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03 トライアル (2)エア・ランナー
15 Vesta (沈黙)
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レイはそれから二日して漸く目を覚ました。連絡が来た時はほっとした。バルと二人で病院の個室に行くと、オーナーのサリムがレイの手を握って神様ありがとうと呟いていた。
「捜査官の……ありがとうございます。本当にありがとう」
レイはかなり危なかったらしい。レプリカントでなければ一日前に死んでいたと言われた。内臓にも出血があったし、頬骨も折れていた。発見した時は脱水状態だった。
「話せますか?」
点滴に繋がれた彼は、大きな絆創膏を顔の半分に貼られていたけど、こくりと頷いた。
「……前から、いじめって言うか。殴られたりがあって、あの日も、学校に寄ったら捕まって……」
駐車場で殴られた。でも普段よりやり過ぎたんだろう、レイが意識を失ってしまった。顔は血塗れ。焦ったいじめっ子たちは彼を廃車になった構内用オートキャリアの中に隠した。
「レイ………どうして言ってくれなかった……。そんな目にあってるなら学校なんて……」
「お父さんが悲しむと思って……それに、俺がレプリカントだからって気にしないでくれるクラスメイトもいっぱいいたし…」
レイは暴力を振るってきた何人かのクラスメイトの名前を言ったが、みんなどこかで聞いたことのあるファミリーネームだった。政治家や有名企業の役員の子供たち。
「いま伺った生徒さんのことを学校にこちらから伝えますか? 逮捕することもできます。暴行なのでその気になれば前科になりますよ」
「そうしよう、レイ。パパは我慢できない」
「…………」
レイは黙って首を横に振った。望まない。
「どうして?」
俺がつぶやいてバルをぱっと見ると、バルは黒い目で俺を見返して、レイとサリムに見えないように人差し指を天井に向けた。黙ってろ。説明は後でする。
「わかりました。こちらの調書には記載させていただきますが、それ以上のことは致しません」
「レイ!」
「いいんだ。お父さん」
「どうして?」
帰りの公用車の中で改めてバルに聞いた。
「サリムの仕事は?」
「果物を中心とした食品輸出入企業の社長」
「会社の規模は?」
「中小」
「だからだよ」
「え?」
「レイは、自分を死ぬ寸前まで痛めつけた奴らを告発したら、父親の会社が潰れるってわかってたんだ。相手のガキどもは桁違いの権力者たちの子どもだ。中小企業を一つ潰すのなんてコール一回さ」
だから犯人は捕まらない。この話は一人の行方不明になったレプリカントの捜索についての調書の中にしかなくなる。誰もそれを読まない。
「諦めるしかない。レイは転校して、新しくやり直す。どんなに悔しくても。俺たちはそれを尊重する。ただ俺は調書に実名を全部書く。なかったことにはしない。それだけしかしてやれないから」
なんだか足が地につかないような気分のまま、また週末が来た。このところずっとそう。バルにも変だと思われてるみたいだ。でもどうしたらいいかわからない。
アラスターとの飛行訓練。ちゃんとしたポート。でも風がある。ゆっくりと着地。ゆっくり。左を強く押して地面に平行を保つ。接地。ほとんど揺れない。うまくいった。
「40時間。お疲れ様」
「ありがとう、アラスターのおかげ」
ヘルメットを取る。アラスターが後ろからキスしてくる。あとは試験を受けるだけ。
「テキストはやった?」
「やった。本当にあれだけでいいの?」
「うん。空の上だからね。交通標識は覚えなくていいよ」
「ふふ」
ブリングから試験を予約する。実技もある。これは認可されている試験場に受けに行かないといけない。
「実技って何をやるの?」
「離着陸。ポートと普通の地面からと両方。風のある無しは運だね。でもヴェスタは大丈夫だと思う」
久しぶりにアラスターと二人でセントラルゲームセンターに来ていた。俺があのまずいけど癖になるトルティーヤを食べたくなったから。
「久しぶりに進めようか」
「うん」
ホルスターを持ってくればよかった。練習になったのに。サバイバーズ・アクト、今日は四面。廃墟の次は車の上、その次だった。ぐらぐら揺れる橋の上を目掛けて前後左右からゾンビが襲いかかってくる。ゾンビの鳥が上からゾンビを落としてくるから油断できない。でもベリーハードに比べると全然だ。クリティカルが連発する。
「え? ヴェスタ、なんだかすごくうまくなってない?」
「へへ……射撃訓練したんだ」
ボスのどろと砂のお化けみたいなやつも難なくクリア。もう少しやりたいな。
「次の面もする?」
「いや。今日はもうやめよう。食べに行こうよ。混むかもしれない」
アラスターはさっさとヘッドギアを置いてしまった。もの足りないけど仕方がない。スクリーンを見るとスコアボードが表示されている。俺の名前がノーマルモードの個人ランキングの五位に入っていた。気がつかなかった。
「すごい。ランクインしたね。バルとやってるみたいだった」
「バルは次元が違うよ。射撃場のトライアルもすごいんだ」
「動体視力がいいんだろうね。運動神経と。羨ましいな」
「そうかも。前にプライズも取ってもらったんだ。光を止めるやつ。目がいいからうまいんだね」
「………」
アラスターが画面を睨んで動かなくなった。
「アラスター?」
「……うん。行こう」
手を強く引かれてブースを出た。痛いくらい。トルティーヤの屋台は混んでいなかったけど、少しずつ人が集まり始めていた。
「よかったね、ちょうどいいね」
「うん」
トルティーヤは相変わらずまずくて興味深い味だった。どうしてなのかな? なぜか確かめたくなるんだよね。このまずさを。
「ねえ、ヴェスタ。その髪はさ」
「ん?」
「今、緑だよね。どうして?」
何の気なく髪の色の条件を言いそうになって、前に知らないとごまかしたのを思い出した。
「さあ。どうしてかな……」
「あのさ、今楽しいからじゃないの? 俺、ユミンから聞いたんだよ。君の髪が青いのは君が嫌な気持ちになった時なんだね? そうなら緑になった時は……」
「たしかに今楽しいけど……わからないよ」
「ヴェスタ」
声が真剣だった。
「嘘つかないで。俺には嘘つかないで」
「………」
髪が見る間に青く変わるのが自分でもわかった。責められてどきどきしているから、空色になる。
「どうして嘘ついたの?」
「……嘘ついたわけじゃないんだ。ほんとに……いつ変わるか自分でもわからないから……」
「自分ではコントロールできないんだね?」
「そう……」
「嫌な時は青、楽しい時は緑で間違いない?」
「うん」
「……じゃあ今は嫌な気持ちなんだね……」
「そうなるから言いたくなかった。言わなかった俺が悪いから、そう思わないで…」
なんでこうなっちゃうんだろう。アラスターを傷つけないように黙ってたことなのに。
「帰ろう」
「アラスター……」
アラスターは家に着くまで何も喋らなくて、俺の髪も青いままだった。
「捜査官の……ありがとうございます。本当にありがとう」
レイはかなり危なかったらしい。レプリカントでなければ一日前に死んでいたと言われた。内臓にも出血があったし、頬骨も折れていた。発見した時は脱水状態だった。
「話せますか?」
点滴に繋がれた彼は、大きな絆創膏を顔の半分に貼られていたけど、こくりと頷いた。
「……前から、いじめって言うか。殴られたりがあって、あの日も、学校に寄ったら捕まって……」
駐車場で殴られた。でも普段よりやり過ぎたんだろう、レイが意識を失ってしまった。顔は血塗れ。焦ったいじめっ子たちは彼を廃車になった構内用オートキャリアの中に隠した。
「レイ………どうして言ってくれなかった……。そんな目にあってるなら学校なんて……」
「お父さんが悲しむと思って……それに、俺がレプリカントだからって気にしないでくれるクラスメイトもいっぱいいたし…」
レイは暴力を振るってきた何人かのクラスメイトの名前を言ったが、みんなどこかで聞いたことのあるファミリーネームだった。政治家や有名企業の役員の子供たち。
「いま伺った生徒さんのことを学校にこちらから伝えますか? 逮捕することもできます。暴行なのでその気になれば前科になりますよ」
「そうしよう、レイ。パパは我慢できない」
「…………」
レイは黙って首を横に振った。望まない。
「どうして?」
俺がつぶやいてバルをぱっと見ると、バルは黒い目で俺を見返して、レイとサリムに見えないように人差し指を天井に向けた。黙ってろ。説明は後でする。
「わかりました。こちらの調書には記載させていただきますが、それ以上のことは致しません」
「レイ!」
「いいんだ。お父さん」
「どうして?」
帰りの公用車の中で改めてバルに聞いた。
「サリムの仕事は?」
「果物を中心とした食品輸出入企業の社長」
「会社の規模は?」
「中小」
「だからだよ」
「え?」
「レイは、自分を死ぬ寸前まで痛めつけた奴らを告発したら、父親の会社が潰れるってわかってたんだ。相手のガキどもは桁違いの権力者たちの子どもだ。中小企業を一つ潰すのなんてコール一回さ」
だから犯人は捕まらない。この話は一人の行方不明になったレプリカントの捜索についての調書の中にしかなくなる。誰もそれを読まない。
「諦めるしかない。レイは転校して、新しくやり直す。どんなに悔しくても。俺たちはそれを尊重する。ただ俺は調書に実名を全部書く。なかったことにはしない。それだけしかしてやれないから」
なんだか足が地につかないような気分のまま、また週末が来た。このところずっとそう。バルにも変だと思われてるみたいだ。でもどうしたらいいかわからない。
アラスターとの飛行訓練。ちゃんとしたポート。でも風がある。ゆっくりと着地。ゆっくり。左を強く押して地面に平行を保つ。接地。ほとんど揺れない。うまくいった。
「40時間。お疲れ様」
「ありがとう、アラスターのおかげ」
ヘルメットを取る。アラスターが後ろからキスしてくる。あとは試験を受けるだけ。
「テキストはやった?」
「やった。本当にあれだけでいいの?」
「うん。空の上だからね。交通標識は覚えなくていいよ」
「ふふ」
ブリングから試験を予約する。実技もある。これは認可されている試験場に受けに行かないといけない。
「実技って何をやるの?」
「離着陸。ポートと普通の地面からと両方。風のある無しは運だね。でもヴェスタは大丈夫だと思う」
久しぶりにアラスターと二人でセントラルゲームセンターに来ていた。俺があのまずいけど癖になるトルティーヤを食べたくなったから。
「久しぶりに進めようか」
「うん」
ホルスターを持ってくればよかった。練習になったのに。サバイバーズ・アクト、今日は四面。廃墟の次は車の上、その次だった。ぐらぐら揺れる橋の上を目掛けて前後左右からゾンビが襲いかかってくる。ゾンビの鳥が上からゾンビを落としてくるから油断できない。でもベリーハードに比べると全然だ。クリティカルが連発する。
「え? ヴェスタ、なんだかすごくうまくなってない?」
「へへ……射撃訓練したんだ」
ボスのどろと砂のお化けみたいなやつも難なくクリア。もう少しやりたいな。
「次の面もする?」
「いや。今日はもうやめよう。食べに行こうよ。混むかもしれない」
アラスターはさっさとヘッドギアを置いてしまった。もの足りないけど仕方がない。スクリーンを見るとスコアボードが表示されている。俺の名前がノーマルモードの個人ランキングの五位に入っていた。気がつかなかった。
「すごい。ランクインしたね。バルとやってるみたいだった」
「バルは次元が違うよ。射撃場のトライアルもすごいんだ」
「動体視力がいいんだろうね。運動神経と。羨ましいな」
「そうかも。前にプライズも取ってもらったんだ。光を止めるやつ。目がいいからうまいんだね」
「………」
アラスターが画面を睨んで動かなくなった。
「アラスター?」
「……うん。行こう」
手を強く引かれてブースを出た。痛いくらい。トルティーヤの屋台は混んでいなかったけど、少しずつ人が集まり始めていた。
「よかったね、ちょうどいいね」
「うん」
トルティーヤは相変わらずまずくて興味深い味だった。どうしてなのかな? なぜか確かめたくなるんだよね。このまずさを。
「ねえ、ヴェスタ。その髪はさ」
「ん?」
「今、緑だよね。どうして?」
何の気なく髪の色の条件を言いそうになって、前に知らないとごまかしたのを思い出した。
「さあ。どうしてかな……」
「あのさ、今楽しいからじゃないの? 俺、ユミンから聞いたんだよ。君の髪が青いのは君が嫌な気持ちになった時なんだね? そうなら緑になった時は……」
「たしかに今楽しいけど……わからないよ」
「ヴェスタ」
声が真剣だった。
「嘘つかないで。俺には嘘つかないで」
「………」
髪が見る間に青く変わるのが自分でもわかった。責められてどきどきしているから、空色になる。
「どうして嘘ついたの?」
「……嘘ついたわけじゃないんだ。ほんとに……いつ変わるか自分でもわからないから……」
「自分ではコントロールできないんだね?」
「そう……」
「嫌な時は青、楽しい時は緑で間違いない?」
「うん」
「……じゃあ今は嫌な気持ちなんだね……」
「そうなるから言いたくなかった。言わなかった俺が悪いから、そう思わないで…」
なんでこうなっちゃうんだろう。アラスターを傷つけないように黙ってたことなのに。
「帰ろう」
「アラスター……」
アラスターは家に着くまで何も喋らなくて、俺の髪も青いままだった。
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