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第五話
波音と背徳の残り香
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昼間に覗き見た典子さんの着替え。 そして、あのバッグから漂った、男の生々しく卑猥な残香。 それが引き鉄となり、俺の中に眠っていた「奪う」ことへの渇望が激しく脈打ち始めていた。
しかし、家族ぐるみの旅行という公の場では、決定的なきっかけを掴めぬまま二日目の夜を迎えていた。
親たちは宴会の続きで盛り上がり、俺たち若手と子供たちは浜辺で花火を楽しんでいた。ひとしきり火薬の匂いに包まれた後、誰からともなく「肝試しをしよう」という話になった。宿の主人に教わった薄暗い海沿いの道を回り、戻ってくるという単純なものだ。
じゃんけんでペアを決めることになり、運命に導かれるように、俺は典子さんと組むことになった。
「典ちゃん、酔ってるけど大丈夫? 歩ける?」 「あはは、大丈夫よ。でも正樹、私怖いの苦手なんだからね。叫んだり走ったりしないでよ?」
典子さんは酒の勢いもあってか、いつになく上機嫌で若々しい。俺たちは最後尾で宿を出発した。
夜の砂浜は街灯もなく、懐中電灯の細い光だけが頼りだ。
「やだ、今の音なに!? 怖いーっ!」
典子さんはそう言って、俺の右腕に全力でしがみついてきた。ノースリーブから伸びる柔らかな肌の感触。そして、腕に押し付けられる小ぶりだが確かな弾力。
(ああ、当たってる……)
彼女からは風呂上がりの石鹸の香りと、昼間に嗅いだあの独特の甘い匂いが漂っていた。あの下着に染み付いていた、典子さん自身の匂いだ。俺は内心で歓喜しながら、彼女を支えるふりをしてその体温を味わっていた。
前方のペアたちの悲鳴が遠くから聞こえ、静寂がそれを増幅させる。俺は道順をなぞりながらも、隣にいる「人妻」の存在に意識のすべてを奪われていた。
「……あれ? 典ちゃん、こっちで合ってるかな」
浮ついていたせいか、いつの間にか前の組の明かりを見失っていた。気づけば、予定のルートから外れた見知らぬ小道に迷い込んでいた。
「え、嘘でしょ? どうするのよ、正樹」
典子さんの声に不安が混じり始める。ようやく海岸沿いの道に出られたと安堵した瞬間、空が割れたような凄まじい土砂降りが俺たちを襲った。
「うわっ、ひどい雨! 典ちゃん、あそこ!」
俺たちは近くにあった古びた海の家の廃屋に飛び込んだ。屋根はあるものの、風が吹き抜けるボロ屋だ。二人とも一瞬でずぶ濡れになり、俺はTシャツを脱ぎ、絞ると、それで髪を拭いた。典子さんも観念したのか、薄手のパーカーとTシャツを脱ぎ、同じように絞り始めた。
暗がりの中、彼女はブラジャー一枚の姿になった。
「……水着もブラジャーも、似たようなもんでしょ」
強がってみせる彼女の肩は、寒さで小刻みに震えている。雨脚はさらに強まり、潮風が容赦なく体温を奪っていく。
「……寒いね。こうして手で体を擦ったら、少しはあったかくなるよ」
典子さんが俺の腕を擦り始めた。気休めだと分かっていても、俺たちは自然と風の当たらない隅へと身を寄せ合い、お互いの肌を温め合うように触れ合い始めた。
濡れた肌が擦れ合う音と、典子さんの匂いが、俺の理性をじわじわと溶かしていく。
「ねぇ、正樹。……あんた、経験あるの?」
沈黙を破ったのは、典子さんの遠慮のない問いだった。いかにも下ネタ好きの彼女らしい、唐突な質問。
「……あるよ。さすがにね」 「えー、ほんとに? じゃあ何人と経験あるのよ」 「数えたことないけど……三人くらいかな」
まさか、その中に自分の伯母が含まれているとは、彼女は夢にも思わないだろう。
「なによ、典ちゃんこそ何人なの?」 「私? 私は……一人かな。ほら、若いうちに結婚しちゃったから」
その瞬間、妙に重苦しい空気が流れた。下柳さんという夫がいながら、彼女の心に空いた隙間が垣間見えたような気がした。俺がしどろもどろになっていると、典子さんの顔が不意に近づいた。
唇に、柔らかい感触が触れる。 雨音と波の音がすべてをかき消す密室で、典子さんの方からキスをしてきたのだ。
(……きた)
俺が彼女の体に手を伸ばし、指先に力を込めようとしたその時だった。
――ブォォォォン!
激しい雨音を切り裂いて、鋭いヘッドライトの光が小屋を照らし出した。
「おーい! 無事かー!」
宿の主人が軽トラックで探しに来たのだ。
「あっ、車! おじさーん、ここです!」
典子さんは弾かれたように立ち上がり、慌てて服を羽織って外へ飛び出していった。
「よかった、心配したぞ。みんな待ってる」
安心しきった表情の主人。典子さんも「助かりましたー」と安堵の声を上げている。 だが、俺は一人、暗がりの中で激しい苛立ちに震えていた。
(……あと少しだったのに。あと数分あれば、下柳さんから奪えたのに)
車に乗り込む典子さんの横顔は、すでにいつもの「近所の奥さん」に戻っていた。しかし、唇に残った彼女の甘い残り香が、俺の中の怪物をさらに凶暴に育て上げていた。
この旅は、まだ終わっていない。
しかし、家族ぐるみの旅行という公の場では、決定的なきっかけを掴めぬまま二日目の夜を迎えていた。
親たちは宴会の続きで盛り上がり、俺たち若手と子供たちは浜辺で花火を楽しんでいた。ひとしきり火薬の匂いに包まれた後、誰からともなく「肝試しをしよう」という話になった。宿の主人に教わった薄暗い海沿いの道を回り、戻ってくるという単純なものだ。
じゃんけんでペアを決めることになり、運命に導かれるように、俺は典子さんと組むことになった。
「典ちゃん、酔ってるけど大丈夫? 歩ける?」 「あはは、大丈夫よ。でも正樹、私怖いの苦手なんだからね。叫んだり走ったりしないでよ?」
典子さんは酒の勢いもあってか、いつになく上機嫌で若々しい。俺たちは最後尾で宿を出発した。
夜の砂浜は街灯もなく、懐中電灯の細い光だけが頼りだ。
「やだ、今の音なに!? 怖いーっ!」
典子さんはそう言って、俺の右腕に全力でしがみついてきた。ノースリーブから伸びる柔らかな肌の感触。そして、腕に押し付けられる小ぶりだが確かな弾力。
(ああ、当たってる……)
彼女からは風呂上がりの石鹸の香りと、昼間に嗅いだあの独特の甘い匂いが漂っていた。あの下着に染み付いていた、典子さん自身の匂いだ。俺は内心で歓喜しながら、彼女を支えるふりをしてその体温を味わっていた。
前方のペアたちの悲鳴が遠くから聞こえ、静寂がそれを増幅させる。俺は道順をなぞりながらも、隣にいる「人妻」の存在に意識のすべてを奪われていた。
「……あれ? 典ちゃん、こっちで合ってるかな」
浮ついていたせいか、いつの間にか前の組の明かりを見失っていた。気づけば、予定のルートから外れた見知らぬ小道に迷い込んでいた。
「え、嘘でしょ? どうするのよ、正樹」
典子さんの声に不安が混じり始める。ようやく海岸沿いの道に出られたと安堵した瞬間、空が割れたような凄まじい土砂降りが俺たちを襲った。
「うわっ、ひどい雨! 典ちゃん、あそこ!」
俺たちは近くにあった古びた海の家の廃屋に飛び込んだ。屋根はあるものの、風が吹き抜けるボロ屋だ。二人とも一瞬でずぶ濡れになり、俺はTシャツを脱ぎ、絞ると、それで髪を拭いた。典子さんも観念したのか、薄手のパーカーとTシャツを脱ぎ、同じように絞り始めた。
暗がりの中、彼女はブラジャー一枚の姿になった。
「……水着もブラジャーも、似たようなもんでしょ」
強がってみせる彼女の肩は、寒さで小刻みに震えている。雨脚はさらに強まり、潮風が容赦なく体温を奪っていく。
「……寒いね。こうして手で体を擦ったら、少しはあったかくなるよ」
典子さんが俺の腕を擦り始めた。気休めだと分かっていても、俺たちは自然と風の当たらない隅へと身を寄せ合い、お互いの肌を温め合うように触れ合い始めた。
濡れた肌が擦れ合う音と、典子さんの匂いが、俺の理性をじわじわと溶かしていく。
「ねぇ、正樹。……あんた、経験あるの?」
沈黙を破ったのは、典子さんの遠慮のない問いだった。いかにも下ネタ好きの彼女らしい、唐突な質問。
「……あるよ。さすがにね」 「えー、ほんとに? じゃあ何人と経験あるのよ」 「数えたことないけど……三人くらいかな」
まさか、その中に自分の伯母が含まれているとは、彼女は夢にも思わないだろう。
「なによ、典ちゃんこそ何人なの?」 「私? 私は……一人かな。ほら、若いうちに結婚しちゃったから」
その瞬間、妙に重苦しい空気が流れた。下柳さんという夫がいながら、彼女の心に空いた隙間が垣間見えたような気がした。俺がしどろもどろになっていると、典子さんの顔が不意に近づいた。
唇に、柔らかい感触が触れる。 雨音と波の音がすべてをかき消す密室で、典子さんの方からキスをしてきたのだ。
(……きた)
俺が彼女の体に手を伸ばし、指先に力を込めようとしたその時だった。
――ブォォォォン!
激しい雨音を切り裂いて、鋭いヘッドライトの光が小屋を照らし出した。
「おーい! 無事かー!」
宿の主人が軽トラックで探しに来たのだ。
「あっ、車! おじさーん、ここです!」
典子さんは弾かれたように立ち上がり、慌てて服を羽織って外へ飛び出していった。
「よかった、心配したぞ。みんな待ってる」
安心しきった表情の主人。典子さんも「助かりましたー」と安堵の声を上げている。 だが、俺は一人、暗がりの中で激しい苛立ちに震えていた。
(……あと少しだったのに。あと数分あれば、下柳さんから奪えたのに)
車に乗り込む典子さんの横顔は、すでにいつもの「近所の奥さん」に戻っていた。しかし、唇に残った彼女の甘い残り香が、俺の中の怪物をさらに凶暴に育て上げていた。
この旅は、まだ終わっていない。
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