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05 追跡
14 Baltroy (封印された記憶)
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家に帰ると、もうヴェスタは自分の部屋に引っ込んでいた。寝る時間にはかなり早い。部屋の中に紅茶の匂いとヴェスタの涙の匂いが残っている。小さな声でレッダに尋ねる。
「ヴェスタは夕食は?」
「明日の朝食べるからそっとしておいてほしいと。あなたはどうしますか」
「食べる」
でも味気ない。段ボールに塩がふってあっても同じかも知れないと思いながら食事を片付ける。
「結婚してみたらどうでしょう? 結婚することと子どもを持つことはイコールではありません。離婚という制度もあります」
「うるさい。お前は俺のドロイドだろ。誰の味方だ?」
「結婚していただけると財産管理が楽になります。節税にもなりますしね」
白いドアをノックしてみる。反応はないが、鍵が開いている。なるべく静かに開けると、ヴェスタはもうベッドの中ですやすやと眠っていた。泣き腫らした目。青に近い髪の色。人と会うって言ってたけど、誰と会ったのかな。この涙は俺のせいだろうな。
起こさないようにそっとキスする。やっと手に入れた桜色の唇。結婚でもなんでもしてやると言ってやりたい。お前が死ぬまで抱いていたい。もう出ていくのを見送りたくない。それは本心だ。
ヴェスタの隣に潜り込む。薄い明かりの中のヴェスタの寝顔を眺める。少しだけ俺にお前の時間をくれ。お前が俺に疲れたら、すぐ手を離すから。なんとか俺はそれで、折り合いを付けるから。一年か、二年か……。どうかな。そんなに続かなかったりして。
だいぶ疲れていた。闇に引き摺り込まれるように眠った。草の匂い。施設の丘の草原。
そうだった。あの丘には自然に空いた穴みたいなところがあって、仲が良かったマッツォと隠れ家にしていた。草に隠れてちょっとわかりにくくなっているから、職員の人たちも知らない。
今日は天気が悪い。雨がパラパラと降っている。早く穴の中に入らないと濡れちまう。草いきれ。夏の始まりの、不安定な黒い雲。
穴に駆け込むと、奥にマッツォがいた。
「強くなるかな?」
「どうかな。すぐやむかも」
隠れ家といっても大したものはない。人の髪のように根が生えた枯れ木や、ビー玉やコイン。どこかで拾ったものでできたおもちゃの箱だ。風が強く吹く。ものすごい速さで黒い雲が形を変える。穴の、雨がかかるかかからないかぎりぎりのところに二人で腰を下ろして空を見ていた。
「ねえバル、俺さ………ちぃーとも学校の勉強がわかんねえんだ」
「それでなんか困るのか?」
「みんなができることできないのって怖くないか?」
「怖くない。みんなができないことでできることもあるだろ」
「なんでバルトロイはそんなに強いの」
隣を見ると、ゴーシェが座っていた。ゴーシェもこの穴を見つけたんだった。マッツォはいない。
「え? いや。強くはないだろ」
「ここの服とか本とか、臭くないか?」
「ああ、わかる。すげー匂いのやつあるよな。そういうのは避けてる。着替え部屋で選べるよ」
ゴーシェは俺がハイブリッドなのを知っているみたいだった。
「怪我してもすぐ治るだろ?」
「うん。何で知ってる?」
「俺もなんだ」
へえ。俺以外にも俺みたいなやつっているんだ。結構いるのかも知れないな。
「つらくない?」
「あ? 何が?」
「こういう体なのが」
「うーん、まあ普通でもよかったよな」
「俺たちの方が絶対勝ちなのに、何で嫌な思いしないといけないんだろ」
「単純に面白いんだろ。自分と違うから」
俺は大きな石にほとんど寝転ぶみたいに寄りかかっていた。湿度の高い風。ああ。宿題をしなくちゃ。
「バルトロイ、俺たちはきっと永遠に生きるんだ」
そんなことわかんないだろ? 大人になったら普通のヒューマンになるかも知れない。まだ誰にもわからない。マッツォはどこに行ったんだ? 眠くなって来た。身を預けた石はほんのりと温かい。
「俺たちみたいなのは珍しいんだって。もう二度と仲間には会えないかもしれない」
「へえ……」
何が言いたいんだ? そもそも急に話しかけて来たな、こいつ。空が眩しくなって来た。雨が上がるだろう。目を細める。温まった葉のにおい。
「一緒に生きよう?」
一緒に生きる? どういう意味? 眠い。うとうとと目を閉じる。
次の瞬間、唇に痛みが走った。血の味。
「痛って!」
飛び起きて目を開けると、目の前にゴーシェの灰色の瞳があった。ゴーシェの唇にも血がついている。こいつ……俺の唇を噛んだ?
「何すんだよ!」
「………本当だ。すぐ治る」
「………」
ゴーシェはピンク色の舌で自分の唇についた俺の血を舐め取った。
はっと目を開けた。夢……。違う。そうだった。本当にあったことだ。すっかり忘れていた。俺はなんだかゴーシェが気味悪くなって、それから避けて過ごした。通りであまり覚えてないわけだ。
「…………」
思い出せば結構強烈な記憶。じっとりと汗ばんでいる。白い手がひたいに触れた。ヴェスタが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……大丈夫?」
「うん」
ヴェスタは常夜灯の中でにこっと笑った。髪がほとんど緑色になっている。良かった。抱き寄せる。抱きしめる。ヴェスタが頬を寄せる。胸の中に温かいものが込み上げてくる。いつも一生懸命なヴェスタ。どんな感情も、髪だけじゃなくて全身から溢れ出す。
「………何時?」
「五時半」
ヴェスタが俺の首筋にキスする。探るように脚を動かす。
「ね」
「あと二時間半で出勤だろ?」
「二時間半もあるよ……」
敵わない。キスするとヴェスタの体がもう熱くなっているのがわかる。
「……シャワー浴びないと」
「一緒に浴びよ? そういうのやってみたい……だめ?」
「そういうのは一通りアラスターとやったんじゃないのか?」
「いじわるだ……してないよ」
ヴェスタのほおが紅くなったのが、明け方の薄明かりの中に見えた。
「ヴェスタは夕食は?」
「明日の朝食べるからそっとしておいてほしいと。あなたはどうしますか」
「食べる」
でも味気ない。段ボールに塩がふってあっても同じかも知れないと思いながら食事を片付ける。
「結婚してみたらどうでしょう? 結婚することと子どもを持つことはイコールではありません。離婚という制度もあります」
「うるさい。お前は俺のドロイドだろ。誰の味方だ?」
「結婚していただけると財産管理が楽になります。節税にもなりますしね」
白いドアをノックしてみる。反応はないが、鍵が開いている。なるべく静かに開けると、ヴェスタはもうベッドの中ですやすやと眠っていた。泣き腫らした目。青に近い髪の色。人と会うって言ってたけど、誰と会ったのかな。この涙は俺のせいだろうな。
起こさないようにそっとキスする。やっと手に入れた桜色の唇。結婚でもなんでもしてやると言ってやりたい。お前が死ぬまで抱いていたい。もう出ていくのを見送りたくない。それは本心だ。
ヴェスタの隣に潜り込む。薄い明かりの中のヴェスタの寝顔を眺める。少しだけ俺にお前の時間をくれ。お前が俺に疲れたら、すぐ手を離すから。なんとか俺はそれで、折り合いを付けるから。一年か、二年か……。どうかな。そんなに続かなかったりして。
だいぶ疲れていた。闇に引き摺り込まれるように眠った。草の匂い。施設の丘の草原。
そうだった。あの丘には自然に空いた穴みたいなところがあって、仲が良かったマッツォと隠れ家にしていた。草に隠れてちょっとわかりにくくなっているから、職員の人たちも知らない。
今日は天気が悪い。雨がパラパラと降っている。早く穴の中に入らないと濡れちまう。草いきれ。夏の始まりの、不安定な黒い雲。
穴に駆け込むと、奥にマッツォがいた。
「強くなるかな?」
「どうかな。すぐやむかも」
隠れ家といっても大したものはない。人の髪のように根が生えた枯れ木や、ビー玉やコイン。どこかで拾ったものでできたおもちゃの箱だ。風が強く吹く。ものすごい速さで黒い雲が形を変える。穴の、雨がかかるかかからないかぎりぎりのところに二人で腰を下ろして空を見ていた。
「ねえバル、俺さ………ちぃーとも学校の勉強がわかんねえんだ」
「それでなんか困るのか?」
「みんなができることできないのって怖くないか?」
「怖くない。みんなができないことでできることもあるだろ」
「なんでバルトロイはそんなに強いの」
隣を見ると、ゴーシェが座っていた。ゴーシェもこの穴を見つけたんだった。マッツォはいない。
「え? いや。強くはないだろ」
「ここの服とか本とか、臭くないか?」
「ああ、わかる。すげー匂いのやつあるよな。そういうのは避けてる。着替え部屋で選べるよ」
ゴーシェは俺がハイブリッドなのを知っているみたいだった。
「怪我してもすぐ治るだろ?」
「うん。何で知ってる?」
「俺もなんだ」
へえ。俺以外にも俺みたいなやつっているんだ。結構いるのかも知れないな。
「つらくない?」
「あ? 何が?」
「こういう体なのが」
「うーん、まあ普通でもよかったよな」
「俺たちの方が絶対勝ちなのに、何で嫌な思いしないといけないんだろ」
「単純に面白いんだろ。自分と違うから」
俺は大きな石にほとんど寝転ぶみたいに寄りかかっていた。湿度の高い風。ああ。宿題をしなくちゃ。
「バルトロイ、俺たちはきっと永遠に生きるんだ」
そんなことわかんないだろ? 大人になったら普通のヒューマンになるかも知れない。まだ誰にもわからない。マッツォはどこに行ったんだ? 眠くなって来た。身を預けた石はほんのりと温かい。
「俺たちみたいなのは珍しいんだって。もう二度と仲間には会えないかもしれない」
「へえ……」
何が言いたいんだ? そもそも急に話しかけて来たな、こいつ。空が眩しくなって来た。雨が上がるだろう。目を細める。温まった葉のにおい。
「一緒に生きよう?」
一緒に生きる? どういう意味? 眠い。うとうとと目を閉じる。
次の瞬間、唇に痛みが走った。血の味。
「痛って!」
飛び起きて目を開けると、目の前にゴーシェの灰色の瞳があった。ゴーシェの唇にも血がついている。こいつ……俺の唇を噛んだ?
「何すんだよ!」
「………本当だ。すぐ治る」
「………」
ゴーシェはピンク色の舌で自分の唇についた俺の血を舐め取った。
はっと目を開けた。夢……。違う。そうだった。本当にあったことだ。すっかり忘れていた。俺はなんだかゴーシェが気味悪くなって、それから避けて過ごした。通りであまり覚えてないわけだ。
「…………」
思い出せば結構強烈な記憶。じっとりと汗ばんでいる。白い手がひたいに触れた。ヴェスタが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……大丈夫?」
「うん」
ヴェスタは常夜灯の中でにこっと笑った。髪がほとんど緑色になっている。良かった。抱き寄せる。抱きしめる。ヴェスタが頬を寄せる。胸の中に温かいものが込み上げてくる。いつも一生懸命なヴェスタ。どんな感情も、髪だけじゃなくて全身から溢れ出す。
「………何時?」
「五時半」
ヴェスタが俺の首筋にキスする。探るように脚を動かす。
「ね」
「あと二時間半で出勤だろ?」
「二時間半もあるよ……」
敵わない。キスするとヴェスタの体がもう熱くなっているのがわかる。
「……シャワー浴びないと」
「一緒に浴びよ? そういうのやってみたい……だめ?」
「そういうのは一通りアラスターとやったんじゃないのか?」
「いじわるだ……してないよ」
ヴェスタのほおが紅くなったのが、明け方の薄明かりの中に見えた。
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