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03 トライアル (3)Vesta & Baltroy
23 Vesta (小さな嘘)
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「ただいまっ」
「おかえりなさい、ヴェスタ」
「今日はシーツもだよ、レッダ」
「はい。洗濯済みのものが出してありますので、明日の朝お願いします」
この退勤後の「ちょっとだけ里帰り」が毎日の楽しみになっていた。アラスターはもちろん、バルにも秘密の息抜き。レッダにコーヒーを出してもらって、自分の部屋に入って、少しだけベッドに横になって、少しだけ目を閉じて一日を思い出して、オートキャリアの予約が切れないうちに帰る。レッダと話をすることも多い。
朝は時間があまりないから、レッダが揃えたバルの朝食と服を持っていくだけで終わってしまう。それはそれで、バルが朝ごはんを食べるそばにいて、一緒に出勤できるから楽しかったけど、帰りのこのひと時は格別だった。息継ぎをしているみたいだった。捜査が全然進まないのは喜んじゃいけないけど……。
「犯人から何かあった?」
「ないな。バグもあれ以来付いてないみたいだ。多分」
「ふられた?」
「うーん」
ザムザたちはダリル・K・ロマの身辺を探っていたけど、相手が未成年だしまだ確証がないから直球では調査できなくて、彼の通う高校や地域の聞き込みをしていた。それでも全然何も浮かんでこない。
『見当違いなんじゃないんですかね。女装までしてくださったのにね?』
「そうかもな。じゃあとっとと犯人捕まえて下さいよ、こっちに遠慮しなくていいんで」
『ウジャト! 口を慎め。頼んだのはこっちなんだよ』
このやり取りも恒例になった。バルとウジャトは仲がいいのかも知れない。
バルがカモフラージュの部屋で暮らし始めて一週間だった。事態は動かない。でも一度目を付けられている以上、やめるわけにいかない。
「あー! 家に帰りてえ。やっぱ自分で掃除だなんだすんの面倒くせえ」
「バルはにおいがダメだから余計だよね」
「うん。それに落ち着かないしな。いつ飛び込まれるかわかんねえからおちおち寝てもいられないだろ」
犯行時刻は六時半から九時。被害者の帰宅に合わせているようだけど、本当にそうなのかはわからない。部屋にいた被害者にドアを開けさせて押し入った可能性もあるからだ。
「あ。バグをこっちから付けてやるか?」
「ダリルに?」
「そう。部屋の様子とかわかるかも知れない。今日のオートキャリアの予約を18番に入れる。つけてやれ」
「ちょっと待って、バルのブリングで付けたら部屋でブリング見られなくなるでしょ。あっちのバグに撮られるかもしれないんだから。俺が付けるから」
こっちのバグは俺が潜入捜査の時に付けたのと同じ、一時間に一枚の設定にした。二日くらいは画像を送ってくれる。叩き落とされなければ。
その日は退勤後にバルと別れてステーションにまず行った。いつものように、ダリル少年が18番の停留所の近くに腰掛けてブリングを見ている。停まっているオートキャリアを確認するふりをして、ブリングを向け、ダリル少年に照準を合わせてバグを飛ばす。サクセスフリー・コネクティド。付いた。
良かった。彼は顔を上げない。気づいていないようだ。
怪しまれないように、しばらくステーションにいるとバルが正面から歩いて来た。黒の、ふくらはぎくらいまで丈のあるシンプルなワンピース。めちゃくちゃ似合う。きれいだ。
バルが俺に気がついた。ちょっと立ち止まる。バルの片眉が上がる。あれは「なんだよ」の意味。唇が「帰れ」と動く。頷く。知らないふりをして、バルとすれ違う。会議室にある服を拾う。オートキャリアに乗って、家に向かう。
まだどきどきしている。
綺麗だった。会えてよかった。十分足らずのバルの家に着いて、レッダに洗濯物を渡すとすぐに自分の部屋に入った。綺麗だった……。
もしバルがあのまま、最初から女性だったらどうだったのかな。
俺なんかじゃ全然だめ。もっとかっこよくて強くて頭もいい人じゃないと。唇が赤かった。すごい愚痴ってたもんな、あれには。ザムザが絶対口紅だけはしろってメモを寄越したらしい。
でもザムザに賛成だ。きりっとしたバルの顔がすごく引き立って、服に負けない。マリーンが監修かな? 品のいい服。目を閉じるとバルのさっきの顔が浮かぶ。あの唇にもしキスしたら。ふふ。バルに屈んでもらわなくちゃ。
柔らかい体。俺の髪を掻き上げる。長い指はあまり変わらない。
──これからはここを見ればいいんだ。
こんな所見ないだろ?
──そんなことないよ。お前は集中するとすぐそうする………。
──ヴェスタ、教えとかなきゃいけなかった。このキスは恋人とするキスなんだよ。
幸せな気分で目を開けると、辺りが真っ暗だった。
ここ、どこ?
暗視に切り替える。バルの家だ! 眠ってしまった。何時?
ブリングを開く。アラスターからコールが来ていた。八時半。慌てて部屋を出る。レッダは部屋の中に干渉できないんだ。
「ヴェスタ、お客様ですが開けていいですか」
「え? え? 俺に?」
「はい」
「でももう俺出るよ?」
がちゃんと玄関の扉を開けると、アラスターが目の前に立っていた。叫びそうになって、なんとか飲み込んだ。アラスターは泣きそうな顔をしていた。すごくまずいことが起きたのはわかった。俺の横を掠めるように通って、部屋の中に。
「バル、いるの?」
「アラスター! 違うんだ」
「バルなら出張で戻りません。ヴェスタはバルの荷物を置きに来て眠ってしまったんです」
レッダが淡々と答えた。良かった。
「そう……」
「ごめん……懐かしくてつい、ベッドに横になったらそのまま寝ちゃって」
アラスターがテーブルの上のカップをじっと見た。グリーンのマグカップ。コーヒーが入っている。俺が今日は手をつけずに部屋に入ってしまったから。
「わかったよ。とりあえず家に帰ろう」
何かを確かめるようにマグに少しだけ触れた大きな手は、そのまま俺の肩を痛いくらいに抱いて足早に部屋を出た。怖い。屋上にいく。アラスターはエアランナーで来ていた。いつものように、俺が乗り込む時は手を差し出してくれる。
「今日だけなの?」
「……え?」
「バルの家に届け物をするのは。もしかして、朝晩の現場チェックってこれ?」
どうしよう。また誤魔化してアラスターを安心させた方がいい? もう本当のことを言う? どっちがいいの? 今日だけだよって? どうして俺の居場所がわかったの?
「…………」
「これなんだね? 朝も夜も。一日二回も」
「……あのねアラスター、仕事なのは本当。バルが今、案件の関係で家に戻れないから、だから」
「そう」
「……誤解させちゃうと思ったし……、案件の細かいとこは言えないから」
何も悪いことはしてないはずなのに、なんだろう。この居心地の悪さ。
「ほんとに今日はうっかりしたんだ。心配かけてごめんなさい」
飛ぶとほんの五分かそこら。マンションに着いてしまう。ランナーはなんの制動も感じさせずにそっとポートに停まった。アラスターは無言だ。部屋に入ってからも何も話さない。ランプが忠犬のように食事を乗せたサービステーブルを走らせて来た。
「アラスターも食べずに待っててくれたの? 本当にごめん……」
「局にコールしたら、とっくに帰ったって言うから。何かあったんじゃないかと思って。今レプリカントを殺す事件があるだろ」
それ。その事件なんだけど。守秘義務があるから言えない。
「食べようか。ランプも困ってるみたいだからね」
食べるけど、味がわからない。アラスターが目を合わせてくれない。
「何もなくて良かった」
「どうやって俺のいるところ、わかったの?」
「局内の人が持ってるブリングには位置情報検索がついてるんだよ。IDさえわかっていれば追跡できる」
そうか。それでか。前にバルからも聞いたことがあったような気がする。
「君がここに持ってきたマグは、君の?」
頭が真っ白になった。俺が持ってきたマグカップ。深いブルーの。
「なんで?」
「さっき、バルの家のテーブルに色違いのがあっただろう。ああいうのはお客さんに出すマグじゃない。あれは誰の?」
「俺のだよ! バルがゲームで取ってくれたんだ」
「二つとも?」
「……そうだよ」
「じゃあ、二つとも持ってきてくれれば良かったのに。二人で使えたじゃないか」
アラスターの明るいアンバーの瞳。わからない。何かが俺を弾く。俺のことを拒絶する何かが目の中に潜んでいて、俺の方を覗き込んでいる。
「ゲームの景品だよ。そんな大したものじゃ……」
──マグカップなんて、いらないんじゃないか。二人で新しいの買えよ。
俺の宝物だよ。バル。
「君には守秘義務があるものね。誤魔化すのは仕方ないと思わないといけないのかな」
誤魔化すのは。何度目? 小さな嘘をつくのは。俺だってこんなことしたくない。
「ね、ヴェスタ。君のお願いはなんでも聞きたい。君の言うことは何でも信じたい。愛してるから。でもそれは難しいことかもしれないね」
でもバルのことを、心にとどまり続けるさまざまな出来事を、これらに触れてほしくないと思うことを、誰からも隠しておきたいと思うことを、どうしても止められない。
だって嫌なんだろ? アラスターは。俺が結局どう足掻いても、どんなに思い込もうとしても、バルは友達どころの人じゃないってことが。
やっとわかったんだ。あの人は別次元だ。それを無理に隠そうとしたら、嘘しかなくなってしまう。
「毎日『現場チェック』に行くよって言った時、君はすごく嬉しそうだったね。髪もグリーンだった。仕事が楽しいのかなって思ったよ。俺も嬉しかった。でもあれはバルの家に毎日行けるからだったんだね……」
「でも何もしてないよ。朝はバルに会うけど、帰りは会わないんだ。荷物を部屋に置いてくるだけだよ。俺の部屋に入ったのは……本当にただ出来心で……バルも知らないことだ」
「今日が初めてなの? 前の自分の部屋に入ったのは。正直に言って」
「……初めてじゃない。まだ俺の荷物もあったし……」
「帰りたいの?」
「そういうことじゃない。どうしてそうなるの?」
アラスターはふっとため息をついた。
「君はどうしたら俺のものになるの?」
アラスターのものに? バルにも言われた。人のものだからって。俺は誰かのものにならないといけないの?
「俺がオーナーだったら良かったね。俺がオーナーで……君が最初から俺のレプリカントだったら」
アラスターが席を立って、ソファに腰掛けた。俺には行くところがない。
「おかえりなさい、ヴェスタ」
「今日はシーツもだよ、レッダ」
「はい。洗濯済みのものが出してありますので、明日の朝お願いします」
この退勤後の「ちょっとだけ里帰り」が毎日の楽しみになっていた。アラスターはもちろん、バルにも秘密の息抜き。レッダにコーヒーを出してもらって、自分の部屋に入って、少しだけベッドに横になって、少しだけ目を閉じて一日を思い出して、オートキャリアの予約が切れないうちに帰る。レッダと話をすることも多い。
朝は時間があまりないから、レッダが揃えたバルの朝食と服を持っていくだけで終わってしまう。それはそれで、バルが朝ごはんを食べるそばにいて、一緒に出勤できるから楽しかったけど、帰りのこのひと時は格別だった。息継ぎをしているみたいだった。捜査が全然進まないのは喜んじゃいけないけど……。
「犯人から何かあった?」
「ないな。バグもあれ以来付いてないみたいだ。多分」
「ふられた?」
「うーん」
ザムザたちはダリル・K・ロマの身辺を探っていたけど、相手が未成年だしまだ確証がないから直球では調査できなくて、彼の通う高校や地域の聞き込みをしていた。それでも全然何も浮かんでこない。
『見当違いなんじゃないんですかね。女装までしてくださったのにね?』
「そうかもな。じゃあとっとと犯人捕まえて下さいよ、こっちに遠慮しなくていいんで」
『ウジャト! 口を慎め。頼んだのはこっちなんだよ』
このやり取りも恒例になった。バルとウジャトは仲がいいのかも知れない。
バルがカモフラージュの部屋で暮らし始めて一週間だった。事態は動かない。でも一度目を付けられている以上、やめるわけにいかない。
「あー! 家に帰りてえ。やっぱ自分で掃除だなんだすんの面倒くせえ」
「バルはにおいがダメだから余計だよね」
「うん。それに落ち着かないしな。いつ飛び込まれるかわかんねえからおちおち寝てもいられないだろ」
犯行時刻は六時半から九時。被害者の帰宅に合わせているようだけど、本当にそうなのかはわからない。部屋にいた被害者にドアを開けさせて押し入った可能性もあるからだ。
「あ。バグをこっちから付けてやるか?」
「ダリルに?」
「そう。部屋の様子とかわかるかも知れない。今日のオートキャリアの予約を18番に入れる。つけてやれ」
「ちょっと待って、バルのブリングで付けたら部屋でブリング見られなくなるでしょ。あっちのバグに撮られるかもしれないんだから。俺が付けるから」
こっちのバグは俺が潜入捜査の時に付けたのと同じ、一時間に一枚の設定にした。二日くらいは画像を送ってくれる。叩き落とされなければ。
その日は退勤後にバルと別れてステーションにまず行った。いつものように、ダリル少年が18番の停留所の近くに腰掛けてブリングを見ている。停まっているオートキャリアを確認するふりをして、ブリングを向け、ダリル少年に照準を合わせてバグを飛ばす。サクセスフリー・コネクティド。付いた。
良かった。彼は顔を上げない。気づいていないようだ。
怪しまれないように、しばらくステーションにいるとバルが正面から歩いて来た。黒の、ふくらはぎくらいまで丈のあるシンプルなワンピース。めちゃくちゃ似合う。きれいだ。
バルが俺に気がついた。ちょっと立ち止まる。バルの片眉が上がる。あれは「なんだよ」の意味。唇が「帰れ」と動く。頷く。知らないふりをして、バルとすれ違う。会議室にある服を拾う。オートキャリアに乗って、家に向かう。
まだどきどきしている。
綺麗だった。会えてよかった。十分足らずのバルの家に着いて、レッダに洗濯物を渡すとすぐに自分の部屋に入った。綺麗だった……。
もしバルがあのまま、最初から女性だったらどうだったのかな。
俺なんかじゃ全然だめ。もっとかっこよくて強くて頭もいい人じゃないと。唇が赤かった。すごい愚痴ってたもんな、あれには。ザムザが絶対口紅だけはしろってメモを寄越したらしい。
でもザムザに賛成だ。きりっとしたバルの顔がすごく引き立って、服に負けない。マリーンが監修かな? 品のいい服。目を閉じるとバルのさっきの顔が浮かぶ。あの唇にもしキスしたら。ふふ。バルに屈んでもらわなくちゃ。
柔らかい体。俺の髪を掻き上げる。長い指はあまり変わらない。
──これからはここを見ればいいんだ。
こんな所見ないだろ?
──そんなことないよ。お前は集中するとすぐそうする………。
──ヴェスタ、教えとかなきゃいけなかった。このキスは恋人とするキスなんだよ。
幸せな気分で目を開けると、辺りが真っ暗だった。
ここ、どこ?
暗視に切り替える。バルの家だ! 眠ってしまった。何時?
ブリングを開く。アラスターからコールが来ていた。八時半。慌てて部屋を出る。レッダは部屋の中に干渉できないんだ。
「ヴェスタ、お客様ですが開けていいですか」
「え? え? 俺に?」
「はい」
「でももう俺出るよ?」
がちゃんと玄関の扉を開けると、アラスターが目の前に立っていた。叫びそうになって、なんとか飲み込んだ。アラスターは泣きそうな顔をしていた。すごくまずいことが起きたのはわかった。俺の横を掠めるように通って、部屋の中に。
「バル、いるの?」
「アラスター! 違うんだ」
「バルなら出張で戻りません。ヴェスタはバルの荷物を置きに来て眠ってしまったんです」
レッダが淡々と答えた。良かった。
「そう……」
「ごめん……懐かしくてつい、ベッドに横になったらそのまま寝ちゃって」
アラスターがテーブルの上のカップをじっと見た。グリーンのマグカップ。コーヒーが入っている。俺が今日は手をつけずに部屋に入ってしまったから。
「わかったよ。とりあえず家に帰ろう」
何かを確かめるようにマグに少しだけ触れた大きな手は、そのまま俺の肩を痛いくらいに抱いて足早に部屋を出た。怖い。屋上にいく。アラスターはエアランナーで来ていた。いつものように、俺が乗り込む時は手を差し出してくれる。
「今日だけなの?」
「……え?」
「バルの家に届け物をするのは。もしかして、朝晩の現場チェックってこれ?」
どうしよう。また誤魔化してアラスターを安心させた方がいい? もう本当のことを言う? どっちがいいの? 今日だけだよって? どうして俺の居場所がわかったの?
「…………」
「これなんだね? 朝も夜も。一日二回も」
「……あのねアラスター、仕事なのは本当。バルが今、案件の関係で家に戻れないから、だから」
「そう」
「……誤解させちゃうと思ったし……、案件の細かいとこは言えないから」
何も悪いことはしてないはずなのに、なんだろう。この居心地の悪さ。
「ほんとに今日はうっかりしたんだ。心配かけてごめんなさい」
飛ぶとほんの五分かそこら。マンションに着いてしまう。ランナーはなんの制動も感じさせずにそっとポートに停まった。アラスターは無言だ。部屋に入ってからも何も話さない。ランプが忠犬のように食事を乗せたサービステーブルを走らせて来た。
「アラスターも食べずに待っててくれたの? 本当にごめん……」
「局にコールしたら、とっくに帰ったって言うから。何かあったんじゃないかと思って。今レプリカントを殺す事件があるだろ」
それ。その事件なんだけど。守秘義務があるから言えない。
「食べようか。ランプも困ってるみたいだからね」
食べるけど、味がわからない。アラスターが目を合わせてくれない。
「何もなくて良かった」
「どうやって俺のいるところ、わかったの?」
「局内の人が持ってるブリングには位置情報検索がついてるんだよ。IDさえわかっていれば追跡できる」
そうか。それでか。前にバルからも聞いたことがあったような気がする。
「君がここに持ってきたマグは、君の?」
頭が真っ白になった。俺が持ってきたマグカップ。深いブルーの。
「なんで?」
「さっき、バルの家のテーブルに色違いのがあっただろう。ああいうのはお客さんに出すマグじゃない。あれは誰の?」
「俺のだよ! バルがゲームで取ってくれたんだ」
「二つとも?」
「……そうだよ」
「じゃあ、二つとも持ってきてくれれば良かったのに。二人で使えたじゃないか」
アラスターの明るいアンバーの瞳。わからない。何かが俺を弾く。俺のことを拒絶する何かが目の中に潜んでいて、俺の方を覗き込んでいる。
「ゲームの景品だよ。そんな大したものじゃ……」
──マグカップなんて、いらないんじゃないか。二人で新しいの買えよ。
俺の宝物だよ。バル。
「君には守秘義務があるものね。誤魔化すのは仕方ないと思わないといけないのかな」
誤魔化すのは。何度目? 小さな嘘をつくのは。俺だってこんなことしたくない。
「ね、ヴェスタ。君のお願いはなんでも聞きたい。君の言うことは何でも信じたい。愛してるから。でもそれは難しいことかもしれないね」
でもバルのことを、心にとどまり続けるさまざまな出来事を、これらに触れてほしくないと思うことを、誰からも隠しておきたいと思うことを、どうしても止められない。
だって嫌なんだろ? アラスターは。俺が結局どう足掻いても、どんなに思い込もうとしても、バルは友達どころの人じゃないってことが。
やっとわかったんだ。あの人は別次元だ。それを無理に隠そうとしたら、嘘しかなくなってしまう。
「毎日『現場チェック』に行くよって言った時、君はすごく嬉しそうだったね。髪もグリーンだった。仕事が楽しいのかなって思ったよ。俺も嬉しかった。でもあれはバルの家に毎日行けるからだったんだね……」
「でも何もしてないよ。朝はバルに会うけど、帰りは会わないんだ。荷物を部屋に置いてくるだけだよ。俺の部屋に入ったのは……本当にただ出来心で……バルも知らないことだ」
「今日が初めてなの? 前の自分の部屋に入ったのは。正直に言って」
「……初めてじゃない。まだ俺の荷物もあったし……」
「帰りたいの?」
「そういうことじゃない。どうしてそうなるの?」
アラスターはふっとため息をついた。
「君はどうしたら俺のものになるの?」
アラスターのものに? バルにも言われた。人のものだからって。俺は誰かのものにならないといけないの?
「俺がオーナーだったら良かったね。俺がオーナーで……君が最初から俺のレプリカントだったら」
アラスターが席を立って、ソファに腰掛けた。俺には行くところがない。
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