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第4話:鉄屑の桝形と、計算外の執念
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第4話:鉄屑の桝形と、計算外の執念
地平線の彼方、銀色の奔流がアグリ国の平原を飲み込んでいく。
帝国軍の主力、重装騎兵団がついに動いたのだ。
水城の作戦室で、俺はカシムとアイリスに、まったく別の「盤面」を提示していた。
「いいか、僕たちの勝利条件は『帝国を撤退させること』。ただそれだけだ。帝国軍を殲滅する必要もなければ、平城を守る必要すらない」
「しかし陛下、平城は我が国の象徴です!」
と叫ぶカシムに、俺は冷淡に言い放つ。
「あんな石造りの置物、帝国にくれてやればいい。
ボルドー伯はあそこが王の心臓だと思っているが、僕の心臓はこの水城にある『帳簿』と、
クリークを通る『物流』だ。敵にあそこに居座らせれば、
一日につき数千食分の食糧という『損失』を敵に押し付けられる。維持費の肩代わり、感謝したいくらいだよ」
アイリスが僅かに目を見張る。彼女だけは、俺が「誇り」という非生産的な概念を、完全に計算から除外していることに気づいていた。
■ボトルネックの死地
帝国軍の先遣隊が、水城へと続く唯一の侵攻路に殺到した。
そこは、巨大な保税倉庫群に挟まれ、不自然なほど道幅が狭められた物理的なボトルネックだ。
「陛下、敵騎兵隊、第一ゲートへ到達!」
「よし。何万の兵がいようと、ここを通れるのは一度に二十騎が限界だ。
……渋滞のストレスをたっぷりと味わってもらおう」
クリークに架かる細い橋を渡ると、そこは四方を高い城壁に囲まれた四角い広場――『桝形(ますがた)』だ。 進もうにも正面の門は閉ざされ、戻ろうにも後続が橋に押し寄せ、敵軍は袋のねずみとなる。
「カシム、敵は『橋の上』で戦うことの恐ろしさを知らないらしい。……アイリス、準備は?」
「はい、陛下。城壁の上、誤射の余地なく狙い撃てる位置に、射手たちを配置済みです」
城壁の上から、一方的な矢の雨が降り注ぐ。
帝国軍は派手な火矢で反撃できない。
背後の倉庫には商業連合のシンボルがデカデカと描かれ、傭兵団が目を光らせているからだ。
「誤射」の一言では済まされない経済的破滅を恐れ、彼らの手足は縛られていた。
「帝国軍の突破力は速度と質量に依存している。……だが、立ち止まった重装騎兵は、ただの『重い鉄くず』だ」
俺は勝利を確信していた。
……だが、そこから計算外の変数が二つ重なった。
一つは、日和見を決め込んでいた国内の中堅貴族や商人が、平城を落とした帝国軍の威容に怯え、ボルドー伯に同調して帝国に加担したことだ。
彼らが水門を閉じ、上流で水を堰き止めたせいで、防衛の要であるクリークの水位が急激に下がり始めた。
そしてもう一つ。
「……あいつら、馬鹿なのか? メンツのために、この損害を許容するなんて」
帝国の指揮官は、合理的判断を捨てていた。
キルゾーンを「味方の死体」で埋め立ててでも、無理攻めを続行したのだ。
格下の小国に手こずる屈辱を、彼らは何万の兵の命よりも重いと判断した。
泥濘(でいねい)になるはずだった地面が、味方の死体で「舗装」されていく。
■合理性の果て
城門が悲鳴を上げている。
水は消え、鉄の蹄が目前まで迫っていた。
俺は、震える手で机の上の地図を見つめた。
(……間違っていたのか? 感情やメンツを切り捨て、数字だけで勝てると信じた俺のやり方は……)
俺の「合理性」が、人間の醜い「執念」に叩き潰されようとしていた。
横に立つアイリスを見る。彼女の瞳には、かつて俺が買い取った時の強い光がまだ残っている。
「……アイリス。逃げろ」
俺の声は、自分でも驚くほど嗄れていた。
「カシムに連合へ続く裏道を確保させてある。君はここで使い潰されるべき人材ではない。
君の知性があれば、どこでだって『自由』を買い直せるはずだ」
帝国に捕まえられれば、彼女は再び没落奴隷として、今度こそ地獄のような日々を送ることになるだろう。
それだけは、俺の「計算」が許さなかった。
だが、アイリスは動かなかった。
彼女は俺の手を、驚くほど強い力で握りしめた。
城門が轟音と共にひび割れ、帝国の重装騎兵たちの勝ち誇った怒号が隙間から入り込んでくる。
「……アイリス、早く行け! これは命令だ!」
俺が再び叫ぶと、アイリスは手にしていた魔道具を机に置き、真っ直ぐに俺を見つめた。
「陛下、お忘れですか? 私はすでに『自己買取(セルフ・バイアウト)』を終えています」
彼女は自由になった首元を誇らしげにさすり、不敵に微笑んだ。
「私は貴方の所有物ではありません。ゆえに、その逃亡命令に従う義理もありません」
地平線の彼方、銀色の奔流がアグリ国の平原を飲み込んでいく。
帝国軍の主力、重装騎兵団がついに動いたのだ。
水城の作戦室で、俺はカシムとアイリスに、まったく別の「盤面」を提示していた。
「いいか、僕たちの勝利条件は『帝国を撤退させること』。ただそれだけだ。帝国軍を殲滅する必要もなければ、平城を守る必要すらない」
「しかし陛下、平城は我が国の象徴です!」
と叫ぶカシムに、俺は冷淡に言い放つ。
「あんな石造りの置物、帝国にくれてやればいい。
ボルドー伯はあそこが王の心臓だと思っているが、僕の心臓はこの水城にある『帳簿』と、
クリークを通る『物流』だ。敵にあそこに居座らせれば、
一日につき数千食分の食糧という『損失』を敵に押し付けられる。維持費の肩代わり、感謝したいくらいだよ」
アイリスが僅かに目を見張る。彼女だけは、俺が「誇り」という非生産的な概念を、完全に計算から除外していることに気づいていた。
■ボトルネックの死地
帝国軍の先遣隊が、水城へと続く唯一の侵攻路に殺到した。
そこは、巨大な保税倉庫群に挟まれ、不自然なほど道幅が狭められた物理的なボトルネックだ。
「陛下、敵騎兵隊、第一ゲートへ到達!」
「よし。何万の兵がいようと、ここを通れるのは一度に二十騎が限界だ。
……渋滞のストレスをたっぷりと味わってもらおう」
クリークに架かる細い橋を渡ると、そこは四方を高い城壁に囲まれた四角い広場――『桝形(ますがた)』だ。 進もうにも正面の門は閉ざされ、戻ろうにも後続が橋に押し寄せ、敵軍は袋のねずみとなる。
「カシム、敵は『橋の上』で戦うことの恐ろしさを知らないらしい。……アイリス、準備は?」
「はい、陛下。城壁の上、誤射の余地なく狙い撃てる位置に、射手たちを配置済みです」
城壁の上から、一方的な矢の雨が降り注ぐ。
帝国軍は派手な火矢で反撃できない。
背後の倉庫には商業連合のシンボルがデカデカと描かれ、傭兵団が目を光らせているからだ。
「誤射」の一言では済まされない経済的破滅を恐れ、彼らの手足は縛られていた。
「帝国軍の突破力は速度と質量に依存している。……だが、立ち止まった重装騎兵は、ただの『重い鉄くず』だ」
俺は勝利を確信していた。
……だが、そこから計算外の変数が二つ重なった。
一つは、日和見を決め込んでいた国内の中堅貴族や商人が、平城を落とした帝国軍の威容に怯え、ボルドー伯に同調して帝国に加担したことだ。
彼らが水門を閉じ、上流で水を堰き止めたせいで、防衛の要であるクリークの水位が急激に下がり始めた。
そしてもう一つ。
「……あいつら、馬鹿なのか? メンツのために、この損害を許容するなんて」
帝国の指揮官は、合理的判断を捨てていた。
キルゾーンを「味方の死体」で埋め立ててでも、無理攻めを続行したのだ。
格下の小国に手こずる屈辱を、彼らは何万の兵の命よりも重いと判断した。
泥濘(でいねい)になるはずだった地面が、味方の死体で「舗装」されていく。
■合理性の果て
城門が悲鳴を上げている。
水は消え、鉄の蹄が目前まで迫っていた。
俺は、震える手で机の上の地図を見つめた。
(……間違っていたのか? 感情やメンツを切り捨て、数字だけで勝てると信じた俺のやり方は……)
俺の「合理性」が、人間の醜い「執念」に叩き潰されようとしていた。
横に立つアイリスを見る。彼女の瞳には、かつて俺が買い取った時の強い光がまだ残っている。
「……アイリス。逃げろ」
俺の声は、自分でも驚くほど嗄れていた。
「カシムに連合へ続く裏道を確保させてある。君はここで使い潰されるべき人材ではない。
君の知性があれば、どこでだって『自由』を買い直せるはずだ」
帝国に捕まえられれば、彼女は再び没落奴隷として、今度こそ地獄のような日々を送ることになるだろう。
それだけは、俺の「計算」が許さなかった。
だが、アイリスは動かなかった。
彼女は俺の手を、驚くほど強い力で握りしめた。
城門が轟音と共にひび割れ、帝国の重装騎兵たちの勝ち誇った怒号が隙間から入り込んでくる。
「……アイリス、早く行け! これは命令だ!」
俺が再び叫ぶと、アイリスは手にしていた魔道具を机に置き、真っ直ぐに俺を見つめた。
「陛下、お忘れですか? 私はすでに『自己買取(セルフ・バイアウト)』を終えています」
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