平穏な生活があれば私はもう満足です。

火あぶりメロン

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109 まさかの人に身バレしました

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目を覚ますと、私は神竜様の背中ではなく、爪の上で布団を掛けられ、眠っていた。

昨晩の最後の記憶は……確か神竜様のお腹で泣いていたはず。

「神竜様、おはようございます。もしかして、私は泣いたまま寝てた?」

……相変わらず無視される。けれど、絶対神竜様が私を爪の上に乗せ、布団を掛けてくれたのだろう。

「ありがとうございますね。そうそう、昨晩ギルマスに食材をほとんど食べられてしまったので、今日は彼らを王都に送るついでに、買い出しをしてきます。」

当然、また無視される。

マイホームへ戻る前に、私は街灯の木へ向かった。いや、今はもう世界樹になったと言うべきか。まさか、ただの照明代わりに置いた魔石が、世界樹の精霊を生み出すことになるとは。

私は樹にそっと触れて、語りかけた。

「えっと……ごめんね、私、精霊が見えないから、トイエリさんにあなたの存在を教えてもらったの。えっと……うん~世界樹の精霊なのに、名前がないのは良くないよね。でも私は名前を考えるのが苦手なのよ。」

「私の元の世界では、世界樹は定番で“ユグドラシル”と呼ばれていたの。そのまま、この名前にしてみる?……でも、“ユグドラシル”って長いね。元々は街灯の木だったし――愛称は“ヒカリ”にするのはどう?」

「故郷では“光”を意味する言葉なの。……あ、この世界の名前っぽく、ユグドラシル・ヒカリにするのもアリかも?」

そう話すと、柔らかい風がそっと吹いた。

私の妄想かもしれないけれど、きっとこの風が、精霊の返事なのだろう。

「では、しばらくこの名前にするね。これからもよろしく、ヒカリ。もしこの名前が気に入らなかったら、何か別の方法で教えて下さい。」


普段ならラジオ体操をして、軽く周りを一周走るのだけど、マリアンヌたちはすぐに帰りたいみたいだし、今日は休んでおくか。

布団を持って、マイホームへ飛んだ。

嫌な場面を見せたくないから、礼儀よくノックする。


ゴンゴン――。


「どうぞ。」

マイホームに入ると、マリアンヌとギルマスはすでに起きていて、準備も整っていた。

「おはようございます、アイリスちゃん。」
「嬢ちゃん、おはよう。」
「おはようございます、マリアンヌ、ギルマス。もしかして、私を待っていた?」
「いいえ、わたしたちも起きたばかりですよ。」
「では、着替えたら王都へ向かいますね。」
「待って……ジャック、外で待ってくれる?」
「おう。」

「アイリスちゃんはここで着替えていいわよ。」
「わかった。」

マイホームで、いつもの貴族学園の制服に着替える。

「ほら、こっちに来て。髪をとかしますね。」
「あ、ありがとうございます。」

マリアンヌは鼻歌を口ずさみながら、私の髪を優しくとかしていく。なんだか彼女気分が良さそうだ。

「マリアンヌ、何か良いことがありましたか?」
「え?いいえ――ただ、昔を思い出しただけよ。」
「前は毎日こうして、姫様アイビーの髪をとかしていたの。」

「あの頃は……毎日毎日、いやいやな気持ちだったけど、まさか今になって――姫様アイリスの髪をとかすことがこんなに嬉しいと感じるなんて。」

「帝国から離れてからは、胃も痛くならなかったし。」
「そうですか……待って、鏡はないですが、何となく髪型が変わっていませんか?」
「こんな綺麗な髪なんですもの、もっと可愛い髪型がいいわよ。アイリスちゃんもなんだから。」

「もしかして――嫌?」

マイホームには鏡がない。鏡って、やたらと高価だから。でも、今こんなに機嫌がいいマリアンヌの前で、“髪をセットすると目立ちすぎて面倒なことが増えるからやめてほしい”なんて言うのは無理だ。

「いいえ、ただ今回だけ~と思って。自分だけでこんな綺麗な髪型をセットするのは、難しそうですね……。」
「まあ~確かに、この髪型はひとりでセットするのは難しいですね。残念です。」

マリアンヌは私の髪を持って、こう言ってた。

「そういえば、アイリスちゃんの髪……姫様アイビーの金髪も、あとほんの少しで完全に消えますわね。元々の金髪も綺麗だけど……私の中では、やっぱりこの虹色に見える銀髪の方が神秘的で、好きだわ。」
「はぁ……綺麗なのは分かりますが、私は目立ちたくないんですよね。」
「再びフードで顔を隠して生活する?」
「それはやめておきます。フードを被ると、視界が邪魔されるし、もし襲われた時に、すぐ対応できませんから。」
「そうですよね、アイリスちゃんは男性に人気が高く、逆にその美貌で嫉妬する女性も多いものね。」
「あーーーあーーー聞こえないーーー!!」

私はわざとらしく話題を変え、昨日マリアンヌから聞かされた謎の声について話す。

「マリアンヌ、あの謎の声の正体が分かったよ。」
「え?急に?」
「昨晩、トイエリ様に聞いたんだ。」

マリアンヌの手がピタリと止まる。

「そんなことで、創造神様に尋ねたの?」
「トイエリ様、大喜びだったよ。あの声はこの前、あなたに贈った結婚祝いのペンダントに宿る新しい精霊の声だったらしい。」
「え?えーー?!こ、これは……そんなに貴重なものなの?!」
「いえいえ、普通に安価なものだよ。ただ……多分、私が作った時に、“幸せになれ”と、あなたを守りたいという思いが、守護霊を生んだんじゃないかな……。……まあ、多分だけど。詳しくは分からない。この世界で生まれた、新しい精霊だから。」
「わわわわわわわあ……。」
「貴重なものじゃないよ。いつも通り普通にペンダントを付けてくれれば、その精霊もきっと喜ぶさ。」
「なんだか……アイリスちゃん、ありがとう。」
「何よ、今さら。何回も言ってるけど――あなたは私の命の恩人なんだから。」
「もう……あなたも、わたしの命の恩人ですわ。」

マリアンヌは再び手を動かし、私の髪を手際よくセットしていく。

鏡はないけれど、今日の私はまるでデートに行くかのような、気合の入った髪型になっている気がする。

その後、私はいつも通り薬草畑へ向かい、薬草を摘んでから、三人で王都へ飛んだ。


「うわーーーーーーーー!!」
「うるさいわよ、ジャック。静かにして。」
「わわわ、わかってる!はやっ!!」

魔の森の上空――雲よりも高く飛ぶと、ギルマスは思わず叫んだ。

しばらくすると、森の外側へ到着。

私たちは降下し、ギルマスのために少し休憩を取った。それに、彼いわく馬を近くに置いてきたから、ついでに回収したいらしい。

「もう……情けないわね。最初、アイリスちゃんはゆっくり飛ぶことを提案したのに、遠慮はいらない、と自信満々に言ったくせに。ほら、水を飲んで。」
「まあまあ、マリアンヌ。彼は戦士ですから、地面から離れると不安なのでは?」

ギルマスはマリアンヌが渡した水を飲んで、明らかに話題をそらす。

「お嬢ちゃん……悪いな。でも馬がいなくなったんだ。痕跡を見る限り、誰かに連れ去られたようには見えねぇ。ギルドの馬は他人についていくはずがないのに。」

マリアンヌは少し考えて、ギルマスに答えた。

「ギルドの人……フレッドさんが回収したんじゃないですか?」
「フレッドか……ありえるな。」

普通に放置した馬が消えたら、誰かに盗まれたと思うのは普通じゃないか?それとも、馬は自分で冒険者ギルドに帰るのか?……馬だけで王都に入れる?……うん、わからん。

「では、ここからは地面の上で飛ぶので、空より安心できると思いますよ、ギルマス。」
「ごめんね、アイリスちゃん。」
「マリアンヌも最初に飛んだ時、怖い怖いって言ってましたよね。だから、あまりギルマスを責めないでください。」
「なっ……!……はいはい、わかったわよ。」
「へぇ~……怖い怖いと言った嫁の顔を、見てみたいぜ。 痛っ!!」

マリアンヌがジャックの足を踏んだ。……何だ?私の前で惚気か?いい度胸ね。もう少し速めに飛びたいみたいだね。

「惚気は帰ったらゆっくりしてください。……飛ぶわよ。」

森の外側から王都へ向かって、低空飛行する。

多分地面に近いから、今回はギルマスも騒がない。

あっという間に人通りのある道に到着し、ここからは歩いていくことにした。10分ほど歩けば、王都の西門に到着するだろう。

「や、やっぱり……歩いたほうが実感があるな!な……マリアンヌ。」
「あ、アイリスちゃん、ちょっと速すぎじゃない?」
「そう?いつもの半分程度ですが、遅かったですか?ではもう一回私の前で惚気てくれたら、今度は全力で飛びますよ。」
「「惚気てないわ!!」ねぇわ!!」

ここで、ギルマスが妙なことを言い出した。

「お嬢ちゃん……こんなに飛んで、大丈夫なのか?バレないのか?」
「え?今のところ誰にも気付かれてないですよね?王都で誰かが飛んでいたなんて話、聞いたことあります?」
「聞いてねぇ……けど。」
「上位冒険者なら、全速で走ったり、樹と樹の間を高速で跳び回ったりしますよね。それと同じようなものじゃないですか?」
「あ!……うん……確かに。」

しばらく歩いて、西門に到着。

すると、西門の前でギルマスの馬を発見した。

まさか、馬は本当に自分で帰ってきたとは。冒険者ギルドの紋章がついているから、どうやら西門で保管されていたようだ。

ここで、ギルマスはその馬に乗り、先にギルドへ向かい、今回の件と無事の報告をすることにした。マリアンヌも先に家へ戻り、片付けを済ませてからギルドに出勤する予定らしい。私は薬草を持っているので、そのままギルドへ向かうことにした。


途中――なんだかいつも以上に視線を感じる。

……あっ!マリアンヌが渾身の力でセットした髪型か!?一体どんな髪型になってるんだ?いや……気にしたら負けだ。

平常心、平常心。

そんなことを考えながら、冒険者ギルドに到着した。

ギルドに入ると、ギルマスはカウンターで副ギルマスと話しており、おそらく今回の件を報告しているのだろう。

それに、何故か騎士団長のウォルトさんもギルドにいた。あ、明後日はサンダース王国のご来訪の日だから、騎士団長がいるのも不思議ではない。

私は彼らを無視して、真っ先に食堂へ向かい、朝食を食べることにした。


「ねぇ、お嬢ちゃん、かわいいね。依頼か?」

知らない冒険者の男たち――4人が勝手に私の隣と向かい側に座った。当然、障壁を張って無視する。

「俺たち、サンダース王国から来た銀ランクのパーティー、黄金の牙だぜ。お嬢ちゃん、ここに来て何の依頼を出すんだ?俺らが受けるよ。そうそう、俺たち、創造神の使者様に会ったことあるぜ。すごいだろ?」
「……モグモグ。」
「おい!返事くらいしろよ!聞こえてないのか?!!」

……ホントに。ナンパ野郎は、なぜ皆同じセリフしか言えないのだろうか。毎回毎回、同じような口上じゃ飽きたっての。まぁ、障壁を殴って気が済めば勝手に離れるだろう。あんな連中と関わる気はない。

「おやおや~アイリス嬢。今日来るのは珍しいですね。」

後ろから聞き覚えのある声。私は振り向いた。

「副ギルマス、おはようございます。サンダース王国の国王様がご来訪する前に、食材を買いに来たのです。」
「祭りには来ないのかい?」
「人が多い場所は苦手なんです。」
「おや?そちらの方々はお友達ですか?」
「え?」

私は周りを見渡した。

……うん。知り合いは――いないね。

「えーと……知らない人です。」
「このアマ!!俺たちを無視するとは、いい度胸だな!俺たちは黄金の牙だぞ!」

黄金の牙の男たちは、副ギルマスの前でも構わず私を捕まえようと手を伸ばした。当然私の障壁によって、彼らは私に触れることができなかった。

「え?何で?!壁??」

副ギルマスは力強く、それでいて優しい声で、彼らに話しかける。

「黄金の牙……ですか。確かサンダース王国では、結構有名なパーティーですね。おせっかいかもしれませんが、彼女を怒らせる前に、さっさとここから出ていくことをおすすめしますよ。」
「何だと!!」
「はぁ……彼女が着ている制服の紋章も分からないようでは、黄金の牙も再評価しないといけませんねぇ。」

「それとも――君たちも昨日、掲示板の側で正座していたバカたちのように、一緒に正座でもしますか?」

王都冒険者ギルドの名物――“バカエリア”。

ギルド内で愚行を働いた者は、そのエリアで“俺はバカです”の看板を持ち、3時間の正座を強いられる。正座したくなければ、罰金として金貨2枚を支払わなくてはならない。

黄金の牙の4人は私の制服の紋章を見た瞬間、焦り始めた。

「貴族学園の……?!す、すまなかった!!お嬢さん!!わ、悪かった!!失礼します!!」

彼らは素早い速度で冒険者ギルドの外へ走り去った。フッ……また貴族と勘違いされてたか。

「えーと……副ギルマス、ありがとうございます?」
「なぁに~あのバカたちは、昨日来た時点ですでに他の女冒険者に迷惑をかけていたからね。それに、アイリス嬢は今日、ずいぶん気合が入っているようですが……。デートですか?……おっと、隣に座ってもいいかい?」
「もちろん、どうぞ。デートではありませんよ。この髪型はマリアンヌの作品です。できればいつも通り、目立たない方がいいんですけどね……。」
「その容姿では、目立たないのは難しいですよ。」
「うん……私もメガネでもかけてみようかな。」
「やめておけ。ワシが知る限り――王都のメガネ好きは、お前が思っている以上に多いぞ。」
「何?その奥深いなセリフ……まさか……。」
「……察しろ。」

副ギルマスは私の隣に座った。

先ほどの騒ぎもあり、さらに隣にはギルドの権力者がいるため、他の冒険者たちは思わず距離を取って食事をしていた。

そのため、私たちのテーブル周りには、誰もいない。

副ギルマスはお茶を注文し、一口飲んだあと、小さな声で私に話しかけた。

「ジャックとマリアンヌが無事で、本当に良かった。彼らを助けたあの方には、心から感謝しているよ。」
「うん?何のこと?」

……モグモグ

「アイリス嬢は知らないでしょう。先日の夜、ジャックからマリアンヌが誘拐されたと聞いて――ジャックは魔の森へ、ワシは王都でマリアンヌを探しました。」

「しかし、王都では一晩探しても見つからず、ギルドへ戻ると犯人らしき組を乗せた馬車の主から、伝言が届いていた。」

「ワシもすぐに魔の森へ向かい、ジャックが残した記号を頼りに彼と合流する予定だったのですが……。」

「彼を発見した時、すでに彼の尾行は帝国の英雄にバレていた。」

「だからワシも遠くから隠れ、彼らを助ける隙を待つしかなかったのですよ。」

……モグモグ

「マリアンヌは人質となり、動けないジャックも氷の魔法を浴びそうになった。」

「ワシもすぐに前へ走ったのですが……。その瞬間――マリアンヌはとある名前を、大きな声で叫んだのですよ。」

「それと同時に、ワシは上から凄まじい威圧感を感じ、空を見上げました。すると、身体が硬直して、動けなくなったのです。」

……モグモグ

「まさか……あのお方が、空から降りてくるとは……。その後のことは、君も知っている通りです。だから、彼らを助けてくれて、本当にありがとう。」

「安心してください、当時ワシは距離がありましたし、あのお方と英雄たちの対話は、何も聞こえていません。」
「あのお方も、ただ当然のことをしただけですよ。」
「そうですな、お礼として、昼は好きなだけ食べてください。ワシが奢ります。」
「そうですか?ありがとうございます。」

まさか――

あの現場、副ギルマスが遠くから見ていたとは思わなかった。だが……彼は本当に何も聞いていないのか?そこが、怪しい。

しかし、先ほどの対話で分かったことは、彼は私の正体をバラすつもりはないということだ。

ギルマスもすでに知っているし、信頼できる味方が一人増えるのも、悪くない。

「それで、今日も薬草はあるのかね?ワシに預けていいか?」
「はい、もちろんです。こちらをどうぞ。」

副ギルマスはカバンの中を物色し、満足そうに笑っていた。

「そういえば、あの草の“実”はまだあるのかい?以前頂いたものは王城へ渡してしまってね。ワシももっと研究したいんだ。もしあるなら、ひとつ分けてもらえれば嬉しいが。」
「うん?そういえば、前に試しに一株渡しましたよね。」
「すまなかった……やっぱり無理だった。ワシも試しに毎日あの草に魔力を送ったが……一ヶ月ほどは持ったものの……その後は徐々に元気をなくしていき、枯れる前に高級ポーションの材料にしたよ。」
「あらあら、残念ですね。“実”はまだありますよ。来週、持ってきますね。」
「おお!ありがとう。適正な値段で買い取るよ。」
「いいのよ。副ギルマスにはいつもお世話になっているし、お礼として貰ってくれて構わない。こっちも増えすぎて困っているし……。あ……。」

やばい…話し過ぎだ。

「な!……アイリス嬢、もしもですが……。」
「ダメです……絶対ダメです!」
「ワシはまだ何も話していませんわい。」
「言わなくても分かっています。」
「そう言わずに、そこには未発見の薬草がある可能性も十分あるよ。……な!」
「副ギルマスも、バカエリアで正座したいみたいですね?」
「ぐぬぬ……では、もしそちらで見かけない植物があれば、ぜひギルドに持ってきてくれ。」
「でも薬用ではなく、毒草の可能性もありますよ?」
「なおさらだ!家の近くに毒草があるのを知らなかったら、うっかり料理に混ぜる危険性もあるとは思わないのか?」
「うっ……分かった、探してみる。」
「ありがとうございます!来週は楽しみますなぁ。」

何だか、副ギルマスの話術に嵌められたような気がする。でも確かに家の側に毒を持つ植物があると、私の野菜や新しく植えた作物にも影響が出そうだ。……それにしても、この敗北感は何なんだ。

話の最初から最後まで、全部彼の予想通りな気がする。


そのあと――マリアンヌはギルドへ出勤。もうすぐサンダース王国のご来訪の祭りがあるから、ギルドも忙しくなるだろう。

邪魔にならないように、副ギルマスから薬草の代金を受け取って、私もギルドを出た。


冒険者ギルドを出た後、私はいつものように学園へ向かった。ただ、いつもなら休日に王都へ来るのに対し、今日は平日。

図書室には学生が多く、当然入る前に中を覗き込んで確認し、学生がいるのを見かけると、すぐに180度方向転換。学園というトラブル満載の場所から、即座に撤退する。

しかし――学園を出る途中、とんでもなく運が悪かった。

以前絡まれたウンディーチア第二王子と、この国の第一・第二王子にばったり遭遇してしまった。王子たちの名前?……全く覚えていない。

「第一王子殿下、第二王子殿下、ウンディーチア第二王子殿下――それと婚約者の方々、ごきげんよう。」

ここで、まさかの光景が広がった。王子三人は私の顔を見るなり、なぜか青ざめ、軽く頭を頷かせたあと、先に教室へ向かって早足で“逃げた”。

えっと……もしかしてマリアンヌの髪型が、帝国式でこの国では流行っていない?

「申し訳ございません、聖女様。もしかして、ヘンリー殿下はまた何かご迷惑をおかけしましたでしょうか?」

話しかけてきたのは以前、ウンディーチア第二王子の“ドヤァ事件”で、彼の代わりに私に謝罪してきた、急遽決まった婚約者、アビゲイル様。

彼女にはなぜか好感を持っている。何故って?苦労人っぽさが滲み出ているし、代わりに謝罪までしてくれる。それに、急に王子の婚約者に選ばれても、文句ひとつ言わない。……何だか、可哀想だ。

「えっと、間違っていたら申し訳ないですが、確かアビゲイル様……ですよね?」
「はい、間違っておりませんわ、聖女様。」
「殿下とはあれから会っていないので、何もされていませんよ。」
「あ~では、その反応はきっと、廃嫡を怖がっているのでしょう。」

この国の第一王子の婚約者も、すぐに頷き、「きっとそうだわ」と話す。

一体何の話かと思って彼女たちに聞くと、カウレシアの王様とウンディーチアの王様が彼らにこう言ったらしい。

『もしアイリス嬢にご迷惑をおかけすれば、即座に廃嫡する。言い訳は認めない。』

だから王子たち、こんなに私のことを怖れているのか?……面白い。リア充のイケメンは滅びろ。……あれ?私、いつ王様たちを脅した?流石に子供がやったことに本気で怒るわけがないよ。

婚約者たちとはそのまま別れ、図書室にも入れないし、他国の王のご来訪前は王城も忙しく、昼まで教会で手伝いをすることにした。


昼になり、ギルド内の冒険者の数は減ることなく、今日はマリアンヌと一緒に食事はできそうにない。

適当な店で昼食を済ませ、市場で食材を買い、マイホームへ戻った。
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