリルを粘土のように扱うことはできませんが、その作り方を参考にして、わたしも魔力障壁の魔道具を作りました。一応発動はできますが、いつもの問題で――これと同じサイズの魔石では障壁が薄く脆い上に、長持ちしません。だから最近ずっと研究を続けています。」
「私が浄化した魔石を使って?」
「はい。先日頂いた浄化済みの魔石で試した結果、多分瘴気が消えた分、魔石内の容量が増えただけだと思います。もし理想的な効果を出したいなら、理論上、頭くらいの大きさの魔石を使わないとダメだと思います。」
「あらあら……こんなに大きくなると、軽く使えなくなりますね。うん、参考にはなりますが、この魔道具はビアンカ様にお返ししますね。元々の材料は全部ビアンカ様のものですから。」
「い、いいんですか?!あ、失礼しました……いいえ、そのまま持っていてください。それはもう、あなたのものです。」
「しばらく保管してもいいですか?これは元々、ビアンカ様に教えていただいた方法で作ったものですから。ビアンカ様なら、これを改良したり、性能を向上させたりできると思います。」
ビアンカ様の目は明らかにキラキラしている。
「わかりました、ではお預かりいたします。」
「ビアンカ様……言いたくないですが、今日は家に戻ってください。魚もありますし……それと、最後にお風呂に入ったのはいつですか?」
「え? あ……あ~ははっ……臭くなりました?申し訳ございません、今日は家に戻ります。」
「それに、研究が行き詰まったときこそ、一度離れてリラックスすると、ふっと良い方法が浮かぶものですよ。せっかくの美人が、これでは台無しです。」
「美人って……わたし?」
「ええ、違いますか?」
「美人なんて言われたの、いつ以来でしょう……もう忘れました。」
「私は、ビアンカ様のことを仕事のできるクールビューティーだと思っていますよ。」
「ま、まぁ……意味はよくわかりませんが、今日は早めに家に戻って、久しぶりにお風呂に入ります。アイリス様は、ご一緒にお食事でもいかがですか?」
「お誘いありがとうございます。これから王様と王妃様にお土産を渡しに行くので、また今度にしましょう。」
「王妃様に捕まるかもしれませんよ。」
「あ、ビアンカ様もそう思いますか?やっぱり門番に預けて、挨拶は別の日にしましょうか。」
「もしアイリス様が王城へ行かないのであれば、わたしから陛下へ報告に行きます。一応お伝えしますが――例え今日、王妃様に会いに行かなくても、できれば明日お会いしてください。アイリス様が戦争へ向かうと聞いたときの王妃様は……それはもう、大変でしたよ。」
「な、何が……。申し訳ありません。明日の朝、必ず会いに行きますので、王妃様にそうお伝えください。魚が傷む前に、王様と王妃様の分もお渡ししますね。ついでに宰相と騎士団長の分もお願いできますか?」
「承知しました、お任せください。」
こうしてビアンカ様と別れ、俺はトイエリ教会へ向かった。
司祭のおばあさんの紹介状には嵌められた形だったが……もう過ぎたことだ。悪気があったわけではないし、責める気はない。
もうすぐ夕方。早めにお土産を渡しておこう。そうしないと暗くなってしまい、マイホームに戻るのが面倒になる。俺は早足で教会へ向かった。
予想外にも、この時間はまだかなりの参拝客がいた。教会の中で椿ちゃんの1:1フィギュアを見て、「おう~今日も尊い! かわいい! 流石我が嫁!」という気持ちで参拝する。
その後、面識のある巫女さんに挨拶すると、彼女はすぐに教会の裏へ走り、司祭のおばあちゃんを連れて戻ってきた。おばあちゃんは、俺を見るなり勢いよく抱きしめた。
「ちょ!」
「アイリスちゃん、おかえりなさい!大丈夫かい? 怪我はないかい?」
「は、はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました。」
巫女姿のおばあちゃんは、本当に心配そうだった。その気持ちが伝わってきたので、俺も動かず、気が済むまでそのままにしておいた。
実は今でも疑問に思うことがある。俺はただの気まぐれバイトなのに、どうして毎回教会に来るたびに、みんな歓迎してくれるのか?貴族学校の制服のせいで、まだ何人かは俺のことを貴族と勘違いしているかもしれない。でも、なぜ教会は俺を“聖女様”と勘違いしているのか?
噂を訂正したいけれど……もう遅すぎる。王都では広まっていないし、別にいいか。一番の問題は――「面倒」デス。
おばあちゃんは気が済んだようで、ようやく俺を解放してくれた。
「はい、おばあちゃん。これ、お土産のウンディーチア王国の茶葉と、ご当地の果物です。」
「あら、ありがとうございます。でも、こんなに?お高いでしょう?」
「王都で買ったので、そこまで高くないですよ。それに、ヒーラーの仕事で結構稼ぎました。だから気にしないでください。それと、これは寄付金です。」
俺は金貨2~3枚をおばあちゃんに渡した。平民にとっては、かなりの大金だ。
ウンディーチア王国の冒険者ギルドで仕事証明を提出した時、辺境伯様のサインを見たギルドが、元々の報酬の倍を渡してくれた。最初は「元の報酬でいい」と断ったものの、受付嬢から「渡さないとギルマスに怒られる」と言われたので、そのまま報酬二倍を受け取ることになった。
「アイリスちゃん、いつもありがとう。でも、こんな大金を寄付してしまって本当にいいの?」
「はい、大丈夫です。このあと、冒険者ギルドに行かないといけないので、また今度来ますね。」
「わかったわ。また今度、話を聞かせてくださいね。」
俺と司祭のおばあちゃんは、お互い笑顔のまま別れた。貴族街の学園から教会、そして最後は下町にある冒険者ギルドへ。
マリアンヌ、元気にしているかなぁ。下町へ戻ると、久しぶりに知らない人たちからも声をかけられた。
『アイリスさん、久しぶりね。』
『アイリスちゃん、お買い物かい?』
『お嬢ちゃん! 久しぶりだ、これ買う?』
聖女様ではなく、名前で呼ばれたことがなんだか懐かしい。まぁ、この髪の色を見れば、誰でも俺を忘れないだろう。俺はただ微笑みながら、それぞれに軽く挨拶を返した。
そして、冒険者ギルドへ足を踏み入れる。この時間帯はカウンターに人がいるものの、それほど混んではいない。逆に、隣の酒場のほうが賑わっている。
ギルドに入った瞬間、マリアンヌが俺に気づき、笑顔で小さく手を振った。
『アイリスちゃんだ!』
『おお! やっと帰ってきたのか!』
『久しぶり!』
周囲の顔見知りの冒険者たちも、次々に声をかけてくる。俺も挨拶を返しながら、そのままマリアンヌのところへ向かった。
「マリアンヌ、ただいま。」
「おかえりなさい。大丈夫?」
「ええ、もちろん。はい、これ、お土産。」
「おみやげ? あら、これは……お魚?」
「はい。カウレシア王国は内陸でしょう?これは海魚です。今晩、ギルマスと一緒に召し上がってください。」
「ありがとうございます。これ、高かったの?」
「王都で買ったので、安いですよ。」
すると、マリアンヌの先輩である赤い髪のノラさんが、話に割り込んできた。
「マリアンヌ、今日はもう帰っていいじゃない?残りの仕事はもうないでしょうし、魚は早めに料理しないとダメだし。上にはあたしが話しておくよ。」
「え? まあ……はい、分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。」
続いて、俺はカバンの中から茶葉を二缶取り出した。
「ノラさん、こちらはギルドの皆さんへのお土産です。みんなで飲んでください。」
「え? あたしらの分もあるの?え~っと、ごめん、先ほど言ったその“おみやげ”って、実は何?」
「……お土産ですよ?」
俺は茶葉の缶を指さした。
「うん、分からん。 マリアンヌ、知ってる?」
「ごめんなさい、わたしも知りません……です。」
「OH……マジか……。え~っと、旅行先の名物をみんなで共有する感じ?」
マリアンヌとノラさんは目を合わせると、何か納得したようだった。
「「なるほど。 志願兵として戦争に参戦することを“旅”と言うのは、触れないことにします。」ね。」
「アイリスさん、ありがとうね。これ、スタッフみんなで飲むよ。って、マリアンヌはもう帰って帰って。」
「分かってます、帰りますよ。アイリスちゃん、ちょっと待ってて。 このお魚、一緒に食べましょう。」
「え? もうこの時間ですし、暗くなる前に戻らないと……。」
「はぁ……。あなたの家、食材あるの?」
「あ……。」
そっか。
いつ戻るのか分からなかったから、長期保存できない食材は全部マリアンヌに送った。でも、俺の分の魚もあるし……。
「今日はうちに泊まりなさい。」
「は、はい……。」
今日は愛しい我が家へ戻るつもりだったけれど……。
ごめんね、神竜様。
明日は必ず戻ります。
(よし、あの人たちは尾行を諦めたみたいだ。)
なぜ尾行に気づくのかって?王様が俺をひとりでカウレシアに戻すわけがないからだ。逆に、俺が王様の立場だったら、絶対に護衛をつけて影から別国の要人を守る。
王都では人が多くて気づかなかったが、外へ出れば話は別だ。俺のレーダー魔法と熱感知スコープの魔法版で周囲を確認すると……予想通り、後ろから4人がついてきていた。
運よく、可哀想な盗賊に絡まれたことで、そいつらを利用して尾行者を脅したわけだ。まあ、仮にあの4人が俺の勘違いで、王様が派遣した者ではなかったとしても構わない。襲ってくるなら容赦はしないだけだ。
結果的には、平和に尾行の件を解決した。もう少し森の奥へ入ったら――飛んでカウレシア王国方向へ、全速前進☆DA!!
ベネットへ向かった時とは違い、あの時はベネットの場所すら知らなかった。だが、カウレシア王国の王都の方向は大体わかる。だから、帰りは一直線にカウレシア王国の王都を目指した。
適度に休みを挟みつつ進み、午後5時ごろには、見慣れた風景が広がっていた。お土産の海魚があるので、マイホームに戻るのではなく、先に王都へ向かうことにしよう。
フードを下ろし、城壁の西門から王都に入ると、門番が俺に声をかけた。
「アイリスさんじゃないか! 久しぶりですね!」
「え? はい、お久しぶりです。」
王都に入っても、当然何も変わることはない。お土産の海魚は魔法で急凍したものの、新鮮なうちに早めにみんなに渡そう。
今回、ビアンカ様と一緒に作った魔道具は本当に助かった。もしアレがなかったら、俺はとっくにこの戦争を諦めて帰っていたかもしれない。だから、まずは貴族学園へ向かった。
裏門から学園に入り、運よくビアンカ様はまだ学園長室にいるようだった。
ゴンゴン
「は~い、誰?」
「アイリスです。」
「あ、アイリス様?! すぐ開けます!」
扉が開くと、そこにいたのは髪がボサボサで、目の下にクマを作っているビアンカ様だった。
「アイリス様、お帰りになったのですか?」
「はい、つい先ほど帰りました。」
学園長室へ入ると、ビアンカ様は散らかった物を片付けながら、俺にソファーを勧めた。
「申し訳ございません。研究で散らかっていまして……。」
「いいえ、急に来たのは私ですから。」
「この様子では……帝国軍は撃退されたようですね?」
「他国の事情なので、話していいのかは分かりませんが……。今日ここへ来たのは、ただのお礼とお土産を渡すためです。」
「おみやげ?」
「はい。ビアンカ様と一緒に作った魔道具は、本当に助かりました。そのお礼も兼ねて……はい、これ、海魚です。」
俺は魚をビアンカ様に手渡した。
「そんな……。作ったのはアイリス様で、わたしは隣で教えただけですから……。」
「いいえ、私はただの助手ですよ。ひとつ言えるのは――もしこの魔道具がなかったら、私は変態に襲われていたと思います。十分ではないと思いますが、これを受け取ってください。先ほどウンディーチアの王都で買ったので、多分まだ新鮮なはずです。できれば今日中に召し上がってください。」
「はぁ……ありがとうございます。まさかカウレシアで海魚を食べられるとは思いませんでしたね。」
そして、俺は胸元からバリアくんと氷のヤツを取り出し、ビアンカ様に手渡した。
「はい、この魔道具はホントに助かりました。」
ビアンカ様はそれを細かく確認しながら、真剣な表情で頷いている。
「フムフム……急に作ったとはいえ、耐久性は予想外に高いですね。しかし……ん~んん~~ん~……やはり、わたしの魔力では起動できません。この魔力障壁の魔道具は、アイリス様の魔力でしか起動できないようですね。」
「私の魔力はちょっと特別ですから、仕方ないですよ。」
「アイリス様のようにミスリルを粘土のように扱うことはできませんが、その作り方を参考にして、わたしも魔力障壁の魔道具を作りました。一応発動はできますが、いつもの問題で――これと同じサイズの魔石では障壁が薄く脆い上に、長持ちしません。だから最近ずっと研究を続けています。」
「私が浄化した魔石を使って?」
「はい。先日頂いた浄化済みの魔石で試した結果、多分瘴気が消えた分、魔石内の容量が増えただけだと思います。もし理想的な効果を出したいなら、理論上、頭くらいの大きさの魔石を使わないとダメだと思います。」
「あらあら……こんなに大きくなると、軽く使えなくなりますね。うん、参考にはなりますが、この魔道具はビアンカ様にお返ししますね。元々の材料は全部ビアンカ様のものですから。」
「い、いいんですか?!あ、失礼しました……いいえ、そのまま持っていてください。それはもう、あなたのものです。」
「しばらく保管してもいいですか?これは元々、ビアンカ様に教えていただいた方法で作ったものですから。ビアンカ様なら、これを改良したり、性能を向上させたりできると思います。」
ビアンカ様の目は明らかにキラキラしている。
「わかりました、ではお預かりいたします。」
「ビアンカ様……言いたくないですが、今日は家に戻ってください。魚もありますし……それと、最後にお風呂に入ったのはいつですか?」
「え? あ……あ~ははっ……臭くなりました?申し訳ございません、今日は家に戻ります。」
「それに、研究が行き詰まったときこそ、一度離れてリラックスすると、ふっと良い方法が浮かぶものですよ。せっかくの美人が、これでは台無しです。」
「美人って……わたし?」
「ええ、違いますか?」
「美人なんて言われたの、いつ以来でしょう……もう忘れました。」
「私は、ビアンカ様のことを仕事のできるクールビューティーだと思っていますよ。」
「ま、まぁ……意味はよくわかりませんが、今日は早めに家に戻って、久しぶりにお風呂に入ります。アイリス様は、ご一緒にお食事でもいかがですか?」
「お誘いありがとうございます。これから王様と王妃様にお土産を渡しに行くので、また今度にしましょう。」
「王妃様に捕まるかもしれませんよ。」
「あ、ビアンカ様もそう思いますか?やっぱり門番に預けて、挨拶は別の日にしましょうか。」
「もしアイリス様が王城へ行かないのであれば、わたしから陛下へ報告に行きます。一応お伝えしますが――例え今日、王妃様に会いに行かなくても、できれば明日お会いしてください。アイリス様が戦争へ向かうと聞いたときの王妃様は……それはもう、大変でしたよ。」
「な、何が……。申し訳ありません。明日の朝、必ず会いに行きますので、王妃様にそうお伝えください。魚が傷む前に、王様と王妃様の分もお渡ししますね。ついでに宰相と騎士団長の分もお願いできますか?」
「承知しました、お任せください。」
こうしてビアンカ様と別れ、俺はトイエリ教会へ向かった。
司祭のおばあさんの紹介状には嵌められた形だったが……もう過ぎたことだ。悪気があったわけではないし、責める気はない。
もうすぐ夕方。早めにお土産を渡しておこう。そうしないと暗くなってしまい、マイホームに戻るのが面倒になる。俺は早足で教会へ向かった。
予想外にも、この時間はまだかなりの参拝客がいた。教会の中で椿ちゃんの1:1フィギュアを見て、「おう~今日も尊い! かわいい! 流石我が嫁!」という気持ちで参拝する。
その後、面識のある巫女さんに挨拶すると、彼女はすぐに教会の裏へ走り、司祭のおばあちゃんを連れて戻ってきた。おばあちゃんは、俺を見るなり勢いよく抱きしめた。
「ちょ!」
「アイリスちゃん、おかえりなさい!大丈夫かい? 怪我はないかい?」
「は、はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました。」
巫女姿のおばあちゃんは、本当に心配そうだった。その気持ちが伝わってきたので、俺も動かず、気が済むまでそのままにしておいた。
実は今でも疑問に思うことがある。俺はただの気まぐれバイトなのに、どうして毎回教会に来るたびに、みんな歓迎してくれるのか?貴族学校の制服のせいで、まだ何人かは俺のことを貴族と勘違いしているかもしれない。でも、なぜ教会は俺を“聖女様”と勘違いしているのか?
噂を訂正したいけれど……もう遅すぎる。王都では広まっていないし、別にいいか。一番の問題は――「面倒」デス。
おばあちゃんは気が済んだようで、ようやく俺を解放してくれた。
「はい、おばあちゃん。これ、お土産のウンディーチア王国の茶葉と、ご当地の果物です。」
「あら、ありがとうございます。でも、こんなに?お高いでしょう?」
「王都で買ったので、そこまで高くないですよ。それに、ヒーラーの仕事で結構稼ぎました。だから気にしないでください。それと、これは寄付金です。」
俺は金貨2~3枚をおばあちゃんに渡した。平民にとっては、かなりの大金だ。
ウンディーチア王国の冒険者ギルドで仕事証明を提出した時、辺境伯様のサインを見たギルドが、元々の報酬の倍を渡してくれた。最初は「元の報酬でいい」と断ったものの、受付嬢から「渡さないとギルマスに怒られる」と言われたので、そのまま報酬二倍を受け取ることになった。
「アイリスちゃん、いつもありがとう。でも、こんな大金を寄付してしまって本当にいいの?」
「はい、大丈夫です。このあと、冒険者ギルドに行かないといけないので、また今度来ますね。」
「わかったわ。また今度、話を聞かせてくださいね。」
俺と司祭のおばあちゃんは、お互い笑顔のまま別れた。貴族街の学園から教会、そして最後は下町にある冒険者ギルドへ。
マリアンヌ、元気にしているかなぁ。下町へ戻ると、久しぶりに知らない人たちからも声をかけられた。
『アイリスさん、久しぶりね。』
『アイリスちゃん、お買い物かい?』
『お嬢ちゃん! 久しぶりだ、これ買う?』
聖女様ではなく、名前で呼ばれたことがなんだか懐かしい。まぁ、この髪の色を見れば、誰でも俺を忘れないだろう。俺はただ微笑みながら、それぞれに軽く挨拶を返した。
そして、冒険者ギルドへ足を踏み入れる。この時間帯はカウンターに人がいるものの、それほど混んではいない。逆に、隣の酒場のほうが賑わっている。
ギルドに入った瞬間、マリアンヌが俺に気づき、笑顔で小さく手を振った。
『アイリスちゃんだ!』
『おお! やっと帰ってきたのか!』
『久しぶり!』
周囲の顔見知りの冒険者たちも、次々に声をかけてくる。俺も挨拶を返しながら、そのままマリアンヌのところへ向かった。
「マリアンヌ、ただいま。」
「おかえりなさい。大丈夫?」
「ええ、もちろん。はい、これ、お土産。」
「おみやげ? あら、これは……お魚?」
「はい。カウレシア王国は内陸でしょう?これは海魚です。今晩、ギルマスと一緒に召し上がってください。」
「ありがとうございます。これ、高かったの?」
「王都で買ったので、安いですよ。」
すると、マリアンヌの先輩である赤い髪のノラさんが、話に割り込んできた。
「マリアンヌ、今日はもう帰っていいじゃない?残りの仕事はもうないでしょうし、魚は早めに料理しないとダメだし。上にはあたしが話しておくよ。」
「え? まあ……はい、分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。」
続いて、俺はカバンの中から茶葉を二缶取り出した。
「ノラさん、こちらはギルドの皆さんへのお土産です。みんなで飲んでください。」
「え? あたしらの分もあるの?え~っと、ごめん、先ほど言ったその“おみやげ”って、実は何?」
「……お土産ですよ?」
俺は茶葉の缶を指さした。
「うん、分からん。 マリアンヌ、知ってる?」
「ごめんなさい、わたしも知りません……です。」
「OH……マジか……。え~っと、旅行先の名物をみんなで共有する感じ?」
マリアンヌとノラさんは目を合わせると、何か納得したようだった。
「「なるほど。 志願兵として戦争に参戦することを“旅”と言うのは、触れないことにします。」ね。」
「アイリスさん、ありがとうね。これ、スタッフみんなで飲むよ。って、マリアンヌはもう帰って帰って。」
「分かってます、帰りますよ。アイリスちゃん、ちょっと待ってて。 このお魚、一緒に食べましょう。」
「え? もうこの時間ですし、暗くなる前に戻らないと……。」
「はぁ……。あなたの家、食材あるの?」
「あ……。」
そっか。
いつ戻るのか分からなかったから、長期保存できない食材は全部マリアンヌに送った。でも、俺の分の魚もあるし……。
「今日はうちに泊まりなさい。」
「は、はい……。」
今日は愛しい我が家へ戻るつもりだったけれど……。
ごめんね、神竜様。
明日は必ず戻ります。
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