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四章 狭間の祈り手
カンナの手紙
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黒茶色をした封蝋のされた手紙を渡されたのは、秋も終わりに近づいた、霜の月(十一月)のことだった。
フランチェスカに付き添う形で、彼女の治める領地に赴き、教務や視察、研究に協力している内に、あっという間に一月が経ってしまっていた。
戻った聖王都は、大競技祭の後夜祭まで終えてしまっていて、漂う空気はすっかり落ち着きを取り戻している。
フランチェスカからしばらくの休暇を与えられ、中央教会の宿舎ではなく、久々にセギドールの屋敷に戻る。
その道すがら、顔も知らない助祭に呼び止められ、手紙を渡されたのだった。
差出人の名前はない。璽すらなく、ただ封蝋の下に、針金のように細い三本の葉が一まとめにされてあるだけ。
それでも、去っていった幻影をみた気がして、待つ人のいなくなった屋敷に着いてすぐに蝋を砕く。
封を切ると、ふわりと上品な甘い芳香がたつ。
なかには、短い手紙が行儀よく収まっていた。
―――オリヴィエ、突然いなくなってしまってすまなかった。
アンタは、自分を殻に閉じ込めるところがあるからね。できるなら、近くにいてやりたかった。でも、お師匠様がみてくれるから、安心もしているよ。
この世の中には、知らないことがやまほどある。想像もできない気持ちを抱えて、生きている人たちがいる。この一緒の大陸の上でね。
アタシは、それを知りに行くことにしたよ。
自分勝手かもしれない。無責任かもしれない。大変なことだってのも、わかってる。アンタを置いていくのも心配だ。
だけどね、アタシの歩く道は、その先にあるんだ。だから、行ってくる。
アンタは怒るかもしれないけど、ちょっとだけね、ワクワクしてる部分もあるんだ。
いったい、この先にどんな景色があるんだろう? それを思うと、胸が躍るような気がするのさ。
オリヴィエ。きっとこの世界には、とんでもなく心を打ってくるようなものが、たくさんあるんだよ。
アンタもいつか、それを探し出せるだろうさ。それを、願っているよ。
忘れないで。アタシはずっと、アンタの味方だからね。
―――ぽた、とあたたかなものが頬を伝い、読みやすいように整えられた文字を滲ませる。様々な感情が胸を掻き乱し、ただただ、明るい日差しが差し込んでくる窓を見やるしかなかった。
また、私は置いていかれてしまった。
必要とされなかった。
家族以外で、はじめて信頼できた人だったのに。
いや、あの人はそんなことしない。
きっと理由があったんだ。
あの人の声は、眼差しは、あんなに透き通っていたじゃないか……。
―――どれくらい、そうしていたかは分からない。
ふいに、がちゃりと戸の開く音がして、驚いて意識が戻ってきた。
窓から差し込む明かりは、茜色へと変わっていた。
「……オリーお嬢様。すでにお帰りとは思いませんでした。それに、まぁ、なんでしょう。これではお身体を冷やしてしまいます。暖炉に火を入れましょうね」
「ありがとう、ティエルさん。ごめんなさい、予定より早くなっちゃって」
もはや母親よりも接する時間の長い家政婦が、慣れた動作で火を熾す後ろ姿を見守る。
暖炉で炎が揺らめきはじめ、ティエルが茶の準備に厨房へと消えていく。そこまで来てようやく、手紙を折り目通りに畳み、封筒に戻してから懐へとしまった。
暖炉の熱火に、カンナの少し煤けた、赤い髪をみた。
その後ろ姿は、キラキラとした野へと駆け出していく。
夢まぼろしを見送って、誰ともなくささやいた。
「行ってらっしゃい。カンナさん」
フランチェスカに付き添う形で、彼女の治める領地に赴き、教務や視察、研究に協力している内に、あっという間に一月が経ってしまっていた。
戻った聖王都は、大競技祭の後夜祭まで終えてしまっていて、漂う空気はすっかり落ち着きを取り戻している。
フランチェスカからしばらくの休暇を与えられ、中央教会の宿舎ではなく、久々にセギドールの屋敷に戻る。
その道すがら、顔も知らない助祭に呼び止められ、手紙を渡されたのだった。
差出人の名前はない。璽すらなく、ただ封蝋の下に、針金のように細い三本の葉が一まとめにされてあるだけ。
それでも、去っていった幻影をみた気がして、待つ人のいなくなった屋敷に着いてすぐに蝋を砕く。
封を切ると、ふわりと上品な甘い芳香がたつ。
なかには、短い手紙が行儀よく収まっていた。
―――オリヴィエ、突然いなくなってしまってすまなかった。
アンタは、自分を殻に閉じ込めるところがあるからね。できるなら、近くにいてやりたかった。でも、お師匠様がみてくれるから、安心もしているよ。
この世の中には、知らないことがやまほどある。想像もできない気持ちを抱えて、生きている人たちがいる。この一緒の大陸の上でね。
アタシは、それを知りに行くことにしたよ。
自分勝手かもしれない。無責任かもしれない。大変なことだってのも、わかってる。アンタを置いていくのも心配だ。
だけどね、アタシの歩く道は、その先にあるんだ。だから、行ってくる。
アンタは怒るかもしれないけど、ちょっとだけね、ワクワクしてる部分もあるんだ。
いったい、この先にどんな景色があるんだろう? それを思うと、胸が躍るような気がするのさ。
オリヴィエ。きっとこの世界には、とんでもなく心を打ってくるようなものが、たくさんあるんだよ。
アンタもいつか、それを探し出せるだろうさ。それを、願っているよ。
忘れないで。アタシはずっと、アンタの味方だからね。
―――ぽた、とあたたかなものが頬を伝い、読みやすいように整えられた文字を滲ませる。様々な感情が胸を掻き乱し、ただただ、明るい日差しが差し込んでくる窓を見やるしかなかった。
また、私は置いていかれてしまった。
必要とされなかった。
家族以外で、はじめて信頼できた人だったのに。
いや、あの人はそんなことしない。
きっと理由があったんだ。
あの人の声は、眼差しは、あんなに透き通っていたじゃないか……。
―――どれくらい、そうしていたかは分からない。
ふいに、がちゃりと戸の開く音がして、驚いて意識が戻ってきた。
窓から差し込む明かりは、茜色へと変わっていた。
「……オリーお嬢様。すでにお帰りとは思いませんでした。それに、まぁ、なんでしょう。これではお身体を冷やしてしまいます。暖炉に火を入れましょうね」
「ありがとう、ティエルさん。ごめんなさい、予定より早くなっちゃって」
もはや母親よりも接する時間の長い家政婦が、慣れた動作で火を熾す後ろ姿を見守る。
暖炉で炎が揺らめきはじめ、ティエルが茶の準備に厨房へと消えていく。そこまで来てようやく、手紙を折り目通りに畳み、封筒に戻してから懐へとしまった。
暖炉の熱火に、カンナの少し煤けた、赤い髪をみた。
その後ろ姿は、キラキラとした野へと駆け出していく。
夢まぼろしを見送って、誰ともなくささやいた。
「行ってらっしゃい。カンナさん」
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