実践的擬態 Practical disguise

黒遠

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 エンマとはそのころエンマが勤めていた設計事務所の近くの、個人でやっているカフェで会った。俺たちの他は誰もいなくて静かなところ。エンマは変わらずきれいだった。最高に好きなまま。どうしたの? 出張? とエンマは笑って言った。心配してた、最近連絡なかったから。

「エンマ、俺な、結婚することになった」

 あの時のエンマの顔はたぶん一生忘れられない。すっと表情が消えたと思ったら、一瞬泣きそうな顔になり、すぐにエンマはぎこちなく笑った。

「おめでとう」

 俺が泣きそうになった。全部ぶちまけたかった。ぜんぜんめでたくなんかねえんだよ。俺はお前が好きなんだよ。お前の方が百倍好きだ。

「でも急だね」
「できちゃった、てやつで」

 本当に自分が情けなかった。こんな話エンマにだけはしたくなかった。でもエンマにだけはしなきゃいけない……。今までの女の子たちとは違う。こいつだけは大事だったから。

「お幸せに」

 エンマが席を立とうとしたから、俺は慌ててエンマの手を掴んだ。掴んだ白い手は震えていた。

「エンマ、俺が結婚しても……なんとかならないか? 友達でいいから」
「ともだち……?」

 エンマがあのきれいな、色違いの瞳で俺を睨みつけた。

「ふざけるなよ? そんなのだめに決まってるだろ。なんとかならないかって、どんな関係を続けるつもりだよ。俺にも奥さんになる人にもあんまり……」

 エンマの目から涙が筋になってほおを伝った。

「あんまりにも失礼だと思わないのか! お前みたいなやつはこっちから願い下げだ! 二度と連絡してくんな!」

 エンマは俺の手を振り払って出て行ってしまった。メッセージはブロックされ、電話は着拒だった。そりゃ、そうだ。エンマならそうする。知ってる。わかってた。いろんなことが、死んだ方がマシだった。仕方がない。自分が撒いた種だ。軽い気持ちで付き合ってもいいと言った自分も、降ろしてほしいと思った自分も、エンマに友達でいいから関係を続けたいと言った自分も我ながら最低だった。今まで面倒がって逃げてきたつけが一気に来た。

 入籍した。俺は会社の人がのきなみ彼女の味方って状態の職場が嫌で、転職した。彼女はものすごく嫌がった。東京の会社から、大学がある稲生市の企業に変わった。通勤時間は伸びたし給料は下がった。俺はどうでも良かった。ただ彼女と一緒にいたくなかった。
 彼女も二人で住みはじめたマンションから歩いて行ける自分の実家で過ごすことが多かった。家に帰っても実家に泊まると言っていないことが増えた。正直ほっとした。最初から結婚生活は破綻していた。

 やがて子どもが生まれた。わりとすぐから俺に似てると思った。本当に俺の子なんだなって。名前をつけた。 蒼馬ソーマ。少しでもエンマと繋がりを持ちたかった。ソーマはかわいかった。
 最初のころは三時間おきに夜中でも泣いて、彼女も夜中は寝たいって言うから俺がミルクをやった。一時と四時。よくやったなと思う。五ヶ月くらいで夜はまずまず寝てくれるようになったから助かった。
 半年を過ぎるころ、彼女はますます実家から戻らなくなった。まあ、子育て大変なんだろうなと思ってた。というか、彼女に関してはどうでも良かった。実家に泊まってくることも増えたけど、楽だなとしか思えなかった。

 ソーマが二歳になるころ、彼女の両親から呼び出された。ものすごくめんどくさかった。仕方なく行くと、別れてほしいということだった。
 俺は正直、めちゃくちゃ嬉しかった。なんと彼女は地元にいた元彼との子を今妊娠してるってことで、親に泣きついたらしい。親の方もソーマを自分たちに預けて娘がしていることに薄々勘付いていて、俺に正直に言わないといけないと思ったようだった。

 俺は即答で離婚しますと言った。ところが彼女が意外にも離婚したくないと粘った。何言ってんだこの女と思った。説得するから時間が欲しいと彼女の親に言われて、彼女とソーマは実家にしばらくいることになった。
 どうやら、元彼というのは地元の美容師で、自宅で美容室を営んでおり、彼と結婚するともれなく彼の親との同居と自営業ならではの雑用が付いてくる。それが嫌らしかった。

 そんなの俺の知ったことじゃない。毎週金曜日の夜にソーマを義父母の家から返してもらって、土日は俺が面倒を見た。ソーマと二人の時は、余計なことを考える暇がなくてよかった。イヤイヤで大変だったけど。

 ソーマが三歳になるころ、カナエとエンマが建築事務所を開所するっていう案内が来た。









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