平穏な生活があれば私はもう満足です。

火あぶりメロン

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105 彼女の幸せと彼の幸運

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わたし、マリアンヌは先日、冒険者ギルドマスターのジャックと結婚しました。

正直、まだ夢なんじゃないかって思ってしまいます。

結婚前にアイリスちゃんから、すごく綺麗なペンダントを贈ってもらいました。彼女は、わたしの家族として結婚式に出席してくれて――当日も、大勢の人から祝福をもらいました。

まるで夢みたい。

もしこれが本当に夢なら、お願いだから――目覚めることなく、ずっとこの幸せに包まれていたい。




今週末、北の国サンダース王国の国王がカウレシア王国へ初めてご来訪される。

王都はもうすっかりお祭りムード。 人が増えて、商人もどんどん集まってきてるから、冒険者への依頼も自然と増えてる。

……結局、旦那様と結婚してからも、ずっと仕事。

でも、それでもいいの。だって、今のわたしには、大切な居場所がある。人生のパートナーもいる。忙しくても――幸せ。



とある日の午後。

わたしはいつも通り、冒険者ギルドのカウンターで受付嬢の仕事をしていた。

その時、急に――“声”が聞こえた。


『こっちに来て。』


……え?

思わず後ろを振り返る。でも、誰もいない。

「うん? ノラ先輩、何か話しました?」
「いいや、話してないよ。」
「そうですか……。」

『こっちに来て! ……もうすぐ来るよ!』

……まだ聞こえる。

後ろから誰かが、わたしに話しかけている。その声は、なぜか――アイリスちゃんに似ていた。

どうしてだろう……? 直感で、これを無視してはいけない気がする。

「ノラ先輩、わたし呼ばれたので、ちょっと裏に入ります。」
「わかった。今そんなに忙しくないし、行っていいよ。」
「ありがとうございます。」

わたしは、声のする方向へ向かい、カウンターを離れた。

ギルドの裏に入ると、また声が聞こえる。そのまま声に導かれるように進むと――到着したのはギルドの更衣室。でも、中には誰もいない。でもなぜか怖くはない。

『布……で顔を……隠して。』

「え? 仕事中なので顔を隠すことはできません……できれば、原因を教えてください。えっと……姿を現すことはできますか?」

当然、何の返事もなかった。

さすがに仕事中に顔を隠すわけにはいかないし……もう少し待ってみたけれど、あの声はもう聞こえなくなってしまった。

不思議だな……と思いながら、そのままカウンターへ戻る。

「ノラ先輩、ただいま戻りました。」
「ちょうどいいところに戻ったね、マリアンヌ。さっき、あなたが離れていた間、とある冒険者の5人組がアイリスさんのことを聞いてきたのよ。」

ノラ先輩は目線で、その冒険者たちのいる方角を示す。

わたしもそっちを見てみると――同じ灰色のマントを纏った5人の冒険者たち。ただ、室内にも関わらず、そのうちのひとりだけがフードで顔を隠していた。

顔を隠す冒険者は珍しいわけじゃないけれど、基本的にソロか女性パーティーが多い。でも、5人組の中でひとりだけ顔を隠しているのは……どう考えても怪しい。

それに、よく見るとマントも新品みたいだし、装備も妙に綺麗――すぐに浮かんだのは、「貴族」という言葉だった。

ここ王都では、正直アイリスちゃんのことを聞いてくる外国から来た冒険者も時々いる。

でも、受付嬢は冒険者の個人情報を簡単に教えることはできない。だから、そういう人たちは酒場で情報を探し回るのが普通なのだ。

その時だった――。

酒場にいた冒険者のひとりが、わたしたちの方を指差した。

それにつられるように、あの5人組も一斉にこちらへ視線を向ける。わたしは、思わず頭を下げて書類を見るフリをした。

……この感覚は、一体……?

わたし……何かを怖がってる?



やがて、あの怪しい一行は、そのまま冒険者ギルドをあとにした。わたしは、溜めていた息をゆっくりと吐き出した。そしてノラ先輩と話した。

「ふっ……あの人たち、多分貴族ですね。」
「やっぱり。顔を隠してる人、どっかの坊ちゃんでしょ? まさかまた聖女様狙いじゃないでしょうね……。」
「まぁ、アイリスちゃんはベネットでたくさんの人を救ったし……仕方ないわ。とりあえず、貴族らしい冒険者がアイリスちゃんのことを探していたっていう件は、上へ報告しておきますね。」
「わかった。あのトラブルメーカーのアイリスさんの身の安全のためだもんね。」
「……アイリスちゃんがトラブルメーカーなのは、わたしも認めるけど……彼女の前では言わないでくださいね?」
「はいはい、わかったわかった。さっさと旦那様のところに行きなさいよ、奥様。」
「もう……じゃあ、すみません。またちょっと離れますね。」


その後、わたしはギルマスと副ギルマスにこの件について報告した。

話し合いの結果、もしあの5人組が明日もギルドへ来るようなら、ギルマスへ報告し、彼が直接確認して判断することになった。

――だけど。

それ以来、彼らがギルドへ姿を見せることはなかった。



そして、数日後の夜。

わたしは仕事を終え、夕飯の材料を抱えてジャックさんの家……いいえ、今はわたしたちの家へと戻った。

家の前に着いた瞬間――

『危ない!……逃げて!』

再び、あの声が聞こえた。

反射的に扉から離れる……しかし、その直後。背中に鋭い何かが押し付けられ、冷たい囁きが耳元に響いた。

「動くな……大人しく、中へ入れ。」
「わ、わかった……。」

短刀術の心得はある。でも……この状況で反抗するのは無理だった。

わたしは息を呑みながら、背後の人物の言葉に従い、静かに家の中へ足を踏み入れた。


扉が閉まる音が響く。

わたしはすぐに家の中を見渡した。少し散らかっている。……だが、それどころじゃない。

そこには5人の男たちがいた。灰色のマントに身を包み、全員がフードで顔を隠している。

あれは……数日前の例の5人組。装備も服装もまったく同じだった。――リーダー格の男は、テーブルの前に座っている。

その後ろには、3人が直立。そして、わたしの背後には1人。

立ち位置を見ただけで、このリーダーが貴族であることは明白だった。ここは……大人しくするしかない。恐らく、彼らはアイリスちゃんの情報を求めている貴族たちなのだろう。

すると――座ったリーダーが、ゆっくりと口を開いた。

「久しぶりだね……マリアンヌ。すごいよ、君。ホントに騙されたよ。」

……え?

わたしのことを……知ってる?まさか、実家の人――?いや、帝国の立場上、わたしはすでに死んだことになっているはず……!

男は続ける。

「僕だよ……もう覚えていないのか?」

そして、彼はゆっくりとフードを下ろした。その瞬間、わたしは息を詰まらせた。

黒い髪……!

一度しか会ったことがないのに、その正体を一瞬で理解した。

ありえない。

なぜがここにいるのか?!

「……帝国の……英雄……!」
「まだ僕のことを覚えていてくれて、うれしいよ。君のことは、完全に死んだと思っていたが……どうやら幸運は僕の味方みたいだね。まさか、君があの癒しの聖女と仲良しだったとは……思いもしなかった。酒場で、他の冒険者から"マリアンヌ"という名を聞いたときは、ただの偶然かと思ったが――カウンターから出てきた君の顔を見て、確信した。」


「君は"あの"マリアンヌだね。」


「くっ……!」
「確かに、その姿では僕以外の者が気づくことはないだろう。だが、残念なことに……来たのは僕だった。……つまり、君が生きているということは、我が国の王女も生きているということだよな?」

男は低く笑いながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


 。」


最後の言葉――その力強さに、背筋が凍るような感覚を覚えた。

これはヤバい。

英雄の狙いは聖女、つまりアイリスちゃん姫様の体

けれど、話の流れから察するに、英雄はまだアイリスちゃんと聖女が同一人物であることに気づいていない。

その時、ようやく理解した。

あの“声”が、なぜわたしに顔を隠せと言ったのか……その本当の意味を。でも――その意味を知るには遅すぎた。今のわたしにできることは、ただひとつ。

「いいわ。姫様のところに案内する。……ただし、わたしに危害を加えられたら、すぐに自決する。そうすれば、聖女様も姫様も……あなたたちは何一つ手に入れることはできない。」
「へぇ~、あんた……変わったね?僕に命令するのか?」

男はくつくつと笑う。

「……良かろう。あなたは大切な人質だ。命は保証する。――さあ、今すぐに案内しろ。」
「……?!」

もうすぐ夜だというのに。まさかすぐに出発するとは思わなかった。旦那が帰るまで時間を稼ぐつもりだったのに――完全な失敗だった。

男たちはわたしにマントを着せ、顔を隠すよう命じた。

今、わたしにできることは……。



その後、奴らはわたしの家を意図的に荒らした。目的は、おそらく盗賊が入ったように偽装することだろう。

そして、城門が閉じる前に――馬車で王都を離れた。

わたしが案内する場所は、もちろん――魔の森。

『森の家へ行って。』

――うん、わかった。

わたしはその声の指示に従い、彼らをアイリスちゃんの家へ導く。


----------------------------------------------


俺はジャック。カウレシア王国王都冒険者ギルドのギルドマスターだ。

今は人生で一番幸せな時期――先日、恋人のマリアンヌとようやく結婚した。

女性は苦手だし、こんな怖い顔の俺でも嫁ができたんだ。今日も仕事を一刻も早く終わらせて、さっさと家に戻りたいくらいだ。



夜のギルド執務室。

最後の書類を書き終えたところで、副ギルマスのフレッドが声をかけてきた。

「ジャックよ、書類も終わっただろう。さっさと帰れ、あとはワシが片付ける。」
「あ~いや、俺が……」
「おまえ、ずっとニヤニヤしてるし、『早く帰りてぇオーラ』がめちゃくちゃ出てるぞ。いいから、早く帰れ!」
「……お、わりぃ。じゃあ、先に帰る。」
「ワシの分まで幸せになれよ。」
「おう!ありがとう!じゃあ、先に上がるぜ。」
「はい、はい。」

俺は荷物を持って、早足で家に向かった――が。

家が近づくと、違和感に気づいた。

……家の中に、魔道具の光どころか蝋燭の灯りすらない。料理の匂いもまったくしない。この時間なら、マリアンヌは夕飯を作っているはずなのに……。

俺はナイフを抜き、ゆっくりと家へと近づく。扉は開きっぱなしだった。

家の中は暗い。そして――散らかっている。

気配を殺し、家の中を確認する。人の気配は……ない。

魔道具で光をつけ、再確認する。あの不自然な荒らされ方を除いては。ここは、まるで友人を迎えた後のような雰囲気だ。

テーブルには手つかずの一杯のお茶が残されていた。

細かく確認すると、金を置いていた場所はまったく動かされていない。これは――金目当ての盗賊の仕業じゃない。

床には、マリアンヌがずっと大切にしていたハンカチが落ちていた。アイリス嬢ちゃんが、彼女に贈った幸運のハンカチだと聞いたことがある。――あれを、彼女が手放すはずがない。

つまり……嫁は誰かに拐われた。

俺はハンカチを拾い、迷うことなくギルドへ向かい、全速力で駆けた。ギルドでフレッドを探す。

――幸い、彼はまだ執務室にいる。

「フレッド!マリアンヌが拐われた!力を貸して欲しい!」
「……?!話を続けろ。」

その後、俺は今確認した情報をフレッドに共有した。

「わかった。まずはお前の家に向かうぞ。あのマリアンヌのことだ、何か手がかりは残ってるはずだ。」

俺は執務室の片隅に置いた剣を腰に装備し、フレッドとともに家へ向かった。

……何故、フレッドに助けを求めるのか?

それは秘密だ。フレッドはこの国の元暗部のトップ。追跡能力は俺以上。だからこそ、頼れる。


家に入ると、フレッドはすぐに痕跡を分析し、情報を読み取った。

「ジャック、足跡を見る限り、相手は約4~5人。それと――僅かだが、扉の錠前鍵以外のもので開けた痕跡がある。テーブルにはお茶が一杯、出されている。友人を迎えた形跡はあるが……人数を考えれば異常だ。つまり――犯人は、家の中で彼女を待ち伏せしていた可能性が高い。……マリアンヌを狙う者に、心当たりはあるか?」
「……。」

心当たりはある。

それは帝国にいる彼女の実家だ。しかし――それを言うべきかどうか?

戸惑う俺を見て、フレッドは何も聞かず、さらに痕跡を分析し続けた。


「……言えないなら、それでもいい。だが、痕跡を見る限り――恐らく貴族の関係者だな。このお茶の出し方からして、一人だけ身分が高い人物がいたはず。それと、ここから出たのはすでに1~2時間前……ほう、これは……。」

フレッドは棚の側面に刻まれた、小さなナイフの跡を指差した。

「……マリアンヌからのメッセージだ。」

それは二つの見えづらい記号だった。

「これは、冒険者ギルドで使い慣れた略語……“竜”と……“森”。……つまり魔の森か!!」
「くっそー!!すぐに追う!!」
「犯人の目的は分からんが、ワシはここでもう少し調査する。その後ギルドへ戻って、お前が数日留守になることを伝えておこう。今は夜だ……王都の城門が閉まって、犯人たちはまだ王都にいるの可能性もある。ワシは王都で知り合いと協力し、ここでマリアンヌを探す。お前は先に追え。もしマリアンヌが王都にいないと確認できたら、すぐに合流する。」
「ありがとう。そっちは頼んだ。」


今は夜。城門はすでに閉ざされている。

しかし彼女が拐われたのはほんの1~2時間前。もし本当に彼女の実家が連れ戻しに動いているのなら――。他国の貴族が絡んでいる以上、誘拐が発見される前に王都を離れる可能性は高い。

王都での捜索はプロのフレッドに任せる。俺はギルドの馬を駆り、すぐに西門へ向かった。

西門に到着すると、すぐに門番へ話を聞いた。先ほど、馬車に乗った一組が城門が閉じる直前の時間に王都を出たとのこと。

行き先を確認すると――やはり魔の森方向だ。俺はすぐに、その方向を追った。


馬車ならば道に沿って進むため、馬では必ず追いつけるはずだ。

夜のため、森の前で野営する可能性が大きい。万が一、魔の森に入られたら……探し出すのは困難になる。

馬で一直線魔の森へ向かう途中――運が良かった。王都へ向かう空の馬車に遭遇した。俺はすぐに馬車の運転手へ話しかける。

「そこの君!俺は冒険者ギルドのギルマスター、ジャックだ!聞きたいことがある!」
「ひぃ!!盗賊……?!」

めんどくさい。

俺はギルドカードを取り出し、そのまま話す。

「違う!!俺はギルマスだ!もしかして、先ほど数人を魔の森に運んだのか?彼らは王都で女を誘拐した容疑がある。」
「え?!ゆ、誘拐?!僕は関係ない!関係ないぞ!」
「だ・か・ら!君に話を聞いているんだ!」
「は、はい!!確かに、先ほど魔の森に人を乗せた!フードで顔を隠した男と女の一組、それに護衛の4人。急に大金を出し、すぐに魔の森へ送れと言ってきた。聞いた話だと駆け落ちらしいんだ……。追手が怖いから誰に聞かれても話すなと念押しされた……。俺はただ運んだだけだ!知らなかった!僕は関係ないよ!知ってることは全部話した!」
「……君、名前は?」
「ペリー……です。」
「わかった、ペリー。助かった。君は関係ないと言ったな?俺は信じる。では、先ほどの話を王都の冒険者ギルド、副ギルマスに伝えろ。こうすれば君は証人として捕まらない。もし逃げたら……覚悟しておけ。」
「わ、わかった!すぐに伝えます!」


馬車の運転手は急ぎ王都へ向かった。

あいつの言葉には怪しい点はなかった。そして――マリアンヌが残した手がかりも、あの駆け落ちの一行の目的地も、どちらも魔の森だった。

しかし、魔の森は広い。

……奴らは、一体どこへ向かった?

月光すら届かない深い森へ入るのは危険すぎる。とにかく――まずは魔の森の外側へ向かう。

馬を少し休ませた後、俺は再び魔の森を目指した。


時は深夜、魔の森の外へ到着した。しかし、森の外側には野営した形跡はない。

ということは、犯人たちは危険を承知で夜の森の中へ身を隠し、野営したのか?もしそうなら、あの一行の実力では夜の魔獣など問題にならない強者だ。

俺も森へ入り、高い丘へ登る。そこにある大木へよじ登り、周囲を確認した。


薄い焚き火の光が見える場所を3箇所発見。

ひとつは犯人の可能性。もう2箇所は他の冒険者だろう。

くそ!どっちだ!

マリアンヌが心配だ。一刻も早く見つけたい。……俺の嫁に手を出したら、殺す。

――ダメだ!今は尚更冷静にならないと……!

俺は深呼吸し、落ち着いて考え直した。


怪しい場所は3つ。どれも分散されている……。

最初から考え直す……。

マリアンヌが残した記号は竜と森。神竜様がいる森は魔の森のみ……いや……違う。

その意味ではない……。もしかして目的地は魔の森ではなく、森の中の竜を目指すのでは?!



何故だろう――。確信がないのに、俺この直感を信じだ。俺はすぐに聖域へ最も近い焚き火の光に向かった。


そして――直感は見事的中。

遠くから6人組を発見した。フレッドの読み通り、フードで顔を隠した人物がひとり。それに護衛らしい冒険者が4人。そして――顔を隠した女性らしい人影。

マリアンヌだ。

予想していた最悪の場面ではない。

遠目で確認した限り、マリアンヌはただ手を縛られているだけで、恐らく無事だ。俺は彼女が元帝国のご令嬢であることを知っている。

この一行は、彼女を実家へ連れ戻す者なのか?……しかし、何故魔の森に?何故神竜様のもとへ?神竜様を狙うとして、何故無関係なマリアンヌまで誘拐する?

――いや、今考えても仕方ない。

これ以上近づくのは危険すぎる。見張りの護衛の動きを見る限り、奴らは只者じゃない。それなりの腕前を持つ冒険者だ。マリアンヌを守りながら、5人を相手にするのは厳しい。

俺は距離を保ち、フレッドとの合流を待つことを選んだ。
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