異世界働き方改革~エナドリ自販機で社畜を卒業します~

ゼニ平

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第1部 ホワイティア支部改革編

【第31話】「その歩みは、明日へと続く」

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 朝の光が、ギルド支部長室の窓から静かに差し込んでいた。
 まるで何事もなかったかのように、ホワイティアの村には穏やかな時間が流れている。

「ふぁ……」

 知久は椅子に寄りかかりながら、大きなあくびをひとつ漏らす。
 マルベックの更迭、ギルドの立て直し、そして《都喰らい》との戦い――目まぐるしい数週間が、ようやく一区切りを迎えた。

「お疲れ様です、支部長代理」

 隣に控えていたエナが、静かに声をかけてくる。
 その表情には、いつもよりわずかに柔らかい色が混じっていた。

「エナも……お疲れ。君がいてくれて、本当に助かったよ」

「いえ。私は……先輩の背中を追っていただけですから」

 その一言には、かつての後悔と、今の誇りが同居しているようだった。

――コン、コン。

 部屋の扉が軽やかにノックされた。

「失礼します!  中央ギルドからのお届け物です!」

 入ってきたのは、村の若い郵便係。彼が差し出したのは、中央ギルドの紋章が金色で刻まれた、一通の封筒だった。
 知久はそれを受け取り、封を切り、黙って中身に目を通す。

「……《都喰らい》討伐、昨今のギルドの活動の報奨として、ホワイティア支部全員の☆2昇格……そして俺は……支部長に正式任命、か」

「はい。あなたは今日から、ホワイティア支部の正式な支部長です。おめでとうございます」

 エナの声には、誇らしさと、ほんの少しの寂しさが滲んでいた。
 だが知久は、手紙をそっと封筒に戻すと、軽く目を閉じて、静かに首を横に振った。

「なぁ、エナ。我儘を言っていいか?」

「……嫌な予感しかしませんが、なんでしょうか」

「俺、この任命──辞退しようと思う」

 エナの目が驚きに見開かれる。

「……どうしてですか?」

「ここまでやって、今さら無責任って思われるかもしれないけどさ……でも、俺にはまだ、やらなきゃいけないことがある気がするんだ」

 窓の外に視線を向ける知久。
 外では、仲間たちが笑い合いながら柵を直し、荷運びをし、活気に満ちた声が響いていた。

「ホワイティア支部は、もう大丈夫だ。仲間も育ってるし、何より、君がいる。俺がいなくても、ちゃんと回る」

「……先輩は、最初からそのつもりで?」

「いや。ここで終わってもいいかなって、思ったこともあった。でもな……この世界のどこかに、まだ俺みたいに苦しんでる奴がいるなら、そいつに手を伸ばせるのは……俺じゃないかって」

「……ほんと、勝手な人ですね」

 エナはそう言って、目元を押さえるように目を細めた。
 けれどその頬には、涙の跡がにじんでいた。

「でも、先輩らしいです」

 そのときだった。

「ちょ、ちょっと待って! 今の話、本当!?」

 勢いよく扉が開き、アゼリアが駆け込んできた。

「知久さん、どこに行くんですかっ!?」

「行っちゃうんですか~……?」

「ちょ、お前ら、そこで聞いてたのかよ!? 」

 部屋の外には、クラッカーを持ったミロリーとトキワ、そしてケーキと花束を手に困り顔で立つゴルディとギルドの仲間たちがいた。

「べ、別に……みんなで☆2昇格と支部長就任のお祝いをしようなんて、思ってなかったんだからね!」

 アゼリアは真っ赤な顔でそっぽを向いたが、耳まで真っ赤なのは隠しきれなかった。
 思わず、知久は小さく苦笑する。

「ごめんな。みんな。まだ行き先は決めてないけど、どこかには行くよ。……俺の“働き方改革”は、まだ終わってないからな」

「ひどいじゃない!! ……一緒にここまで来たのに」

 アゼリアの言葉が胸に刺さる。
 ミロリーも俯き、トキワは涙をこらえるように拳をぎゅっと握っていた。

「俺の道は、まだ途中なんだ」

 知久は、ひとりひとりの顔を見渡すようにして、深く頭を下げた。

「ありがとう。みんなのおかげで、ここまで来られた」

「何言ってんのよ……。私たちも、あんたがいたから変われたのよ」

 アゼリアが震える声で、それでもちゃんと前を向いて言ってくれた。

「行ってらっしゃい、知久さん。どこに行っても……お元気で」

「また、会いましょうね~!! 絶対~!」

 声に押されるように、知久はゆっくりと頷く。

「……ああ。また会おう。みんな、ありがとう!」

 軽い鞄を肩にかけ、知久はギルド支部の扉を開ける。
 差し込む朝の光が、彼の背中をまぶしく照らした。

「じゃあな、ホワイティア」

 その声はどこまでも晴れやかで、温かかった。
 そして、四谷知久は歩き出す。
 まだ見ぬ誰かの明日を救うために。
 この世界に、あの過去のような絶望を繰り返させないために。

――それが彼の、“働き方改革”の新たな第一歩だった。



第1部 『ホワイティア支部改革編』
     -完-
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