110 / 187
109 まさかの人に身バレしました
しおりを挟む
目を覚ますと、私は神竜様の背中ではなく、爪の上で布団を掛けられ、眠っていた。
昨晩の最後の記憶は……確か神竜様のお腹で泣いていたはず。
「神竜様、おはようございます。もしかして、私は泣いたまま寝てた?」
……相変わらず無視される。けれど、絶対神竜様が私を爪の上に乗せ、布団を掛けてくれたのだろう。
「ありがとうございますね。そうそう、昨晩ギルマスに食材をほとんど食べられてしまったので、今日は彼らを王都に送るついでに、買い出しをしてきます。」
当然、また無視される。
マイホームへ戻る前に、私は街灯の木へ向かった。いや、今はもう世界樹になったと言うべきか。まさか、ただの照明代わりに置いた魔石が、世界樹の精霊を生み出すことになるとは。
私は樹にそっと触れて、語りかけた。
「えっと……ごめんね、私、精霊が見えないから、トイエリさんにあなたの存在を教えてもらったの。えっと……うん~世界樹の精霊なのに、名前がないのは良くないよね。でも私は名前を考えるのが苦手なのよ。」
「私の元の世界では、世界樹は定番で“ユグドラシル”と呼ばれていたの。そのまま、この名前にしてみる?……でも、“ユグドラシル”って長いね。元々は街灯の木だったし――愛称は“ヒカリ”にするのはどう?」
「故郷では“光”を意味する言葉なの。……あ、この世界の名前っぽく、ユグドラシル・ヒカリにするのもアリかも?」
そう話すと、柔らかい風がそっと吹いた。
私の妄想かもしれないけれど、きっとこの風が、精霊の返事なのだろう。
「では、しばらくこの名前にするね。これからもよろしく、ヒカリ。もしこの名前が気に入らなかったら、何か別の方法で教えて下さい。」
普段ならラジオ体操をして、軽く周りを一周走るのだけど、マリアンヌたちはすぐに帰りたいみたいだし、今日は休んでおくか。
布団を持って、マイホームへ飛んだ。
嫌な場面を見せたくないから、礼儀よくノックする。
ゴンゴン――。
「どうぞ。」
マイホームに入ると、マリアンヌとギルマスはすでに起きていて、準備も整っていた。
「おはようございます、アイリスちゃん。」
「嬢ちゃん、おはよう。」
「おはようございます、マリアンヌ、ギルマス。もしかして、私を待っていた?」
「いいえ、わたしたちも起きたばかりですよ。」
「では、着替えたら王都へ向かいますね。」
「待って……ジャック、外で待ってくれる?」
「おう。」
「アイリスちゃんはここで着替えていいわよ。」
「わかった。」
マイホームで、いつもの貴族学園の制服に着替える。
「ほら、こっちに来て。髪をとかしますね。」
「あ、ありがとうございます。」
マリアンヌは鼻歌を口ずさみながら、私の髪を優しくとかしていく。なんだか彼女気分が良さそうだ。
「マリアンヌ、何か良いことがありましたか?」
「え?いいえ――ただ、昔を思い出しただけよ。」
「前は毎日こうして、姫様の髪をとかしていたの。」
「あの頃は……毎日毎日、いやいやな気持ちだったけど、まさか今になって――姫様の髪をとかすことがこんなに嬉しいと感じるなんて。」
「帝国から離れてからは、胃も痛くならなかったし。」
「そうですか……待って、鏡はないですが、何となく髪型が変わっていませんか?」
「こんな綺麗な髪なんですもの、もっと可愛い髪型がいいわよ。アイリスちゃんも女の子なんだから。」
「もしかして――嫌?」
マイホームには鏡がない。鏡って、やたらと高価だから。でも、今こんなに機嫌がいいマリアンヌの前で、“髪をセットすると目立ちすぎて面倒なことが増えるからやめてほしい”なんて言うのは無理だ。
「いいえ、ただ今回だけ~と思って。自分だけでこんな綺麗な髪型をセットするのは、難しそうですね……。」
「まあ~確かに、この髪型はひとりでセットするのは難しいですね。残念です。」
マリアンヌは私の髪を持って、こう言ってた。
「そういえば、アイリスちゃんの髪……姫様の金髪も、あとほんの少しで完全に消えますわね。元々の金髪も綺麗だけど……私の中では、やっぱりこの虹色に見える銀髪の方が神秘的で、好きだわ。」
「はぁ……綺麗なのは分かりますが、私は目立ちたくないんですよね。」
「再びフードで顔を隠して生活する?」
「それはやめておきます。フードを被ると、視界が邪魔されるし、もし襲われた時に、すぐ対応できませんから。」
「そうですよね、アイリスちゃんは男性に人気が高く、逆にその美貌で嫉妬する女性も多いものね。」
「あーーーあーーー聞こえないーーー!!」
私はわざとらしく話題を変え、昨日マリアンヌから聞かされた謎の声について話す。
「マリアンヌ、あの謎の声の正体が分かったよ。」
「え?急に?」
「昨晩、トイエリ様に聞いたんだ。」
マリアンヌの手がピタリと止まる。
「そんなことで、創造神様に尋ねたの?」
「トイエリ様、大喜びだったよ。あの声はこの前、あなたに贈った結婚祝いのペンダントに宿る新しい精霊の声だったらしい。」
「え?えーー?!こ、これは……そんなに貴重なものなの?!」
「いえいえ、普通に安価なものだよ。ただ……多分、私が作った時に、“幸せになれ”と、あなたを守りたいという思いが、守護霊を生んだんじゃないかな……。……まあ、多分だけど。詳しくは分からない。この世界で生まれた、新しい精霊だから。」
「わわわわわわわあ……。」
「貴重なものじゃないよ。いつも通り普通にペンダントを付けてくれれば、その精霊もきっと喜ぶさ。」
「なんだか……アイリスちゃん、ありがとう。」
「何よ、今さら。何回も言ってるけど――あなたは私の命の恩人なんだから。」
「もう……あなたも、わたしの命の恩人ですわ。」
マリアンヌは再び手を動かし、私の髪を手際よくセットしていく。
鏡はないけれど、今日の私はまるでデートに行くかのような、気合の入った髪型になっている気がする。
その後、私はいつも通り薬草畑へ向かい、薬草を摘んでから、三人で王都へ飛んだ。
「うわーーーーーーーー!!」
「うるさいわよ、ジャック。静かにして。」
「わわわ、わかってる!はやっ!!」
魔の森の上空――雲よりも高く飛ぶと、ギルマスは思わず叫んだ。
しばらくすると、森の外側へ到着。
私たちは降下し、ギルマスのために少し休憩を取った。それに、彼いわく馬を近くに置いてきたから、ついでに回収したいらしい。
「もう……情けないわね。最初、アイリスちゃんはゆっくり飛ぶことを提案したのに、遠慮はいらない、と自信満々に言ったくせに。ほら、水を飲んで。」
「まあまあ、マリアンヌ。彼は戦士ですから、地面から離れると不安なのでは?」
ギルマスはマリアンヌが渡した水を飲んで、明らかに話題をそらす。
「お嬢ちゃん……悪いな。でも馬がいなくなったんだ。痕跡を見る限り、誰かに連れ去られたようには見えねぇ。ギルドの馬は他人についていくはずがないのに。」
マリアンヌは少し考えて、ギルマスに答えた。
「ギルドの人……フレッドさんが回収したんじゃないですか?」
「フレッドか……ありえるな。」
普通に放置した馬が消えたら、誰かに盗まれたと思うのは普通じゃないか?それとも、馬は自分で冒険者ギルドに帰るのか?……馬だけで王都に入れる?……うん、わからん。
「では、ここからは地面の上で飛ぶので、空より安心できると思いますよ、ギルマス。」
「ごめんね、アイリスちゃん。」
「マリアンヌも最初に飛んだ時、怖い怖いって言ってましたよね。だから、あまりギルマスを責めないでください。」
「なっ……!……はいはい、わかったわよ。」
「へぇ~……怖い怖いと言った嫁の顔を、見てみたいぜ。 痛っ!!」
マリアンヌがジャックの足を踏んだ。……何だ?私の前で惚気か?いい度胸ね。もう少し速めに飛びたいみたいだね。
「惚気は帰ったらゆっくりしてください。……飛ぶわよ。」
森の外側から王都へ向かって、低空飛行する。
多分地面に近いから、今回はギルマスも騒がない。
あっという間に人通りのある道に到着し、ここからは歩いていくことにした。10分ほど歩けば、王都の西門に到着するだろう。
「や、やっぱり……歩いたほうが実感があるな!な……マリアンヌ。」
「あ、アイリスちゃん、ちょっと速すぎじゃない?」
「そう?いつもの半分程度ですが、遅かったですか?ではもう一回私の前で惚気てくれたら、今度は全力で飛びますよ。」
「「惚気てないわ!!」ねぇわ!!」
ここで、ギルマスが妙なことを言い出した。
「お嬢ちゃん……こんなに飛んで、大丈夫なのか?バレないのか?」
「え?今のところ誰にも気付かれてないですよね?王都で誰かが飛んでいたなんて話、聞いたことあります?」
「聞いてねぇ……けど。」
「上位冒険者なら、全速で走ったり、樹と樹の間を高速で跳び回ったりしますよね。それと同じようなものじゃないですか?」
「あ!……うん……確かに。」
しばらく歩いて、西門に到着。
すると、西門の前でギルマスの馬を発見した。
まさか、馬は本当に自分で帰ってきたとは。冒険者ギルドの紋章がついているから、どうやら西門で保管されていたようだ。
ここで、ギルマスはその馬に乗り、先にギルドへ向かい、今回の件と無事の報告をすることにした。マリアンヌも先に家へ戻り、片付けを済ませてからギルドに出勤する予定らしい。私は薬草を持っているので、そのままギルドへ向かうことにした。
途中――なんだかいつも以上に視線を感じる。
……あっ!マリアンヌが渾身の力でセットした髪型か!?一体どんな髪型になってるんだ?いや……気にしたら負けだ。
平常心、平常心。
そんなことを考えながら、冒険者ギルドに到着した。
ギルドに入ると、ギルマスはカウンターで副ギルマスと話しており、おそらく今回の件を報告しているのだろう。
それに、何故か騎士団長のウォルトさんもギルドにいた。あ、明後日はサンダース王国のご来訪の日だから、騎士団長がいるのも不思議ではない。
私は彼らを無視して、真っ先に食堂へ向かい、朝食を食べることにした。
「ねぇ、お嬢ちゃん、かわいいね。依頼か?」
知らない冒険者の男たち――4人が勝手に私の隣と向かい側に座った。当然、障壁を張って無視する。
「俺たち、サンダース王国から来た銀ランクのパーティー、黄金の牙だぜ。お嬢ちゃん、ここに来て何の依頼を出すんだ?俺らが受けるよ。そうそう、俺たち、創造神の使者様に会ったことあるぜ。すごいだろ?」
「……モグモグ。」
「おい!返事くらいしろよ!聞こえてないのか?!!」
……ホントに。ナンパ野郎は、なぜ皆同じセリフしか言えないのだろうか。毎回毎回、同じような口上じゃ飽きたっての。まぁ、障壁を殴って気が済めば勝手に離れるだろう。あんな連中と関わる気はない。
「おやおや~アイリス嬢。今日来るのは珍しいですね。」
後ろから聞き覚えのある声。私は振り向いた。
「副ギルマス、おはようございます。サンダース王国の国王様がご来訪する前に、食材を買いに来たのです。」
「祭りには来ないのかい?」
「人が多い場所は苦手なんです。」
「おや?そちらの方々はお友達ですか?」
「え?」
私は周りを見渡した。
……うん。知り合いは――いないね。
「えーと……知らない人です。」
「このアマ!!俺たちを無視するとは、いい度胸だな!俺たちは黄金の牙だぞ!」
黄金の牙の男たちは、副ギルマスの前でも構わず私を捕まえようと手を伸ばした。当然私の障壁によって、彼らは私に触れることができなかった。
「え?何で?!壁??」
副ギルマスは力強く、それでいて優しい声で、彼らに話しかける。
「黄金の牙……ですか。確かサンダース王国では、結構有名なパーティーですね。おせっかいかもしれませんが、彼女を怒らせる前に、さっさとここから出ていくことをおすすめしますよ。」
「何だと!!」
「はぁ……彼女が着ている制服の紋章も分からないようでは、黄金の牙も再評価しないといけませんねぇ。」
「それとも――君たちも昨日、掲示板の側で正座していたバカたちのように、一緒に正座でもしますか?」
王都冒険者ギルドの名物――“バカエリア”。
ギルド内で愚行を働いた者は、そのエリアで“俺はバカです”の看板を持ち、3時間の正座を強いられる。正座したくなければ、罰金として金貨2枚を支払わなくてはならない。
黄金の牙の4人は私の制服の紋章を見た瞬間、焦り始めた。
「貴族学園の……?!す、すまなかった!!お嬢さん!!わ、悪かった!!失礼します!!」
彼らは素早い速度で冒険者ギルドの外へ走り去った。フッ……また貴族と勘違いされてたか。
「えーと……副ギルマス、ありがとうございます?」
「なぁに~あのバカたちは、昨日来た時点ですでに他の女冒険者に迷惑をかけていたからね。それに、アイリス嬢は今日、ずいぶん気合が入っているようですが……。デートですか?……おっと、隣に座ってもいいかい?」
「もちろん、どうぞ。デートではありませんよ。この髪型はマリアンヌの作品です。できればいつも通り、目立たない方がいいんですけどね……。」
「その容姿では、目立たないのは難しいですよ。」
「うん……私もメガネでもかけてみようかな。」
「やめておけ。ワシが知る限り――王都のメガネ好きは、お前が思っている以上に多いぞ。」
「何?その奥深いなセリフ……まさか……。」
「……察しろ。」
副ギルマスは私の隣に座った。
先ほどの騒ぎもあり、さらに隣にはギルドの権力者がいるため、他の冒険者たちは思わず距離を取って食事をしていた。
そのため、私たちのテーブル周りには、誰もいない。
副ギルマスはお茶を注文し、一口飲んだあと、小さな声で私に話しかけた。
「ジャックとマリアンヌが無事で、本当に良かった。彼らを助けたあの方には、心から感謝しているよ。」
「うん?何のこと?」
……モグモグ
「アイリス嬢は知らないでしょう。先日の夜、ジャックからマリアンヌが誘拐されたと聞いて――ジャックは魔の森へ、ワシは王都でマリアンヌを探しました。」
「しかし、王都では一晩探しても見つからず、ギルドへ戻ると犯人らしき組を乗せた馬車の主から、伝言が届いていた。」
「ワシもすぐに魔の森へ向かい、ジャックが残した記号を頼りに彼と合流する予定だったのですが……。」
「彼を発見した時、すでに彼の尾行は帝国の英雄にバレていた。」
「だからワシも遠くから隠れ、彼らを助ける隙を待つしかなかったのですよ。」
……モグモグ
「マリアンヌは人質となり、動けないジャックも氷の魔法を浴びそうになった。」
「ワシもすぐに前へ走ったのですが……。その瞬間――マリアンヌはとある名前を、大きな声で叫んだのですよ。」
「それと同時に、ワシは上から凄まじい威圧感を感じ、空を見上げました。すると、身体が硬直して、動けなくなったのです。」
……モグモグ
「まさか……あのお方が、空から降りてくるとは……。その後のことは、君も知っている通りです。だから、彼らを助けてくれて、本当にありがとう。」
「安心してください、当時ワシは距離がありましたし、あのお方と英雄たちの対話は、何も聞こえていません。」
「あのお方も、ただ当然のことをしただけですよ。」
「そうですな、お礼として、昼は好きなだけ食べてください。ワシが奢ります。」
「そうですか?ありがとうございます。」
まさか――
あの現場、副ギルマスが遠くから見ていたとは思わなかった。だが……彼は本当に何も聞いていないのか?そこが、怪しい。
しかし、先ほどの対話で分かったことは、彼は私の正体をバラすつもりはないということだ。
ギルマスもすでに知っているし、信頼できる味方が一人増えるのも、悪くない。
「それで、今日も薬草はあるのかね?ワシに預けていいか?」
「はい、もちろんです。こちらをどうぞ。」
副ギルマスはカバンの中を物色し、満足そうに笑っていた。
「そういえば、あの草の“実”はまだあるのかい?以前頂いたものは王城へ渡してしまってね。ワシももっと研究したいんだ。もしあるなら、ひとつ分けてもらえれば嬉しいが。」
「うん?そういえば、前に試しに一株渡しましたよね。」
「すまなかった……やっぱり無理だった。ワシも試しに毎日あの草に魔力を送ったが……一ヶ月ほどは持ったものの……その後は徐々に元気をなくしていき、枯れる前に高級ポーションの材料にしたよ。」
「あらあら、残念ですね。“実”はまだありますよ。来週、持ってきますね。」
「おお!ありがとう。適正な値段で買い取るよ。」
「いいのよ。副ギルマスにはいつもお世話になっているし、お礼として貰ってくれて構わない。こっちも増えすぎて困っているし……。あ……。」
やばい…話し過ぎだ。
「な!……アイリス嬢、もしもですが……。」
「ダメです……絶対ダメです!」
「ワシはまだ何も話していませんわい。」
「言わなくても分かっています。」
「そう言わずに、そこには未発見の薬草がある可能性も十分あるよ。……な!」
「副ギルマスも、バカエリアで正座したいみたいですね?」
「ぐぬぬ……では、もしそちらで見かけない植物があれば、ぜひギルドに持ってきてくれ。」
「でも薬用ではなく、毒草の可能性もありますよ?」
「なおさらだ!家の近くに毒草があるのを知らなかったら、うっかり料理に混ぜる危険性もあるとは思わないのか?」
「うっ……分かった、探してみる。」
「ありがとうございます!来週は楽しみますなぁ。」
何だか、副ギルマスの話術に嵌められたような気がする。でも確かに家の側に毒を持つ植物があると、私の野菜や新しく植えた作物にも影響が出そうだ。……それにしても、この敗北感は何なんだ。
話の最初から最後まで、全部彼の予想通りな気がする。
そのあと――マリアンヌはギルドへ出勤。もうすぐサンダース王国のご来訪の祭りがあるから、ギルドも忙しくなるだろう。
邪魔にならないように、副ギルマスから薬草の代金を受け取って、私もギルドを出た。
冒険者ギルドを出た後、私はいつものように学園へ向かった。ただ、いつもなら休日に王都へ来るのに対し、今日は平日。
図書室には学生が多く、当然入る前に中を覗き込んで確認し、学生がいるのを見かけると、すぐに180度方向転換。学園というトラブル満載の場所から、即座に撤退する。
しかし――学園を出る途中、とんでもなく運が悪かった。
以前絡まれたウンディーチア第二王子と、この国の第一・第二王子にばったり遭遇してしまった。王子たちの名前?……全く覚えていない。
「第一王子殿下、第二王子殿下、ウンディーチア第二王子殿下――それと婚約者の方々、ごきげんよう。」
ここで、まさかの光景が広がった。王子三人は私の顔を見るなり、なぜか青ざめ、軽く頭を頷かせたあと、先に教室へ向かって早足で“逃げた”。
えっと……もしかしてマリアンヌの髪型が、帝国式でこの国では流行っていない?
「申し訳ございません、聖女様。もしかして、ヘンリー殿下はまた何かご迷惑をおかけしましたでしょうか?」
話しかけてきたのは以前、ウンディーチア第二王子の“ドヤァ事件”で、彼の代わりに私に謝罪してきた、急遽決まった婚約者、アビゲイル様。
彼女にはなぜか好感を持っている。何故って?苦労人っぽさが滲み出ているし、代わりに謝罪までしてくれる。それに、急に王子の婚約者に選ばれても、文句ひとつ言わない。……何だか、可哀想だ。
「えっと、間違っていたら申し訳ないですが、確かアビゲイル様……ですよね?」
「はい、間違っておりませんわ、聖女様。」
「殿下とはあれから会っていないので、何もされていませんよ。」
「あ~では、その反応はきっと、廃嫡を怖がっているのでしょう。」
この国の第一王子の婚約者も、すぐに頷き、「きっとそうだわ」と話す。
一体何の話かと思って彼女たちに聞くと、カウレシアの王様とウンディーチアの王様が彼らにこう言ったらしい。
『もしアイリス嬢にご迷惑をおかけすれば、即座に廃嫡する。言い訳は認めない。』
だから王子たち、こんなに私のことを怖れているのか?……面白い。リア充のイケメンは滅びろ。……あれ?私、いつ王様たちを脅した?流石に子供がやったことに本気で怒るわけがないよ。
婚約者たちとはそのまま別れ、図書室にも入れないし、他国の王のご来訪前は王城も忙しく、昼まで教会で手伝いをすることにした。
昼になり、ギルド内の冒険者の数は減ることなく、今日はマリアンヌと一緒に食事はできそうにない。
適当な店で昼食を済ませ、市場で食材を買い、マイホームへ戻った。
昨晩の最後の記憶は……確か神竜様のお腹で泣いていたはず。
「神竜様、おはようございます。もしかして、私は泣いたまま寝てた?」
……相変わらず無視される。けれど、絶対神竜様が私を爪の上に乗せ、布団を掛けてくれたのだろう。
「ありがとうございますね。そうそう、昨晩ギルマスに食材をほとんど食べられてしまったので、今日は彼らを王都に送るついでに、買い出しをしてきます。」
当然、また無視される。
マイホームへ戻る前に、私は街灯の木へ向かった。いや、今はもう世界樹になったと言うべきか。まさか、ただの照明代わりに置いた魔石が、世界樹の精霊を生み出すことになるとは。
私は樹にそっと触れて、語りかけた。
「えっと……ごめんね、私、精霊が見えないから、トイエリさんにあなたの存在を教えてもらったの。えっと……うん~世界樹の精霊なのに、名前がないのは良くないよね。でも私は名前を考えるのが苦手なのよ。」
「私の元の世界では、世界樹は定番で“ユグドラシル”と呼ばれていたの。そのまま、この名前にしてみる?……でも、“ユグドラシル”って長いね。元々は街灯の木だったし――愛称は“ヒカリ”にするのはどう?」
「故郷では“光”を意味する言葉なの。……あ、この世界の名前っぽく、ユグドラシル・ヒカリにするのもアリかも?」
そう話すと、柔らかい風がそっと吹いた。
私の妄想かもしれないけれど、きっとこの風が、精霊の返事なのだろう。
「では、しばらくこの名前にするね。これからもよろしく、ヒカリ。もしこの名前が気に入らなかったら、何か別の方法で教えて下さい。」
普段ならラジオ体操をして、軽く周りを一周走るのだけど、マリアンヌたちはすぐに帰りたいみたいだし、今日は休んでおくか。
布団を持って、マイホームへ飛んだ。
嫌な場面を見せたくないから、礼儀よくノックする。
ゴンゴン――。
「どうぞ。」
マイホームに入ると、マリアンヌとギルマスはすでに起きていて、準備も整っていた。
「おはようございます、アイリスちゃん。」
「嬢ちゃん、おはよう。」
「おはようございます、マリアンヌ、ギルマス。もしかして、私を待っていた?」
「いいえ、わたしたちも起きたばかりですよ。」
「では、着替えたら王都へ向かいますね。」
「待って……ジャック、外で待ってくれる?」
「おう。」
「アイリスちゃんはここで着替えていいわよ。」
「わかった。」
マイホームで、いつもの貴族学園の制服に着替える。
「ほら、こっちに来て。髪をとかしますね。」
「あ、ありがとうございます。」
マリアンヌは鼻歌を口ずさみながら、私の髪を優しくとかしていく。なんだか彼女気分が良さそうだ。
「マリアンヌ、何か良いことがありましたか?」
「え?いいえ――ただ、昔を思い出しただけよ。」
「前は毎日こうして、姫様の髪をとかしていたの。」
「あの頃は……毎日毎日、いやいやな気持ちだったけど、まさか今になって――姫様の髪をとかすことがこんなに嬉しいと感じるなんて。」
「帝国から離れてからは、胃も痛くならなかったし。」
「そうですか……待って、鏡はないですが、何となく髪型が変わっていませんか?」
「こんな綺麗な髪なんですもの、もっと可愛い髪型がいいわよ。アイリスちゃんも女の子なんだから。」
「もしかして――嫌?」
マイホームには鏡がない。鏡って、やたらと高価だから。でも、今こんなに機嫌がいいマリアンヌの前で、“髪をセットすると目立ちすぎて面倒なことが増えるからやめてほしい”なんて言うのは無理だ。
「いいえ、ただ今回だけ~と思って。自分だけでこんな綺麗な髪型をセットするのは、難しそうですね……。」
「まあ~確かに、この髪型はひとりでセットするのは難しいですね。残念です。」
マリアンヌは私の髪を持って、こう言ってた。
「そういえば、アイリスちゃんの髪……姫様の金髪も、あとほんの少しで完全に消えますわね。元々の金髪も綺麗だけど……私の中では、やっぱりこの虹色に見える銀髪の方が神秘的で、好きだわ。」
「はぁ……綺麗なのは分かりますが、私は目立ちたくないんですよね。」
「再びフードで顔を隠して生活する?」
「それはやめておきます。フードを被ると、視界が邪魔されるし、もし襲われた時に、すぐ対応できませんから。」
「そうですよね、アイリスちゃんは男性に人気が高く、逆にその美貌で嫉妬する女性も多いものね。」
「あーーーあーーー聞こえないーーー!!」
私はわざとらしく話題を変え、昨日マリアンヌから聞かされた謎の声について話す。
「マリアンヌ、あの謎の声の正体が分かったよ。」
「え?急に?」
「昨晩、トイエリ様に聞いたんだ。」
マリアンヌの手がピタリと止まる。
「そんなことで、創造神様に尋ねたの?」
「トイエリ様、大喜びだったよ。あの声はこの前、あなたに贈った結婚祝いのペンダントに宿る新しい精霊の声だったらしい。」
「え?えーー?!こ、これは……そんなに貴重なものなの?!」
「いえいえ、普通に安価なものだよ。ただ……多分、私が作った時に、“幸せになれ”と、あなたを守りたいという思いが、守護霊を生んだんじゃないかな……。……まあ、多分だけど。詳しくは分からない。この世界で生まれた、新しい精霊だから。」
「わわわわわわわあ……。」
「貴重なものじゃないよ。いつも通り普通にペンダントを付けてくれれば、その精霊もきっと喜ぶさ。」
「なんだか……アイリスちゃん、ありがとう。」
「何よ、今さら。何回も言ってるけど――あなたは私の命の恩人なんだから。」
「もう……あなたも、わたしの命の恩人ですわ。」
マリアンヌは再び手を動かし、私の髪を手際よくセットしていく。
鏡はないけれど、今日の私はまるでデートに行くかのような、気合の入った髪型になっている気がする。
その後、私はいつも通り薬草畑へ向かい、薬草を摘んでから、三人で王都へ飛んだ。
「うわーーーーーーーー!!」
「うるさいわよ、ジャック。静かにして。」
「わわわ、わかってる!はやっ!!」
魔の森の上空――雲よりも高く飛ぶと、ギルマスは思わず叫んだ。
しばらくすると、森の外側へ到着。
私たちは降下し、ギルマスのために少し休憩を取った。それに、彼いわく馬を近くに置いてきたから、ついでに回収したいらしい。
「もう……情けないわね。最初、アイリスちゃんはゆっくり飛ぶことを提案したのに、遠慮はいらない、と自信満々に言ったくせに。ほら、水を飲んで。」
「まあまあ、マリアンヌ。彼は戦士ですから、地面から離れると不安なのでは?」
ギルマスはマリアンヌが渡した水を飲んで、明らかに話題をそらす。
「お嬢ちゃん……悪いな。でも馬がいなくなったんだ。痕跡を見る限り、誰かに連れ去られたようには見えねぇ。ギルドの馬は他人についていくはずがないのに。」
マリアンヌは少し考えて、ギルマスに答えた。
「ギルドの人……フレッドさんが回収したんじゃないですか?」
「フレッドか……ありえるな。」
普通に放置した馬が消えたら、誰かに盗まれたと思うのは普通じゃないか?それとも、馬は自分で冒険者ギルドに帰るのか?……馬だけで王都に入れる?……うん、わからん。
「では、ここからは地面の上で飛ぶので、空より安心できると思いますよ、ギルマス。」
「ごめんね、アイリスちゃん。」
「マリアンヌも最初に飛んだ時、怖い怖いって言ってましたよね。だから、あまりギルマスを責めないでください。」
「なっ……!……はいはい、わかったわよ。」
「へぇ~……怖い怖いと言った嫁の顔を、見てみたいぜ。 痛っ!!」
マリアンヌがジャックの足を踏んだ。……何だ?私の前で惚気か?いい度胸ね。もう少し速めに飛びたいみたいだね。
「惚気は帰ったらゆっくりしてください。……飛ぶわよ。」
森の外側から王都へ向かって、低空飛行する。
多分地面に近いから、今回はギルマスも騒がない。
あっという間に人通りのある道に到着し、ここからは歩いていくことにした。10分ほど歩けば、王都の西門に到着するだろう。
「や、やっぱり……歩いたほうが実感があるな!な……マリアンヌ。」
「あ、アイリスちゃん、ちょっと速すぎじゃない?」
「そう?いつもの半分程度ですが、遅かったですか?ではもう一回私の前で惚気てくれたら、今度は全力で飛びますよ。」
「「惚気てないわ!!」ねぇわ!!」
ここで、ギルマスが妙なことを言い出した。
「お嬢ちゃん……こんなに飛んで、大丈夫なのか?バレないのか?」
「え?今のところ誰にも気付かれてないですよね?王都で誰かが飛んでいたなんて話、聞いたことあります?」
「聞いてねぇ……けど。」
「上位冒険者なら、全速で走ったり、樹と樹の間を高速で跳び回ったりしますよね。それと同じようなものじゃないですか?」
「あ!……うん……確かに。」
しばらく歩いて、西門に到着。
すると、西門の前でギルマスの馬を発見した。
まさか、馬は本当に自分で帰ってきたとは。冒険者ギルドの紋章がついているから、どうやら西門で保管されていたようだ。
ここで、ギルマスはその馬に乗り、先にギルドへ向かい、今回の件と無事の報告をすることにした。マリアンヌも先に家へ戻り、片付けを済ませてからギルドに出勤する予定らしい。私は薬草を持っているので、そのままギルドへ向かうことにした。
途中――なんだかいつも以上に視線を感じる。
……あっ!マリアンヌが渾身の力でセットした髪型か!?一体どんな髪型になってるんだ?いや……気にしたら負けだ。
平常心、平常心。
そんなことを考えながら、冒険者ギルドに到着した。
ギルドに入ると、ギルマスはカウンターで副ギルマスと話しており、おそらく今回の件を報告しているのだろう。
それに、何故か騎士団長のウォルトさんもギルドにいた。あ、明後日はサンダース王国のご来訪の日だから、騎士団長がいるのも不思議ではない。
私は彼らを無視して、真っ先に食堂へ向かい、朝食を食べることにした。
「ねぇ、お嬢ちゃん、かわいいね。依頼か?」
知らない冒険者の男たち――4人が勝手に私の隣と向かい側に座った。当然、障壁を張って無視する。
「俺たち、サンダース王国から来た銀ランクのパーティー、黄金の牙だぜ。お嬢ちゃん、ここに来て何の依頼を出すんだ?俺らが受けるよ。そうそう、俺たち、創造神の使者様に会ったことあるぜ。すごいだろ?」
「……モグモグ。」
「おい!返事くらいしろよ!聞こえてないのか?!!」
……ホントに。ナンパ野郎は、なぜ皆同じセリフしか言えないのだろうか。毎回毎回、同じような口上じゃ飽きたっての。まぁ、障壁を殴って気が済めば勝手に離れるだろう。あんな連中と関わる気はない。
「おやおや~アイリス嬢。今日来るのは珍しいですね。」
後ろから聞き覚えのある声。私は振り向いた。
「副ギルマス、おはようございます。サンダース王国の国王様がご来訪する前に、食材を買いに来たのです。」
「祭りには来ないのかい?」
「人が多い場所は苦手なんです。」
「おや?そちらの方々はお友達ですか?」
「え?」
私は周りを見渡した。
……うん。知り合いは――いないね。
「えーと……知らない人です。」
「このアマ!!俺たちを無視するとは、いい度胸だな!俺たちは黄金の牙だぞ!」
黄金の牙の男たちは、副ギルマスの前でも構わず私を捕まえようと手を伸ばした。当然私の障壁によって、彼らは私に触れることができなかった。
「え?何で?!壁??」
副ギルマスは力強く、それでいて優しい声で、彼らに話しかける。
「黄金の牙……ですか。確かサンダース王国では、結構有名なパーティーですね。おせっかいかもしれませんが、彼女を怒らせる前に、さっさとここから出ていくことをおすすめしますよ。」
「何だと!!」
「はぁ……彼女が着ている制服の紋章も分からないようでは、黄金の牙も再評価しないといけませんねぇ。」
「それとも――君たちも昨日、掲示板の側で正座していたバカたちのように、一緒に正座でもしますか?」
王都冒険者ギルドの名物――“バカエリア”。
ギルド内で愚行を働いた者は、そのエリアで“俺はバカです”の看板を持ち、3時間の正座を強いられる。正座したくなければ、罰金として金貨2枚を支払わなくてはならない。
黄金の牙の4人は私の制服の紋章を見た瞬間、焦り始めた。
「貴族学園の……?!す、すまなかった!!お嬢さん!!わ、悪かった!!失礼します!!」
彼らは素早い速度で冒険者ギルドの外へ走り去った。フッ……また貴族と勘違いされてたか。
「えーと……副ギルマス、ありがとうございます?」
「なぁに~あのバカたちは、昨日来た時点ですでに他の女冒険者に迷惑をかけていたからね。それに、アイリス嬢は今日、ずいぶん気合が入っているようですが……。デートですか?……おっと、隣に座ってもいいかい?」
「もちろん、どうぞ。デートではありませんよ。この髪型はマリアンヌの作品です。できればいつも通り、目立たない方がいいんですけどね……。」
「その容姿では、目立たないのは難しいですよ。」
「うん……私もメガネでもかけてみようかな。」
「やめておけ。ワシが知る限り――王都のメガネ好きは、お前が思っている以上に多いぞ。」
「何?その奥深いなセリフ……まさか……。」
「……察しろ。」
副ギルマスは私の隣に座った。
先ほどの騒ぎもあり、さらに隣にはギルドの権力者がいるため、他の冒険者たちは思わず距離を取って食事をしていた。
そのため、私たちのテーブル周りには、誰もいない。
副ギルマスはお茶を注文し、一口飲んだあと、小さな声で私に話しかけた。
「ジャックとマリアンヌが無事で、本当に良かった。彼らを助けたあの方には、心から感謝しているよ。」
「うん?何のこと?」
……モグモグ
「アイリス嬢は知らないでしょう。先日の夜、ジャックからマリアンヌが誘拐されたと聞いて――ジャックは魔の森へ、ワシは王都でマリアンヌを探しました。」
「しかし、王都では一晩探しても見つからず、ギルドへ戻ると犯人らしき組を乗せた馬車の主から、伝言が届いていた。」
「ワシもすぐに魔の森へ向かい、ジャックが残した記号を頼りに彼と合流する予定だったのですが……。」
「彼を発見した時、すでに彼の尾行は帝国の英雄にバレていた。」
「だからワシも遠くから隠れ、彼らを助ける隙を待つしかなかったのですよ。」
……モグモグ
「マリアンヌは人質となり、動けないジャックも氷の魔法を浴びそうになった。」
「ワシもすぐに前へ走ったのですが……。その瞬間――マリアンヌはとある名前を、大きな声で叫んだのですよ。」
「それと同時に、ワシは上から凄まじい威圧感を感じ、空を見上げました。すると、身体が硬直して、動けなくなったのです。」
……モグモグ
「まさか……あのお方が、空から降りてくるとは……。その後のことは、君も知っている通りです。だから、彼らを助けてくれて、本当にありがとう。」
「安心してください、当時ワシは距離がありましたし、あのお方と英雄たちの対話は、何も聞こえていません。」
「あのお方も、ただ当然のことをしただけですよ。」
「そうですな、お礼として、昼は好きなだけ食べてください。ワシが奢ります。」
「そうですか?ありがとうございます。」
まさか――
あの現場、副ギルマスが遠くから見ていたとは思わなかった。だが……彼は本当に何も聞いていないのか?そこが、怪しい。
しかし、先ほどの対話で分かったことは、彼は私の正体をバラすつもりはないということだ。
ギルマスもすでに知っているし、信頼できる味方が一人増えるのも、悪くない。
「それで、今日も薬草はあるのかね?ワシに預けていいか?」
「はい、もちろんです。こちらをどうぞ。」
副ギルマスはカバンの中を物色し、満足そうに笑っていた。
「そういえば、あの草の“実”はまだあるのかい?以前頂いたものは王城へ渡してしまってね。ワシももっと研究したいんだ。もしあるなら、ひとつ分けてもらえれば嬉しいが。」
「うん?そういえば、前に試しに一株渡しましたよね。」
「すまなかった……やっぱり無理だった。ワシも試しに毎日あの草に魔力を送ったが……一ヶ月ほどは持ったものの……その後は徐々に元気をなくしていき、枯れる前に高級ポーションの材料にしたよ。」
「あらあら、残念ですね。“実”はまだありますよ。来週、持ってきますね。」
「おお!ありがとう。適正な値段で買い取るよ。」
「いいのよ。副ギルマスにはいつもお世話になっているし、お礼として貰ってくれて構わない。こっちも増えすぎて困っているし……。あ……。」
やばい…話し過ぎだ。
「な!……アイリス嬢、もしもですが……。」
「ダメです……絶対ダメです!」
「ワシはまだ何も話していませんわい。」
「言わなくても分かっています。」
「そう言わずに、そこには未発見の薬草がある可能性も十分あるよ。……な!」
「副ギルマスも、バカエリアで正座したいみたいですね?」
「ぐぬぬ……では、もしそちらで見かけない植物があれば、ぜひギルドに持ってきてくれ。」
「でも薬用ではなく、毒草の可能性もありますよ?」
「なおさらだ!家の近くに毒草があるのを知らなかったら、うっかり料理に混ぜる危険性もあるとは思わないのか?」
「うっ……分かった、探してみる。」
「ありがとうございます!来週は楽しみますなぁ。」
何だか、副ギルマスの話術に嵌められたような気がする。でも確かに家の側に毒を持つ植物があると、私の野菜や新しく植えた作物にも影響が出そうだ。……それにしても、この敗北感は何なんだ。
話の最初から最後まで、全部彼の予想通りな気がする。
そのあと――マリアンヌはギルドへ出勤。もうすぐサンダース王国のご来訪の祭りがあるから、ギルドも忙しくなるだろう。
邪魔にならないように、副ギルマスから薬草の代金を受け取って、私もギルドを出た。
冒険者ギルドを出た後、私はいつものように学園へ向かった。ただ、いつもなら休日に王都へ来るのに対し、今日は平日。
図書室には学生が多く、当然入る前に中を覗き込んで確認し、学生がいるのを見かけると、すぐに180度方向転換。学園というトラブル満載の場所から、即座に撤退する。
しかし――学園を出る途中、とんでもなく運が悪かった。
以前絡まれたウンディーチア第二王子と、この国の第一・第二王子にばったり遭遇してしまった。王子たちの名前?……全く覚えていない。
「第一王子殿下、第二王子殿下、ウンディーチア第二王子殿下――それと婚約者の方々、ごきげんよう。」
ここで、まさかの光景が広がった。王子三人は私の顔を見るなり、なぜか青ざめ、軽く頭を頷かせたあと、先に教室へ向かって早足で“逃げた”。
えっと……もしかしてマリアンヌの髪型が、帝国式でこの国では流行っていない?
「申し訳ございません、聖女様。もしかして、ヘンリー殿下はまた何かご迷惑をおかけしましたでしょうか?」
話しかけてきたのは以前、ウンディーチア第二王子の“ドヤァ事件”で、彼の代わりに私に謝罪してきた、急遽決まった婚約者、アビゲイル様。
彼女にはなぜか好感を持っている。何故って?苦労人っぽさが滲み出ているし、代わりに謝罪までしてくれる。それに、急に王子の婚約者に選ばれても、文句ひとつ言わない。……何だか、可哀想だ。
「えっと、間違っていたら申し訳ないですが、確かアビゲイル様……ですよね?」
「はい、間違っておりませんわ、聖女様。」
「殿下とはあれから会っていないので、何もされていませんよ。」
「あ~では、その反応はきっと、廃嫡を怖がっているのでしょう。」
この国の第一王子の婚約者も、すぐに頷き、「きっとそうだわ」と話す。
一体何の話かと思って彼女たちに聞くと、カウレシアの王様とウンディーチアの王様が彼らにこう言ったらしい。
『もしアイリス嬢にご迷惑をおかけすれば、即座に廃嫡する。言い訳は認めない。』
だから王子たち、こんなに私のことを怖れているのか?……面白い。リア充のイケメンは滅びろ。……あれ?私、いつ王様たちを脅した?流石に子供がやったことに本気で怒るわけがないよ。
婚約者たちとはそのまま別れ、図書室にも入れないし、他国の王のご来訪前は王城も忙しく、昼まで教会で手伝いをすることにした。
昼になり、ギルド内の冒険者の数は減ることなく、今日はマリアンヌと一緒に食事はできそうにない。
適当な店で昼食を済ませ、市場で食材を買い、マイホームへ戻った。
1
あなたにおすすめの小説
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる