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第4話:不当な糾弾と、砂漠の遺構
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第4話:不当な糾弾と、砂漠の遺構
豪華なホテルのスイートルーム。
その重厚な扉を蹴破らんばかりの勢いで、物流ギルドの幹部たちがなだれ込んできた。
「……そこまでだ、不届き者が。貴様のやっていることは明白なダンピングだ」
僕は窓の外を見つめたまま、ゆっくりと椅子を回転させた。
手元では、カチカチと乾いた算盤の音だけが響いている。
「不届き者、とは心外ですね。何かの計算違いでは?」
「とぼけるな! 南部砂漠への水の独占供給、および特産品の不当な安値販売……。
市場の相場を乱すダンピング行為だ。商売を停止せよ。さもなくば、物流ギルドの総力を以て貴様を抹殺する」
幹部が叩きつけた糾弾状を、僕は指先でつまみ上げ、一瞥もせずにデスクの隅へ置いた。
そして、引き出しから一通の、角が少し折れ曲がった書類を取り出す。
「……おっしゃる意味が、私には少々わかりかねます」
「何だと?」
「一ヶ月前、私はこの書類を手に、貴方たちの門を叩きました。
その時、貴方たちは何と言いましたか? 『信用不足』、『保証金不足』。
そして何より、『素人に商売の真似事はさせない』と、申請を却下されましたよね」
僕は立ち上がり、慇懃無礼な笑みを浮かべて歩み寄った。
「ギルドの加入を認められない私に、なぜギルドのルールが適用されるのですか?」
慇懃無礼な私の態度に、幹部たちは顔を真っ赤にして部屋を去った。
勝利した、と思っていた。事務屋の論理で、無能な既得権益者を論破したのだと。
だが、その驕りは、砂漠の夜に砕かれた。
輸送の最中だった。暗闇から放たれた数本の矢が、馬車の車輪を、そしてザムの肩を射抜いた。
「……ギルドが雇った暗殺者だわ。逃げて、ご主人!」
リナが血を吐きながら剣を振るう。だが、相手はプロだ。
魔法や聖剣のような派手さはないが、確実に「急所」を狙ってくる。
逃げる途中、僕は足元の砂が崩れるのを感じた。
「あ……っ!」
叫ぶ間もなく、僕は崖下の巨大な空洞へと転がり落ちた。
暗い、深い穴の底。
傍らには、落下の衝撃でバラバラに砕け散った算盤が転がっている。
全身を走る激痛。そして、それ以上に痛かったのは「算盤の無力さ」だった。
どれだけ効率を説いても、どれだけ利益を積んでも、物理的な暴力一つで、僕の積み上げた数字はすべてゼロになる。
(神の言う通りだ……。事務屋に、世界は救えない……)
薄暗い空洞の底、リナに手当てを受けながら、僕は虚空を見つめていた。
「……結局、何も残らなかった。
見返してやりたかっただけなのに、僕はまた、あの窓口にいた時と同じ『持たざる男』に戻っただけだ」
自嘲する僕に、リナが静かに、しかし突き放すような声で言った。
「暴力を肯定するつもりはありません。
ギルドは砂漠の輸送コストを無視できる、ご主人を暗殺するほどの脅威と判断したのでしょう。
……ご主人は、商売で成功されてから少しおかしくなったかもしれません」
その言葉に、僕はハッとしてリナを見た。
「あんなに必死に算盤をはじいていたのに。……僕は、何のために数字を追いかけていたんだ……?」
思い出されるのは、ザムの村で水を放出した時の、あの歓喜の顔だ。
元々は水不足で困った人を助けるために始めたはずだった。
なのに、いつの間にか、自分を見下した連中を見返すために金貨を積み上げることばかり考えていた。
「……人に感謝されることを積み上げても、見返せるはずだったのに。僕は、自分だけが勝つための計算をしていた」
ふと、かつて学んだ古い商人の言葉が脳裏をよぎる。
『三方よし。売り手よし、買い手よし、世間よし』自分と相手の利益(数字)だけを見て、その先の「世間(仕組み)」を疎かにしていた。
だからこそ、既存のルールを守る者たちから排除され、暴力に屈したのだ。
やがて、夜が明けた。
空洞の隙間から差し込んだ最初の一筋の光が、地下の全貌を照らし出す。
ただの廃墟だと思っていたそこは、巨大な「貯水槽の遺構」だった。
そしてそこから砂漠の彼方へと伸びる、未完成の「水道橋」の遺構だ。
「……これは、古代の王が砂漠を緑に変えようとして、挫折した夢の跡だ」
ザムが震える声でつぶやく。巨大な石材の輸送コストと、過酷な環境下での労働力。
当時の技術と予算では、この壮大なインフラは維持できなかったのだ。
だが、この遺構の修復が僕ならできる。
僕には重量と容積を無視できる『倉庫』がある。
積み上げた金貨で石材を買い、水を建築現場に運ぶ、輸送コストはゼロだ。
「リナ、ザム。……僕は商人を辞める。これからは、この砂漠の『蛇口』を管理する」
僕の計画はこうだ。
ギルドの反対側の国から、水道橋インフラを修復する。
インフラが砂漠の最初の村や町に到達する。
その水道橋インフラの利用料を次の村や町に延伸する資金にする。
自分たちを豊かにするインフラだ。工事に協力してくれるだろう。
これを繰り返せば、砂漠を貫通する水道橋インフラが完成する。
豪華なホテルのスイートルーム。
その重厚な扉を蹴破らんばかりの勢いで、物流ギルドの幹部たちがなだれ込んできた。
「……そこまでだ、不届き者が。貴様のやっていることは明白なダンピングだ」
僕は窓の外を見つめたまま、ゆっくりと椅子を回転させた。
手元では、カチカチと乾いた算盤の音だけが響いている。
「不届き者、とは心外ですね。何かの計算違いでは?」
「とぼけるな! 南部砂漠への水の独占供給、および特産品の不当な安値販売……。
市場の相場を乱すダンピング行為だ。商売を停止せよ。さもなくば、物流ギルドの総力を以て貴様を抹殺する」
幹部が叩きつけた糾弾状を、僕は指先でつまみ上げ、一瞥もせずにデスクの隅へ置いた。
そして、引き出しから一通の、角が少し折れ曲がった書類を取り出す。
「……おっしゃる意味が、私には少々わかりかねます」
「何だと?」
「一ヶ月前、私はこの書類を手に、貴方たちの門を叩きました。
その時、貴方たちは何と言いましたか? 『信用不足』、『保証金不足』。
そして何より、『素人に商売の真似事はさせない』と、申請を却下されましたよね」
僕は立ち上がり、慇懃無礼な笑みを浮かべて歩み寄った。
「ギルドの加入を認められない私に、なぜギルドのルールが適用されるのですか?」
慇懃無礼な私の態度に、幹部たちは顔を真っ赤にして部屋を去った。
勝利した、と思っていた。事務屋の論理で、無能な既得権益者を論破したのだと。
だが、その驕りは、砂漠の夜に砕かれた。
輸送の最中だった。暗闇から放たれた数本の矢が、馬車の車輪を、そしてザムの肩を射抜いた。
「……ギルドが雇った暗殺者だわ。逃げて、ご主人!」
リナが血を吐きながら剣を振るう。だが、相手はプロだ。
魔法や聖剣のような派手さはないが、確実に「急所」を狙ってくる。
逃げる途中、僕は足元の砂が崩れるのを感じた。
「あ……っ!」
叫ぶ間もなく、僕は崖下の巨大な空洞へと転がり落ちた。
暗い、深い穴の底。
傍らには、落下の衝撃でバラバラに砕け散った算盤が転がっている。
全身を走る激痛。そして、それ以上に痛かったのは「算盤の無力さ」だった。
どれだけ効率を説いても、どれだけ利益を積んでも、物理的な暴力一つで、僕の積み上げた数字はすべてゼロになる。
(神の言う通りだ……。事務屋に、世界は救えない……)
薄暗い空洞の底、リナに手当てを受けながら、僕は虚空を見つめていた。
「……結局、何も残らなかった。
見返してやりたかっただけなのに、僕はまた、あの窓口にいた時と同じ『持たざる男』に戻っただけだ」
自嘲する僕に、リナが静かに、しかし突き放すような声で言った。
「暴力を肯定するつもりはありません。
ギルドは砂漠の輸送コストを無視できる、ご主人を暗殺するほどの脅威と判断したのでしょう。
……ご主人は、商売で成功されてから少しおかしくなったかもしれません」
その言葉に、僕はハッとしてリナを見た。
「あんなに必死に算盤をはじいていたのに。……僕は、何のために数字を追いかけていたんだ……?」
思い出されるのは、ザムの村で水を放出した時の、あの歓喜の顔だ。
元々は水不足で困った人を助けるために始めたはずだった。
なのに、いつの間にか、自分を見下した連中を見返すために金貨を積み上げることばかり考えていた。
「……人に感謝されることを積み上げても、見返せるはずだったのに。僕は、自分だけが勝つための計算をしていた」
ふと、かつて学んだ古い商人の言葉が脳裏をよぎる。
『三方よし。売り手よし、買い手よし、世間よし』自分と相手の利益(数字)だけを見て、その先の「世間(仕組み)」を疎かにしていた。
だからこそ、既存のルールを守る者たちから排除され、暴力に屈したのだ。
やがて、夜が明けた。
空洞の隙間から差し込んだ最初の一筋の光が、地下の全貌を照らし出す。
ただの廃墟だと思っていたそこは、巨大な「貯水槽の遺構」だった。
そしてそこから砂漠の彼方へと伸びる、未完成の「水道橋」の遺構だ。
「……これは、古代の王が砂漠を緑に変えようとして、挫折した夢の跡だ」
ザムが震える声でつぶやく。巨大な石材の輸送コストと、過酷な環境下での労働力。
当時の技術と予算では、この壮大なインフラは維持できなかったのだ。
だが、この遺構の修復が僕ならできる。
僕には重量と容積を無視できる『倉庫』がある。
積み上げた金貨で石材を買い、水を建築現場に運ぶ、輸送コストはゼロだ。
「リナ、ザム。……僕は商人を辞める。これからは、この砂漠の『蛇口』を管理する」
僕の計画はこうだ。
ギルドの反対側の国から、水道橋インフラを修復する。
インフラが砂漠の最初の村や町に到達する。
その水道橋インフラの利用料を次の村や町に延伸する資金にする。
自分たちを豊かにするインフラだ。工事に協力してくれるだろう。
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