異世界働き方改革~エナドリ自販機で社畜を卒業します~

ゼニ平

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第1部 ホワイティア支部改革編

【第29話】「それぞれの笑顔、それぞれの居場所」

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 ギルド支部の再建は、戦いの翌朝から目に見えて進んでいた。
 壊された柵や施設は、村人たちの手によって次々と修復されていく。
 かつてはよそよそしかった村の人々も、今は自然と笑い合いながら手を貸してくれていた。
 ギルドの仲間たちも朝から活気に満ち、工具を手に走り回る者、土を運ぶ者、そして笑いながら鍬をふるう者。
 あの陰鬱だった日々が、嘘のようだった。

 知久はといえば、支部長代理の立場として、事務仕事の山と格闘していた。
 装備の在庫管理、薬草の補充、講師への支払い手配、戦ったみんなへの臨時報酬。
 細かくて地味で、だが支部の土台を支える大事な業務だ。

「……あれ? これ、前回の支払いとズレてないか……いや、待て、こっちは講習日数分の明細……?」

 机の上に散らばる帳簿に顔をしかめながら、知久は唸る。
 疲労のせいか、数字が踊って見える。目の奥がじんわりと痛んだ。

「おーい支部長代理! 倉庫の棚板が足りないんだが!」

「わかった! え~っと、棚板棚板……」

 慌てて立ち上がろうとしたところ、たまたま通りがかったアゼリアがひょいと顔をのぞかせる。

「それならあっちの倉庫の方でしょ。あたしが持ってくるわよ」

「え? でも、悪いよ」

 アゼリアはその場で腰に手を当て、ちょっと呆れたように口を尖らせている。

「ばーか。頼れって言ったでしょ。あんたはそこで書類仕事やってなさい」

 軽くウインクして走り去っていくアゼリアの背を、知久は思わず見送った。
 窓の外を見ると、ミロリーも、トキワも忙しそうに走り合わっている。
 
 ミロリーは泥だらけのスコップを抱えて、畑から誰かに手を振っている。
 トキワは工具箱を抱えて走りながら、村の子どもに声をかけられ、思わず立ち止まり笑顔で応じている。

「……よかったな」

 知久はペンを置き、その様子を少しだけ寂しそうに、ぼんやり眺めた。
 役割を見つけていく仲間たちが、日に日にたくましくなっていく。
 彼らの背中が、もう自分に頼っていないことを、嬉しくもあり、どこかで寂しくも思った。

☆ ☆ ☆

 それから数か月が経過し、すっかり戦いの傷が癒えたホワイティア支部は、冒険者ギルドとしての活動を本格的に再開していた。

 新米たちは日々の訓練に励み、ベテラン冒険者が指導に回る姿も増えた。依頼掲示板には村人からの案件が並び、魔獣討伐、護衛、素材収集――かつて敬遠されていたギルドは、今や地域になくてはならない存在となっていた。

 畑に出没する害獣を追い払ったり、街道沿いの草むらに巣くう魔物を討伐したりと、冒険者たちはそれぞれの適性を活かして活躍している。中には薬草の栽培支援を行う者や、鍛冶屋と協力して装備の修繕を担う者もいた。単なる戦闘集団ではなく、“地域に根差した働き手たち”として、彼らの存在感は日に日に増していた。

 今ではすっかり、村の子どもたちからも憧れの眼差しを向けられるような、誇り高きギルドになっている。

 そして夕方。食堂には、自然と仲間たちが集まっていた。
 誰かが呼んだわけではない。ただ、集まりたくて、そこにいた。

「前みたいな生活には戻れねぇな」

 ゴルディがビールジョッキを掲げ、にやりと笑う。
 その言葉には皮肉も未練もなかった。

「同感! ようやく、ちゃんと冒険者になれたって感じするわ!」

 アゼリアも満足そうにうなずく。どこか誇らしげな表情だった。

「ミロリー嬢ちゃん、今日は畑の方に行ってきたのか?」

「ええ。……村の畑、ちゃんと育ってきたんです。今度、村の人たちと一緒にお野菜収穫するんです……えへへ」

 ミロリーが、恥ずかしそうに指を絡めながら、報告する。頬はほんのり赤いが、その顔には達成感がにじんでいた。

「トキワは今日は何してたの?」

「最近、教会で子どもたちに読み書き教えてるんです~。みんなすっごく真剣で、わたしの方が勉強になっちゃって~」

 彼女は満面の笑みを浮かべて答える。
 テーブルの隅に置かれた手作りの教材には、子どもたちの落書きらしい絵が残っていた。

「お、みんな集まってるな」

 そこに、書類仕事を片付けた知久が姿を見せる。

「おっそいわよ支部長代理! もうとっくに始めてるわよ!」

「悪い悪い」

 知久は手を挙げて席につき、周囲の顔ぶれを見渡す。

「なんだよ、楽しそうじゃないか。俺がいない方が盛り上がるってか?」

「そういうわけじゃねえが、大将の悪口で盛り上がれねぇからな!」

 ゴルディが肩をすくめながらジョッキを傾け、3人娘はくすくすと笑っていた。

「え、俺の陰口言いまくってるの? 普通に傷つくんだけど……」

「嘘にきまってんでしょばーか」

 笑いが弾け、木のテーブルの上を明るい声が跳ね回る。

 知久がふと思い出したようにアゼリアの方を向いた。
 その表情は冗談のそれではなく、少しだけ真剣味を帯びていた。

「なぁアゼリア。付き合ってくれないか?」

 その瞬間――空気が止まった。

 ミロリーは手元のジュースを思い切りこぼし、慌ててハンカチを探す。
 トキワはスプーンを落とし、凍りついたように固まったまま動かない。
 そしてアゼリアは、顔を真っ赤に染めながら、わなわなと唇を震わせていた。

「は、はあ!? あ、あんた……そういうのはもっとムードある場所で言ってくれないと……!」

 一気に上気した顔でアゼリアが言葉を探している間に、他の面々は気まずそうに視線を交わす。
 そこに知久が首を傾げながらあっけらかんと続けた。

「ずっと書類仕事ばっかりだから、体がなまっちゃってるんだよ。たまには体を動かさないいけないって思ってたんだけど、剣の稽古できそうな相手がアゼリアしかいないからさー」

「死ねっ!! この朴念仁めがっ!!!」

 アゼリアが立ち上がり、腰の剣に手をかけながら迫ってくる。

「うわっ! こんなところで剣を抜くな!」

 ミロリーとトキワが慌ててアゼリアを押さえつける。
 その様子を見て、ゴルディは一人で腹を抱えて大笑いしていた。

「ほら、俺ってドリンクでドーピングしないと戦えないだろ? いつまでもそんなんじゃ、いざという時、困るかなって思って」

 知久はそう言いながら、自分の右手をじっと見つめる。
 思えば、あの《ライフイズエナジー》の加護に頼ることで何度も命を救われた。けれど、それは一種の逃げでもあったのかもしれない。
 今の自分なら、少しは自分の力でやれるはず――そう思えるのだ。

「そ、そういう時は、私たちが、サポートしますから……」

 ミロリーの声は震えていたが、まっすぐだった。
 その言葉を聞いた瞬間、知久の胸に温かいものが広がる。

「……そんなんじゃ、一人になった時まずいからな」

 知久の言葉に、場がふっと静まり返る。
 トキワが首を傾げながら尋ねる。

「そういえば知久さん、最近加護のドリンク飲んでないんじゃないですか~?」

「あー。まぁ、仕事に慣れたし、みんなもよく頑張ってくれてるからな」

 最初はなんでもかんでも知久に頼っていたギルドメンバーたちも、今では互いに支え合い、協力しながら日々の仕事をこなしている。
 知久自身も、気づけばドリンクに頼らなくても支部の運営を回せるようになっていた。

「あの加護の力は~……自分の力以上の力を得るのは、体の負荷が大きいはずです~」

「そうね。いざという時のためにとっときなさいよ」

「一応女神様の加護なんだけどなぁ……」

 知久は肩をすくめながら、わざとらしく軽口を叩いた。

「でも、私もそうした方がいいと思いますよ」

 すっと、背後から澄んだ声が届いた。

 振り返ると、エナが静かに立っていた。
 いつもの制服姿。けれど、どこか柔らかい気配をまとっている。

「先輩は昔からそうやって自分の体を省みないで、無茶ばかりしているんですから」

 エナが静かに呟いた言葉は、どこか懐かしげだった。
 まるで、遠い日の記憶をたどるように。

「あ、あの……。エナさん。ご一緒にどうですか……?」

 ミロリーがおずおずと声をかけた。顔は真っ赤だが、勇気を振り絞った様子が伝わる。

「い、いえ、私は……」

 エナは戸惑いながらも、少しだけうつむいた。

 これまでエナは、ホワイティアのギルドメンバーとは一線を引いていた。あくまで監査官、外部の人間として、彼らに踏み込みすぎないようにしていたのだ。

「あなた、確か知久の後輩だったんでしょ? こいつの昔の話聞かせてよ!」

 アゼリアのひと言に、周囲の視線が集まる。

「……では、お邪魔させていただきます」

 静かにそう言って腰を下ろしたエナに、自然と笑顔が向けられる。

 知久は、自分の昔話で盛り上がる一同を眺めながら、心の中でそっと思う。

──こんな日々が、ずっと続いていけばいいのに。

 それは、どこか叶わぬ願いのようでありながら、同時に今この瞬間がかけがえのないものだと実感するひとときだった。
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