異世界働き方改革~エナドリ自販機で社畜を卒業します~

ゼニ平

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第2部 港町の黒焔鬼編

【第16話】「真実の断片」

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 ギルドの医務室には、静かな朝の光が差し込んでいた。
 昨夜まで渦巻いていた混乱が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻しつつある。
 その中で——

「……う、ぅ……」

 微かなうめき声が、静寂を破った。

「おば様!?」

 ベッドに横たわるルネがゆっくりと瞼を開き、霞んだ視線を動かす。
 セファは椅子を倒しそうな勢いで駆け寄り、その手をぎゅっと握った。

「セファ……? ここは……」

「医務室です! 昨日の爆発で……怪我して……っ」

 震える声。しかしルネは口元をゆるめ、いつもの強気な笑みを浮かべた。

「泣くんじゃないよ。あたしゃ、そう簡単には死なないよ」

 その一言で、セファの目に涙がたまる。

「……そうだ、セファ。あんたに話しておかなきゃならないことがある」

 息を整えながら、ルネはゆっくりと語り始めた。

「昨日ね、総督府の依頼で花火用魔石の倉庫に備品確認に行ったんだよ。そしたら——来たのさ。あの男が」

「……ヴィーノ総督、おじ様が?」

 セファの肩がびくりと跳ねる。

「そう。あいつは……昔はあたし達の仲間だった。リヴェラとダリオンと、一緒に夢を語って戦った、かけがえのない仲間だったのにね」

 ルネの瞳が細められ、遠い記憶を追うように揺れる。

 薄暗い倉庫の中——
 備品を確認していたルネの前に、静かに影が立った。

「……お前か。ルネ」

「はん……よく顔を出せたね、裏切り者」

 棘のある声にも、ヴィーノは表情ひとつ崩さない。

「相変わらず手厳しいな」

「総督様が護衛もつけずにこんな倉庫で何してるんだい?」

「ここはギルドと総督府の共同管理倉庫だ。私が見に来ても不自然ではあるまい」

 そこでルネは問うた。

「……あんた、いったい何があったんだい。どうしてギルドを離れて、よりによって総督府なんかについた?」

 ヴィーノは短く息を吐く。

「私はアッシュヤード家の人間。この街は十年前からアッシュヤード家の領地……私が総督になるのは当然の流れだ」

「王族だろうが何だろうが、関係ないよ。あんたはリヴェラとダリオンの“親友”だった。ギルドを良くしようと、一緒に戦った仲間だったじゃないか」

 沈黙。

 長い沈黙のあと——
 ヴィーノは絞り出すように言った。

「……私には、できなかった。アッシュヤード家の血を持つこの身には……“あの闇”が付き纏う」

「闇……?」

 それ以上は語られなかった。

「じゃあ、十年前……リヴェラたちが死んだとき。どうして、あんたはあたしにセファを預けたんだい?」

 再び沈黙。

 そして、ほんの少し迷いの滲んだ声で。

「……あの子だけは、守りたかった。私では……あの闇に呑まれてしまう。だから……」

 それだけ告げると、ヴィーノは倉庫の奥へ、そして外へと消えた。

——その直後に爆発が起きた。

「……それを見ていた作業員の人たちがね」

 ルネはわずかに顔を歪め、痛みを堪えながら続けた。

「“ヴィーノが魔石に何か細工していた”って証言してるよ。あれは事故じゃない、ってね」

「そんな……」

 セファの顔から血の気が引いていく。

「嘘、ですよね? おじ様がそんなこと、するわけ無い……ですよね!?」

 必死に縋るような声。しかしルネの表情は曖昧で――どこか悲しげだった。

「……セファ。今まで黙ってたけど……十年前の火事の日。あんたを抱き抱えてあたしのところまで連れてきたのは、あの男だ」

「……!!」

 セファの息が止まる。
 ルネは天井を見つめるように、かすれて言葉を絞り出した。

「ずっと、あいつは二人を助けようとしてたんだと……そう思ってた。……でも、本当は二人を……」

「もう、やめて!! おば様!!」

 叫ぶセファの声が、医務室に痛いほど響いた。
 ルネははっと我に返り、苦い表情を浮かべる。

「……すまなかったね。黒焔に焼かれたせいで、あたしもおかしくなっちまったのかもしれない。……あんたを傷つけるつもりは、無かったんだよ」

 その声は、いつになく弱々しかった。

「……少し、眠らせてもらうよ」

 ルネの呼吸が落ち着いていく。セファは何も言わず、ただその場を飛び出した。

☆ ☆ ☆

 医務室を出た瞬間、待っていた知久が声をかけた。

「セファ? どうした?」

 その顔を見た途端、堪えていたものが一気に溢れ出した。

「先生!! 私……どうしたらいいのか……わからないんです……! おじ様を信じたいのに……っ」

 泣きながら胸元に飛び込む。知久は驚き、少しうろたえながらも、背を支えるように腕を回した。

「と、とりあえず支部長室に行こうか……」

 二人はゆっくりと部屋へ向かった。

☆ ☆ ☆

 話を聞き終えた知久は、しばらく黙っていた。
 重い沈黙が、部屋の空気に広がる。

「もしあの爆発を起こしたのがヴィーノ総督なら……黒焔鬼の正体は……」

「やめてください!!」

 セファの声は震え、涙で濡れていた。

「おじ様は……いつも優しかったんです。母さんと父さんの話も、いっぱい聞かせてくれて……! みんなは裏切り者だって言うけど……私には……!」

「……」

「そのおじ様が二人を殺した!? そんな事、あるはずない!! そう思うのに……!!」

 言葉にならない想いが、涙となって飛び散る。

「もう、何を信じたらいいかわからないんです!! 先生、私はどうしたらいいんですか!? 何を信じたらいいんですか!? 教えてください!!」

 知久は、セファの叫びを最後まで遮らなかった。
 ただ聞くことに徹し、少女の痛みを受け止めた。

 そして――静かに肩へ手を置く。

「……甘えるな、セファ」

「っ……!」

 顔を上げたセファの瞳が揺れた。

「支部長なんだ。辛くても、逃げたい気持ちがあっても……誰かに答えを押しつけていい立場じゃない」

 容赦ない言葉。
 だが、その声音には揺るぎない信頼がこもっていた。

「だから、これからどうするのかはセファ自身で決めなきゃいけない。ヴィーノ総督を信じるか、疑うか。黒焔鬼と戦うか、逃げるのか」

「私が……決める……」

「俺が決めてしまうと、セファは一生誰かに選択を委ねるようになる。それじゃ、支部長として独り立ちできないだろ?」

「そんな……私は……」

「でもな」

 知久は言葉を区切り、優しく続ける。

「どんな選択をしたとしても、俺はセファを信じてる。セファの決めた道こそが最善だって、そう思ってる」

「先生……」

 知久の視線が、壁に掲げられた青い槍――《グラン・マリヌス》へと移る。

「答えは、あそこにあるんじゃないか?」

 青い刃は、朝の光を受けて静かに輝き、まるで彼女を見守っているようだった。
 セファは拳をぎゅっと握りしめた。

「……私、自分で決めます。何を信じるのか……誰を信じるべきなのか……」

 涙はまだ頬を伝っていた。

 それでも――

 瞳はもう、迷っていなかった。

 窓の外、青い海が静かに揺れている。
 それはまるで、少女の決意を祝福するかのようだった。
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