平穏な生活があれば私はもう満足です。

火あぶりメロン

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続編 8 無理なものは無理

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高級洋服屋の前に到着。

そのまま入ってぬいぐるみ用の角ウサギの皮を買うつもりだったが……。

「あの、クライス先生。私のあとをついてきたのは、一体何かご用でしょうか?」

顔すらほぼ覚えていない。たった一度、学園で私を接待室へ案内しただけの糸目のクライス先生が、先程の双璧ナンパ事件が終わった後、なぜかずっと私の後ろについてきた。

途中もずっと口が止まらず、何かを話し続けている。当然何を言っているのかはわからない。全く聞いていないから、正直……うるさい。

「アイリスちゃん、かわいいから、またナンパされるのが心配です。貴族の男として、放っておくわけにはいかない。」
「大丈夫です。自分の身は、自分で守れますので、先生もお仕事が忙しいでしょう。どうぞお帰りください。」
「優しいですね。遠慮しなくてもいいですよ、アイリスちゃん。今日は休みだから……ね。」

こいつ、キラッとウインクした!!

寒気と鳥肌が……。遠慮ではなく、お前は邪魔なだけ。先生なのに、空気読めねえのかよ。

待て、冷静になれ。相手は確か地方男爵の子息。王都の貴族たちも、勝手に私と接触すると王様に怒られる。今キレたら、悪いのは私の方だ。どうせ、こいつも後で王様に怒られるんだから、冷静に……ふぅ……。

彼を無視し、洋服屋の中へ入る。すると、スーツ姿の店長らしき爺さんが迎えにきた。

「いらっしゃいませ。クラシス様、それと――まさかの聖女様がご来訪。お揃いで、今日はどんなお洋服をご所望でしょうか?」
「彼女に合う服を見てみたい。」

ちょっと待ってーーーー!!お前は黙ってろ!!

「すみません、店長さん……でしょうか?」
「はい、わたくしはこの店の店長でございます、聖女様。」
「この国では、私は聖女ではありません。それと――クラシス様の連れでもございません。貴族様のクラシス様は、店長さんにお願いします。平民の私は別の職員をお願いします。」
「えっと……。」

店長の爺さんは、すぐに私の後ろにいる“糸目のお貴族様”を目で確認する。

「店長さん、私のことはいいので、どうぞ彼女に対応してください。」
「かしこまりました。では――お嬢様、どんなお洋服をご所望でしょうか?」

カウンター前へ移動。が――後ろの糸目野郎も一緒に付いてきた。本当に面倒くさい。このままウサギの皮を買うと、絶対アレやコレを聞かれそう。

そのまま帰って――後日買う?いや、いい案を思いついた。誰にも口に出さない言い訳を。

私は後ろにいる貴族のお坊ちゃんに話しかける。

「クラシス様。何の目的でついてこられたのかはわかりませんが、王妃様から与えられた任務がありますので、できれば私に近づかないでいただきたいです。それとも――王族が私に与えた任務を探るために、私へついてきたのでしょうか?」

嘘ではない!

ヘレナ様へのプレゼントのために来たのだから――立派な任務だ!

「これはこれは……参ったな。申し訳ございません。では、私は外でお待ちしておりますね、アイリスちゃん。」

ちぃ……。ホント嫌な人。双璧より、あんたの方が危ないよ。

糸目野郎は大人しく店の外へ待機。その後、私の言葉を聞いた店の職員が、慣れた様子で、客室へ案内してくれた。

「ふう……やっと離れた。」
「申し訳ございません、お嬢様。王妃様のお使いとは知らず――ご無礼をいたしました。」
「いいえ。ただちょっと買いたい素材があるだけです。ですが、何を買ったのか、他人に知られてはいけないのです。」
「もちろんでございます。」

こうして――上質な角ウサギの皮を一枚購入し、綿も少し買った。

ぬいぐるみ、自分で作ったことはないが、作り方は何となくわかる。この世界で裁縫スキルは結構上がったからね。しかし、イメージでは弱い魔獣《角ウサギ》とはいえ、上質な皮はなかなかの値段。手持ちの金では、皮一枚しか買えなかった。

「ありがとうございます。もし足りなかったらまた来ます。すみませんが――裏門を使ってもよろしいでしょうか?」
「もちろん構いませんよ。どうぞこちらへ。」

私は洋服屋の裏門から出た……が。

「アイリスちゃん、仕事はもう終わりました?」
「……はぁ~~~~~っ。」

出たーーー!!!

糸目野郎、裏門で私を待っていた。彼を完全無視して、市場へ向かう。さっさと食材を買って帰ろう。こいつ「家まで送るよ。」とか言い出しそうだ。でも、さすがに王都の外までついてくることはないよね……。

黙ったまま早足で、いつもの八百屋へ到着。すると、おばさんが歓迎してくれた。

「あら~アイリスちゃん、いらっしゃい。今日は彼氏も一緒かい?」
「そうです。私は――クライス・フォン・クラシス。以降お見知りおきを。」
「あらまぁ~……。クラシス商会の方でしたか、失礼いたしました。」

おい……。この糸目野郎、殴っていい?

「おばさん、私この人を知りません。先程から――ずっと付きまとわれています。やっぱり、衛兵を呼んだほうがいいでしょうか?」
「えっと……。」

おばさんは困惑しているね。仕方ない、相手は貴族様だ。平民では何も言えない。しかし、これを聞いたことで、少なくともおばさんはこいつが私の彼氏ではないことを理解したはず。

「いつもの野菜をお願いします。」
「あ~はいよ。ちょっと待ってね。」

そして、私の無視が最悪の展開を生んだ。

市場では顔見知りが多い。だから、先程のおばさんのさりげない一言で、市場の周りが騒ぎになった。

『なにーーーー!アイリスちゃんの彼氏!?』
『マジ!?ショックだぜ!』
『はぁ!?またあの子?何よ、私よりブスなのに、何でこんなイケメンを?』
『情けないわ。ほら、息子!あの子、他の人に奪われたわよ!』
『ムカつくわね。何よ――自慢か?何が聖女よ?“性女”と間違ってるんじゃないの?』

この話は広がり――

市場の格好の娯楽となり、人々が私を囲んだ。そこで、嬉しそうな糸目野郎が、当然のように話しかけてきた。

「いやいや、恥ずかしいですね、アイリスちゃん。」

殴りたい……。その笑顔を!!

私は彼へ向かい、少し大きな声で反論する。

「クラシス様!先程は助けていただき、本当にありがとうございます。(棒読み)何の目的で私につきまとうのかはわかりませんが、しかし、私は学院の研究員として守秘義務があります。何か情報を聞き出そうとしても無駄です。お互いのためにも――どうぞお引き取りを。あ――申し訳ありませんが、この件について、学園長のビアンカ様へ報告させていただきます。」


しーーーーーん。


市場は――数秒間静まり返った。

一瞬で外野の視線がすべて糸目野郎へ集中。しかし、糸目野郎は驚くそぶりも見せず、むしろ紳士ぶった態度で跪いた。

「……わかりました。アイリスさんはお綺麗ですから、私はただ護衛するつもりです。ご迷惑をおかけするつもりはございません。」

そして――明らかに私の手を取ろうとし、手の甲へキスしようとする動き。

当然!!魔力障壁全開!!

あいつは――何もない壁を触っている。

「あ、あれ?気のせいじゃない……。見えない壁が……。」
「では、私は失礼いたします、クラシス様。」

私は周囲を無視し、肉屋へ向かった。

その場で棒立ちしていた糸目野郎は、余裕の表情を浮かべ――やれやれといった様子で、周りの人へ聞こえるように話す。

「おっと失礼。アイリスちゃんのカードは――やっぱり硬いですね。私は諦めません。この気持ちは本物ですから。では私はこれで失礼いたします。」

聞こえない、聞こえない。

怖いわ……。

来週絶対にビアンカ様へ報告する。覚悟しておけ。

こうして、市場の娯楽タイムは終了し、人々は店へ戻り、買い物を続けた。

やっと、糸目野郎から解放された。肉屋のおっさんからお肉を買うと、彼は笑いながら世間話を始めた。

「アイリスちゃん、ホントにいいのか?相手は貴族様でイケメンだろう?嫁になれば一生仕事しなくてもいいんだぜ。」
「おじさん。私が男は苦手なこと、みんな知ってるじゃないですか。一生独身覚悟済みですよ。」
「はい、お肉。……でも勿体ねぇな。あんた――かわいいし、まだ若いのに。まぁ、その気になれたら、おじさんに言ってくれ。何人でも紹介してやるよ。」
「すみません。無理なものは無理なので。考えただけでもう鳥肌が……。」
「ははっ!こりゃ重症だな。」
「では――私ではなく、彼がずっとおじさんにつきまとって、先程の言葉や――あなたの手を取ってキスすることを想像してください……。そうしたら、私の気持ちがわかると思います。」

おじさんは目を閉じ、手を組んで想像する。すると――顔がすぐに歪んだ。

「うう~……。今日は寒いのに余計に寒気が……。無理無理無理!!イケメン野郎からの愛の告白は無理だ!悪かったな、俺も嫌なこと言っちまった。これをおまけにするよ。」

彼は小さなお肉を私へ差し出した。だが受け取れない。おじさんは悪くないし。

「わかればそれで十分です。お詫びはいりませんよ。代わりに来週は良いお肉を残してくださいね。」
「おう!はいよ!」

その後、ジャム作りで使い切った砂糖やその他の食材を買い、西門へ向かった。

元々は教会へ立ち寄り、トイエリさんの尊い等身大フィギュアを鑑賞するつもりだったが、また今度にしよう。

運よく、何も起こらないまま、西門を抜けた。

普段通り、レーダー魔法で周囲をチェック。すると尾行する一人を発見。誰が雇ったのかはわからないが、私の家を特定しようとする者は、これまで何度も現れた。そんな連中への対応方法は――すでにマスター済みだ。

敵に気付かれないよう、そいつの動きを止め、後ろから蔓を使って、尾行の者を木の上へ吊るす。すべて魔法で行使するため、絶対に私の仕業だと気づかれないようにする。

尾行者は自力で脱出するか、冒険者に助けられるか……。それとも魔獣に食われるか……。私は知らない。残酷とは言わないでくれよ。

はあ~……もう嫌だ。平穏な生活って、そんなに難しいのか?尾行の人を片付けたあと、速やかにマイホームへ帰還する。

戻ってすぐ、神竜様にエルフ村のことを報告した。興味はなさそうだったが、「良かったね」と感情を送ったあと、再び寝る。

何だか今日、精神的に疲れた気がする。残された乾燥途中のドライフルーツを、魔法でさっと水分を抜き片付ける。そしてぬいぐるみについて何を作るか考え、気分転換することにした。

ぬいぐるみで真っ先に思い浮かんだのは、あの電気を使う黄色いネズミ。でもこの世界では誰も知らないし、却下。では、口が「X」の例のウサギを作ろうか。買った皮もウサギだからちょうどいい。

ただ、上質な皮は予想外に高かったので、無駄のないように紙で型を試作しよう。

よし、嫌なことは忘れて、張り切って作るぞ。
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