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第7話 それが鼻毛というものです
しおりを挟むリエスタ王国の城内。
「娘を救ってくれて本当にありがとう!! エマはわしの大切な一人娘だ。わしにできることならどんな礼でもする。我が国の領地でも、貴族の爵位でも欲しいものをなんでも言ってくれ」
国王自らが俺の手を握りしめる。
「いえ、礼には及びません。俺は戦士として、己の鼻毛道に従っただけです」
「鼻毛道?」
「騎士道みたいなものです。弱きを助け強きをくじく。それが鼻毛道です」
「そ、そうか……。しかし、娘を救ってもらった。わしに何か埋め合わせをさせてくれ」
まっすぐ俺を見つめる国王。
「ノーズさん、お父上のおっしゃる通りです! 見ず知らずの人のために命を懸け、オリハルコンの鎧に身を包んだ獣人を倒すなんてまさに英雄的行動!! 遠慮せずに何でもおっしゃってください」
美しいドレスに身を包んだエマは王女としての気品に満ち溢れている。
「そうはいっても……」
欲しいものを考える。
今までずっと勇者として戦いに明け暮れていた。
ほぼ毎日、鼻毛を抜き、強大なモンスターと死闘を繰り広げていた。
抜いた鼻毛は数知れぬ。
そろそろ鼻毛たちにも休息が必要かもしれない。
庭付きの家で家庭菜園なんかをしながら、野菜と一緒に鼻毛を育てるスロー鼻毛ライフも悪くない。
そんなことを考えていると――
「大変です、国王様!!」
兵士がドアを荒々しく開け、謁見の間に入ってくる。
「何事じゃ!! 今は大切な客人と話しておる。あとにしろ!!」
「緊急事態です!! 太古の厄災が復活しました。北部の町・ノルトが全滅しております!!」
「なっ……太古の厄災じゃとっ!!」
「はい……町に住む人も動物も生き物は全て石化しております。言い伝えが正しければ、数日以内に助けないと本物の石になってしまうかと……」
「光の英雄はどこだ!? わしと光の英雄でノルトに向かう!」
「南部の最難関ダンジョンに遠征中です……。今頃は最下層におり、光の英雄様に連絡することができません。帰還するのは数日後かと……」
「くっ……こんなときに……。」
拳を握りしめる国王。
「だが我が民を見殺しにはできぬ! 親衛隊を今すぐ集めろ! 親衛隊とわしで今からノルトに出発する」
「待ってください! 太古の厄災を封印するには私たち王族の魔力が必要だと言われています。高齢なお父様より私のほうが魔力があります。私がノルトへ向かいます」
エマは国王の前に立ちはだかる。
「そこをどきなさい、エマ! お前はまだ若い。近い将来、この国を統べるべきものだ。わしにもしものことがあれば、この国のことはお前と光の英雄に任せる」
「これだけは譲れません! お父様は過去の戦で片足を失くされているではありませんか! そんな状態でどうやって太古の厄災を封じるおつもりですかっ!? 太古の厄災は強大な祟り神。自殺行為です!!」
「わかっておる。それでも……ノルトの住人を見殺しにはできぬっ! 数日たってもわしが戻らなければ、お前が光と英雄とともに太古の厄災を封じてくれ」
国王は義足を引きずりながらエマの横を通りすぎる。
「ダメですっ!! こんな別れ方あんまりですっ! お母さまが亡くなり、私にとってお父様が最後の家族なんですっ!!」
国王の背中にしがみつくエマ。
エマの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「それはわしも同じじゃ! わしがお前との時間をどれほど大切にしているか知っているだろう!? だが、わしは国王。避けられぬ運命というものがある。今がその時じゃ!」
国王はエマを振りほどこうとする。その瞳には涙がにじんでいる。
「イヤです!! これだけは絶対にダメですっ!!」
エマは国王の服を力いっぱい握りしめる。
「離せ、エマ!! ここがわしの命の使い時だ! 国王が国民を守らなければ、誰が守る!?」
「鼻毛が守ります!!」
思わず鼻から言葉がでてしまった。
俺はこの国の人間ではない。
だが、自らの危険をおかしてまで国民を思うその心に、俺の全鼻毛が打ち震えた。
「「は……ハ・ナ・ゲ……?」」
ポカーンとするエマと国王。
「はい! 鼻毛は誰かを傷つけるためのものではありません。大切なものを守るためのものです。今がその時です。俺が太古の厄災を封印します!」
「ありがとうございます! お父様、ノーズさんは最強の戦士です。私の親衛隊が何もできなかった獣人を倒しております!」
エマの瞳に希望が宿る。
「し、しかし……。太古の厄災は神の一種。不老不死でダメージを与えることもできないと言われておる。唯一の対策が王族に伝わる宝石で封印することだけだ。危険すぎる。なんの義理もないおぬしが、この国のためになぜそこまでしてくれる?」
「命をかけて国民を守るその気高き精神は、鼻を守ろうとする鼻毛に通じるものがあります! そんな気高き精神に感動したからです!」
「ありがたいことだが……鼻毛と一緒にされるのは複雑な心境じゃな……」
「いえ、鼻毛と一緒なんてむしろ光栄なことです! 私はノーズさんと旅をし、鼻毛の奇跡を目の当たりにしてきました!! 鼻毛があればなんでもできます!!」
「何を言ってるんだお前は! 頭でも打ったのか?」
ポカンとする国王。
「御父様、私に行かせてください! ノーズさんと一緒に旅をしてきましたので、戦闘中も私ならノーズさんと息が合います。 少しでも成功確率を上げるためにも、私とノーズさんでノルトへ行かせてください!」
「ならん! 危険すぎる!!」
「御父様、ノーズさんを信じてください! ノーズさんの力は光の英雄様とも引けを取りません!!」
「なっ……」
絶句する国王。
国王の周りにいる親衛隊たちも顔色を変える。
「そんな訳ないだろう! お前も光の英雄の強さは知っておろう。あやつには神の力が宿っている。間違いなく、我が王国の歴史上最強の戦士じゃ」
「本当なんです!! ノーズさんの鼻毛は本物です!」
「「「「鼻毛だってよ……くくっ……」」」」
親衛隊たちは下を向いて笑いをこらえる。
誰もエマの言うことを信じていないようだ。
「ノーズさん、お願いです! 少しでも御父様を安心させるために、みんなに鼻毛の奇跡を見せていただけないでしょうか!!」
濡れた瞳で必死に俺を見つめるエマ。
そんな表情をされたら、やらないわけにはいかない。
「……分かりました。そこにいる親衛隊全員で一斉に俺を攻撃してください。俺は誰も傷つけずにその攻撃を防ぎます」
「なっ……何をいっているのだ?」
国王は言葉の意味がつかめていないようだ。
さっきまでニヤついていた親衛隊から強烈な殺気があふれだす。
全員が獲物を狩る目で俺を見つめている。
さすが国王の親衛隊。いい面構えだ。
「ノーズよ、おぬしは知らぬだろうがここにいる親衛隊は人外の強さじゃ。王国最強の戦士を集め、さらに強化魔法までかけておる。たった一人で敵の軍隊を壊滅したものまでおるのだぞ?」
「問題ありません。どれだけ強かろうと、俺の鼻毛の前では無力です」
「本当にいいのだな? 娘を救ってもらった恩人に怪我をさせたくないのだ」
「心配はご無用です。全力で俺を攻撃してください。さあ、どうぞ」
「わっ……わかった。お前たち、ノーズ殿の全力で攻撃せよ!!」
国王の一声で十数人の親衛隊が俺の周りを取り囲む。
腰を落とし、剣の柄に手をかけている。
俺はゆっくりと鼻に手を伸ばす。
鼻の左穴の中ほどにある鼻毛を一本引き抜く。
くるんとカールしている固い鼻毛だ。
「鼻毛ナンバー159『鼻毛コイン』、発動!」
鼻毛はくるくるとカールしながら成長し、一枚の漆黒の硬貨になる。
「この鼻毛コインが床に落ちたときが戦闘開始の合図だ。手加減は不要。本気で来い」
親衛隊たちをにらみつける。
鼻毛コインを宙にはじく。
静まりかえる城内。
エマは両手を合わせて心配そうにコインを見つめている。
鼻毛コインは宙をくるくると回転しながら床に落下してゆく。
――カランッ
親衛隊たちが剣を抜き、四方八方から俺に切りかかってくる。
「鼻毛ナンバー216『鼻毛ニードル』、発動!」
鼻の右穴の入り口にある鼻毛を引き抜く。
細く短い鼻毛だ。しかし、まっすぐで固い。
鼻毛は無数の小さな針(ニードル)となる。
親衛隊たちに向かって鼻毛の針を投げつける。
親衛隊たちの剣が俺の頭に振り下ろされる。
「「「「なっ……」」」」
目を丸くした親衛隊たちは小さなうめき声をだす。
親衛隊たちの剣は俺の頭の上で止まり、微動だにしない。
「勝負ありました。彼らはもう動けません」
剣を持ったまま止まっている親衛隊たちの間を歩いて、国王の前に立つ。
「ど……どうなっておるのじゃ? なぜ、誰も動けぬのだ!?」
「答えは鼻毛です。細いまっすぐな鼻毛で無数の針を作り、その針を親衛隊たちの腕や脚の関節に打ち込みました。関節に刺さった針のせいで関節が動かなくなります。関節が動かなければ人は動けません」
「あの一瞬で迫りくる親衛隊たちの関節を狙って鼻毛を投げたというのかっ!? なんという技量! しかも親衛隊の鎧を鼻毛が貫くとは……」
「当然です。鼻毛ですから。私の鼻毛は神器オリハルコンをも貫きます」
「は……鼻毛にこれほどの力があるとは……」
絶句する国王。
「それだけではありません。スキル『脱毛』!」
鼻毛ニードルを解除する。
途端に親衛隊たちが動き出し、剣を床に振り下ろした。
「親衛隊たちを見てください。誰もダメージを受けていません。微細な鼻毛を関節に刺しましたが、針治療のようなもので痛みもダメージもありません。鼻毛は人を守るもの。誰かを傷つけるものではありません!」
「人外の強さを誇る親衛隊の体を気遣う余裕まであったというか……」
「国王様、右腕を上げてみてください」
「突然何を言い出すのだ? 悪いがワシは肩を悪くしてしまい、右腕を上げることができぬ」
「いえ、今からはできるはずです。親衛隊に鼻毛針を投げるついでに国王様の右肩にも鼻毛針を刺しておきました。先ほど右腕を動かしづらそうにしておられましたので。鼻毛針によって筋肉の緊張がほぐれ、腕が上がるようになっていると思います」
「そんなばかな……なっ!!!」
国王の右腕が天井に向かってスッと上がる。
「信じられんっ! 王国内の最高の医者に診てもらっても治らなかったものだぞっ!! それを親衛隊との戦闘中に治したというのかっ!」
「当然です。鼻毛ですから。鼻毛に不可能はありません。なぜなら、それが鼻毛というものです」
「これが鼻毛……」
国王は目を大きく見開き、俺の鼻をじっと見つめる。
「御父様、これが鼻毛の奇跡です! どうか私とノーズさんでノルトの町へ行かせてください!!」
「……さっきは悪かった、エマ。ワシは鼻毛の力を見くびっておった。ノーズ殿は光の英雄にも匹敵する強さをお持ちのかたじゃ。ひとりの親としては本当に辛い選択だが、それがノルトの住人を救える可能性が一番高いじゃろう……」
「お父様、ありがとうございます!」
「ただし! 絶対に生きて帰ってくると約束してくれ。ワシにとってもお前は唯一の家族なのだ」
「はい、お約束は必ず守ります!」
強く抱きしめ合うエマと国王。
こうして、俺とエマは北部の町・ノルトへ向けて出発した。
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