32 / 58
第1部 ホワイティア支部改革編
【第31話】「その歩みは、明日へと続く」
しおりを挟む
朝の光が、ギルド支部長室の窓から静かに差し込んでいた。
まるで何事もなかったかのように、ホワイティアの村には穏やかな時間が流れている。
「ふぁ……」
知久は椅子に寄りかかりながら、大きなあくびをひとつ漏らす。
マルベックの更迭、ギルドの立て直し、そして《都喰らい》との戦い――目まぐるしい数週間が、ようやく一区切りを迎えた。
「お疲れ様です、支部長代理」
隣に控えていたエナが、静かに声をかけてくる。
その表情には、いつもよりわずかに柔らかい色が混じっていた。
「エナも……お疲れ。君がいてくれて、本当に助かったよ」
「いえ。私は……先輩の背中を追っていただけですから」
その一言には、かつての後悔と、今の誇りが同居しているようだった。
――コン、コン。
部屋の扉が軽やかにノックされた。
「失礼します! 中央ギルドからのお届け物です!」
入ってきたのは、村の若い郵便係。彼が差し出したのは、中央ギルドの紋章が金色で刻まれた、一通の封筒だった。
知久はそれを受け取り、封を切り、黙って中身に目を通す。
「……《都喰らい》討伐、昨今のギルドの活動の報奨として、ホワイティア支部全員の☆2昇格……そして俺は……支部長に正式任命、か」
「はい。あなたは今日から、ホワイティア支部の正式な支部長です。おめでとうございます」
エナの声には、誇らしさと、ほんの少しの寂しさが滲んでいた。
だが知久は、手紙をそっと封筒に戻すと、軽く目を閉じて、静かに首を横に振った。
「なぁ、エナ。我儘を言っていいか?」
「……嫌な予感しかしませんが、なんでしょうか」
「俺、この任命──辞退しようと思う」
エナの目が驚きに見開かれる。
「……どうしてですか?」
「ここまでやって、今さら無責任って思われるかもしれないけどさ……でも、俺にはまだ、やらなきゃいけないことがある気がするんだ」
窓の外に視線を向ける知久。
外では、仲間たちが笑い合いながら柵を直し、荷運びをし、活気に満ちた声が響いていた。
「ホワイティア支部は、もう大丈夫だ。仲間も育ってるし、何より、君がいる。俺がいなくても、ちゃんと回る」
「……先輩は、最初からそのつもりで?」
「いや。ここで終わってもいいかなって、思ったこともあった。でもな……この世界のどこかに、まだ俺みたいに苦しんでる奴がいるなら、そいつに手を伸ばせるのは……俺じゃないかって」
「……ほんと、勝手な人ですね」
エナはそう言って、目元を押さえるように目を細めた。
けれどその頬には、涙の跡がにじんでいた。
「でも、先輩らしいです」
そのときだった。
「ちょ、ちょっと待って! 今の話、本当!?」
勢いよく扉が開き、アゼリアが駆け込んできた。
「知久さん、どこに行くんですかっ!?」
「行っちゃうんですか~……?」
「ちょ、お前ら、そこで聞いてたのかよ!? 」
部屋の外には、クラッカーを持ったミロリーとトキワ、そしてケーキと花束を手に困り顔で立つゴルディとギルドの仲間たちがいた。
「べ、別に……みんなで☆2昇格と支部長就任のお祝いをしようなんて、思ってなかったんだからね!」
アゼリアは真っ赤な顔でそっぽを向いたが、耳まで真っ赤なのは隠しきれなかった。
思わず、知久は小さく苦笑する。
「ごめんな。みんな。まだ行き先は決めてないけど、どこかには行くよ。……俺の“働き方改革”は、まだ終わってないからな」
「ひどいじゃない!! ……一緒にここまで来たのに」
アゼリアの言葉が胸に刺さる。
ミロリーも俯き、トキワは涙をこらえるように拳をぎゅっと握っていた。
「俺の道は、まだ途中なんだ」
知久は、ひとりひとりの顔を見渡すようにして、深く頭を下げた。
「ありがとう。みんなのおかげで、ここまで来られた」
「何言ってんのよ……。私たちも、あんたがいたから変われたのよ」
アゼリアが震える声で、それでもちゃんと前を向いて言ってくれた。
「行ってらっしゃい、知久さん。どこに行っても……お元気で」
「また、会いましょうね~!! 絶対~!」
声に押されるように、知久はゆっくりと頷く。
「……ああ。また会おう。みんな、ありがとう!」
軽い鞄を肩にかけ、知久はギルド支部の扉を開ける。
差し込む朝の光が、彼の背中をまぶしく照らした。
「じゃあな、ホワイティア」
その声はどこまでも晴れやかで、温かかった。
そして、四谷知久は歩き出す。
まだ見ぬ誰かの明日を救うために。
この世界に、あの過去のような絶望を繰り返させないために。
――それが彼の、“働き方改革”の新たな第一歩だった。
第1部 『ホワイティア支部改革編』
-完-
まるで何事もなかったかのように、ホワイティアの村には穏やかな時間が流れている。
「ふぁ……」
知久は椅子に寄りかかりながら、大きなあくびをひとつ漏らす。
マルベックの更迭、ギルドの立て直し、そして《都喰らい》との戦い――目まぐるしい数週間が、ようやく一区切りを迎えた。
「お疲れ様です、支部長代理」
隣に控えていたエナが、静かに声をかけてくる。
その表情には、いつもよりわずかに柔らかい色が混じっていた。
「エナも……お疲れ。君がいてくれて、本当に助かったよ」
「いえ。私は……先輩の背中を追っていただけですから」
その一言には、かつての後悔と、今の誇りが同居しているようだった。
――コン、コン。
部屋の扉が軽やかにノックされた。
「失礼します! 中央ギルドからのお届け物です!」
入ってきたのは、村の若い郵便係。彼が差し出したのは、中央ギルドの紋章が金色で刻まれた、一通の封筒だった。
知久はそれを受け取り、封を切り、黙って中身に目を通す。
「……《都喰らい》討伐、昨今のギルドの活動の報奨として、ホワイティア支部全員の☆2昇格……そして俺は……支部長に正式任命、か」
「はい。あなたは今日から、ホワイティア支部の正式な支部長です。おめでとうございます」
エナの声には、誇らしさと、ほんの少しの寂しさが滲んでいた。
だが知久は、手紙をそっと封筒に戻すと、軽く目を閉じて、静かに首を横に振った。
「なぁ、エナ。我儘を言っていいか?」
「……嫌な予感しかしませんが、なんでしょうか」
「俺、この任命──辞退しようと思う」
エナの目が驚きに見開かれる。
「……どうしてですか?」
「ここまでやって、今さら無責任って思われるかもしれないけどさ……でも、俺にはまだ、やらなきゃいけないことがある気がするんだ」
窓の外に視線を向ける知久。
外では、仲間たちが笑い合いながら柵を直し、荷運びをし、活気に満ちた声が響いていた。
「ホワイティア支部は、もう大丈夫だ。仲間も育ってるし、何より、君がいる。俺がいなくても、ちゃんと回る」
「……先輩は、最初からそのつもりで?」
「いや。ここで終わってもいいかなって、思ったこともあった。でもな……この世界のどこかに、まだ俺みたいに苦しんでる奴がいるなら、そいつに手を伸ばせるのは……俺じゃないかって」
「……ほんと、勝手な人ですね」
エナはそう言って、目元を押さえるように目を細めた。
けれどその頬には、涙の跡がにじんでいた。
「でも、先輩らしいです」
そのときだった。
「ちょ、ちょっと待って! 今の話、本当!?」
勢いよく扉が開き、アゼリアが駆け込んできた。
「知久さん、どこに行くんですかっ!?」
「行っちゃうんですか~……?」
「ちょ、お前ら、そこで聞いてたのかよ!? 」
部屋の外には、クラッカーを持ったミロリーとトキワ、そしてケーキと花束を手に困り顔で立つゴルディとギルドの仲間たちがいた。
「べ、別に……みんなで☆2昇格と支部長就任のお祝いをしようなんて、思ってなかったんだからね!」
アゼリアは真っ赤な顔でそっぽを向いたが、耳まで真っ赤なのは隠しきれなかった。
思わず、知久は小さく苦笑する。
「ごめんな。みんな。まだ行き先は決めてないけど、どこかには行くよ。……俺の“働き方改革”は、まだ終わってないからな」
「ひどいじゃない!! ……一緒にここまで来たのに」
アゼリアの言葉が胸に刺さる。
ミロリーも俯き、トキワは涙をこらえるように拳をぎゅっと握っていた。
「俺の道は、まだ途中なんだ」
知久は、ひとりひとりの顔を見渡すようにして、深く頭を下げた。
「ありがとう。みんなのおかげで、ここまで来られた」
「何言ってんのよ……。私たちも、あんたがいたから変われたのよ」
アゼリアが震える声で、それでもちゃんと前を向いて言ってくれた。
「行ってらっしゃい、知久さん。どこに行っても……お元気で」
「また、会いましょうね~!! 絶対~!」
声に押されるように、知久はゆっくりと頷く。
「……ああ。また会おう。みんな、ありがとう!」
軽い鞄を肩にかけ、知久はギルド支部の扉を開ける。
差し込む朝の光が、彼の背中をまぶしく照らした。
「じゃあな、ホワイティア」
その声はどこまでも晴れやかで、温かかった。
そして、四谷知久は歩き出す。
まだ見ぬ誰かの明日を救うために。
この世界に、あの過去のような絶望を繰り返させないために。
――それが彼の、“働き方改革”の新たな第一歩だった。
第1部 『ホワイティア支部改革編』
-完-
0
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる