異世界転移したスリ師は楽勝生活したい!〜他人のスキル盗みます〜2

黒遠

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パタン

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 カラスたちはまた別な情報を持ってきた。おかしな歌うたいの話。
「ソイツの歌をキクトォー、落ちるゥ」
「落ちる?」
「メマイがシテェー、屋根カラ、落ちるゥ。だから、ソイツには近よらナァイ。ココラのカラスたちハァー、ソウシテルってぇー」
 ネネリオの、残されたアーガのシルシ。ネネリオの歌を聴くと自我を失ってネネリオの言いなりになってしまう。ソーレの案内所の主人の話を聞くと、すぐに我にかえるようだが安心はできない。ネネリオの歌でシロとシュトロウが支配されてしまわないように、トランがまた守りの呪歌ガルドルを歌ってくれた。
「じゃあ、パタンに行こう。そこでネネリオを見つけて、元の世界に戻ってくれるように頼んでみる」
 パタンへは馬車で丸一日。トランとシュトロウとシロの3人でかわるがわる走らせる。町から出てすぐは石畳が続いていたが、だんだん舗装が消えていき、あぜ道と大差なくなる。時間が惜しい。元の世界なら電車で2時間といったところだろう。もし、ネネリオがどうしても帰りたくないと言ったら?
 それが一番恐れていることだ。だってセイが帰すと言って呼び出したのに、幽閉されている身でありながら断ったんだ。簡単に戻ると言うとは思えない。でもどうしてなんだろう?ネネリオは飛び抜けて有名なウーチューバーだった。ウーチューブからの報酬だけでも高額だっただろうし、曲もDL販売してたんだから、金に困っていたとも思えない。みんなが彼の歌を聞き、褒め称える世界。青山のマンション、納車予定の高級車。この世界にいきなり呼び出されたことにも恨言を言っていた。それなのに、帰りたくない?
「あっ」
 馬が疲れてきている。最近ではリジンしていなくても、なんとなく動物の感情を拾うことができるようになってきた。左手の動物と話せるシルシはアーガの木が最初に付けたシルシだ。素養があったんだろう。アーガの木の言葉、ネリたちが話すエルフの言葉も、気負いなく覚えることができた。もうほとんどネリとの会話に困ることはない。道端の大きな木の下に馬車を停めて、馬たちを休ませてやる。のどかな風景。緩やかに続く丘陵とはるかに広がる草原。耳を掠めていく花アブ。シュトロウが馬車から降りて背伸びをする。トランは弦の張りを確かめながら、優しい曲を弾いている。空が青い。ひたいに滲んだ汗を拭く。夏が。本当の夏がそこまで来ている。
「………」
 元の世界はどんなだっただろうか。こんな穏やかな日を、満ち足りた日を過ごした記憶がない。この旅がずっと続けばいいのに。ネリがそっとシロの腕に白い腕を絡める。手放せるわけがない。それなのに、否応なく忘れてしまうとわかることがつらい。できることはなんでもする。ここに留まるためなら。
「行こうか……」
 パタンにはその日の夕方に着いた。町全体に潮の香りがする。日焼けした逞しい男たちがそこら中を行き来している。船乗りたちだ。ネネリオはこの町にいるのか?いてほしい。
「あの女のエルフは何て言ってた?」
「埠頭の掘っ建て小屋にいると」
 埠頭と一口に言っても、広くて沢山の倉庫や問屋のようなものがあって判然としない。日も暮れてきた。今日のところは宿に入ることにした。色々と考えてしまう。どうして俺が帰らされるのか。どうしてネネリオは帰らなかったのか。シュトロウやトランを、ネリをこんなに付き合わせていいのか。やめよう。考えても仕方がない。わかっているのに、頭は冴えて眠気のかけらもない。ネリは隣ですやすやと眠っている。波の音が聞こえる。風の音……
 風?
 違う。旋律がある。歌声だ。女の歌声。優しい、美しい歌声。そっとベッドを抜け出す。もっと近くで聴きたい。深夜の町は静まりかえっている。海の音。歌声を辿る。海岸に出る。声は海から聞こえる。魂を慰撫するような、柔らかい歌。何かに抱きしめられているみたいだ。安心する。安心……。
「シロ‼︎」
 手首を痛いくらいに掴まれる。胸まで海に浸かっているのに気づく。
「ネ キリ ウルー タリ!」(セイレーンの歌を聞いてはいけない!)
「ネリ」
 セイレーンの歌。さっきのが。
 小柄なネリは波に攫われそうになっている。慌ててネリの手を引いて海からあがった。これは怖い。前に聞いていたのに。水の精の歌は聞いてはいけないと。
「ウルー クツト エ タリ セロ、ネタ ナツ イル トワ」(セイレーンは歌で水夫を殺し、その魂を虜にするのです)
「そうなのか……」
 死ぬところだったのか。でもすごく気持ちよかった。あのままもし俺が死んでいたら、どうなっていたんだろう。俺は元の世界で目覚めるのか、この世界で死ぬのか。アーガの木は、元の世界に戻す者が居なくなったとネネリオを戻すのか、元の世界に戻ったとネネリオを残すのか。
 考えれば考えるほどわからない。ほとんど眠れないまま、朝を迎えた。幸い、海辺の町の朝は早いので、すぐに埠頭のエイダンについて話を聞くことができた。
「ああ。住んでるよ。エイダンの人。不思議なシルシらしいね、どうも。会いにいけば会ってくれるんじゃないかな?ただ、元気かな?最近見かけてないからね」
 簡単な地図を書いてもらうとすぐにわかった。その小屋は倉庫や問屋の立ち並ぶあたりからかなり外れた、灯台のある寂しい崖にあった。セイレーンが「掘っ建て小屋」と表現したとおり、かなり古びた小さな家だった。
 嫌な予感がした。こんなのはネネリオらしくない。ともあれ、その今にも外れそうな扉を叩いた。
「はい」
 男の声だった。ただし、かなり老いているのがわかる。扉が内側から開き、声の主が顔を出した。長く伸び放題の白髪。目を包み隠すような白い眉。皺だらけの日焼けした手。
「どなたかな」
「あの……ネネリオを探しにきたのですが」
「ネネリオ?ちょっとわからないな……」
「光のエイダンがここに住んでいると聞いて」
「それなら、私だがね。ネネリオというのは知らんな」
 え?このお爺さんが……。
 思わず後ろを振り返ると、トランが言った。
「……たぶん先代の、50年前に召喚されたエイダンの人だ。前回国を救った光のエイダン」
「左様。この世界で暮らして50年」
 前回国を救ったエイダン?
「どうして……」
 思わず口をついて出た。彼と俺と何が違うんだ。何で俺なんだ。光のエイダンなら残されるのか?俺が闇のエイダンだから返されるのか?
「闇のエイダンは?あなたの時の闇のエイダンはどうなったんですか」
「……あんたは?」
 お爺さんが訝しげに俺を見た。
「俺は去年の夏にここに呼ばれた闇のエイダンです!今、元の世界に返されそうになっているんです」
 しばらく沈黙があった。やがて彼は手招きして、その小さな家の中に四人を導いた。


「さて。私はタキ・クムシュトラと名乗っておる。元の世界ではヨシダタカノリという名前じゃった……あんたは?」
「シロ・イクバヤ……と、付けてもらいました。元の名前は、山口志路」
「イクバヤ。古語で『与える者』か。あんたさんのシルシの力がそうなのかな……」
 小屋の中は雑然としていた。酒か何かの入れ物なのか、首の細い腹の膨れたガラス瓶が床にそのまま何本も置かれている。分厚い本が無造作にテーブルに積まれ、服らしい布の山があちこちにある。古びた一人がけのソファは元の色がわからないくらい汚れて穴があいている。シロが勧められて座った木の椅子は、足の高さが合わなくてかたかたと音を立てた。
「さて。闇のエイダンは、死んだんだよ」
 タキはあっさりと言った。
「あの時はな、闇のエイダンは国賊みたいな扱いを受けた。私らが呼ばれたのは、まあ……反乱というかな、アーガの木の恵みに頼りすぎる生活はやめようという思想の団体が大きくなって、独立戦争を起こした時だ。わしは王様について戦ったが、闇のエイダンの方はあっち側についたんだな。また、闇のエイダンの印が薬を作る力でな……」
 その辺の雑草やら石やらで、治療薬でも毒薬でも作ってしまう。みんなその力を恐れた。実際、井戸の水に毒を入れられてほとんど全滅した村もあった。反乱軍の首謀者、団体の首領と闇のエイダンは追い詰められて逃げた。追っ手がかかり、あちこち探したものの見つからない。ところが召喚されて一年ほど経った時……。
「突然、闇のエイダンの遺体が発見された。首領の方はみつからんかった。でも口封じか仲間割れで殺されたんだろう。それで終わりだ」
「……あなたには何もなかったんですか」
「何もとは?」
「元の世界に戻るようなことは」
「なかったな。私は戻りたかったんだがね。一人が死んでしまったから、アーガの木は選ばなかったのかも知れないなあ」
「戻りたかったならどうして召喚士に返してもらわなかったんですか?」
「当時は、それはアーガの木が選ぶことだからと言われてな。だめじゃったよ。今は帰りたい方が帰らせてもらえるのか……」

 礼を言って小屋を後にした。昼近くになっていた。空振り。でも気になることはあった。片方が死んだから、アーガの木は元の世界に戻す方を選ばなかった?ならもしかすると、今回もそうなのかもしれない?いや、闇のエイダンの方が元の世界に戻される予定だったのに、死んでしまったのかも知れない。まだ判断できない。リジンしてカァーとナァーにこの辺りのカラスの話を聞いてもらう。やはり歌うたいは来ていないらしい。
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