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07 ドミニオン
11 Vesta (dolls)
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23時近くになってドミニオンはライブ会場からテンマやSPを引き連れて戻ってきた。見るからにふらふら。真っ直ぐベッドルームに入っていく。ベッドルームの前にはまた大柄な男が座り込む。
よく見ていると、SPも常に周囲に気を配っているわけではない。小型のブリングを時々胸ポケットから取り出していじっている。それはそうだ。ただ漫然と8時間も座っていることはできない。たまに立ち上がって飲み物を飲んだり、他の二人と話したり、タイミングをずらして食事をしたりしている。
誰かと連絡を取ろうと思ったらできなくはないんだ。業務中であっても。彼らは交代すると一度ホテルを後にする。彼らのための宿泊施設は別だからだ。
「C5さん、明日の朝食もドミの護衛を頼める?」
テンマが尋ねてきた。彼女も疲れた顔をしているが、この町での初日のライブが無事に済んだためか表情は明るい。
「もちろんです」
「じゃあ、まず朝ドミの部屋に来てって。またあなたで着せ替えをしたいんですって」
「…………」
「くくっ」
バルが笑う。あれはほんとに嫌なんだけど、ドミニオンはすごく楽しそうにする。昨日の辛そうなドミの様子を見ると、少しくらい付き合ってあげないといけないのかもしれない。
「スケジュールの確認なんですが、明日と明後日が昼と夜にライブでその次の日がオフですね」
「そう。でも明日と明後日はこんなに遅くならないと思うわ。今日は実際やってみてからの調整が入ったから」
「何か危険を感じるようなことはありましたか?」
「まあ、普段のライブの時程度にはね。ファンがドミに触ろうとしたり、何か渡そうとしたり……いつも一苦労。裏から入ったり、変装したり、プレゼント置き場を作ったりしてるんだけど……みんなドミの特別になりたいのよね」
特別になりたい。好きな人の特別に。好きな人が好きになってくれることなんてあるの?
好きな人に好きになって欲しくて、馬鹿なことをしてしまう気持ち。痛いほどよくわかる。ちらっとバルを見上げる。どうしてバルは俺を好きになってくれたの?
「どうした? まだ何か聞きたい?」
「ううん」
「じゃあ部屋に戻ろう。テンマさん、明日も宜しくお願いします」
「はい。こちらこそ。早く捕まえてね。そのC5さんが殺されちゃう前に」
部屋に着くと、バルがチッと舌打ちをした。
「縁起でもないこと言いやがるな」
「しょうがない。昨日もバルが来てくれなかったら……」
明日襲われたらもう少しなんとかできるだろうか。正直、わからない。少しは? スプレーに手が伸びるようにはなった。でもまだ自信はない。
「同じベッドで寝ていい?」
「お前! そういや、就業中はだめ! 昼間っから……」
「……ごめん。だって………」
だって。やっぱり怒られたな。俺もやってしまってからだめだったなと思った。
「4歳児」
「………」
でもバルはバルのベッドに潜り込んだ俺に、キスして髪を撫でてくれた。
「俺のこと好き?」
「そりゃそうだろ」
「どうして?」
ドミニオンに言われて、ほんとに奇跡みたいなことなんだと思った。俺が好きな人が、俺を好きになってくれること。どうしてバルは俺を好きになってくれたのかな?
「言わなかったか? 代わりがいないと思ったからだよ」
「………もっと具体的にならない?」
「今日は厳しいな? じゃあかわいいからだ」
むっとする。そういうんじゃなくてさ。
「明日の女装も楽しみにしてる」
「もう!」
「これかな」
「………」
「やっぱりこっちかなー? どっちがいい?」
あんまりひらひらしてない方を指さすと、ドミは「じゃあこっちね」と言ってレースのたっぷりついた黒いブラウスの方を差し出した。楽しんでるんだな。
「スカートにしよっか?」
「やめてください。あの……何かあった時も体を動かしやすい服装でないと」
「言い訳に聞こえるなあ? まあいいや。じゃ、これね」
渡されたのはミニスカートだった。だから……
「ダメですって」
「逆に動きやすいでしょう? はい、このタイツ合わせてね。ほら! お人形みたい!」
「ほんとに! お願いします」
「うーん、今すぐその敬語をやめたら考え直してあげる」
「頼むからやめて!」
ドミはひとしきり笑った後、足先に向かって細くなっているワインレッドのパンツを渡してくれた。
「今日のテーマはダーク・フレンチ・ドールにしよう。あたしもお人形になる」
両方のこめかみあたりの髪を編み込みにされて、後ろで一つにリボンでまとめられる。このリボンもワインレッド。唇にグロス。少しだけベージュのアイシャドウ。
「かわいくない?」
ほんとうに俺は着せ替え人形だ。ドミは黒いパニエで裾の広がったワインレッドのミニドレスを着て、穴だらけの黒のストッキングをガーターで吊った。濃い口紅と黒いアイライン。大きな鏡の前に二人で立つと、確かに古風なペアの人形に見える。
「さあ! ごはん食べるよ」
「ちょっと待って、ドミ」
今言わなくちゃ。どうしても確かめなくちゃいけない。
「グランドンホテルの35階にドミニオンがいるとツイートしたのは、あなたでしょう?」
「なんのこと言ってるかわかんない」
「ドミニオンがあの部屋にいるって知っていて、それを公表して得するのは、あなただけなんだよ。残念だけど」
「……………」
「あのホテルの35階がスペシャルルームになってるって、あまり沢山の人が知ってることじゃないんだ……」
ドミは例のシガレットのスイッチを付けた。一口吸って天井を仰ぐ。黒いマスカラで整えられたまつ毛が、まばたきで上下する。ふう、とそのまま空中にため息をついた。
「……ごめんね。まさかあいつが来てあんたを襲うと思わなかった。誰かに来てほしかっただけ……」
やっぱり。
「ファンの子がラウンジに来たことあったよね。あそこのツイート見たからって。だからあれにツイートすれば、ファンが押しかけてきてくれるかなって。騒ぎになればいいと思った」
「あのサイト見てたんだ?」
「見てる。ずっと。メールやメッセージは見せてもらえないから……。あのサイトね、あたしがまだ処女だった時からあったの。誰が作ってくれたのか知らないけど。あのサイト見てると安心するんだ。夜中でも誰かがリアルタイムでツイートしてくれるの。ドミは最高、ドミ愛してるって」
眠れない夜でも。ひどい目にあった日も。
「あたしのこと愛してくれる人居るんだなって。こんなにたくさんいるんだって。金になる人形じゃなくて、あたしのことをさ。あたしは誰も愛してないけど、この、画面の向こうにいる誰かは、あたしが好きなんだなって。いつかあたしも誰かを好きになれるかもしれない………」
ドミはずっと上を向いたままだった。
「ばかみたいだよね。ごめんね。あんたにだっておととい会ったばかりなのにさ……」
「ばかみたいじゃないよ」
ドミの肩にそっと触れる。ぜんぜん馬鹿みたいじゃない。人形みたいな服を着ても、俺たちは人形じゃないから。涙を流すし、好きな人から愛されたいと思うんだから。
よく見ていると、SPも常に周囲に気を配っているわけではない。小型のブリングを時々胸ポケットから取り出していじっている。それはそうだ。ただ漫然と8時間も座っていることはできない。たまに立ち上がって飲み物を飲んだり、他の二人と話したり、タイミングをずらして食事をしたりしている。
誰かと連絡を取ろうと思ったらできなくはないんだ。業務中であっても。彼らは交代すると一度ホテルを後にする。彼らのための宿泊施設は別だからだ。
「C5さん、明日の朝食もドミの護衛を頼める?」
テンマが尋ねてきた。彼女も疲れた顔をしているが、この町での初日のライブが無事に済んだためか表情は明るい。
「もちろんです」
「じゃあ、まず朝ドミの部屋に来てって。またあなたで着せ替えをしたいんですって」
「…………」
「くくっ」
バルが笑う。あれはほんとに嫌なんだけど、ドミニオンはすごく楽しそうにする。昨日の辛そうなドミの様子を見ると、少しくらい付き合ってあげないといけないのかもしれない。
「スケジュールの確認なんですが、明日と明後日が昼と夜にライブでその次の日がオフですね」
「そう。でも明日と明後日はこんなに遅くならないと思うわ。今日は実際やってみてからの調整が入ったから」
「何か危険を感じるようなことはありましたか?」
「まあ、普段のライブの時程度にはね。ファンがドミに触ろうとしたり、何か渡そうとしたり……いつも一苦労。裏から入ったり、変装したり、プレゼント置き場を作ったりしてるんだけど……みんなドミの特別になりたいのよね」
特別になりたい。好きな人の特別に。好きな人が好きになってくれることなんてあるの?
好きな人に好きになって欲しくて、馬鹿なことをしてしまう気持ち。痛いほどよくわかる。ちらっとバルを見上げる。どうしてバルは俺を好きになってくれたの?
「どうした? まだ何か聞きたい?」
「ううん」
「じゃあ部屋に戻ろう。テンマさん、明日も宜しくお願いします」
「はい。こちらこそ。早く捕まえてね。そのC5さんが殺されちゃう前に」
部屋に着くと、バルがチッと舌打ちをした。
「縁起でもないこと言いやがるな」
「しょうがない。昨日もバルが来てくれなかったら……」
明日襲われたらもう少しなんとかできるだろうか。正直、わからない。少しは? スプレーに手が伸びるようにはなった。でもまだ自信はない。
「同じベッドで寝ていい?」
「お前! そういや、就業中はだめ! 昼間っから……」
「……ごめん。だって………」
だって。やっぱり怒られたな。俺もやってしまってからだめだったなと思った。
「4歳児」
「………」
でもバルはバルのベッドに潜り込んだ俺に、キスして髪を撫でてくれた。
「俺のこと好き?」
「そりゃそうだろ」
「どうして?」
ドミニオンに言われて、ほんとに奇跡みたいなことなんだと思った。俺が好きな人が、俺を好きになってくれること。どうしてバルは俺を好きになってくれたのかな?
「言わなかったか? 代わりがいないと思ったからだよ」
「………もっと具体的にならない?」
「今日は厳しいな? じゃあかわいいからだ」
むっとする。そういうんじゃなくてさ。
「明日の女装も楽しみにしてる」
「もう!」
「これかな」
「………」
「やっぱりこっちかなー? どっちがいい?」
あんまりひらひらしてない方を指さすと、ドミは「じゃあこっちね」と言ってレースのたっぷりついた黒いブラウスの方を差し出した。楽しんでるんだな。
「スカートにしよっか?」
「やめてください。あの……何かあった時も体を動かしやすい服装でないと」
「言い訳に聞こえるなあ? まあいいや。じゃ、これね」
渡されたのはミニスカートだった。だから……
「ダメですって」
「逆に動きやすいでしょう? はい、このタイツ合わせてね。ほら! お人形みたい!」
「ほんとに! お願いします」
「うーん、今すぐその敬語をやめたら考え直してあげる」
「頼むからやめて!」
ドミはひとしきり笑った後、足先に向かって細くなっているワインレッドのパンツを渡してくれた。
「今日のテーマはダーク・フレンチ・ドールにしよう。あたしもお人形になる」
両方のこめかみあたりの髪を編み込みにされて、後ろで一つにリボンでまとめられる。このリボンもワインレッド。唇にグロス。少しだけベージュのアイシャドウ。
「かわいくない?」
ほんとうに俺は着せ替え人形だ。ドミは黒いパニエで裾の広がったワインレッドのミニドレスを着て、穴だらけの黒のストッキングをガーターで吊った。濃い口紅と黒いアイライン。大きな鏡の前に二人で立つと、確かに古風なペアの人形に見える。
「さあ! ごはん食べるよ」
「ちょっと待って、ドミ」
今言わなくちゃ。どうしても確かめなくちゃいけない。
「グランドンホテルの35階にドミニオンがいるとツイートしたのは、あなたでしょう?」
「なんのこと言ってるかわかんない」
「ドミニオンがあの部屋にいるって知っていて、それを公表して得するのは、あなただけなんだよ。残念だけど」
「……………」
「あのホテルの35階がスペシャルルームになってるって、あまり沢山の人が知ってることじゃないんだ……」
ドミは例のシガレットのスイッチを付けた。一口吸って天井を仰ぐ。黒いマスカラで整えられたまつ毛が、まばたきで上下する。ふう、とそのまま空中にため息をついた。
「……ごめんね。まさかあいつが来てあんたを襲うと思わなかった。誰かに来てほしかっただけ……」
やっぱり。
「ファンの子がラウンジに来たことあったよね。あそこのツイート見たからって。だからあれにツイートすれば、ファンが押しかけてきてくれるかなって。騒ぎになればいいと思った」
「あのサイト見てたんだ?」
「見てる。ずっと。メールやメッセージは見せてもらえないから……。あのサイトね、あたしがまだ処女だった時からあったの。誰が作ってくれたのか知らないけど。あのサイト見てると安心するんだ。夜中でも誰かがリアルタイムでツイートしてくれるの。ドミは最高、ドミ愛してるって」
眠れない夜でも。ひどい目にあった日も。
「あたしのこと愛してくれる人居るんだなって。こんなにたくさんいるんだって。金になる人形じゃなくて、あたしのことをさ。あたしは誰も愛してないけど、この、画面の向こうにいる誰かは、あたしが好きなんだなって。いつかあたしも誰かを好きになれるかもしれない………」
ドミはずっと上を向いたままだった。
「ばかみたいだよね。ごめんね。あんたにだっておととい会ったばかりなのにさ……」
「ばかみたいじゃないよ」
ドミの肩にそっと触れる。ぜんぜん馬鹿みたいじゃない。人形みたいな服を着ても、俺たちは人形じゃないから。涙を流すし、好きな人から愛されたいと思うんだから。
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