狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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三章 枯れ枝の腕

取り巻く渦

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 毛玉ヤギの乳と丸石イモからできた粉をよく混ぜ、砕いた胡桃をこれでもかというくらいに練り込む。そうやって焼き上げられた菓子、ガレーは歯応えがとても楽しい。噛むごとに香ばしさが広がった。

「だいたいがさ、無理な話なんだよ」

 ディオリオからは、宿屋に到着してすぐ『囁石』の持ち主を探すよう命じられていた。ディオリオはティモンとジニアスを連れて『学院』で調査を行うから、アタシとアビーの二人で街を調査するように、と。
 
 ディオリオは眼鏡を指の腹で押しながら「その方が貴女に向いてるでしょう?」と言っていたが、それが面白くなくて、少しむっとした。アタシには荷が重いと、そう判断したに違いない。

 この数時間、命令に従って石の持ち主の手掛かりを探ったが、これといって有力な情報は得られなかった。

 学術都市は聖王都と並ぶ三大都市のひとつ。住人の数を考えれば、途方もない試みとしか思えない。

「気に入られてないのは分かってたけどさ、これって嫌がらせじゃないかい? この石だって、ここじゃ珍しくないそうじゃないか」

 向かい合うような位置で、菓子を摘まむアビーは少し笑い、肩をすくめる。

「まぁ、誰かがやらなくてはいけないことですし。地道な聞き込みが、成果を上げることも多いですから」

 そう言うと、アビーは顔をぐっと近寄せる。急に真剣な目つきになり、何事かと身を縮めた。

「そのままで聞いてください。どうやら、監視されているようです。私たち」

 街中を流れる河沿いの、整理された公園に人気はない。周りに建造物もないような、広い空間だった。

 いったいどこから? つい辺りを見回したくなる気持ちをなんとか堪えて、小声でささやくアビーの声に耳を傾ける。

「気付いたのはついさっきです。場所は分かりませんが、おそらく一人。逆探知とか、こういう対処はジニアスが得意なんですが、私は心得がなく……。騒ぎは避けたいので、なんとか撒いて宿屋に戻った方が良いと思うんですが、どうです?」

「いいよ。アタシはこういう経験ないから、アビーに任せる。ただアタシは体動かすの苦手だから、そこは配慮してほしいね」

 アビーはにこっと笑うと、顔を離して街の方へと歩いていく。なるべく監視者を意識しないよう着いていくが、監視されていると思うと背後が気になって仕方がない。
 
 いったい誰が? 何の目的で? それを思うと、恐怖感よりも好奇心が勝る。

 陽も傾き始めていたが、まだ街には人が行き交っていた。あいかわらず騒がしさがなく、静かなものであったが人の数だけは多い。人の合間を縫うようにして、アビーを先頭に歩く。

「……ダメですね。視線が途切れません。一旦身を隠しましょう」

 自然に足取りを落とし、横に並んできたアビーは小声でそう話すと、左手に見えてきた店に向かった。店名も見ずに扉をくぐると、まず目に入ってきたのは、天井から吊るされた色とりどりの輝石。

「おや、お客さんかね?」

 店の奥から顔を出した店主らしい女性は、まじまじとアタシたちを交互に見たあと、なにか納得したかのように頷き、ちょいちょいと手招きをする。

「赤毛のお嬢さん。こちらにおいでなさいな」

 アビーがそっと耳打ちをした。

「ちょうどいいです。私は相手の様子を見ておきますので、適当に付き合っていてください」

 そういうことなら仕方ない。招かれるまま、用意されている椅子へ座る。
 
 少し広めの木目調の卓の上には、厚い石板が置かれている。四角に象られた石板には、大小大きさの違う円形が二つ重なるようにして、模様のように細い線で掘られている。石板には他にも、円形の中や外など、散りばめられるようにして何かの印があった。

「はいこれ。ぐっと握って」

 中性寄りの穏やかな声。女性店主に言われるまま、手渡された丸い石を握る。

 良く磨かれた滑らかな手触りと、ひんやりとした心地よさをあとに手を開く。驚いたことに、透明に透き通っていた石は、少し暗い赤色を宿していた。

「ふぅーん。なかなかいい色してる。少し曇ってるのも、いい味ね」

 薄布越しの店主の目が、興味深いといいたげに光る。
 長く垂れた薄布は口元まで隠れ、表情は分からない。きっとその奥で、値打ちを図るようにして観察しているのだろう。

 店主は石をそっと石板の中央に置くと、ぶつぶつと何事かを呟き、小さな丸石を褐色の細い指で弾いては、中心に置いた石に当てていく。おそらく輝石らしい小石は赤、黄、青。中央の石に当たっては、それぞれ転がった。

 見たことのない一連の動作に、静かに成り行きを見守る。
 
 八個目の小石が右端の印の上で止まると、女性店主は出来上がった盤面に何度か頷き、どこか満足したように視線を向けてくる。

「三つ、いや四つか。一つにはもう巻きこまれてる。二つはまだ少し遠いけど、確実に近寄ってるね。残りのもまだ遠いし、勢いは弱いけど……うーん。二つの内のどちらかと関係しあってる感じか。いやはや、随分と人気者だ」

「……さっぱり意味が分からないんだけど」

「運命の渦さ。望む望まないに関わらず、否応なしに攫ってはその人の人生を大きく変えていく、ね。その渦が四つもあるなんて珍しい。お嬢さん、よっぽど厄介な物事に首を突っ込んでいるようだね?」

 これはあれだ。占いかなにか、そういう類のやつだ。
 
 王都でも時々見かけることはあったが、実際に視てもらったことはない。助祭の子らは、その結果に一喜一憂していたが、どれも当たり障りのない内容に聞こえ、怪しい商売にしか思えなかった。

「じゃあ、アタシの運勢はお先まっくら?」

「いいや。そんなことはないさ。星が道を照らす位置にある。人の輪も悪くない。迷わないように、きっと縁《えにし》が導いてくれる」

 人の輪。身の回りの人物のことだろう。目下それで悩んでいる最中だというのに、悪くないなんてことあるのだろうか。

「結局最後は、自分次第さ。風に飛ばされ弄ばれようと、どこに向かおうか、飛ばされた先で何をしようか、決めるのは自分自身なんだからね」

「……なんだいそれ。それじゃ、占いの意味なんてないじゃないか」

「占いは、未来を覗くものじゃないからね。迫られたその時に選択できるよう、事前に考える時間をつくるもの。普通だった身の回りの物事を改めて見つめなおす機会になる、ちょっとしたきっかけなのさ」

 煙にまくかのようなその言い草に、釈然とせず首をかしげる。

「ふふ。疑い半分って顔だね。いいさ。そういう気持ちでいるほうが、物事を落ち着いて捉えられる。……さて、たま占いはこれでおしまい。お代は結構。お帰りは奥からどうぞ」

 いつの間にか、アビーが傍に寄ってきていた。

「入り口は、帰り道ではないからね。お嬢さんたちもそっちのほうが都合いいだろ?」

 アビーは少し考えたあと、促された奥へと向かう。明かりのない暗い廊下の先には扉があり、開けると裏道へと続いていた。
 
 振り返ると、店主の声だけが風に乗って聞こえてくる。

「大丈夫。そこにあるのは猫の目だけ。そのまま道を進めば帰れるさ。―――お嬢さん、くれぐれも忘れないで。いつだって行き先を決めるのは、自分自身だってことを」
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