平穏な生活があれば私はもう満足です。

火あぶりメロン

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続編 24 再びトイエリ教会

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あれから王様たちとの夕食。

私の正体を知った王妃様のメイドたちが料理を持ってきてくれて、初めて王太子妃のマリー様と一緒にお食事するだけ。

話題はただのヘレナ様のぬいぐるみだけ。普通に食べ終えて解散。ガチで何もなかった。

まぁ――唯一真面目な話は……。

「申し訳ないが、アイリス。王太子のヴィンセントは先日肺の病気になってしまって、今は部屋で休んでいるんだ。医者の話ではおよそ半年は休まないといけないそうだ。」

そう――。

極秘で帝国側にいるエルフの村へ潜入する作戦……いやいや、遠征している王太子は今、影武者を使ってこうして処理されている。話を聞く限り、半年ほどで戻ってくるらしい。

こんなに早かったの?

ファロさんの話では、「うちに来るまで一年かかったよ」と言っていたのに……あ!そうか、馬車を使ったんだ。ファロさんは人目を避けてほぼ歩いて来たから。

半年か……。ここから一直線に飛んだら何日かかるんだろう?でも、場所もわからないし、行けるわけないか。


夕食後、前回の別れの時と同じく、ヘレナ様は私と一緒に寝ると駄々をこねている。

「いや!ヘレナはお姉さまとおねねする!」
「仕方ないですわね――アイリスちゃん……一緒に寝ましょうか。」
「はあ?!」
「アイリスちゃんがいると温かいんだもん。」
「寝る時は魔法を使えないよ。普通……。」
「いいからいいから――ね。」
「やった!ヘレナは母上とお姉さまとおねね!!」

うわ~~。これは断れない案件だ。王妃様……客室の意味ってないじゃん、まだ王妃様の抱き枕扱いなの?子供と一緒に寝る時って、何か注意事項とかある?わかんねぇ!

結局、その夜は王妃様の部屋でなかなか眠れなかった。

瞼を閉じては起きて――また瞼を閉じて。ずっとうっかりヘレナを下敷きにしたらまずいと思いながらの繰り返し……マイホームに帰りたい。

王妃様とヘレナ様の抱き枕状態のまま――朝になった。

夜明け前、アンナさんが部屋へ入ってきた瞬間に、王妃様も起床。私も彼女と一緒にベッドを降り、昨晩のスカートに着替えた。

ぬいぐるみを抱きしめたまま――まだ寝ているヘレナ様がいるので、起こさないように小さな声で話し合う。

「アイリスちゃん?もう起きたの?そのままもうちょっとヘレナと寝ていてもいいのよ。」
「いいえ。教会に行く準備があるので、客室に戻ります。」
「そう?朝食は一緒に食べる?」
「いいえ、ご遠慮いたします。朝ではすでに登城している貴族や職員、文官もいますし、また騒ぎになるので、王族と一緒に食事するところを見られたくありません。」
「あら、残念ですわ。」

彼女に一礼し他のメイドの案内で客室へ戻った。

客室へ戻るなり、真っ先に「DTを殺す服」を脱ぎ、いつもの制服へ着替える。そして、長い髪をケープの中へ隠す。

やっぱり普段の格好の方が落ち着く。再び寝てもいいが……もう完全に覚醒してしまったし、二度寝は諦めました。

その後、メイドさんが朝食を持ってきて、朝食をとっている途中、私の客室を護衛している騎士が扉をノックした。

「お食事中、申し訳ございません。アイリス様、騎士団よりトイエリ教会の件についてのご連絡です。」
「はい、どうぞ。」

ひとりの騎士様が部屋に入ってきた。

「アイリス様、昨日の午後、教会は看板を出しました。そこには『アイリス様の回復魔法は再生ではなく、繋げるだけ』と書かれています。しかし、アイリス様が本日、教会へ向かうことを知った民たちは、すでに教会の前であなたを待っており、問題はその中には他国の貴族もおります。予定通り午後に教会へ向かわれますか?」
「そ、そうですか……。ご連絡いただきありがとうございます。すみませんが、もし今すぐ教会に向かった場合、大丈夫でしょうか?」
「はい、すでに陛下の許可をいただいております。騎士たちは外で待機しておりますので、教会へ向かう時間は、アイリス様にお任せいたします。」
「わかりました。食べ終えたら、教会へ向かいます。それと――申し訳ありませんが、陛下と王妃様へご伝言をお願いできるでしょうか?」
「はい、もちろんです。」
「教会に顔を出した後は、そのまま通常業務へ戻りますので、伝言をお願いいたします。」
「承知しました。」

護衛の騎士はそのまま部屋を退出した。

ビアンカ様の話通り、待っている人々の中には他国の貴族もいる。事前に知らされていたので、驚きはない。

遠くからわざわざ来たのに、欠損部位を回復できないなんて納得できるはずがない。ホントに面倒くさい……。

ふぁ~~あ……眠い。この世界にはコーヒーってあるのかな?次にトイエリさんに会ったら、コーヒーのことを聞いてみよう。

パンを雑に口へ放り込み、食事を済ませる。カバンを手に取り、客室を出る。

待機していた騎士たちは、まさかのデニスさんとドリューさんだった。私の正体も知っているし、これはありがたい。

彼らとその他の騎士数名とともに、馬車でトイエリ教会へ向かった。

馬車の中から教会の正門を見ると、そこには大勢の人々が教会を囲んでいた。よく見ると、その人々の半分は手足を失っている。目を閉じている人もいるし、どうやら視力を失っているらしい人もいる。

教会の警備たちが教会の入り口を塞げたので、みんなは中に入っていなかったが、まさか……彼ら全員が私を待っている……?……ではないといいなぁ~~ははっ。


馬車が教会前に停まり、そこにいる人々の視線が一斉にこちらへ向けられる。馬車から降りる前、ドリューさんが私に声をかけた。

「アイリス様、自分が馬車の扉を開ける前に、馬車の中へ待機してください。」
「わかりました。」

デニスさんとドリューさんは、力強い声で群衆へ呼びかける。

「ここに集まって一体何事だ!」

馬車の中で聞こえてくる返答は――。

「戻ってきた聖女様を待っている!」
「看板のことを信じられない!」

当然だ。

遠くから王都へ来ても結局は治せない。だから、聖女様を出して説明してくれ!という声も出るだろう。騎士たちは武器を持っているからか?意外にも、群衆はすんなりとデニスさんたちの話を聞き始める。

「今――アイリス様はこの件について説明をするために来られました。皆さんは落ち着いてください。もし混乱を招こうとする者がいた場合、我々は秩序を守るため、警告なしでその者を拘束します。」

ドリューさんたちは騎士だ。加えて、そんな警告を出せば、群衆は沈黙するに決まっている。周囲の人々は声を出さぬまま私の出番を待っていた。デニスさんは状況を確認し、大丈夫と判断すると――馬車の扉を開いた。

私は馬車から降りた。

『何だ、あの髪は……』
『え?聖女様って姫様なのか?でも聞いた話では平民って……』
『アレが……聖女……様……?』
『嘘だろ……まだ学生じゃないか。』

あれ?予想と違う。私はテレビの謝罪会見のように、すぐに質問責めになると思っていたのに……あ~~そうか。彼らはほぼ全員、他国や他の町から来た人。つまり私に会ったことがない。

そりゃあ――。こんな異質な髪を見たら驚くのも無理はない。王都の人々はもう私の髪に慣れきっているので、そんな視線を向けられるのは久しぶりだ。

その時、教会の中から誰かが出てきた。目つきの悪い、見た目は20代後半の男性。服装を見る限り――貴族。その後、もうひとり、渋い中年の貴族が姿を現す。この世界では老年と思われる貴族B。

しかし貴族Bは目つき悪い貴族Aとは違った。私を見た瞬間は目を大きく広げ、驚いた様子。よく見ると、貴族Bの左脚は太ももの下がスカスカ、左脚がない。松葉杖のような長い杖を使っている。

貴族たちの登場で、周囲の人々は沈黙した。一歩、後ろへ退く。誰も声を発しない。まぁ――当然か、貴族様の前では余計なことを言わない方がいい。何か言えば不敬罪だ!とか――。「俺のことを知らないのか!」なんて言われるのがオチだ。可能な限り、関わりたくない。

「はあ!ようやく来たか……平民の聖女。」

いや、来たくないですけど?このセリフだけで、貴族Aが典型的な貴族だとわかった。司祭のおばあさんは朝からこんな相手をして、大変ですね。その後――貴族Aの後ろから、10歳くらいの少年が姿を見せた。右足がない。杖を支えながら出てくる。顔つきは彼の父親と同じく、めっちゃ偉そうに。

「聖女、看板のような言い訳は認めない。金なら払う。この子の足を治せ。」
「承知しました。」

そう返事すると、貴族Aは勝ったかのように笑った。しかし。私はこの子を治す気はまったくない。

私は他の騎士を玄関前に残し、デニスさんとドリューさんとともに教会の玄関へ入る。

「どうぞ、中へ……。」
「フッ。」

どうやらこの貴族はビアンカ様が言っていたサンダース王国の貴族Aらしい。名前は――ウィ、ウィ……。覚えにくくて忘れた。

まぁいい――。昨日、ビアンカ様から彼らの対応について、気をつけるべき点を教えてもらった。何かあったら外交問題になるし、慎重にいこう。


礼拝堂へ入り、トイエリさんの等身大フィギュアを見て、少し心が落ち着く。

司祭のおばあさんも裏から出てきて、お互いに苦笑いを浮かべながら軽く挨拶し、そして貴族Aを相手にする。

「では――お子様の足を出してください。」

貴族Aの息子は礼拝堂の長椅子に座り、足を出した。……ホントに、そのまま足をこっちへ向けているだけ。

「……説明が足りなくて申し訳ございません。切断された足の方を出してください。」
「はあ!何を言ってるんだ!そんなもの、残るはずがない!ふざけるつもりか!貴様は聖女なんだろう!その足を治せることはもう知っている!隠すのは無駄だ!さっさと回復魔法で治せ!」

静寂な礼拝堂に――貴族Aの怒声が響く。教会の玄関には私を待っている群衆が観客のように集まっていた。外にいる人々にも貴族Aの声ははっきり聞こえているが、大丈夫?

この貴族めっちゃ切れやすい、護衛のデニスさんとドリューさんはすぐに私の前へ出て、庇う。しかし、私は手でそれを阻止した。できれば何も穏便に……。

「ふざけておりません。看板に書いた通りです。私のような普通の研究員が、四肢の欠損を再生する神業などできるはずがありません。もし本当に再生できる者がいるなら――その人はトイエリ様の使者でしかないでしょう。」
「貴様!戦争の時はたくさんの者を治したではないか!ふざけるのか?!俺を誰だと思う!」
「申し訳ありません。私は平民ゆえに、貴方様のことは存じ上げておりません。それと、戦争の時の負傷兵は切り落とした手足を持っていたため、繋げることができたのです。しかし、こちらはすでに無くなった足を再生すること、私にはできません。」
「おのれ!!俺たちは遠くからここへ来て!期待していたのに――結局何も得られず、一週間も貴様を待っていたんだ!何もできないだと?!このアマ!」
「申し訳ございません。できないことはできないのです。」

こんなに怒ったのは…私は彼の息子を治せないことか?彼の名前を知らなかったことか?それとも彼の尊厳を傷つけた?もしかして立ったまま謝ったこと、土下座しなかったから?

次の瞬間――貴族Aは剣を抜き、私へ斬りかかろうとした。護衛のドリューさんが私を庇う。

しかし、その直後。貴族Aと私の間に、貴族Bが瞬時に割って入った。

「冷静になってくれ、レコン卿。」
「ちぃ!」

速い!

貴族Aが剣を完全に抜く前――貴族Bの手が柄頭を押さえた。そのまま貴族Aの手を押さえ剣を納める。

少し冷静さを取り戻した貴族Aの代わりに、貴族Bが私へ謝罪した。

「申し訳ありません、聖女様。」
「私と彼はサンダース王国から来た者です。彼はただ――子供のことを心配するあまり、冷静さを失ってしまったのです。どうか、このご無礼をお許しください。」

渋い声の貴族Bは、礼儀正しく謝罪を述べた。

しかし――その時、彼の隣から「風の精霊よ」という声が響いた。次の瞬間、薄緑の小さなウインドカッターが、近距離から私へ襲いかかる。

当然、恒常発動している魔力障壁がそれを防いだ。貴族A、貴族Bも発射された方向へ驚きの視線を向ける。

「あれ?効かない?何で?!父上!何で?……もう一回!風の精霊よ!」

あの貴族Aのクソガキめ――そのまま貴族Bと話していれば、この件は無事収まったのに!!

完全に攻撃されたので、デニスさんとドリューさんは即座に私の前へ立ち、剣を抜く。当然、今回私は彼らを阻止しない。これは明らかな敵対行為だ。

貴族Aは焦り始める。そのクソガキが再び呪文を唱えようとした瞬間、貴族Aが息子の動きを制した。

「ゼッツ!何をやっている!」
「何って、この平民は父上に嘘をついて不敬でしょう。だから――いつものように、お仕置きです。」

貴族Bは松葉杖を支えにしながら、ゆっくりと膝を折り再び謝罪する。

「本当に申し訳ございませんでした!聖女様!」
「いえいえ、いいのいいの。怪我もないですから、立ち上がってください。それに――貴方様は何も悪くありません。」

そうだ。貴族Bはまったく悪くない。

しかし、貴族Aとその息子は未だに開き直っている。まるで「俺は悪くない、絶対謝らない」と言わんばかりの態度……。

……少し、イラッとする。

「お許しいただき、心より御礼申し上げます。お詫びのお礼はまた後日、必ず。」
「貴方様は悪くありませんので――申し訳ありませんが、お礼は受け取れません。」

貴族Bは、僅かに貴族Aの方へ視線を向け、何かを諦めたかのように立ち上がった。そのままAを連れて解散するかと思いきや――デニスさんとドリューさんはそれを許さなかった。

デニスさんは私の前へ立ち、厳しく話す。

「オロチェル卿には申し訳ありませんが――例えウィルレッド卿の行動がオロチェル卿に阻止され、アイリス様が『無かったこと』にしたとしても。御令息の行動は、決して見過ごすことはできません。アイリス様も――この件を陛下へご報告させていただきます。」
「いや!その女は平民だろう!先に俺を不敬にしたのは、この女だ!そもそもこいつが大人しく息子の足を治していれば済む話だ!俺は悪くない!」

……無茶苦茶だ。こいつ頭、大丈夫?私と貴族Bは、同時にため息をつく。

デニスさんはさらに語る。

「いいえ、昨日すでに彼女の回復魔法は『繋げるだけ』と発表されました。切断された部位を持ってきた場合、繋げる“希望”はある。しかし、ここで大勢が目撃したのは、ウィルレッド卿が彼女にできないことを無理強いし、それができないと嘘や不敬と決めつけたこと。そして――ご令息が魔法で彼女へ攻撃したことです。」
「嘘を言うな!この女は数年前の戦争で兵士の手足を治したと聞いた!そうでなければ、カウレシアに来るはずがない!」

……例え私が平民だとしても、貴族が勝手に平民へ攻撃するのは許されるのか?あ――それともサンダース王国ではこれが普通?お子さんの教育は……まぁ父親がこんな奴だから、子供も似たようなものか。

彼の息子は未だに椅子に座ったまま、脚をバタバタさせ、状況を理解していない。もう10歳なんですよ?……またまたイラッとする。

「デニス様、大丈夫です。このくらいは平気です。大事にしたくないので、そちらの貴族様とお子様が謝れば、それで済む話です。」
「しかし――アイリス様……。」
「いいのいいの……ね。」
「承知しました。」

まぁ、どうせこの国の影は。すぐに王様へ報告するでしょうね。

私はできる限り早く――マイホームに戻って……。


寝たい!!!


横にいた貴族Bは、紳士のように私へ礼を述べた。

「聖女様、寛大なご配慮、誠にありがとうございます。早く謝りなさい、ウィルレッド卿。」
「この俺が平民の小娘に頭を下げる?!俺は悪くない!」
「はぁ……。」

貴族BはAより年上なのに、なぜAくんは貴族Bの話を聞かないのか?

おかしな顔をしている私を見て、ドリューさんが小声で説明してくれた。どうやら、この二人の爵位は同じらしい。つまり、一方的に命令することはできないっぽい。

なるほど……。

せっかく謝れば、何もなかったことにできたのに。この貴族Aは……ホントにバカなんですか?

貴族Bは何を言っても無駄らしいと感じたのか、ため息をつき、諦めてデニスさんとドリューさんへ伝える。

「そういうことなので、申し訳ございませんが。自分のことは構わず、騎士様の職務を果たしてください。」
「ご協力、感謝する。オロチェル卿。」

ドリューさんたちはすぐに動き出した。

「では――ウィルレッド卿。申し訳ないが、ご同行をお願い致します。何か不満があれば、陛下へ直接訴えてください。」
「フッ!良いでしょう。この女が俺と俺の息子を治したくないことを、この国の王に訴えてやる!」

デニスさんは貴族Aとその息子を連れ――教会の外へ出た。私は……城に戻らなくてもいいよね。

残った貴族Bは、また深いため息をついた。

「はぁ……申し訳ない。ジキタリスの貴族は、全員彼のようではありません。あの若造は伯爵になったばかりで、まだまだ未熟なのです。せっかく聖女様が何もなかったと仰ったのに……今回の件は彼にとっていい教訓になるでしょう。ご好意を無駄にしてしまい、申し訳ございません。」

先ほどデニスさんは、彼らの名前?姓?を口にしたが……やべぇ……全く!覚えていないわ。

「自分は怪我もないし、全然気にしておりません。では――本題に戻ります。貴方様も、その脚を治したいから遠くからご来訪されたのですか?」
「ああ――この脚は、昔魔獣と戦った際に食われました。聖女様は手足を治せるという噂を聞いて、ここへ来たのです。それを聞いたウィルレッド卿が、ついでに息子の治療を頼もうと、一緒に来たのです。」
「なるほど、でも申し訳ございません。もし脚が残っていれば、繋げることは可能かもしれません。しかし――その部位が完全に失われた場合……詳しくは分かりませんが、司祭様のお話では、その部位の魂はすでに消えている可能性が高い。例え回復魔法を使っても、再生は無理でしょう。」

以前ベネットで、あの本物の司祭の爺さんが話していたことを、それっぽく言い訳しながら、彼に答えた。

「そうだな……。今、思い返せばベネットの防戦では、兵士の手足を繋げた話しか聞いていない。再生は……本当に聞いたことがないな。」
「ええ。あの時は負傷者を治すことで手一杯でした。ある兵士は切断された腕を持ち帰ったため、繋げることを試みた結果、繋げることができました。おそらく――切断からあまり時間が経っていなかったため。魂はまだ消えていなかったのでしょう。」
「ははっ、そうですか。さすが聖女様だ。」
「いいえ、滅相もないです。自分はただの回復魔法が少し得意な小娘なだけです。申し訳ございませんが――遠くから来られたのに、無駄足になってしまいました。」
「気にするな。この脚のことはもう慣れています。ジキタリスとカウレシアは同盟を結んだばかりですし。この国を直接見てみたいと思っていたのです。今回はいい旅になりました。聖女様とお会いできたことが、この旅で最も嬉しいことです。」

貴族Bは右手を差し出し私と握手を交わす。

短い会話だったが、それでもこいつがいいやつだとわかる。先程のAくんとは大違い。貴族Bはそのまま、従者と共に教会から出て行った。

その後、私は先ほど説明した内容をもとに、外で待っている人々へ話をする。

「切断された部位は、時間があまり経っていないうちは繋げることができる。しかし――時間が経つと、その部位の魂は消えてしまうため、繋げることはできない。当然ながら、再生も不可能。」

そして、遠路はるばる来た人々に、頭を下げて謝罪した。

失望する声は当然あるが、しかし頭を下げたまましばらくすると――人々は徐々に教会を後にしていった。

当然、私を叱る者もいる。だが、元の世界で社会人数十年やってきた身としては、こんなのノーダメージ。叱る人々は好きなように叫んで――。全員が去る前に、私はただ頭を下げるだけ。

全員去った後、私は礼拝堂へ戻った。

すると司祭のおばあちゃんはすぐに私へ感謝の言葉を述べた。

「アイリス様、お疲れ様でした。おかげさまで、皆さんは穏やかに解散できました。」
「おばあちゃん、こちらこそ申し訳ございません。自分のせいでご迷惑をおかけしました。お貴族様の相手は大変だったでしょう?」
「そんな――お貴族様の二人の相手は城から派遣された方々がしていましたから。あたしではありませんよ。」
「そう?それなら良かったですね。」
「できれば、さっきの人たちのことを怒らないでください。彼らも希望を抱いてここへ来たのです。」
「大丈夫、私は怒っていないよ。」
「そうですか、ではあたしが、あなたを罵った人々の代わりに謝りますね。」
「いやいや!謝らなくていいよ!私も別に気にしていないし。」
「ありがとう。では――アイリス様は、もうお帰りですか?」
「えっと、今は何時ですか?」
「10時くらいですかね。」
「うん……。」
「国王陛下がおっしゃっていた通り、民の噂を訂正するには時間が必要。」
「あ~なるほど、あの噂のことですね。今朝、買い出しに行ったシスターたちから聞いたのですが、エーデルト商会が謝罪の声明を出したそうです。あの嘘の噂も、すぐに消えてしまうでしょう。安心してください。ここの皆も、そんな噂は誰も信じていませんよ。」
「ホント?ありがとう。あんな噂、早く消えてほしいですね。では、お昼までは、少しここでお手伝いします。」
「まあまあ~ありがとうございます。」

こうして――私はトイエリ教会で少し手伝いをした。
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