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第1章 ごめんで済んだら聖女はいらない【ディスカール伯爵領編】
豪華な馬車は、針のむしろ
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ガタゴトと心地よいリズムで揺れる馬車の中。
しかし、その空間にあたしとアル、そして伯爵と騎士団長の四人が向かい合って座っているという状況は、控えめに言って「地獄の空気」だった。
あたしは窓の外を流れる見知らぬ景色を眺めるふりをして、必死に気まずさから逃避していた。
膝の上では、あの「猫たぬき」ことアルが、まるでお人形のように静かに丸まっている。
『鈴音、顔が引きつってるよ。もっと慈愛に満ちた聖女っぽい顔をしなよ』
(……うるさい。誰のせいでこんなことになってると思ってんのよ)
頭の中に直接響くアルの声に、あたしは心の中で毒づく。
こいつ、他人の前では一切喋らず、可愛らしい「聖なる使い魔」のフリを完璧にこなしているのだ。
「……あの、スズネ様」
「ひゃいっ!?」
伯爵に声をかけられただけで、変な声が出てしまった。
振り向くと、伯爵と騎士団長が、まるでお宝を拝むようなキラキラした目でこちらを見つめている。
「先ほどの女神サクラ様の御力、本当にお見事でした。
拳を突き出しただけで、あの重装備の兵士たちが木の葉のように舞うとは……。
伝説の聖典にも、あのような奇跡は記されておりませぬ」
でしょうね...
「あ、あはは……。そう、ですよね。
女神様、けっこう……肉体派っていうか、アグレッシブな方なので……」
嘘じゃない。中身(あたし)がパニくって殴っただけだし。
すると、隣に座る騎士団長が、深く頷きながら拳を握りしめた。
「左様ですか。慈悲深さだけでなく、悪を打ち砕く剛勇さも兼ね備えておられるとは。
……女神様が降臨された際、スズネ様のお姿が変わられたのも、
神の依代としての尊き変化なのでしょうな」
「え、あ、まぁ……そんな感じです。
服も勝手に変わっちゃうし、髪も伸びちゃうし。
……正直、自分でも何が起きたのか、よくわかってないんです」
『ほら、適当にごまかして。聖女はミステリアスな方が受けるんだから』
(黙っててってば!)
あたしが膝の上のアルを軽く小突くと、伯爵が「おお……」と感激したような声を漏らした。
「なんと……その聖獣様とも、心を通わせておられるのですか。
その愛くるしいお姿に秘められた神聖な気配……まさに選ばれし者の証ですな」
「き、気配……ですか。ただの、もふもふしたタヌキ……あ、いえ、聖獣ですけど……」
伯爵の目には、この生意気な猫たぬきが後光の差す尊い生き物に見えているらしい。
アルはここぞとばかりに「くぅ~ん」と可愛らしく鳴いて、伯爵の手に鼻先を寄せた。
「おお! 私のような者にまで慈悲を……! スズネ様、この聖獣様のお名前を伺っても?」
「あ、アル……と言います......」
「アル様ですか。素晴らしい……!」
『「様」だってさ、鈴音。敬いなよ』
(後で絶対ぶん殴る……!)
心の中で格闘していると、伯爵の表情がふっと真面目なものに変わった。
「……スズネ様。先ほどの襲撃者たちは、おそらく私の領地を狙う者たちの差し金です。
この国は今、腐敗した貴族たちによって暗雲に包まれています。
ですが、今日確信いたしました。
神が貴女様を遣わしてくださったのは、この国に光を取り戻すため……」
伯爵はあたしの手をそっと握りしめた。
「スズネ様。どうか私に、貴女様を守る栄誉をいただけないでしょうか」
真っ直ぐで綺麗な瞳。
あたしみたいな「学校の屋上から落ちただけの女子高生」には、眩しすぎるくらいの善意だ。
……あーあ。これ、もう「人違いです」なんて言える雰囲気じゃないじゃん。
「……あたしにできることなら、協力します」
そう答えるのが精一杯だった。
その瞬間、騎士団長が「うおおおっ!」と低い声で唸り、伯爵は「ありがとうございます!」と顔を輝かせた。
……あ、握りしめられた手が、ちょっと恥ずかしい。
異世界生活初日。あたしの「聖女生活」は、予想外の重みと共に走り出していた。
しかし、その空間にあたしとアル、そして伯爵と騎士団長の四人が向かい合って座っているという状況は、控えめに言って「地獄の空気」だった。
あたしは窓の外を流れる見知らぬ景色を眺めるふりをして、必死に気まずさから逃避していた。
膝の上では、あの「猫たぬき」ことアルが、まるでお人形のように静かに丸まっている。
『鈴音、顔が引きつってるよ。もっと慈愛に満ちた聖女っぽい顔をしなよ』
(……うるさい。誰のせいでこんなことになってると思ってんのよ)
頭の中に直接響くアルの声に、あたしは心の中で毒づく。
こいつ、他人の前では一切喋らず、可愛らしい「聖なる使い魔」のフリを完璧にこなしているのだ。
「……あの、スズネ様」
「ひゃいっ!?」
伯爵に声をかけられただけで、変な声が出てしまった。
振り向くと、伯爵と騎士団長が、まるでお宝を拝むようなキラキラした目でこちらを見つめている。
「先ほどの女神サクラ様の御力、本当にお見事でした。
拳を突き出しただけで、あの重装備の兵士たちが木の葉のように舞うとは……。
伝説の聖典にも、あのような奇跡は記されておりませぬ」
でしょうね...
「あ、あはは……。そう、ですよね。
女神様、けっこう……肉体派っていうか、アグレッシブな方なので……」
嘘じゃない。中身(あたし)がパニくって殴っただけだし。
すると、隣に座る騎士団長が、深く頷きながら拳を握りしめた。
「左様ですか。慈悲深さだけでなく、悪を打ち砕く剛勇さも兼ね備えておられるとは。
……女神様が降臨された際、スズネ様のお姿が変わられたのも、
神の依代としての尊き変化なのでしょうな」
「え、あ、まぁ……そんな感じです。
服も勝手に変わっちゃうし、髪も伸びちゃうし。
……正直、自分でも何が起きたのか、よくわかってないんです」
『ほら、適当にごまかして。聖女はミステリアスな方が受けるんだから』
(黙っててってば!)
あたしが膝の上のアルを軽く小突くと、伯爵が「おお……」と感激したような声を漏らした。
「なんと……その聖獣様とも、心を通わせておられるのですか。
その愛くるしいお姿に秘められた神聖な気配……まさに選ばれし者の証ですな」
「き、気配……ですか。ただの、もふもふしたタヌキ……あ、いえ、聖獣ですけど……」
伯爵の目には、この生意気な猫たぬきが後光の差す尊い生き物に見えているらしい。
アルはここぞとばかりに「くぅ~ん」と可愛らしく鳴いて、伯爵の手に鼻先を寄せた。
「おお! 私のような者にまで慈悲を……! スズネ様、この聖獣様のお名前を伺っても?」
「あ、アル……と言います......」
「アル様ですか。素晴らしい……!」
『「様」だってさ、鈴音。敬いなよ』
(後で絶対ぶん殴る……!)
心の中で格闘していると、伯爵の表情がふっと真面目なものに変わった。
「……スズネ様。先ほどの襲撃者たちは、おそらく私の領地を狙う者たちの差し金です。
この国は今、腐敗した貴族たちによって暗雲に包まれています。
ですが、今日確信いたしました。
神が貴女様を遣わしてくださったのは、この国に光を取り戻すため……」
伯爵はあたしの手をそっと握りしめた。
「スズネ様。どうか私に、貴女様を守る栄誉をいただけないでしょうか」
真っ直ぐで綺麗な瞳。
あたしみたいな「学校の屋上から落ちただけの女子高生」には、眩しすぎるくらいの善意だ。
……あーあ。これ、もう「人違いです」なんて言える雰囲気じゃないじゃん。
「……あたしにできることなら、協力します」
そう答えるのが精一杯だった。
その瞬間、騎士団長が「うおおおっ!」と低い声で唸り、伯爵は「ありがとうございます!」と顔を輝かせた。
……あ、握りしめられた手が、ちょっと恥ずかしい。
異世界生活初日。あたしの「聖女生活」は、予想外の重みと共に走り出していた。
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