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第1部 ホワイティア支部改革編
【第30話】「満点の星空の下で」
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その夜――
知久のもとに、一通の手紙が届いた。
差出人の名はなかった。けれど、それが誰かはすぐに分かった。
『貴殿の働きは素晴らしい成果をもたらした。
《都喰らい》の討伐に、そこからの復興活動。
そしてなにより、ここ最近のホワイティア支部のギルド活動には目を見張るものがある。
これも全て、貴殿の働きのおかげだと思っている。
こちらは貴殿に相応しい席を用意する準備ができている。
だが、それは君自身が選んでいい。
ホワイティア支部はすでに、自分たちの力で前へ進んでいる。
君が次の道へ進むなら、それもまた、この世界にとっての希望になるだろう。
追伸:
アゼリアは元気だろうか?
怪我などしてなければよいのだが。
風邪を引いたりはしていないだろうか?
あの子は昔から……」
最後の方は読まなくていいだろうと便箋をそっと閉じ、窓の外へ目をやる。
支部の灯り。
焚き火のまわりで談笑する仲間たちの影。
穏やかに流れる夜の空気。
「……もう、俺がいなくても……ちゃんと回るかもしれないな」
その呟きに応えるように、夜風がカーテンを揺らした。
☆ ☆ ☆
支部の屋上。
夜風がひんやりと吹き抜けるなか、エナは手すりにもたれ、月を見上げていた。
空には澄んだ星々が広がり、静けさのなかに夜の音だけが漂っている。
「来ると思っていました」
「……読まれてるなー。俺」
知久が隣に立ち、肩をすくめるように笑う。
ふたりは並んで、無言のまま夜空を見上げた。
「“あっち”の夜空とは、全然違うんだな」
「ええ。星も月も……色も、場所も」
「こっちに来てから、空をゆっくり見る余裕なんてなかったな……」
「せっかく夜遅くまで起きていたのに、星も見えない生活。酷いものでしたね」
やれやれ、とエナが肩を落とし、ため息をつく。
それはどこか冗談のようでいて、本音の滲んだ言葉だった。
「向こうでもこっちでも……仕事ばっかだったな、俺」
「でも、ここにいる人たちは、あなたを“使い捨て”にしませんでした」
エナの声には、静かな確信があった。
それは“観察者”としてではなく、一人の人間としての思いがこもっていた。
「あなたが倒れそうになった時、みんながあなたを支えてくれた。……あの時の私は、先輩が倒れるのを黙って見ているしかできなかったのに」
「……そんなこと気にしてたのかよ」
「それはそうですよ。目の前で親しい先輩に死なれた後輩の気持ち、わかりますか?」
「……そりゃすまんかった」
知久は額に手を当てた。
かつて、自分の不器用さと無理が招いた結末を思い出していた。
それでも、こうしてまた向き合ってくれる後輩がいることに、どこか救われる気がした。
「いいんです。女神様の導きでまた会えましたし……先輩が自分の手で、働く場所を作ることができましたから」
そう言うエナの声は、まるで夜風に乗ってきた微かな祈りのようだった。
過去を悔やむでもなく、ただ、今この瞬間の隣に立てることを確かめるような──そんな優しい響きを帯びていた。
「ホワイティアは、いい場所だ。ギルドの皆も、新しい村長も……ちゃんと自分の足で進んでる」
「それを可能にしたのは、あなたですよ?」
「ああ……離れたくないな」
「なら、ここにいればいいじゃないですか」
エナの言葉に、知久はふっと笑みをこぼす。
だがその瞳には、未だ迷いが灯っていた。
「世界は広い。この星空の下には、まだ俺の知らない場所があって……俺を必要としてる人たちがいるかもしれない」
「……それでも、あなたがここにいることを、望んでいる人もいますよ」
エナはそれ以上を言わず、月明かりに照らされる手すりに手を置いたまま、静かに空を見つめていた。
その横顔は、どこか切なげで、それでも微かに笑っていた。
☆ ☆ ☆
翌朝。
支部長室。
知久は机に向かって、深く、ひとつ息を吸い込んだ。
「支部長代理としての……最後の一日、かもしれないな」
扉の向こうからは、いつものように仲間たちの声が聞こえてくる。
冗談を飛ばし合い、笑い合い、今日も朝が始まったことを告げる、温かな音色。
知久は静かに立ち上がり、背筋を伸ばした。
「……よし。もう少しだけ、やるか」
まるで昨日と変わらない顔で、扉を開けた。
知久のもとに、一通の手紙が届いた。
差出人の名はなかった。けれど、それが誰かはすぐに分かった。
『貴殿の働きは素晴らしい成果をもたらした。
《都喰らい》の討伐に、そこからの復興活動。
そしてなにより、ここ最近のホワイティア支部のギルド活動には目を見張るものがある。
これも全て、貴殿の働きのおかげだと思っている。
こちらは貴殿に相応しい席を用意する準備ができている。
だが、それは君自身が選んでいい。
ホワイティア支部はすでに、自分たちの力で前へ進んでいる。
君が次の道へ進むなら、それもまた、この世界にとっての希望になるだろう。
追伸:
アゼリアは元気だろうか?
怪我などしてなければよいのだが。
風邪を引いたりはしていないだろうか?
あの子は昔から……」
最後の方は読まなくていいだろうと便箋をそっと閉じ、窓の外へ目をやる。
支部の灯り。
焚き火のまわりで談笑する仲間たちの影。
穏やかに流れる夜の空気。
「……もう、俺がいなくても……ちゃんと回るかもしれないな」
その呟きに応えるように、夜風がカーテンを揺らした。
☆ ☆ ☆
支部の屋上。
夜風がひんやりと吹き抜けるなか、エナは手すりにもたれ、月を見上げていた。
空には澄んだ星々が広がり、静けさのなかに夜の音だけが漂っている。
「来ると思っていました」
「……読まれてるなー。俺」
知久が隣に立ち、肩をすくめるように笑う。
ふたりは並んで、無言のまま夜空を見上げた。
「“あっち”の夜空とは、全然違うんだな」
「ええ。星も月も……色も、場所も」
「こっちに来てから、空をゆっくり見る余裕なんてなかったな……」
「せっかく夜遅くまで起きていたのに、星も見えない生活。酷いものでしたね」
やれやれ、とエナが肩を落とし、ため息をつく。
それはどこか冗談のようでいて、本音の滲んだ言葉だった。
「向こうでもこっちでも……仕事ばっかだったな、俺」
「でも、ここにいる人たちは、あなたを“使い捨て”にしませんでした」
エナの声には、静かな確信があった。
それは“観察者”としてではなく、一人の人間としての思いがこもっていた。
「あなたが倒れそうになった時、みんながあなたを支えてくれた。……あの時の私は、先輩が倒れるのを黙って見ているしかできなかったのに」
「……そんなこと気にしてたのかよ」
「それはそうですよ。目の前で親しい先輩に死なれた後輩の気持ち、わかりますか?」
「……そりゃすまんかった」
知久は額に手を当てた。
かつて、自分の不器用さと無理が招いた結末を思い出していた。
それでも、こうしてまた向き合ってくれる後輩がいることに、どこか救われる気がした。
「いいんです。女神様の導きでまた会えましたし……先輩が自分の手で、働く場所を作ることができましたから」
そう言うエナの声は、まるで夜風に乗ってきた微かな祈りのようだった。
過去を悔やむでもなく、ただ、今この瞬間の隣に立てることを確かめるような──そんな優しい響きを帯びていた。
「ホワイティアは、いい場所だ。ギルドの皆も、新しい村長も……ちゃんと自分の足で進んでる」
「それを可能にしたのは、あなたですよ?」
「ああ……離れたくないな」
「なら、ここにいればいいじゃないですか」
エナの言葉に、知久はふっと笑みをこぼす。
だがその瞳には、未だ迷いが灯っていた。
「世界は広い。この星空の下には、まだ俺の知らない場所があって……俺を必要としてる人たちがいるかもしれない」
「……それでも、あなたがここにいることを、望んでいる人もいますよ」
エナはそれ以上を言わず、月明かりに照らされる手すりに手を置いたまま、静かに空を見つめていた。
その横顔は、どこか切なげで、それでも微かに笑っていた。
☆ ☆ ☆
翌朝。
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「支部長代理としての……最後の一日、かもしれないな」
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知久は静かに立ち上がり、背筋を伸ばした。
「……よし。もう少しだけ、やるか」
まるで昨日と変わらない顔で、扉を開けた。
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