相対間引力 subliminal gravity

黒遠

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 高校二年の秋になった。エンマは進路希望調査を目の前にして悩んでいた。大学は決まっている。問題は学部。

 何を基準に?やりたいことが決まっていれば簡単なんだろうけど。

 ……工学部ならくおんと一緒だなー……。

 工学部の偏差値を見てみる。思いの外に高い。くおん頭いいんだな。あんなんで頭もいいって。超人か。でも二個違いだから行けてもたぶん講義は重ならないんだろうな……。

 ………あーあ。何考えてんだ。くおんのことは関係ない。自分の、自分の進路のことだ。
 


「懐かしー進路希望調査」
「学部決まんなくて…今週中に出さないといけないんだけど」
「テキトーでいいんじゃねえの?まだ二年だろ」
「そんなもんなのかな」
「おまえ真面目だよなあ」

 エンマはいつもの水曜日のとおり、くおんの家に来ていた。

「くおんはどうやって決めたん?」
「んー、理系の科目が得意だったから、理系ってのと、便利な家電とか作れたらいいかなと思ってさ」
「俺、特別得意な科目ってないんだよなあ……全部ソコソコってやつ……」
「すげーじゃん。なんでもできんじゃん」
「俺としてはどっちかっつーと『なんもできない』て感じだ」

 深いため息をついてソファに横倒しに埋まってしまったエンマの肩を、くおんがトントンと叩いた。

「ちょっと見てみたら?行くべ」

 
 まだ浅い夜の大学は明るかった。くおんは正門ではなく、警備員がいない南門から普通に構内に入った。

「えー!こんな普通に入れんの…」
「正門だと無理かも。でも南と北門は誰もいないから。バイトの帰りくらいの時間だと閉まってるな」

 エンマも何度かは近所にあるこの大学に来たことがあった。でもこんな普通の日に、しかも夜に来たことはなかった。大学の中は外灯のあかりで、外側から見るよりずっと明るかった。

「広い!」
「そ、南門から北門まで一キロ近くあるんだ。あれが総合校舎で、ここで授業受けてから次体育だと、体育館が北門の近くなもんで歩きだと間に合わない。学内で動き回るために自転車で来てる」

 くおんはまだ明かりが煌々と付いている総合校舎にエンマを連れて入った。

「まだ一年だから、だいたいこの校舎で講義受けるんだよ。一年だと専門の授業ほとんどないんだ。他の学部の子たちといっしょに化学とか英語とか。あと学部のオムニバス。あそこが事務室…一回も行ったことねえな」
「めっちゃ張り紙ある……」
「ここ、サークルとかの掲示板」
「くおんはサークルとか入ってないのか?」
「いつでも入れるからなあ。3x3のサークルはいいなと思ってる。俺、高校までバスケやってたから。そのうちかな」
「工学部は?」
「はは、工学部さあ、まだ新入生の学内ツアーの時しか行ったことねえんだよ。笑っちゃうよな」
「なんだそれ」
「専門領域の授業始まらないと行かねーんだよ!……行ってみっか」

 くおんが目をキラキラさせて言った。悪いことを思いついた悪ガキみたいだった。エンマは心臓が掴まれるような気持ちがした。くおんといると時々こんな風になる。

 総合校舎をでて、東にしばらく歩くとかなり高い建物があった。幾何学的な模様が壁に入っている。「工学部」と篆刻されたツヤツヤしたものすごく大きな石が建物の前にでんと置かれている。

「工学部じゃなくなったらこの石どうすんだろ?」
「彫り直すんじゃね」

 中に入ると、両側にずらりと部屋が並んでいた。壁には何かの大きなポスターがたくさん貼られている。よく見ると、研究室の研究成果をまとめたものだった。

「こっち側が実験実習室、反対側が先生たちの研究室だよ」
「うわ……こんなことしてんだ」
「なーんか、今の段階だとピンとこねえよ。今高校の延長みたいなことしかしてねーから」

 二階に上がるとまた様子が違っていた。一階では個々の小部屋だったところが、ぶち抜きの広いガラス張りのスペースになっており、ジオラマのような模型がたくさんある。

「わー!なにこれ」
「ここ、建築コースだから。住宅模型とかじゃね?」
「見たい!」

 試しに扉を押してみたが、鍵がかかっているらしく開かない。仕方なくガラス越しに眺めていると、白衣の男が研究室から出てきた。エンマはかなり焦った。

「んー?君たち、どしたぁ?誰か探してるー?」
「いえ、すごいなと思って」
「見る?時間あるなら」

 男は院生だった。カードキーで演習室を開けて見せてくれた。

「これが今俺が作ってるやつ。公民館のイメージなんだ。あのでかいのが先生のだよ。古いのだけどね……。でもすごいよ。実際に建ってるんだから」
「こういうのって、売ってるパーツなんですか?」
「木とかは売ってるけど、大半は手作りだよ」
「すごい。こんなの作れるんだ……」

 エンマがすごく褒めるので、白衣の男はかなり喜んでいろんなものを見せてくれた。

 しばらく見せてもらって、くおんとエンマは礼を言うとさらに上に行った。他の階にもそれぞれ特色があり、ワクワクした。

「ここが最上階」
「面白かった!つーか、怒られるかと思ったけどバレねーもんだ」
「一学年二千人くらいいるんだから。工学部だけで二百人くらいかな?一人二人紛れ込んでてもだれもわかんないと思うよ」
「ここ最上階?階段が続いてるよ」

 登ってみると、屋上だった。内側からの鍵なので開けてみる。開けてすぐに「立ち入り禁止」の柵が置かれていた。くおんは柵が存在していないかのように無視して先に進んだ。エンマがそれに続くと、くおんはドアに柵を挟んで閉まりきらないようにした。

「うちの大学、たまーにドア閉まると勝手にロック掛かるとこがあんだよ…」
「えっ!閉じ込められるってこと?」
「屋上に閉じ込められんのヤダろ」

 こんなくおんを初めて見る。今日はすごく楽しい。屋上は何かのダクトがごちゃごちゃと張り巡らされている。
 足元だけでなく、腰の高さや膝ぐらいの高さにも大小のパイプが突き出しているので、いちいち跨がなければならない。外壁の明かりでなんとか歩ける。何か大きな機械が三基ほどあり、そこに繋がっているようだった。

「屋上ってこんなんなんだ…何にもないと思ってた」
「俺もこれは初めてだなあ。何の機械なのか…空調か」

 屋上の反対側の手すりまでたどり着くと、広い構内を見渡すことができた。

「あれが体育館?隣がグラウンド?」
「そう。体育館はあの奥にもう一個ある」
「体育館二個あんの?すごいいっぱい建物があるんだね」
「総合校舎だけでA棟から…んー、GだかHだかまである。あとは学部棟」
「さっきのところは?」
「あれがA棟」

 大きな木が沢山ある構内は、上から見ると森の中にビルが生えているように見える。秋の風がここちよい。それぞれのビルにはまだ大半に明かりが灯っていた。

「やっぱ、工学部にしようかな……」
「安直!」
「くおんがテキトーでいいって言ったんだろー」
「まあ、楽しそうだったもんな」

 くおんがニコニコとエンマを見て言った。

「ありがとう。ほんと、すごい楽しかった」
「参考になりましたか?」

 あ、やばいな。

 エンマはものすごい欲求がむくむくと湧いてきたことに気づいた。くおんにキスしたい、今。

「なりました」

 暗いから、俺がどんな顔をしているのかわからなくて良かった。多分今顔が真っ赤だろう。

「エンマ」
「ん?」

 ちゅ。

 くおんがエンマに軽くキスした。

「屋上でキス。王道」
「バッ……ふざけんなよ!」

 くおんの肩をどつくと、くおんは笑いながらパイプの迷路を歩き始めた。気持ちを見透かされたようなタイミングだった。心臓がきゅうと締まった。

「お、バスケットゴール…」

 工学部棟を出て、南門に向かう途中、ちょっとした広場に忽然とゴールが立っていた。

 外灯があるが暗い。ボールがひとつだけゴールの横に転がっている。誰もいない。

 くおんがボールを拾うと、とんとんとバウンドさせた。そしてそのままほとんど真上のゴールを仰ぎ見て、シュッと軽い音をさせシュート。ボールはボードを擦るようにしてゴールネットに吸い込まれる。ゆっくりとドリブルしてゴールから距離を取り、もう一度シュート。今度はほとんどネットを揺らさないゴール。

「すごい」
「すごくない。シュートだけなら」

 くおんがボールをエンマにパスした。

「左手は添えるだけ!」
「そーそー」

 エンマはそれなりに狙って投げたが、ゴールの枠をくるくると回って入らずに落ちる。くおんが落ちたボールを手のひらに吸い込むように受け取り、そのまま片手で投げる。ゴール。

「よし。帰るか。ツアー終了!」

 外灯に照らされたくおんの背中とその長い影を見て、エンマは今までにない感情が自分の中にいつの間にか存在していたことに気がついた。








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