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09 「ふたり」の形
09 Baltroy (割れたカップ)
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「何で鍵つけた?」
朝起きてリビングに行くと、もうヴェスタはコーヒーを飲んでテーブルにいたので、思わずおはようも何もなく言ってしまった。彼は瞳と同じブルーグリーンの髪で俯いた。
「……ちょっと、一人で考え事したくて……。昨日は、そのまま寝ちゃって」
「ふーん……」
昨日だけ? レッダも何も言わないから全くわからない。
「開けとけよ」
「やりたかったの? バルだって、鍵つけたままじゃん」
すっとヴェスタが目を逸らす。何だ? 反抗的だな。思春期かよ。5歳児。まあ尤もだ。
「レッダ。解除しろ。俺の部屋の鍵」
部屋の鍵は軽くカチンと音を立て、声紋リーダーが青く光った。常時開錠。文句ないだろ。昨日はルーからのコールもあって、ちょっとちゃんと話したかった。不機嫌の理由や、土曜日の外出のこと。体調も確認したかった。
「今夜、コンロンとキンバリーと会うから。覚えてるよな? 行けそうか?」
「……うん」
ヴェスタは顔を上げない。視線を落としたままだ。
「おい。大丈夫か?」
「うん」
ヴェスタはほとんど朝食に手をつけずに支度を始めた。レッダはヴェスタが残した分の皿をこっちに寄せた。
「どうぞ」
「残飯処理じゃねーんだよ」
「大丈夫ですよ。あなたの基礎代謝ならこのくらい脂肪にはなりません」
コンロンとキンバリーに呼ばれた店に行くと、想像以上に小綺麗で広かった。少しほっとした。臭くていられないということはなさそうだ。
店の奥に車椅子の男性の姿が見えたのですぐにわかった。コンロンが軽く手を上げて、キンバリーが少し振り向いた。
「やあ。ヴェスタさん。バルトロイさん」
ヴェスタは青っぽい髪をしている。緊張しているのか? 今日は一日中なんとなく不機嫌だったし、反応も悪かった。引きずっているのかもしれない。
コンロンが店員を呼んで何かを耳打ちすると、店員は俺たち四人を二階席に案内した。通された小部屋の四方は本物の水が流れ落ちる壁になっていて、水音がずっと聞こえる。水のカーテンのせいで、外側からは誰かがその個室にいることくらいしかわからないだろう。
「ほんとは恋人と二人の時に頼むような部屋だね。ちょっと仕事の話もしたかったもんだから、人から聞かれないようにしたくて」
コンロンはあまり表情を変えずに言った。店員がさっと大皿を何皿かと注文していた飲み物を持ってきて、すっと消える。
「何年目なの? 二人は」
「俺が13年目で、ヴェスタがもうすぐで5年目です」
「ヴェスタさんはレプリカントなんだよね? 誰がオーナー? 人権保護局の代表者かな?」
ヴェスタは少し困ったような顔をしただけで答えなかった。言えって。
「俺がオーナーです。俺のバディとして買って。保護局からの命令でだったので少し助成されて」
「そうだったんだ。なんでなの?」
それから少し俺の話をした。ヒューマンのバディをよく怪我させてころころ変わって、もうヒューマンの捜査官は潰せないからレプリカントを買えと言われたこと。コンロンとキンバリーは笑っていた。
「やるねえ」
それからは例の事件の話になった。難航しているらしい。
「被害者の持ってたSNSアカウントの履歴全部掘り起こして……」
「結構な量じゃないですか?」
「うん。大変。開示請求、内容確認、開示請求、内容確認……彼女、いくつかのサイトでコミュニティに入ってて。その系列を一通り見て回るだけで1日潰れるよ」
「手がかりはありましたか?」
「いや、なかなか。出会い系コミュニティが多くて、人物相関を割り出すだけでいっぱいいっぱい。渡した交友関係フォルダの中身どころじゃないね。まだまだ分析はできてない。そっちは? 何か見つけた?」
「いや……」
怒られても仕方がないくらい何も見つけられていない。
「お前は? ヴェスタ」
「何も」
ヴェスタの髪はいつのまにか真っ青になっている。何も話す気はなさそうだ。やれやれ。とりあえず俺の思いつきだけでも報告する。
「何でかなと思ったことはありました。薬は経口だから、被害者本人が飲み込んだんでしょうが、なんでわざわざそこにレプリカントが居たのかなと。何か立ち会う必要があったのか……」
「なるほどね。そうだね。確認したかったのかな? 薬の効き目だったり、被害者が死ぬのを……」
「ま、思っただけで何もぴんとは来てないです」
キンバリーはにこっと笑って、「正直でいいね」と言った。
「もっとこう、バリバリで意識高い系の人たちなのかと思ってたんだ」
「どうしてですか? 別に……というか、どうしてあなたたちが俺たちを指名したのかなって」
「だってね、レプリカントの捜査官とハイブリッドの捜査官のコンビで、検挙数が凄いでしょう。新世代の草分けみたいな感じなのかなって思ってたんだ」
は?
「何で俺がハイブリッドだって知ってるんですか?」
「だって、護身術のクラスの時思ったけど、あなた20代そこそこで年齢調整するタイプじゃないでしょ。それなのに年取ってない。入職して13年でしょう?」
「………」
「あ。ごめんね。嫌だったかな。まあそう言うわけで、もっと生意気でめんどくさい人を想像してたんだ。でも実際会ってみると面白そうな感じだったしね」
「それになんだか訳ありそうだった。力になれるかもしれないと思って」
コンロンが続けた。訳あり。
「君が監禁された件。こちらで何かわかったら力になれるかもしれない。あいつを檻に入れておきたかったんだろ?」
頷いていいのかわからなかった。でもお見通しなんだなと思った。さすが勤続20年越えのベテラン警官コンビ……。
「というわけで、引き続き宜しくね」
それから少したわいない話をしてお開きになった。ヴェスタはずっといるのかいないのかわからなくなるくらい大人しかった。髪は青いまま。
「つまんなかった?」
「ううん」
「体調悪いのか?」
オートキャリアの中で声を掛けると、ヴェスタはやはり目を合わせずに少し首を横に振った。
「おい。本当にどうしたんだよ? まだ朝のやつ引きずってんのか? 鍵は好きにしたらいい。お前の部屋だ。でもコンロンとキンバリーの前に持ち出すな。それは礼儀の話だ」
「………ごめん」
「あとな、ちょっと話したいことがあるんだ。家に帰ったら」
「……それは明日でいい? 明日の午後はいるから」
めんどくせえ。ヴェスタの頑固が始まった。なんだろうな……。
「おかえりなさい」
レッダが声を掛けたが、ヴェスタはそのままバスルームに直行し、バスルームから自分の部屋に直行してしまった。
「喧嘩しました?」
「どう思う? 心当たりねえんだ。少し車の中で叱ったけど」
「あなたは無神経ですからね。何か言ったんでしょうね」
「お前が言うなよ」
まあ、仕方がない。大した心当たりはない。朝の対応がまずかったのかもしれない。車の中での説教が特別気に障ったのかもしれない。でも、今朝や車の中での注意くらいならこれまでいくらでもあった。あの程度で嫌われるんならとっくに家出されている。
「ヴェスタは……本当にお前にも何も言ってないのか?」
「はいはい」
本当かよ。
ヴェスタの部屋をノックするか迷う。鍵がかかっているなら、「一人にしてほしい」という事だ。ノックして開けなきゃいけないとプレッシャーを掛けたくもない。
「今日は? 鍵かかってるのか?」
「お気の毒だからそれは教えてあげますけど、常時施錠ですよ。前のあなたの部屋と同じです」
「まじか……」
やばいな。自分のレプリカントに捨てられるオーナーだ。
やれやれ。
土曜日の朝に目が覚めて、今日はちゃんとおはようから始めようと思ってリビングに行くと、ヴェスタは少し緑よりの髪で椅子に座っていた。良かった。まあまあ機嫌はいい。
「ヴェスタ」
「9時には出るから」
ぱっとヴェスタは席を立って、その左手がグリーンのマグカップに少し触れた。スローモーションのようにゆっくりマグは転げて、床に吸い込まれるように落ちて行った。
「あ!」
パン! と勢いよく床に破片とコーヒーが飛び散った。
「……あ……」
ヴェスタは一瞬で紺色になった髪に細い指を絡めて、床に散らばったマグカップの残骸とコーヒーを見下ろし、逃げるように自分の部屋に入ってしまった。
あーあ……。
しゃがんで破片を拾おうとすると、レッダがぴしゃりと言った。
「触らないでください。あなたの指に破片が入ると取り出すのが面倒になります」
モップのついたクリーニングマシンがざっと一気にグリーンのかけらたちを吸い込んでいく。何も起こらなかったみたいに。
テーブルの上にレッダがたった今片割れのなくなったブルーのマグを置いて行った。思わずため息が漏れた。仕方がない。2クレジットでプライズで取ったマグだ。2年半割れなかったのが奇跡だよな。でもなんだかな。
またおはようも言えなかった。
朝起きてリビングに行くと、もうヴェスタはコーヒーを飲んでテーブルにいたので、思わずおはようも何もなく言ってしまった。彼は瞳と同じブルーグリーンの髪で俯いた。
「……ちょっと、一人で考え事したくて……。昨日は、そのまま寝ちゃって」
「ふーん……」
昨日だけ? レッダも何も言わないから全くわからない。
「開けとけよ」
「やりたかったの? バルだって、鍵つけたままじゃん」
すっとヴェスタが目を逸らす。何だ? 反抗的だな。思春期かよ。5歳児。まあ尤もだ。
「レッダ。解除しろ。俺の部屋の鍵」
部屋の鍵は軽くカチンと音を立て、声紋リーダーが青く光った。常時開錠。文句ないだろ。昨日はルーからのコールもあって、ちょっとちゃんと話したかった。不機嫌の理由や、土曜日の外出のこと。体調も確認したかった。
「今夜、コンロンとキンバリーと会うから。覚えてるよな? 行けそうか?」
「……うん」
ヴェスタは顔を上げない。視線を落としたままだ。
「おい。大丈夫か?」
「うん」
ヴェスタはほとんど朝食に手をつけずに支度を始めた。レッダはヴェスタが残した分の皿をこっちに寄せた。
「どうぞ」
「残飯処理じゃねーんだよ」
「大丈夫ですよ。あなたの基礎代謝ならこのくらい脂肪にはなりません」
コンロンとキンバリーに呼ばれた店に行くと、想像以上に小綺麗で広かった。少しほっとした。臭くていられないということはなさそうだ。
店の奥に車椅子の男性の姿が見えたのですぐにわかった。コンロンが軽く手を上げて、キンバリーが少し振り向いた。
「やあ。ヴェスタさん。バルトロイさん」
ヴェスタは青っぽい髪をしている。緊張しているのか? 今日は一日中なんとなく不機嫌だったし、反応も悪かった。引きずっているのかもしれない。
コンロンが店員を呼んで何かを耳打ちすると、店員は俺たち四人を二階席に案内した。通された小部屋の四方は本物の水が流れ落ちる壁になっていて、水音がずっと聞こえる。水のカーテンのせいで、外側からは誰かがその個室にいることくらいしかわからないだろう。
「ほんとは恋人と二人の時に頼むような部屋だね。ちょっと仕事の話もしたかったもんだから、人から聞かれないようにしたくて」
コンロンはあまり表情を変えずに言った。店員がさっと大皿を何皿かと注文していた飲み物を持ってきて、すっと消える。
「何年目なの? 二人は」
「俺が13年目で、ヴェスタがもうすぐで5年目です」
「ヴェスタさんはレプリカントなんだよね? 誰がオーナー? 人権保護局の代表者かな?」
ヴェスタは少し困ったような顔をしただけで答えなかった。言えって。
「俺がオーナーです。俺のバディとして買って。保護局からの命令でだったので少し助成されて」
「そうだったんだ。なんでなの?」
それから少し俺の話をした。ヒューマンのバディをよく怪我させてころころ変わって、もうヒューマンの捜査官は潰せないからレプリカントを買えと言われたこと。コンロンとキンバリーは笑っていた。
「やるねえ」
それからは例の事件の話になった。難航しているらしい。
「被害者の持ってたSNSアカウントの履歴全部掘り起こして……」
「結構な量じゃないですか?」
「うん。大変。開示請求、内容確認、開示請求、内容確認……彼女、いくつかのサイトでコミュニティに入ってて。その系列を一通り見て回るだけで1日潰れるよ」
「手がかりはありましたか?」
「いや、なかなか。出会い系コミュニティが多くて、人物相関を割り出すだけでいっぱいいっぱい。渡した交友関係フォルダの中身どころじゃないね。まだまだ分析はできてない。そっちは? 何か見つけた?」
「いや……」
怒られても仕方がないくらい何も見つけられていない。
「お前は? ヴェスタ」
「何も」
ヴェスタの髪はいつのまにか真っ青になっている。何も話す気はなさそうだ。やれやれ。とりあえず俺の思いつきだけでも報告する。
「何でかなと思ったことはありました。薬は経口だから、被害者本人が飲み込んだんでしょうが、なんでわざわざそこにレプリカントが居たのかなと。何か立ち会う必要があったのか……」
「なるほどね。そうだね。確認したかったのかな? 薬の効き目だったり、被害者が死ぬのを……」
「ま、思っただけで何もぴんとは来てないです」
キンバリーはにこっと笑って、「正直でいいね」と言った。
「もっとこう、バリバリで意識高い系の人たちなのかと思ってたんだ」
「どうしてですか? 別に……というか、どうしてあなたたちが俺たちを指名したのかなって」
「だってね、レプリカントの捜査官とハイブリッドの捜査官のコンビで、検挙数が凄いでしょう。新世代の草分けみたいな感じなのかなって思ってたんだ」
は?
「何で俺がハイブリッドだって知ってるんですか?」
「だって、護身術のクラスの時思ったけど、あなた20代そこそこで年齢調整するタイプじゃないでしょ。それなのに年取ってない。入職して13年でしょう?」
「………」
「あ。ごめんね。嫌だったかな。まあそう言うわけで、もっと生意気でめんどくさい人を想像してたんだ。でも実際会ってみると面白そうな感じだったしね」
「それになんだか訳ありそうだった。力になれるかもしれないと思って」
コンロンが続けた。訳あり。
「君が監禁された件。こちらで何かわかったら力になれるかもしれない。あいつを檻に入れておきたかったんだろ?」
頷いていいのかわからなかった。でもお見通しなんだなと思った。さすが勤続20年越えのベテラン警官コンビ……。
「というわけで、引き続き宜しくね」
それから少したわいない話をしてお開きになった。ヴェスタはずっといるのかいないのかわからなくなるくらい大人しかった。髪は青いまま。
「つまんなかった?」
「ううん」
「体調悪いのか?」
オートキャリアの中で声を掛けると、ヴェスタはやはり目を合わせずに少し首を横に振った。
「おい。本当にどうしたんだよ? まだ朝のやつ引きずってんのか? 鍵は好きにしたらいい。お前の部屋だ。でもコンロンとキンバリーの前に持ち出すな。それは礼儀の話だ」
「………ごめん」
「あとな、ちょっと話したいことがあるんだ。家に帰ったら」
「……それは明日でいい? 明日の午後はいるから」
めんどくせえ。ヴェスタの頑固が始まった。なんだろうな……。
「おかえりなさい」
レッダが声を掛けたが、ヴェスタはそのままバスルームに直行し、バスルームから自分の部屋に直行してしまった。
「喧嘩しました?」
「どう思う? 心当たりねえんだ。少し車の中で叱ったけど」
「あなたは無神経ですからね。何か言ったんでしょうね」
「お前が言うなよ」
まあ、仕方がない。大した心当たりはない。朝の対応がまずかったのかもしれない。車の中での説教が特別気に障ったのかもしれない。でも、今朝や車の中での注意くらいならこれまでいくらでもあった。あの程度で嫌われるんならとっくに家出されている。
「ヴェスタは……本当にお前にも何も言ってないのか?」
「はいはい」
本当かよ。
ヴェスタの部屋をノックするか迷う。鍵がかかっているなら、「一人にしてほしい」という事だ。ノックして開けなきゃいけないとプレッシャーを掛けたくもない。
「今日は? 鍵かかってるのか?」
「お気の毒だからそれは教えてあげますけど、常時施錠ですよ。前のあなたの部屋と同じです」
「まじか……」
やばいな。自分のレプリカントに捨てられるオーナーだ。
やれやれ。
土曜日の朝に目が覚めて、今日はちゃんとおはようから始めようと思ってリビングに行くと、ヴェスタは少し緑よりの髪で椅子に座っていた。良かった。まあまあ機嫌はいい。
「ヴェスタ」
「9時には出るから」
ぱっとヴェスタは席を立って、その左手がグリーンのマグカップに少し触れた。スローモーションのようにゆっくりマグは転げて、床に吸い込まれるように落ちて行った。
「あ!」
パン! と勢いよく床に破片とコーヒーが飛び散った。
「……あ……」
ヴェスタは一瞬で紺色になった髪に細い指を絡めて、床に散らばったマグカップの残骸とコーヒーを見下ろし、逃げるように自分の部屋に入ってしまった。
あーあ……。
しゃがんで破片を拾おうとすると、レッダがぴしゃりと言った。
「触らないでください。あなたの指に破片が入ると取り出すのが面倒になります」
モップのついたクリーニングマシンがざっと一気にグリーンのかけらたちを吸い込んでいく。何も起こらなかったみたいに。
テーブルの上にレッダがたった今片割れのなくなったブルーのマグを置いて行った。思わずため息が漏れた。仕方がない。2クレジットでプライズで取ったマグだ。2年半割れなかったのが奇跡だよな。でもなんだかな。
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