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第二十話 森の暴れん坊 その二
しおりを挟むリックは言った。
「……ゴリラップ!! ゴリラによるラップだよ!」
それを聞いてオリバの表情が曇る。
「ラップか……。ラップ自体やったことがない。そもそもゴリラ語なんて話せないぞ……」
「たまに『ウホッ』って言ってるよね!? リズムに乗ってウホればなんとかなるよ!」
「この勝負、圧倒的に不利だな……」
「これがゴリラ同士の正式な決闘方法なんだよ。キングゴリラはさっきのオリバさんのポーズをみて、戦っても勝てないと思ったんだよ。だから勝てる可能性が高いゴリラップを選んだ」
「でも……」
オリバは口ごもる。
「オリバさんはこの森では部外者、決闘の選択権はないんだよ」
「……わかった、やってみる。この決闘に勝てばキングゴリラはここを通してくれるんだな?」
「もちろん! 決闘で負けたものは約束を絶対に守る。それがこの森の掟だよ。でも、オリバさんが負けたらこの森から去らないといけないよ」
リックが念を押す。
「わかった。俺に選択肢がないのならただ全力を尽くすだけだ」
オリバは地面に落ちているマイクを拾いあげる。
「ウホー!!」
「ウッホホー!!」
「ウヒョー!!」
「ウッ…ゲホゲホ……ガフ……」
ゴリラたちは口々に歓声をあげる。
やはり風邪気味のゴリラがいるようだ。
「ウッホホホーー!!」
キングゴリラが咆哮し、打楽器を叩くように手のひらで自分の分厚い胸板を叩く。
ドラミングと呼ばれる行為だ。
森中に『ポコポコポコ』と乾いた音が響き渡る。
キングゴリラのドラミングに合わせ、子分のゴリラたちもドラミングを始める。
ポコポコポコ――
ポコポコポコ――
ゴリラたちのドラミングがシンクロし始め、一定のリズムを刻む。
キングゴリラが手を差しだす。
マイクを渡せといっているようだ。
オリバはマイクを手渡す。
キングゴリラはゆっくりとマイクを口元に近づける。
ドラミングに乗ってその体は前後に動いている。
ポコポコポコ――
「ウッホホッホ、ホッホホ!」
ポコポコポコ――
「ウホウホウホウッハ!」
キングゴリラがドラミングに乗ってゴリラップを炸裂させた。
「ウキャー!!」
ゴリラたちが一斉に歓声をあげる。
興奮して飛び跳ねまわる。
キングゴリラのゴリラップは良かったようだ。
キングゴリラがマイクをオリバに投げ渡す。
次はオリバのターンだ。
オリバは冷や汗が背中を流れるのを感じる。
ポコポコポコ――
ポコポコポコ――
ドラミングが流れ続けている。
とにかくやってみるしかない。
オリバはマイクを口元に近づける。
ポコポコポコ――
「ウホいウホいウホホイ!」
ポコポコポコ――
「ホイホイ、ホホイ!」
オリバは見よう見まねでゴリラップする。
「ブーー!!」
一斉にブーイングが沸き起こる。
オリバのゴリラップはゴリラたちの心の琴線には触れられなかったようだ。
オリバはますます焦る。
ゴリラップの良し悪しなんてわからない。
マイクはまだオリバが持っている。
さっきのゴリラップがダメだったからもう一度のようだ。
「オリバさん、オリバさん、落ち着いて! 相手に合わせる、必要ない。自分に合わせる、必要だ。自分らしく、オリバらしく、歩もうぜ!」
リックはドラミングに合わせて体を前後に動かしながら無駄にラップっぽく励ます。
「あり、あり、ありがと! マジ、センキュー。俺のラップはヘビー級!」
オリバもなんとなくラップっぽく答える。
しれっと呼び捨てにされたことに若干イラっとしつつも、リックのおかげで緊張が解けた。
ゴリラ語が話せないならどうすれば良いゴリラップができるかなんて考えてもしょうがないのだ。
オリバは考えることをやめる。
答えはいつだって筋肉が知ってる。
オリバはゴリラたちの奏でるドラミングに意識を集中させる。
リズムに合わせて体が自然と前後に動く。
ポコポコポコ――
「ウホウホ、プロプロ、プロテイン!」
ポコポコポコ――
「ウッホ、ウホプロ、プロテイン!」
オリバは無心になって筋肉の赴くままに言葉を紡ぐ。
「ウキャ! ウキャー!!」
ゴリラたちが歓声をあげる。
キングゴリラのときより大きな歓声だ。
興奮のあまり木に登って叫びだすゴリラも現れる。
キングゴリラの顔から余裕の表情が消える。
無理やりオリバからマイクを奪いとる。
ポコポコポコ――
「ウッホゴリゴリ、ウホゴリYO!」
ポコポコポコ――
「ゴリゴリ、ウハウハ、ウハゴリYO! チェケラ!!」
キングゴリラはやり切った表情でオリバを見下ろす。
ゴリラたちは叫びながら辺りを跳びまわり大興奮している。
相当なゴリラップだったようだ。
「リック! あいつ今、『YO』とか『チェケラ』とか言ってたぞ!? キングゴリラは人間の言葉を話すのか?」
オリバは驚いてリックにたずねる。
「キングゴリラはゴリラの王! とても頭がいいんだYO! 何百年も生きているYO! チェケラ!」
リックはイラっとする口調で答える。
オリバにマイクが戻ってくる。
キングゴリラのラップでゴリラたちの興奮は最高潮に達している。
果たしてこれ以上、ゴリラたちを興奮させることが俺にできるだろうか……。
オリバの頭の中に一抹の不安がよぎる。
しかし、オリバは考えることを止める。
ゴリラのドラミングに意識を集中させる。
リズムに乗りながら筋肉の声に耳を傾ける。
ポコポコポコ――
「ウッホ、ゴリゴリ、ゴリマッチョ! チェケラ!」
ポコポコポコ――
「ガチマッチョ、ゴリマッチョ、俺マッチョ! ゴリラ!」
オリバはラップに筋肉への熱い思いをすべて込めた。
「『チェケラ』みたいに『ゴリラ』って使ったYO!」
リックがすかさずつっこむ。
ゴリラたちはただ呆然と突っ立っている。
誰もドラミングさえしていない。
…………。
「ウホウホウホー!!」
「ホホホー! ホホホー!!」
「ウッホホー!! ウ……ガフッ……ガフッガッ……」
ゴリラの大歓声が森中に響き渡る。
風邪気味のゴリラはそろそろ限界のようだ。
ゴリラたちがオリバに向かってバナナを投げ始めた。
中身の入っているバナナだ。
キングゴリラはキャップ帽子を頭から外し、両手を地面についてうな垂れた。
「オリバさん、やったよ! オリバさんの勝ちだ! ゴリラップの勝者には観客からバナナが投げつけられるんだ。キングゴリラ相手にゴリラップで勝てる人間がいるなんて驚いたよ!」
リックは尊敬の眼差しでオリバを見つめる。
「よかった……。最初は焦ったが筋肉の声に耳を傾けてなんとかなった。言葉は種族間で共通じゃない。でも筋肉は共通だ。筋肉の声を聴き、相手の筋肉に語りかければ、相手を突き動かすことができる。答えはいつだって筋肉が知ってるんだ」
「さすがオリバさん! 伊達にそんな凄い体してないね!」
「ありがとう! こんな諺がある。『ペンは剣よりも強し』と。しかし、この諺には続きがある。『ただし、筋肉はペンよりも強し』と」
「そんな諺ないYO!!」
思わず『YO』と言ってしまい、リックは顔を真っ赤に赤らめた。
「ゴホンッ……とにかく先を急ごう。夜中のうちしか魔法のゲートが開かないんだ」
さっきの言葉をごまかすようにリックが言った。
◇◆◇◆◇◆◇
ふたりはさらに森の奥へと突き進む。
深い茂みを抜けると目の前には崖がそびえ立っていた。
「……行き止まりだ。本当にこの道で合ってるのか?」
オリバはリックに確認する。
「あってるよ。もうゲートに到着してるよ」
リックは平然と言う。
「どこにゲートがある? ここには断崖しかないけど……」
「見ててよ。ゲートはエルフの魔法でしか開かないんだよ」
リックは両手で断崖に触れる。
「我、森の守護者エルフなり。森の神・ガイアよ、我を正しい方角へ導き給え! 開けマメ!!」
リックの掛け声とともに崖に大きな穴がひとつ現れた。
穴の中は真っ暗だ。
「これがゲートだよ。夜しか開かない。間に合って良かったね、オリバさん」
リックはニッコリと笑う。
ふたりは穴の中に入る。
その途端、入口が消えた。
ふたりは暗闇の中に取り残された。
「入口が閉じた! 大丈夫か、リック!?」
「オリバさん、安心してよ。こういう仕掛けなんだ」
リックは落ち着いている。
指をパチンと鳴らした。
ふたりを取り囲んでいた暗闇がパズルのように崩れてゆく。
その隙間から朝日がさし込む。
オリバの目の前には無数の木製の槍が空中に浮いており、高い壁を作っていた。
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