狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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三章 枯れ枝の腕

見えざる毒手

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 ロズマールに連れられて訪れた小屋は、なんとも寂しい場所にあった。
 湖の中ほどに建つ『学院』の裏手側。都市の外苑部のその先で、木々に囲まれて、ひっそりと街から取り残されている。

 あたたかさの欠片も感じられない小屋。ミレーナという名の、家族を亡くしたった一人で生きてきた娘は、寝台に静かに横たわっている。

 顔色が悪い。青白い肌には生気がなく冷たい。元からさほどなかっただろう頬の肉も、やせ落ちていた。

「どうでしょう。治療できそうですか」

「……どうだろうね。意識もないようだし、あまり状態は良くないと思うよ。寝込むようになったのはいつくらいからだい」

「寝たままとなったのは六日ほどまえ。生まれつき体の弱い娘だったようですが、ここのところ体調の悪化が著しかったそうです」

「そうかい。なんにせよ手は尽くすさ。まずは体を綺麗にしてあげないとね。お湯の準備とかしたいんだけど、えーっと、桶はどこだろね」

「お手伝いしましょう」

 ロズマールは短く答え、そそくさと湯を沸かす。

 どこに何があるのか、勝手知ったる我が家のように無駄なく準備を進めていくその様子に、ディオリオの読みは当たったのだと舌を巻いた。

 同行しているアビーとジニアスをちらりと見やると、二人も同じ感想を抱いたらしく、小さく頷いていた。

 さて、どうなるもんかね。

 占い屋から路地裏を通り、無事に宿屋に到着したのが昨日。その後にディオリオらと話し合った内容を思い返していた。

◆   ◆   ◆

「……監視、ですか。すぐに考えられるのは『老人たち』の手勢でしょうが、そちらにだけ目が向いたのは意外ですね」

 ディオリオは椅子にもたれかかって、顎をさする。
 アタシたちが到着してしばらく経った頃に戻った三人に、ことの次第を報告していた。

「実は、ロズマール氏を通じて『老人たち』から依頼があったのです。なんでも、とある学士の家族が病で長く苦しんでいるから、教会を頼りたい。ぜひ『癒しの奇跡』で救ってみせてほしいと、ね。しかも、カンナ司祭をご指名で」

「アタシ? そりゃまた、なんで?」

「私はそもそも『癒しの奇跡』を会得していませんが、それを伝えてはいません。『老人たち』はなんらかの方法で見抜いたのでしょう。まぁ、学術都市とその領内に教会はないですからね。治療薬で効果がないのなら、縋りたくもなるでしょう。いずれにせよ、貸しをつくっておきたいところです」

「いやいやいや。そりゃ助けるのはいいよ。でも都合の良い話にしか聞こえない。あの爺さん、絶対に怪しいって」

 好々爺こうこうやを気取る裏側の、碧く冷たい光を放つ眼。あの貌を持つ人物が、学士の為にわざわざそこまでするには理由があるはず。それが分からないのは、なんとも気持ちが悪い。

「絶対、という言葉は好きではありませんがね。……ええ。私も同意見です。ロズマール氏は『ベラドゥンナの花』を知っている。だというのに、あれほどの方が知らないなんてことはあり得ないでしょう」

「ロズマールさんが? 話しただけで分かるのかい?」
 
 案内の途中、螺旋階段を登りながら花の効能に触れた会話は覚えているが、交わされた言葉は少なかったはず。それだけで、相手の心のうちまで読めるもんなのか。

 力のこもったディオリオの静かな視線。その表情はどこか悲しげにもみえるが、真意はどこにあるかまでは掴めない。

「カンナ司祭、覚えておきなさい。人なんてものは、秘密を守り続けることも、騙し続けることもできないものなんですよ。どんな形になってでも、どこからか滲み出してしまう。必死になって隠される形跡を、見落とさないことです」

 結局、貸しをつくって優位な交渉をおこなう材料にする為、相手の思惑にあえて乗ることになった。

 といっても既に決定済みの話らしく、明日の朝一番に、ロズマールと落ち合う手順になっているという。

 監視者は正体も目的も明確ではない。直接接触してこないのならと、いっそのこと放置することになった。それでも、追跡に対する心得のあるジニアスを追加してくれたのは、部下を気遣うディオリオなりの配慮ということらしい。

 ロズマールは『老人たち』から何らかの指示を受けているはず。

 目的は分からないが、おそらく仕掛けてくる。であれば、その家族の住む家も見知らぬものではない。罠を張るに都合の良い場を用意する。ディオリオはそう結論付けた。

「ロズマール氏はどうも心のうちが小さいようですからね。いずれ落ち着かなくなる時がくるでしょう。その時こそ、彼らが仕掛けてくる予兆かもしれません。カンナ司祭も十分注意するように。ジニアスとアビーも、しっかりと守ってさしあげるのですよ」

 名を呼ばれた二人は揃って頷く。ディオリオとティモンは『学院』と『大書庫』の調査を続けるが、状況によってはすぐに動けるよう、準備をしておくという。

「それに我々にも無視のできない話なんですよ。その学士は兄で、家族は妹なんだそうです。わかりますね? がむしゃらに街を調査するより、幾分か我々の探し物が見つかる可能性は高いかもしれませんよ」

◆   ◆   ◆

 家族を亡くし、一人遺されたミレーナが可哀想で仕方がなかった。齢の頃は十五、六くらいだろう。どこからか隙間風の入り込む、小さく、薄汚れたこのあばら屋で、懸命に生きる姿を思うと、胸が詰まった。

 今時、親を亡くした子どもなんて珍しくもない。
 
 それでも、こんなにも情を感じてしまうのは、アタシ自身の境遇に重ねて見てしまうからだろう。

 ―――あまり似た部分はないかもしれないけど、親に先立たれた者同士だ。アタシは少し恵まれて、今はこうして元気でいるからね。すこしだけでも、助けになってやりたいのさ。

 屈んだ姿勢で、指先がミレーナの顔に触れる。その時、誰かが「あっ」と言ったのが聞こえた。

「カンナさん。ポーチが……」

 身体を捻るようにして見ると、後手に腰にまくポーチから、緑色の光が漏れていた。光にはかすかな暖かさえある。

 左手で中身を探り取り出す。光を放っていたのは、持ち主を探していた囁石。

「……なぜ、それを……」

 ロズマールの震えた声が聞こえたが、振り返ることはできない。

 ぐわん、と視界が歪み、気が遠くなった。ベッドに頭から倒れそうになるのを、誰かの手が支えたことは分かったが、何を言っているのか聞こえない。

 瞬く間に、視界が暗く閉じていった。
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