実践的擬態 Practical disguise

黒遠

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 エンマが怒るのは仕方ない。それだけのことをした。「怒る」では済まない。

 就職で離れ離れになってからも、俺はエンマが好きだった。というか、気持ちとしては恋人のままだった。会いたかった。でもエンマが資格をちゃんと取って、俺がエンマのいる地方の支社に行けたらまた一緒にいられるから、我慢だなと思った。数年の我慢。できると思った。連絡も取り合ってた。お盆と正月だけ、エンマが帰って来てくれた。

 仕事を始めて一年くらいで、妙に距離を詰めてくる女がいることに気づいた。隣の課の人だったが、何かにつけて声をかけてきて、お土産やなんやを渡してくる。まあ、客観的には美人だった。
 よく「一緒に帰りましょう」と言われて駅まで送った。ある日、上司に「あの子と付き合ってるんだろう?」と言われた。付き合ってませんよ、と言うと「またまた!」と取り合ってもらえなかった。

 会社で暑気払いに行った時、彼女が俺にしなだれかかってきて、「酔っちゃった、送ってください」と言った。正直、自分で帰れよと思った。でもこの時は上司も同じ課の人も周り中が送ってやれの大合唱で、二人でタクシーに詰め込まれた。なんなんだ。俺は運転手さんに五千円渡して駅で降りた。

 翌日出社すると、彼女が意味ありげな顔で俺を見た。嫌な感じがした。同期が昼休みに「お持ち帰り?」とひそひそ聞いてきた。ない、と言うと、ものすごく驚いていた。彼女はその日も一緒に帰りたがったので、一応確認しておくかと思って、「変に勘ぐってくる奴がいるみたいだけどなんもないですよね?」と言ってみた。

 今思うとこれが余計だった。

 彼女はほろりと泣き出して、「ごめんなさい」と言った。わたし、苫渕さんのこと好きなんです。付き合ってほしくて会社の人に相談したから、みんな応援してくれてるつもりなんだわ。

 なんの感慨もなかった。馬鹿馬鹿しい。いい大人が。でも彼女は続けた。お願いです、試しにでいいんで私と付き合ってください。へえ、と思った。思えばこれも浅はかだった。俺は軽く「いいよ」と言ってしまった。自信があったから。どんな女も半年持たない。この女もちょっと付き合ったらきっと離れていく。必ず。まさか半年経たずに妊娠したと言われるとは思ってなかった。

 手を出す気すらなかった。だからエンマに対する罪悪感も薄かった。適当に彼氏彼女ごっこして、彼女が離れていくのを待とうと思ってた。
 でも何回目かのデートで、彼女がよく行くと言うバーに連れて行かれた後、珍しく記憶がなくなった。俺はそんなに酒に弱い方じゃない。今まで記憶がなくなったこともない。よほど強い酒を飲まされたか一服盛られたとしか思えなかった。でも証拠もない。本当にただ飲み過ぎたのかも知れない。

 ご多聞に漏れず、起きてみると彼女の部屋で、彼女と俺は全裸で寝ていた。ものすごい頭痛がした。そんなわけないだろと思ったけど、どうやらやってしまったみたいだった。絶望した。本当に、生まれて初めて、絶望した。痛恨だった。

 それからはなんだかんだ理由をつけて彼女と会わないようにしたけど、残業を待たれたり、同僚が取り持とうとしてきたりでなかなか縁を切れなかった。もううんざりして例になく別れようって俺から言おうと思って彼女を呼び出したら、「私に先に言わせて! 妊娠したの」と言われた。

 月数はあっていた。降ろしてほしいと思わなかったといえば嘘だ。正直、降ろしてほしかった。でも次の日、俺のいる課と彼女のいる課の課員から口々におめでとうおめでとう、結婚するんだねと言われた。
 彼女は嬉しそうに微笑み、両親にも話したのと言った。外堀を埋められていた。上司は仲人をしてやると言った。何もかも面倒臭くなった。そんなにしたいなら結婚でもなんでもしてやる。もうどうでもいい。どうせエンマには顔向けできない。たとえ子どもを降ろしたとしても、無かったことにはならないんだから。

 親に彼女を紹介した。彼女の親に挨拶した。結婚式はどうしてもやりたくなかった。彼女にそういうと、私も子どもを産んで体型を戻してからがいいわと言った。話が通じてないと思ったが、当面はそれでいい。エンマに会った。これが一番つらかった。会うのは正月以来。彼女とやってしまってから、あまり俺からは連絡もできなくなってた。









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