異世界働き方改革~エナドリ自販機で社畜を卒業します~

ゼニ平

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第2部 港町の黒焔鬼編

【第18話】「奮起」

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 ギルド支部の朝は、いつになく静かだった。
 先日までの混乱が嘘のように、通路には落ち着いた空気が流れている。
 だが、その静けさの奥にあるのは安堵ではなく――嵐が吹き荒れる前の、張り詰めた静寂だった。
 知久は支部長室の前でそっと深呼吸する。

 今日、セファにとって“踏み出す日”になるとわかっていた。
 扉を開けると、セファは部屋の中央に立っていた。

 小柄な体をまっすぐに伸ばし、槍をぎゅっと握りしめている。
 その瞳には迷いではなく、揺るがない光が宿っていた。

「……よし、行こう」

 声をかけると、セファは小さく、しかし力強く頷いた。

☆ ☆ ☆

 ギルドの大広間には、若手からベテランまで多くの冒険者が集まっていた。
 先日の爆破事件の余波で、全員がどこか張りつめた表情をしている。

 そんな中――

「み、みんな……聞いてください!」

 セファが前に出た瞬間、場の空気が揺れた。
 十三歳の少女の声。
 けれど、不思議なほど広く澄み渡り、胸の奥にまっすぐ届いた。

「この前の爆破事件で、怪我人が出ました……その危険は、今も続いています!」

 どよめきが起きる。

「今までは支部長ばっかり襲われてたのに、ついに俺たちも標的か……?」

「おい、やめとけ。あの子は自分から危険を引き受けてるんだぞ」

「このままじゃギルドはもう無理だ……」

 弱気な声がそこかしこから漏れ出した。
 その中で――ベルノーが腕を組み、面倒くさそうに声を上げた。

「で、どうするんです? ギルドを閉鎖するんですか?」

 セファはその問いから逃げなかった。

「ギルドはなくしません」

 きっぱりと言い切った。
 その響きは、少女のものとは思えないほど強かった。

「私は――黒焔鬼を捕まえます! だからみなさん、力を貸してください、です!!」

 広間が一瞬、静まり返る。

「お、おい嬢ちゃん……本気か?」

「黒焔鬼って、十年前から支部長を何人も……!」

 誰もが恐怖を抱えている。
 それでも、セファは怯まず言葉を続けた。

「黒焔鬼は、ずっとギルドを苦しめてきました。私も……本当は怖いです。

 でも、逃げません。誰かに、大事な人を奪われるようなことは、もうたくさんです!!」

 震える声。
 だが、それは覚悟の震え。

「お母さんとお父さんが目指していたギルドを……私たちの家を、守りたいんです」

 その瞬間――広間に深い沈黙が落ちた。

 セファはさらに踏み込む。

「黒焔鬼が……もし私たちのよく知る人だったとしても。“間違いを犯した”大事な人だったとしても。私は支部長として、絶対に目をそらしません。向き合って……ちゃんと決めます!」

 知久は、その横顔を見つめながら思った。

(……強くなったな、セファ)

 最初は泣いてばかりで、言葉も詰まりがちだった少女が――

 今、自分の足で立っている。

 沈黙を破ったのは、若手の一人だった。

「……セファ支部長。俺、手伝います!」

 続いて別の若手も声を上げる。

「俺もいきます! 黒焔鬼なんかに好き勝手させてられない!」

「一緒に戦おう!!」

 その声は波紋のように広がっていく。

 やがて――

「ふん。やっと言ったじゃねぇか、まるでリヴェラさんみたいだ」

 ベテラン勢が腕を組みながら立ち上がった。

「セファが覚悟決めたなら、止めても無駄だな」

「若い芽を守るのは年寄りの役目だ」

 次々と賛同の声が上がり、大広間は熱気に満ちていく。

 ギルドが――ひとつになった。

 セファは深く頭を下げる。

「みんな……本当にありがとう!! 私、このギルドで……本当によかった!!」

 歓声が大広間に響き渡った。
 知久はその光景を見つめながら、静かに息を吸い込む。

「……これが、ギルドなんだな」

 胸の奥に熱が広がった。
 ホワイティアで仲間と作り上げた“働ける場所”。
 あの温かさが――この街にも生まれ始めている。

 黒焔鬼との決戦は近い。
 だが、恐れはなかった。

――このギルドなら、きっと越えられる。

 そう、確信できたからだ。
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