異世界働き方改革~エナドリ自販機で社畜を卒業します~

ゼニ平

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第2部 港町の黒焔鬼編

【第15話】「総督府との会談」

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 爆発の翌朝。

 港の空にはまだ薄く煙の匂いが残り、街のざわめきはいつもより重かった。
 ギルド支部の前には規制線が張られ、住民が不安そうに様子をうかがっている。
 そんな中、セファと知久は総督府からの呼び出しを受けた。

☆ ☆ ☆

 会談の場は、カラーポルト総督府・第一会議室。
 壁にはアッシュヤード家の金の双翼が掲げられ、その重厚な輝きが室内の冷ややかな空気を強調していた。
 机の向かい側に座っているのは、総督府監査官。
 細身で、神経質そうな顔つき。眼鏡越しの視線が、セファを露骨に見下ろしている。

「――つまり、君は《黒焔鬼》の仕業だと言うわけか?」

「はい。倉庫の火は普通の炎ではありませんでした。証言もあります。黒い炎を見た、と……!」

 セファはまっすぐに言い返す。
 だが監査官はペンをくるくると回し、うんざりしたように息を吐いた。

「黒い炎、ねぇ……。薬品と魔石の配合次第で色が変わるのはご存じないのか? 花火と同じ理屈だ。わざわざ“怪物”を持ち出す必要などないだろう」

「違います!! 黒焔はそんな単純なものじゃありません!!」

「いいや。調査官の報告では“管理不備による薬品燃焼”だ。ギルド側の落ち度として処理されている。違うかね?」

 セファの唇が震える。
 まるで最初から話を聞く気がない態度だった。

 その時、知久が冷静に口を開いた。

「お待ちください。先日の火事でも黒い炎は確認されています。十年前の事件以降も何度も。……偶然の範囲ではありません。ギルドから総督府に報告しているはずですが」

 監査官は鼻で笑った。

「そういえば前任者たちも、“黒い炎”がどうとか言っていたな。まったく、ギルドという場所は言い訳の宝庫だな。――子供を支部長に据えるくらいだ。愚かさも筋金入りだな」

「っ……!」

 セファが机に手をつく。
 青い瞳には涙ではなく、燃えるような怒りが宿っていた。

「私のことはどうでもいいです!! でも……みんなのことをバカにしないでください!!」

 会議室の空気が一瞬止まる。

「母さんも、父さんも……《黒焔鬼》に殺されたんです! あの炎は、ただの事故なんかじゃありません!!」

「セファ、落ち着いて……!」

 知久が制止するが、セファの声は止まらない。
 その叫びは真実を願う叫びだった。
 だが返ってきたのは、乾いた嘲笑。

「理屈ではなく“感情”で語られても困る。支部長と言っても、十三歳の子供か。会議にはまだ早いな」

 知久は静かに拳を握った――怒りを押し殺すように。

「倉庫管理の不備。一般市民への被害。ギルド側の責任として処理する。……よろしいな?」

 セファは悔しさに唇を噛みしめる。
 このまま押し切られる――そう思った、その時。

「――そのあたりにしておくことだ」

 低く鋭い声が、謁見室に響いた。

「ヴィーノおじ様!! ルネおば様が……!!」

「聞き及んでいる」

 扉の奥から姿を現したのは、深い紺の外套をまとった男――
 カラーポルト総督、ヴィーノ・アッシュヤード。

 監査官はあわてて姿勢を正す。

「総督。ギルドの責任については――」

「以後二度と同じことが起きぬよう気をつけてもらえばよい。それで十分だ」

「そ、総督!? まさか古巣に肩入れを――お父上がなんとおっしゃいますかな?」

「……ほう」

ヴィーノの声が低く落ちる。

「王族である私が“私情で判断を誤った”と言いたいのか? ずいぶん偉くなったものだな」

「……滅相もありません」

 監査官は一気に青ざめ、机の上の書類を慌てて整えた。
 セファは呆然とヴィーノを見つめていた。

「ヴィーノ総督……ありがとうございます、です!」

「ただ、総督として妥当な判断をしただけだ」

 その後、別の議題が持ち上がる。

「来週の港祭りについてだが――」

「待ってください!」

 知久が一歩前に出た。

「こんな事件があった後です。怪しい人物もうろついている。何か起きてからでは遅い。今回は中止にすべきでは――」

「却下だ」

 監査官が即答する。

「今だからこそ祭りを開くのだ。街は不安に飲まれている。ここで中止すれば、さらに混乱を生む」

「しかし、ギルド側には怪我人が――」

「そこはギルドが対処することだ。二度と失態を繰り返さぬように、な」

 知久は唇を噛むしかなかった。

☆ ☆ ☆

 会談が終わると、セファはルネの容態が気になり、先に帰っていった。
 廊下に出た知久を、ヴィーノが待っていた。

「先ほどは助け舟を出していただき、ありがとうございました」

「助けたつもりはない。ただ、総督として職務を果たしただけだ」

「……総督は、黒焔鬼のことをご存知なのですよね? なのに、どうして総督府の他の方々は……」

 ヴィーノはゆっくりと知久へ向き直る。

「……それに近づかぬ方が身のためだ。“黒い炎”に触れることは、この街――いや、この国の影に触れることになる」

「影……」

「私から語れることはない。だが、もし何かを知っている者がいるとすれば――王族の者だけだろう」

 王族なら何か知っている。
 逆に言えば、王族以外は“知らされない”。

 知久の背筋に、静かな冷気が走った。

「ヴィーノ総督……あなたは……」

 敵なのか。味方なのか。判別しづらい。
 ヴィーノはふと微笑にも見える表情で言った。

「以前、君に尋ねたな。……セファをどう育てるのか、と」

「はい。まだ、答えは出ていません。でも――もう少しで、出せそうです」

「……そうか。楽しみにしておくとしよう」

 外に出ると、潮風が冷たかった。
 港の向こうには、どす黒い雲がゆっくりと広がりつつある。
 嵐の前触れのように――。
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