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第5話:砂漠の水道王
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第5話:砂漠の水道王
数ヶ月後。
南部砂漠の過半を貫く水道橋という光景。
歴史上かつてない変貌を遂げている。等間隔で並ぶ、堅牢な石造りの『休憩所』。
そこには、かつての砂漠越えにつきものだった悲壮感は微塵もない。
休憩所の中では、誰もわざわざ重い水袋を運ぶなんて重労働はしていなかった。
壁に据え付けられた真鍮の蛇口。
それを捻れば、古代遺構を完璧にリノベーションした地下パイプラインから、透明で冷たい水が、意志を持っているかのように滔々と流れ出てくる。
「……何を、した……。物流の相場はどうなる!」
顔を真っ赤にして乗り込んできた物流ギルドの幹部たちに、僕は優雅にティーカップを差し出した。
「どうぞ、この紅茶を。南部産の最高級茶葉ですが、ここでは水がタダ同然なので安く提供できるんですよ」
僕は窓の外、砂漠をいずれは一本道で繋ぐ水道橋の影を見つめた。
「……わざわざ水を運ばなくても、流れていますよ? 私が管理しているのは『流れ』そのものです。
砂漠を渡るすべての方に、身分を問わず同一料金で使用させる……。それが、現在の私の商売です」
僕は算盤を机に置き、慇懃無礼に頭を下げた。
「物流からは手を引きましょう。荷物を運ぶのは貴方たちの仕事だ。
私はただ、その道中で喉が渇いた方々に、適正な価格で蛇口を貸し出す者に過ぎません。
これからは水以外の品物を、私の作った道で運んでください。その方が、貴方たちも儲かるでしょう?
あと私を暗殺したりインフラを破壊するのはやめた方がいい、砂漠の民全てを敵に回す」
幹部たちは絶句した。 もはや彼らは、僕の作った仕組みの上でしか、砂漠を渡るしかない。
「そこで提案です。この休憩所に、水の販売以外で出店したい方はいませんか?」
幹部たちが、呆気に取られて顔を見合わせた。
「食事に、宿に、装備の修理。水がタダ同然で手に入るこの場所は、砂漠で最も『客が集まる』地点になる。
貴方たちにはビジネスチャンスを、私にはテナント料を。……悪い話ではないはずだ」
絶句する彼らに、僕は算盤をはじきながら畳み掛けた。
「もし、物流ギルドにその気がないのであれば、結構です。他所(商工会)をあたりますので。
……ああ、その場合、貴方たちの荷馬車は私の道を通るたび、他所のサービスを受けることになりますが、よろしいですね?」
「ま、待て! 前向きに検討させてもらう!」
三方よし。 ギルドは僕のインフラに「家賃」を払って依存する協力者(テナント)に成り下がった。
管理塔のオフィス。騎士より秘書に適性があったリナが、扉を叩く。
「局長、次の『勇者候補』が面接に来ています。……今日は三人目ですね」
僕はデスクの書類に目を落とす。
一人は、神に「聖剣」のチートを与えられた勇者。 もう一人は、辺境から這い上がってきた若き女騎士。
そして最後は、魔法の才に恵まれなかった努力家。
彼らは皆、かつての僕と同じように「何か」を成し遂げようと、僕の出資(スポンサーシップ)を求めてこの砂漠へやってくる。
「……僕に魔王は倒せない。けれど、僕が出資した誰かが、きっと世界を救うと信じているよ」
僕は、彼らの志と事業計画を「算盤」にかける。それは冷酷な選別ではない。世界をより良くするための、確実な投資だ。
神様。あんたの言った通り、事務屋に魔王は倒せない。
でも、有望な若者に「出資」することならできる。
面接を終え、バルコニーから砂漠を見下ろす。
「いずれは、四方に水道橋を通す」
神様、見ていますか?世界を救うのは、剣だけじゃない。
一滴の水と、それを届ける仕組みだ。
砂漠の熱風に吹かれながらも、僕のスーツには、今日もシワ一つ付いていなかった。
(本編完)
数ヶ月後。
南部砂漠の過半を貫く水道橋という光景。
歴史上かつてない変貌を遂げている。等間隔で並ぶ、堅牢な石造りの『休憩所』。
そこには、かつての砂漠越えにつきものだった悲壮感は微塵もない。
休憩所の中では、誰もわざわざ重い水袋を運ぶなんて重労働はしていなかった。
壁に据え付けられた真鍮の蛇口。
それを捻れば、古代遺構を完璧にリノベーションした地下パイプラインから、透明で冷たい水が、意志を持っているかのように滔々と流れ出てくる。
「……何を、した……。物流の相場はどうなる!」
顔を真っ赤にして乗り込んできた物流ギルドの幹部たちに、僕は優雅にティーカップを差し出した。
「どうぞ、この紅茶を。南部産の最高級茶葉ですが、ここでは水がタダ同然なので安く提供できるんですよ」
僕は窓の外、砂漠をいずれは一本道で繋ぐ水道橋の影を見つめた。
「……わざわざ水を運ばなくても、流れていますよ? 私が管理しているのは『流れ』そのものです。
砂漠を渡るすべての方に、身分を問わず同一料金で使用させる……。それが、現在の私の商売です」
僕は算盤を机に置き、慇懃無礼に頭を下げた。
「物流からは手を引きましょう。荷物を運ぶのは貴方たちの仕事だ。
私はただ、その道中で喉が渇いた方々に、適正な価格で蛇口を貸し出す者に過ぎません。
これからは水以外の品物を、私の作った道で運んでください。その方が、貴方たちも儲かるでしょう?
あと私を暗殺したりインフラを破壊するのはやめた方がいい、砂漠の民全てを敵に回す」
幹部たちは絶句した。 もはや彼らは、僕の作った仕組みの上でしか、砂漠を渡るしかない。
「そこで提案です。この休憩所に、水の販売以外で出店したい方はいませんか?」
幹部たちが、呆気に取られて顔を見合わせた。
「食事に、宿に、装備の修理。水がタダ同然で手に入るこの場所は、砂漠で最も『客が集まる』地点になる。
貴方たちにはビジネスチャンスを、私にはテナント料を。……悪い話ではないはずだ」
絶句する彼らに、僕は算盤をはじきながら畳み掛けた。
「もし、物流ギルドにその気がないのであれば、結構です。他所(商工会)をあたりますので。
……ああ、その場合、貴方たちの荷馬車は私の道を通るたび、他所のサービスを受けることになりますが、よろしいですね?」
「ま、待て! 前向きに検討させてもらう!」
三方よし。 ギルドは僕のインフラに「家賃」を払って依存する協力者(テナント)に成り下がった。
管理塔のオフィス。騎士より秘書に適性があったリナが、扉を叩く。
「局長、次の『勇者候補』が面接に来ています。……今日は三人目ですね」
僕はデスクの書類に目を落とす。
一人は、神に「聖剣」のチートを与えられた勇者。 もう一人は、辺境から這い上がってきた若き女騎士。
そして最後は、魔法の才に恵まれなかった努力家。
彼らは皆、かつての僕と同じように「何か」を成し遂げようと、僕の出資(スポンサーシップ)を求めてこの砂漠へやってくる。
「……僕に魔王は倒せない。けれど、僕が出資した誰かが、きっと世界を救うと信じているよ」
僕は、彼らの志と事業計画を「算盤」にかける。それは冷酷な選別ではない。世界をより良くするための、確実な投資だ。
神様。あんたの言った通り、事務屋に魔王は倒せない。
でも、有望な若者に「出資」することならできる。
面接を終え、バルコニーから砂漠を見下ろす。
「いずれは、四方に水道橋を通す」
神様、見ていますか?世界を救うのは、剣だけじゃない。
一滴の水と、それを届ける仕組みだ。
砂漠の熱風に吹かれながらも、僕のスーツには、今日もシワ一つ付いていなかった。
(本編完)
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