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05 追跡
12 Baltroy (ここにいる理由)
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オートキャリアは、どんどん街の外れに向かっていた。昨夜はあれからヴェスタが部屋に鍵をかけてしまって、ノックしても開けてくれなかった。お陰で今朝も顔を見れていない。仕方がない。俺も頭を冷やさないといけない。言い方を間違えたと思う。
久々に、家の中で青い髪のヴェスタを見た。
だって仕方ないだろ。俺では夢を叶えてあげられない。ヴェスタの時間は限られている。誰か同じ思いのやつと結婚しないとだめだ。アラスターと続いてりゃ良かったよな……。
だったら早くヴェスタから手を離せばいいのに。
頭の後ろから声が聞こえる。そう思うんなら早くあいつを自由にしろよ。いつまでも留めているのはお前だ。ヴェスタの周りをうろちょろして、ちょっかいをかけて気を引いてるのはお前だ。
そうだよ。その通りだ。あんなに泣かせるくらいなら、さっさと俺がヴェスタから離れたらいい。バディも替えて、同居もやめる。三年続いたんだ。最長記録更新だろ。替えたいって言っても局長は諦めるさ。五人目。ヴェスタは充分仕事ができる。誰のバディにだってなれるだろう。問題は俺の次のバディになりたがる奴がいるかどうかってことだけ。
「最近、背の高い灰色の目の奴がこの辺で働いてませんか?」
「さあね。ガタイのいいのは結構いるからわからんよ。なんならあんたも働かないか? 人手不足なんだ」
時間を無駄にさせたくない。そんなに短い時間じゃないけど、結婚相手を見つけて結婚して子どもを育てるとしたら、ヴェスタに与えられた時間はそんなに長くもない。俺と結婚なんかしたら、数年は潰れてしまう。俺みたいな面倒くさい化け物に長々と付き合わせるわけにはいかない。
「たぶん、この画像とかなり印象は違ってると思うんですが」
「ゴーシェ・ノッディングハム? うーん、見たような見てないような。兄弟? 雰囲気が似てるね」
ゴーシェと俺は確かに似たところがある。身長。目の感じ。体格。マリーンを探した時のことを思い出す。ヴェスタが髪を染めた。あれは楽しかったな。兄弟のふりをさせたんだ。いっそあれをまたやるか? どうかな。あれはヴェスタだったから良かったんだ。
このあたりには防犯カメラはほとんどない。荒っぽい作業員たちとそれを慰める水商売の店が、砂の色をして並んでいるダウンタウンだ。まずこの辺に潜り込むんじゃないかと思ったんだけどな。
仕方がない。堂々と捜査できないから当てずっぽうだ。昨日イリーナと話をして、少しだけゴーシェのことを思い出した。
プライマリースクールの五年生の時に、ゴーシェは突然施設にやって来た。何かの配慮だったのか、普段は誰かが入って来たら入所パーティみたいなことをするのに、やつに限ってはある日からふっと同じ施設にいた。
グレイまじりの金髪に、灰色の目を落ち着かなそうにキョロキョロさせていた。俺は他に仲のいいやつもいたから、積極的に声をかけようとは思わなかった。新人に世話を焼いてやるくらい親切なわけでもない。全然接点がなかった。
「この人? うーん、灰色の目で背の高いのは見たことある気がするな。でも、確かにこの人かって言われたら自信ないな。まゆがなくて帽子かぶってたからね。もっと痩せてたし」
「その人かも。どこで見ました?」
「あー、西側の工事現場に向かう方のオートキャリアに乗ってったと思うけどね。確かにとは言えないな。何しろ新顔なんて毎日来るから」
「ありがとう」
工事現場へのオートキャリアは定期便で出ている。バスタイプで大型のものが多い。ここから乗って行ったとするなら、今度はどこに繋がる?
ヴェスタがいればな。何か思いつくんだろうが。
ここに戻ってくるかな。ベンチに腰を下ろす。沢山の人が行き来している。いかにも肉体労働者といった風貌の人物が多い。あいつを見つけてどうするかな。捕まえる? まあそうだ。それしかしようがない。二人殺してる。これからもやるかも知れない。そんなやつ逃すなよな。何年食らうのか………手口も残忍だし、累積で何十年? 三桁いくかな? 怨嗟。こんな体に産んだ怨嗟だと言った。恨みたくなる気持ちはわかる。
わかるよ、ゴーシェ。
目の前にオートキャリアが停まる。何人もの男たちが降りてくる。埃の匂い。石の匂い。
ゴーシェはいじめられて施設を変わったとイリーナは言った。
そうなんだよ。いじめられるんだ。怪我が治ったりずっと若いままだったりするアドバンテージより、普通の人間だったら楽だったと思うくらいに。
クラスメイトだけじゃない。教師の方だって率先していじめてくれた。みなさん、人に石を投げたりしたらだめですよ。どうなるのか、試しにバルトロイくんにみんなで投げてみましょう。バルトロイくんは特別だから石を投げても大丈夫。でもみなさんはいけませんよ。
大丈夫なわけないだろ。傷が治るからって痛みはお前らと一緒なんだよ。なんで痛くないと思うんだ? 石を投げられて俺が嫌な気分にならないとでも思うのか?
わかってる。ただ俺のことが気に食わないだけ。石を投げたいから投げる。異質だから。
俺の時は、俺がよく服に血をつけているのを見つけた隣のクラスの先生がやめさせてくれた。
体に傷が残らないから、こっそり動画を撮影してあちこちに掛け合ってくれたんだ。助かった。おかげでとりあえず表面的には俺を刺したり石をぶつけたりするやつはいなくなった。
お礼を言うと、いいの、と言った。女の先生だった。「ただ許せないの。そういうことが」。それから不定期に職員室の奥の、カウンセリングルームみたいなところに呼び出されて話をした。またいじめは再開してないか? ほかに困ってることはないか?
どうしてそんなに俺のことを気にかけてくれるんですか? 聞いてみたことがある。先生は「私の対遇はレプリカントだったから」と言った。
レプリカント。
俺の人生にそういう種類の人間が入ってきた瞬間だった。あの頃は今よりももっとずっとレプリカントが少なくて珍しかった。今思えば、差別も相当酷かったんだろう。
「俺と同じなの?」
「いいえ。レプリカントはもっとずっと弱くて儚い。だからみんないじめたがる。ある意味あなたと同じ。あなたは強いからいじめられる。レプリカントは弱いからいじめられる。自分達より弱くても強くても、違うことが許せないのね」
そう。覚えている。弱くて儚い、と言った。後でその先生の対遇が、少し前に亡くなっていたことを知った。どうしてなのかはわからない。ただ何かあったんだろうと思う。俺みたいな、異質なものを庇いたくなるような何かが。
「違うことは悪いことなんですか」
「違うことは悪いことじゃない。むしろ素晴らしいことです。あなたにはみんなと違うことができ、違う見方ができる。もちろん、あなたにできなくてみんなにできることもあるかもしれない。でもそれはお互い様でしょう、恥じることではないわ」
違うことは悪いことじゃない。この言葉は俺を支えた。この言葉を思い出すたび、自信を取り戻して前を向くことができた。堂々と振る舞うようになると、からかってきたり悪口を言うやつも激減した。たまにやられても、それに対して怒ること、怒っていると表現することができるようになった。怒るっていうのは大切なことなんだと学んだ。
それは一見、輪を乱すいけないことみたいに見える。でも、怒りは人を動かす。一番激しくて大きな力になる。そのうち流すことも笑うこともできるようになった。石を投げたければ投げればいい。刺したかったら刺してみろ。それは俺になんの傷も残さない。
ゴーシェとの思い出はほとんどない。一年くらいしか一緒にいなかったからだ。むしろあっちが一目で俺のことがわかったのが不思議なくらいだ。どうして? そんなに印象に残るような接触があったかな? 思い出せない。嫌なことが多すぎたからな。
ここで待っていても仕方がないから、とりあえず日雇いの職を紹介するところに、ゴーシェが来たら俺に連絡するように頼む。できるのはこれくらい。思いつきでオートキャリアの座標を指定する。何か思い出すかも知れない。オートキャリアはするすると進む。どんどん郊外へ。
エッシャー児童養護施設。俺がプライマリースクールを卒業するまでいた施設。緑の草原が続く丘の上にある。この草原ではよく遊んだな。結構きつい坂になっているから、そり滑りみたいに滑り降りられる場所があるんだ。懐かしい。
それをやるとボトムが草の汁でひどいことになるんで、よく叱られた。あなただけの服じゃないから、汚さないでね、バルトロイ。
インターフォンを押すと、若い職員が出てきた。
「バルトロイ・エヴァーノーツです。68年入所で80年卒業の」
「あら。こんにちは。誰かに会いに?」
「いや。近くに来たので寄ってみただけなんですけど」
「どうぞどうぞ」
ドアが開かれる。前は広い施設だと思っていたけど、今見ると普通だ。リフォームされたのか、思いのほか新しい。むしろあんなに子どもがいたのに、こんな規模だったのかと驚く。廊下の両側に歴代の卒業生たちの写真が貼られている。
「80年卒なら、この辺りに写っているかも」
「そうかも知れませんね」
色褪せている。二十年前だ。集合写真。79年のやつにゴーシェも写っているはず。
一人一人の顔を見る。リール。ファダラン。ロイ。マッツォ。ジョナ。結構覚えているな。俺は背が高かったから、いつも後ろに立って写ってた。ほらな。いた。クソガキのツラをしている。その隣の隣に、ゴーシェがいた。気弱そうな笑顔。
俺たちは永遠に生きるって言っただろ。
そんな話したか? 思い出せないんだ。施設の中を案内される。遊戯室。小さい頃はよくここで遊んだ。大きくなると来なくなるんだ。奥の方に二段ベッドが4つ入ってる部屋がいくつかあって、そのベッドの上だけが自分のスペース。
「懐かしいですか?」
「はい。懐かしいですね。変わってない」
職員室に通されると、イリーナがやって来た。すぐにわかった。
「バルトロイ!」
「イリーナ。昨日はありがとう。助かりました」
「昨日の件? ゴーシェのことは聞いたわ。大変なことを……」
「いや。今日は懐かしくなって寄っただけです」
ここでもいじめられなかったと言えば嘘になる。
死なないんだろ? 寝ている時に上級生から首を絞められたのが一番やばかった。それは死ぬんだよ。振り解いたら大笑いされたな。何がおかしかったのかはわからない。それでも、俺の体質を全然気にしないやつも多かったから、それなりに生活を楽しむことができた。
「立派になったのね。レプリカント人権保護局の捜査官だなんて……」
「運が良かった」
この施設はプライマリーを出るまでしかいられないから、俺は12でどこかの誰かに育ててもらわないといけなくなった。里親に託される子が多かったから、俺もそうなんだろうと思っていたら、父親が引き取ってくれた。父親なんてそれまでいることさえ知らなかった。
父親はカメラマンで、いつも家にいなかった。アンドロイドが世話をしてくれた。金だけはあったみたいだったから、勝手にした。
とにかく人の世話になるのを早くやめなくちゃいけない。ちゃんと勉強して、知識をつけて、真っ当な仕事について、一人になりたい。ずっとそう思っていた。誰からも何も言われないようになりたい。誰の世話にもならなくていいように。
俺をいじめから助けてくれた先生の言葉がずっと頭の隅にあった。レプリカントだったから。弱くて儚い。だからみんないじめたがる。ある意味俺と同じ。
それを守る仕事がある。
「何かできることがあれば」
「こちらこそ。もしゴーシェが来たら……来ないと思うけど、連絡するわ。ゴーシェはこちらには一年いなかったからね」
「前はどこにいたんですか?」
「トックセナの孤児院と聞いたわ」
「……ありがとう」
久々に、家の中で青い髪のヴェスタを見た。
だって仕方ないだろ。俺では夢を叶えてあげられない。ヴェスタの時間は限られている。誰か同じ思いのやつと結婚しないとだめだ。アラスターと続いてりゃ良かったよな……。
だったら早くヴェスタから手を離せばいいのに。
頭の後ろから声が聞こえる。そう思うんなら早くあいつを自由にしろよ。いつまでも留めているのはお前だ。ヴェスタの周りをうろちょろして、ちょっかいをかけて気を引いてるのはお前だ。
そうだよ。その通りだ。あんなに泣かせるくらいなら、さっさと俺がヴェスタから離れたらいい。バディも替えて、同居もやめる。三年続いたんだ。最長記録更新だろ。替えたいって言っても局長は諦めるさ。五人目。ヴェスタは充分仕事ができる。誰のバディにだってなれるだろう。問題は俺の次のバディになりたがる奴がいるかどうかってことだけ。
「最近、背の高い灰色の目の奴がこの辺で働いてませんか?」
「さあね。ガタイのいいのは結構いるからわからんよ。なんならあんたも働かないか? 人手不足なんだ」
時間を無駄にさせたくない。そんなに短い時間じゃないけど、結婚相手を見つけて結婚して子どもを育てるとしたら、ヴェスタに与えられた時間はそんなに長くもない。俺と結婚なんかしたら、数年は潰れてしまう。俺みたいな面倒くさい化け物に長々と付き合わせるわけにはいかない。
「たぶん、この画像とかなり印象は違ってると思うんですが」
「ゴーシェ・ノッディングハム? うーん、見たような見てないような。兄弟? 雰囲気が似てるね」
ゴーシェと俺は確かに似たところがある。身長。目の感じ。体格。マリーンを探した時のことを思い出す。ヴェスタが髪を染めた。あれは楽しかったな。兄弟のふりをさせたんだ。いっそあれをまたやるか? どうかな。あれはヴェスタだったから良かったんだ。
このあたりには防犯カメラはほとんどない。荒っぽい作業員たちとそれを慰める水商売の店が、砂の色をして並んでいるダウンタウンだ。まずこの辺に潜り込むんじゃないかと思ったんだけどな。
仕方がない。堂々と捜査できないから当てずっぽうだ。昨日イリーナと話をして、少しだけゴーシェのことを思い出した。
プライマリースクールの五年生の時に、ゴーシェは突然施設にやって来た。何かの配慮だったのか、普段は誰かが入って来たら入所パーティみたいなことをするのに、やつに限ってはある日からふっと同じ施設にいた。
グレイまじりの金髪に、灰色の目を落ち着かなそうにキョロキョロさせていた。俺は他に仲のいいやつもいたから、積極的に声をかけようとは思わなかった。新人に世話を焼いてやるくらい親切なわけでもない。全然接点がなかった。
「この人? うーん、灰色の目で背の高いのは見たことある気がするな。でも、確かにこの人かって言われたら自信ないな。まゆがなくて帽子かぶってたからね。もっと痩せてたし」
「その人かも。どこで見ました?」
「あー、西側の工事現場に向かう方のオートキャリアに乗ってったと思うけどね。確かにとは言えないな。何しろ新顔なんて毎日来るから」
「ありがとう」
工事現場へのオートキャリアは定期便で出ている。バスタイプで大型のものが多い。ここから乗って行ったとするなら、今度はどこに繋がる?
ヴェスタがいればな。何か思いつくんだろうが。
ここに戻ってくるかな。ベンチに腰を下ろす。沢山の人が行き来している。いかにも肉体労働者といった風貌の人物が多い。あいつを見つけてどうするかな。捕まえる? まあそうだ。それしかしようがない。二人殺してる。これからもやるかも知れない。そんなやつ逃すなよな。何年食らうのか………手口も残忍だし、累積で何十年? 三桁いくかな? 怨嗟。こんな体に産んだ怨嗟だと言った。恨みたくなる気持ちはわかる。
わかるよ、ゴーシェ。
目の前にオートキャリアが停まる。何人もの男たちが降りてくる。埃の匂い。石の匂い。
ゴーシェはいじめられて施設を変わったとイリーナは言った。
そうなんだよ。いじめられるんだ。怪我が治ったりずっと若いままだったりするアドバンテージより、普通の人間だったら楽だったと思うくらいに。
クラスメイトだけじゃない。教師の方だって率先していじめてくれた。みなさん、人に石を投げたりしたらだめですよ。どうなるのか、試しにバルトロイくんにみんなで投げてみましょう。バルトロイくんは特別だから石を投げても大丈夫。でもみなさんはいけませんよ。
大丈夫なわけないだろ。傷が治るからって痛みはお前らと一緒なんだよ。なんで痛くないと思うんだ? 石を投げられて俺が嫌な気分にならないとでも思うのか?
わかってる。ただ俺のことが気に食わないだけ。石を投げたいから投げる。異質だから。
俺の時は、俺がよく服に血をつけているのを見つけた隣のクラスの先生がやめさせてくれた。
体に傷が残らないから、こっそり動画を撮影してあちこちに掛け合ってくれたんだ。助かった。おかげでとりあえず表面的には俺を刺したり石をぶつけたりするやつはいなくなった。
お礼を言うと、いいの、と言った。女の先生だった。「ただ許せないの。そういうことが」。それから不定期に職員室の奥の、カウンセリングルームみたいなところに呼び出されて話をした。またいじめは再開してないか? ほかに困ってることはないか?
どうしてそんなに俺のことを気にかけてくれるんですか? 聞いてみたことがある。先生は「私の対遇はレプリカントだったから」と言った。
レプリカント。
俺の人生にそういう種類の人間が入ってきた瞬間だった。あの頃は今よりももっとずっとレプリカントが少なくて珍しかった。今思えば、差別も相当酷かったんだろう。
「俺と同じなの?」
「いいえ。レプリカントはもっとずっと弱くて儚い。だからみんないじめたがる。ある意味あなたと同じ。あなたは強いからいじめられる。レプリカントは弱いからいじめられる。自分達より弱くても強くても、違うことが許せないのね」
そう。覚えている。弱くて儚い、と言った。後でその先生の対遇が、少し前に亡くなっていたことを知った。どうしてなのかはわからない。ただ何かあったんだろうと思う。俺みたいな、異質なものを庇いたくなるような何かが。
「違うことは悪いことなんですか」
「違うことは悪いことじゃない。むしろ素晴らしいことです。あなたにはみんなと違うことができ、違う見方ができる。もちろん、あなたにできなくてみんなにできることもあるかもしれない。でもそれはお互い様でしょう、恥じることではないわ」
違うことは悪いことじゃない。この言葉は俺を支えた。この言葉を思い出すたび、自信を取り戻して前を向くことができた。堂々と振る舞うようになると、からかってきたり悪口を言うやつも激減した。たまにやられても、それに対して怒ること、怒っていると表現することができるようになった。怒るっていうのは大切なことなんだと学んだ。
それは一見、輪を乱すいけないことみたいに見える。でも、怒りは人を動かす。一番激しくて大きな力になる。そのうち流すことも笑うこともできるようになった。石を投げたければ投げればいい。刺したかったら刺してみろ。それは俺になんの傷も残さない。
ゴーシェとの思い出はほとんどない。一年くらいしか一緒にいなかったからだ。むしろあっちが一目で俺のことがわかったのが不思議なくらいだ。どうして? そんなに印象に残るような接触があったかな? 思い出せない。嫌なことが多すぎたからな。
ここで待っていても仕方がないから、とりあえず日雇いの職を紹介するところに、ゴーシェが来たら俺に連絡するように頼む。できるのはこれくらい。思いつきでオートキャリアの座標を指定する。何か思い出すかも知れない。オートキャリアはするすると進む。どんどん郊外へ。
エッシャー児童養護施設。俺がプライマリースクールを卒業するまでいた施設。緑の草原が続く丘の上にある。この草原ではよく遊んだな。結構きつい坂になっているから、そり滑りみたいに滑り降りられる場所があるんだ。懐かしい。
それをやるとボトムが草の汁でひどいことになるんで、よく叱られた。あなただけの服じゃないから、汚さないでね、バルトロイ。
インターフォンを押すと、若い職員が出てきた。
「バルトロイ・エヴァーノーツです。68年入所で80年卒業の」
「あら。こんにちは。誰かに会いに?」
「いや。近くに来たので寄ってみただけなんですけど」
「どうぞどうぞ」
ドアが開かれる。前は広い施設だと思っていたけど、今見ると普通だ。リフォームされたのか、思いのほか新しい。むしろあんなに子どもがいたのに、こんな規模だったのかと驚く。廊下の両側に歴代の卒業生たちの写真が貼られている。
「80年卒なら、この辺りに写っているかも」
「そうかも知れませんね」
色褪せている。二十年前だ。集合写真。79年のやつにゴーシェも写っているはず。
一人一人の顔を見る。リール。ファダラン。ロイ。マッツォ。ジョナ。結構覚えているな。俺は背が高かったから、いつも後ろに立って写ってた。ほらな。いた。クソガキのツラをしている。その隣の隣に、ゴーシェがいた。気弱そうな笑顔。
俺たちは永遠に生きるって言っただろ。
そんな話したか? 思い出せないんだ。施設の中を案内される。遊戯室。小さい頃はよくここで遊んだ。大きくなると来なくなるんだ。奥の方に二段ベッドが4つ入ってる部屋がいくつかあって、そのベッドの上だけが自分のスペース。
「懐かしいですか?」
「はい。懐かしいですね。変わってない」
職員室に通されると、イリーナがやって来た。すぐにわかった。
「バルトロイ!」
「イリーナ。昨日はありがとう。助かりました」
「昨日の件? ゴーシェのことは聞いたわ。大変なことを……」
「いや。今日は懐かしくなって寄っただけです」
ここでもいじめられなかったと言えば嘘になる。
死なないんだろ? 寝ている時に上級生から首を絞められたのが一番やばかった。それは死ぬんだよ。振り解いたら大笑いされたな。何がおかしかったのかはわからない。それでも、俺の体質を全然気にしないやつも多かったから、それなりに生活を楽しむことができた。
「立派になったのね。レプリカント人権保護局の捜査官だなんて……」
「運が良かった」
この施設はプライマリーを出るまでしかいられないから、俺は12でどこかの誰かに育ててもらわないといけなくなった。里親に託される子が多かったから、俺もそうなんだろうと思っていたら、父親が引き取ってくれた。父親なんてそれまでいることさえ知らなかった。
父親はカメラマンで、いつも家にいなかった。アンドロイドが世話をしてくれた。金だけはあったみたいだったから、勝手にした。
とにかく人の世話になるのを早くやめなくちゃいけない。ちゃんと勉強して、知識をつけて、真っ当な仕事について、一人になりたい。ずっとそう思っていた。誰からも何も言われないようになりたい。誰の世話にもならなくていいように。
俺をいじめから助けてくれた先生の言葉がずっと頭の隅にあった。レプリカントだったから。弱くて儚い。だからみんないじめたがる。ある意味俺と同じ。
それを守る仕事がある。
「何かできることがあれば」
「こちらこそ。もしゴーシェが来たら……来ないと思うけど、連絡するわ。ゴーシェはこちらには一年いなかったからね」
「前はどこにいたんですか?」
「トックセナの孤児院と聞いたわ」
「……ありがとう」
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