初期配置が「詰み」ゲー国家、合理主義で奴隷解放したら帝国軍を撃退した

ニャルC

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第5話:自由の産声、あるいは合理的な愛の形

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第5話:自由の産声、あるいは合理的な愛の形

 城門が砕ける寸前、アイリスはバルコニーの最前線へと歩み出た。  
彼女はまず、帝国の将校たちを見据え、凛とした、正統派の帝国語で語りかける。

「帝国の将星たち、並びに誇り高き騎士の皆様。お初にお目にかかります。
――アイリス・フォン・ボヌールでございます」

 その完璧な発声、一分の隙もない立ち振る舞い。
帝国の将校たちは、この女性を「敵国の女」ではなく、
敬意を払うべき「高貴な淑女」として認識せざるを得なかった。
戦場の空気が、一瞬で彼女の支配下に置かれる。  
一転して、アイリスは最前線で虚無を抱えて剣を握る奴隷兵たちに視線を落とした。
今度は、彼らの心に直接届く、飾り気のない平易な言葉を選んで。

「……そこのあなた。聞こえますか。
私は、あなたたちと同じでした。
首に鎖を巻かれ、使い捨てられるだけの道具でした」

 アイリスは、自分の首筋――かつて鎖があった場所を指差す。

「でも、見て。今の私には、鎖はありません。
アグリ王国の王は言いました。『自分の鎖は、自分で買い戻せ』と。
私は必死で働きました。そして今、私は自由です。誰の所有物でもない。
私の足で立ち、私の意志でここにいます」

 奴隷兵たちの間に、波紋のように動揺が広がる。

「私は貴方たちに問いたい。
死ぬまで『使い捨ての兵』であり続けるのか。
それとも、自らの価値を証明し、鎖を外して歩む『自由な国民』となるのか。
――選びなさい。貴方たちの魂を買い戻せるのは、貴方たち自身だけなのですから!」

 アイリスが深く一礼して下がると、戦場には異様な静寂が訪れた。
将校が「突撃!」と絶叫しても、奴隷兵たちの足は動かない。
彼らの瞳には、恐怖ではなく「迷い」という名の希望が宿っていた。

■泥沼の完成

 この数分間の停止。
アイリスが時間を稼いでいる間、王城から遠く離れた水門では、巡幸中に仕込んだ「教育」が実を結んでいた。

「陛下は言った! 水城が攻められたら、この水門を開けるのが、俺たちの職を守る唯一の手段だってな!」

 ハルトから「水路の仕組み」と「資産の守り方」を教わった国民たちが、自発的にボルドー伯の私兵を包囲し、水門を力任せに開放した。
――轟音。
アイリスの言葉で足を止めていた奴隷兵たちの足元が、一気に底なしの泥沼へと変わる。
無理攻めを続けていた帝国の重装騎兵たちは、自らの「メンツ」の象徴である重い鎧に足を取られ、泥の中へと沈んでいった。

 それを見た商業連合が、ついに計算を終えた。
「……風向きが変わったな。帝国軍の敗北は『確定した赤字』だ。
さあ、加勢してアグリ王に貸しを作るとしよう」

 連合の傭兵団が背後から包囲を完成させ、帝国の誇りは泥濘(ぬかるみ)の中に完全に埋没した。

■新しい平野

 帝国軍の背中が地平線に消えて数日。  
水城の作戦室では、相変わらずカシムが山積みの報告書をさばいていた。

「……陛下。商業連合から面白い声明が届きましたよ。
『アイリス様の演説に感動した傭兵団が、自主的に加勢した不可抗力である。我が連合はあくまで中立である』
だそうです」
「……食えない連中だ。加勢のタイミングまで計算しておいて、帝国への言い訳も忘れないとはな」

 ハルトの苦笑に、カシムが意地悪く身を乗り出す。
「向こうも陛下を『食えない王』だと思っていますから。ある意味、両思いですよ。
……さて、両思いと言えば、結婚式はいつに?」
「……は?」
「まず時期。帝国を退けたばかりの今、民には明るいニュースが不可欠です。次に相手。
帝国軍の足を止めた解放奴隷のヒロインにして、三ヶ国語を操る才媛。
これ以上の相手がどこにいます?
この状況で結婚しない合理的理由、陛下なら説明できますか?」


 ハルトが言葉に詰まると、隣で書類を整理していたアイリスが、悪戯っぽく微笑んだ。  
ハルトは天を仰ぎ、観念したように息を吐く。
(……どうやら、別の戦場では僕の外堀はとっくに埋められていたらしい)

「……アイリス。次回の巡幸は、『王妃』として同行してもらうのが、最も効率がいいと思うんだが
……どうだろうか?」

 ハルトの、精一杯の「合理的」なプロポーズ。  
アイリスはそっと彼の手を取り、これまでで一番美しい笑みを浮かべた。
「ええ、陛下……いつまでも、どこまでも、ご一緒いたしますわ」

 窓の外には、自分たちが買い直した新しい国が広がっている。  
初期配置が最悪のクソゲー。だが、最高のパートナーとなら、
この先の「難易度設定」も悪くないと、ハルトは確信していた。

エピローグ:泥に沈む伝統――ボルドー伯の手記

 静寂が、これほどまでに重苦しいものだとは思わなかった。  
かつて地平線のどこからでも見えたこの「平原の平城」は、今やただの石造りの墓標に過ぎない。
 どこで間違えたのか。
……いや、始まりから私は、あのアグリ王の手の平の上で踊っていたのだ。

 あの日、献上品としてあの娘――アイリスを差し出した時、王の目が変わったのを覚えている。  
死んだ魚のようだった瞳に、鋭い、飢えたような光が宿った。  
私は確信した。「かかった」と。  
若き王は、傾国の美貌に魂を奪われた。
これでアグリ国は、私の、ひいては帝国の筋書き通りに動くはずだった。
 その後の王の乱心は、私の「成功」を裏付けるものに思えた。  
どこへ行くにもあの娘を連れ回し、商談の場にまで座らせる。
伝統を汚し、血筋を軽んじ、ひたすら「数字」と「効率」に耽溺する姿は、まさに女に溺れた愚か者のそれであった。  
私は嘲笑っていた。
伝統ある奴隷制を壊し、先祖伝来の平原を捨てて、卑しい商人共の溜まり場である「水城」に金をつぎ込む王を。

 だからこそ、私は帝国を招き入れた。  
帝国の力で、この狂った王を排除し、正しき「伝統」を取り戻すために。
 だが……。

 戦場に響いた、あの娘の声。  
帝国貴族の格調高い帝国語で、彼女は我らの兵に「選びなさい」と説いた。  
その時、私はようやく理解したのだ。

 あの娘は、王を骨抜きにするための「毒」などではなかった。  
王があの日、あの娘を見た瞬間に宿した光は、情欲などではなかったのだ。  
彼は、私が差し出したアイリスという資源の中に、この国を根底から作り変え、帝国を、
そして私を破滅させるための「最強の駒」を見出していたのだ。

 皮肉なものだ。  
私が仕掛けた「傾国の策」が、王の眠れる知性を呼び覚まし、
あろうことか私たちが拠って立つ「伝統」という名の土台を、
物理的に、そして根底から崩し去る最後の一押しとなったのだから。

 窓の外を見れば、王が築いた水路(クリーク)が、月明かりを反射して銀色の網のように広がっている。  
あれはもはや、帝国の騎兵を通さぬ防壁ではない。  
古い我々を絡め取り、底なしの泥へと引きずり込む、巨大な「鎖」だ。

 アグリ王、ハルトよ。  
君が求めた「合理主義」の果てに、この国に何が残るのか、私にはもう見えない。   
ただ、……伝統は死んだ。  
私が命よりも重いと信じ、血を流して守ろうとしたアグリの伝統を、あの王は一度として「敵」だとすら思っていなかった。  
 これほどまでに惨めな敗北があるだろうか。    
遠く南から、祝祭の鐘の音が聞こえる。  
私が王を縛るために贈った鉄の鎖は、
今や王妃となったあの娘の手で、この国を繋ぎ止める黄金の絆へと鍛え直されたようだ。

さらばだ。新しい時代の怪物たちよ。

後書き
奴隷少女を買い取って、とかよくあります。
それって奴隷商人の資金になるよね?と思ったら人道的な理由のみで奴隷制って廃止されたわけじゃない。
不経済だから。それが発想の原点です。
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